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魔法の進化の情報を集める為、基本的に図書館の本を読み漁るという方法を取ることになったのだが、いかんせん僕はこの世界の文字が読めない。そのため、一人で魔法の練習をする事になった。スミカやカンナが必死になって文献を読み漁ってくれている時に、呑気に寝ている訳にはいかない。
いつ兵士達に見つかっても良いように、少しでも戦力になれるように、魔法の特訓をしておいた方がいいと思った。
こちらに来て一週間が経とうとしている。日に日に、魔法の練度は増している。だけど、一向に魔法の進化についての記述は見つからないままだ。
そして、ここに来て最悪の情報が入った。
湖を前にして、魔法の練習をしていた時の事だ。
「やった!! もう、ほとんど完璧だ!」
湖の中央に大きな竜巻を生み出す。湖に大きなうねりが生まれ、渦を巻いている。竜巻を維持したまま、すぐさま野球ボール程度の火球を作り出す。
そのまま、竜巻めがけて勢いよく放り投げた。火球が着弾した瞬間に、火球のサイズを増大。目指すは十メートル級だ。
大きな轟音と共に、火球は爆発的に膨れ上がる。
僕のイメージ通り、火球は十メートルほどにまで膨らみ、竜巻を消滅させた。
もう、ほとんど完璧だ。魔力を練るスピードも、魔法のコントロールも、魔法の威力も、全部、以前とは比べ物にならない。多分、世界規模の魔法だって使える。今の要領で、もっと大きな魔法を使えばいいだけだ。
やっとの思いで、スミカくらいの魔法が使えるようになったところだった。
そこに、最悪の情報が入った。
「アヤト君」
後ろから、慌てた様子のスミカとカンナが近づいてくる。
スミカは片手に本を持っていた。それを開き、僕の前に差し出す。ふわりと、古い本独特のツンとした香りが僕の顔を撫でる。
「この文献に乗ってたんだけどね」
そこまでスミカが言い、次に彼女に変わってカンナが口を開く。
「魔力超過が起こった際、我々は魔法を使う事が出来なくなるみたいなんですよ」
「どういうことですか?」
魔法が使えない。言っている意味が分からない。いや、分からないんじゃない。分かりたくないだけだ。だって、魔力超過の際に魔法が使えないとしたら――
「何が原因かは分からないのですが、何らかの邪魔が入り、魔法の使用が制限されるみたいなんです」
「じゃあ、それって……」
今一番聞きたくない言葉を、カンナは言うかもしれない。やっと見つけた希望なんだ。それを、打ち砕かれてたまるか。
「ええ、魔法を進化させても、無駄なのかもしれません」
耳を塞ぎたくなった。聞きたくなかった。足元がグラグラと揺れて、地面全てが泥沼になったみたいに、足に力が入らない。
「でも、リリーは魔力超過の時に魔法を使えたんですよね?」
何か反撃の突破口があるかもしれない。藁にもすがる思いで、口にする。
「はい。確かに魔力超過の時、リリーの魔法は進化しました」
一度カンナは口を閉じ、続ける。
「しかし、あれは物語の話です。更には、リリーの魔法が進化した際には魔力超過が終わっていた可能性もある。今回見つけたのは、しっかりとした歴史書です。どちらを信じればいいかは、決まりきっていると思います」
隣に立つスミカを見つめる。彼女は今何を思っているのだろう。せっかく見つけた希望が、消えたかもしれないんだ。また、振り出しだ。それでも、僕達は進むしかない。ただ、真っ直ぐにひたすら真っ直ぐに。例え向かう先が崖だろうとも、もう、ひたすら進むしないんだ。
「スミカ」
喉が鳴る。何を言えばいいのか分からない。散らばった言葉を一つ一つ集めて、何とか形にする。
「まだ、時間はある。最後まで、諦めないでいよう」
言えたのは、結局、その程度の事だった。
★☆★☆★☆
「スミカ、風呂でも入る?」
カンナの家に戻り夕食を済ませた後、僕は呟いた。目の前には、呆然と畳を見下ろすスミカがいる。
最近のスミカの楽しみが、風呂だったのだ。カンナの家の風呂は旅館にあるような石造りの露天風呂で、旅行の際に入った風呂に似ている。
何かを考え込んでいるのだろうか、スミカは僕の問いに気づかず、俯いたままだ。彼女に近づいて行って、もう一度言う。
「スミカ。一緒に風呂入ろうぜ」
目一杯反らした定規が勢いよく戻るように、スミカがガバっと顔を上げた。
「「痛いっ!!」」
その頭が僕の顔面に直撃。僕は鼻を、スミカは後頭部を抑えている。
「ちょっと! 何考えるの。一緒にお風呂に入るわけないでしょ」
彼女は頭を抑えたまま叫んでいた。その顔は燃えるように赤い。
「だって話しかけても何も言わないからさ。何かインパクトがあった方がいいかと思って」
「だからって一緒にお風呂はないよ」
腕を胸の前でクロスさせながら彼女は立った。
「私、先に風呂入ってくる」
舌をべーっと出し、スミカは風呂までトコトコ走って行った。多分、マジで怒ってるだろうな。ただの変態に成り下がったかもしれない。そんなんでいいのか、僕は。
「はーっ。どうしたもんかな」
畳にどかっと腰を下ろし、天井を見上げた。
魔力の進化を使って消えた魂を元に戻す。やっと見つけたかもしれない方法も、魔力超過の際に魔法を使えないという謎の現象のせいで無くなった。
魔力超過まで、後どれくらいの時間が残されているのだろう。後、どれだけの時間、僕達は一緒にいられるのだろう。
そもそも、兵士達に見つからないという保証はあるのだろうか。この場所が彼らにバレないとは限らない。
魔力超過が起こった際、カンナはどうするのだろうか。スミカを見捨てて僕達を兵士に売るのだろうか。
頭の中で、ぼんやりとそんな事を考えていた。
そこでふと、思い出す。彼女がスミカを見破った理由。魂の研究をしていて、五百年前の犠牲者の魂を持っているから分かった。確か、彼女はそんな事を言っていたような気がする。何か、おかしいと思っていたんだ。
カンナは魂の研究をしていると言ってる割には、あまり魂に詳しくない。それに、まだ一度も、五百年前の犠牲者の魂を見せてもらってない。
本当にカンナは、僕達の味方なのか。理由だって少し変だ。本当にジンとスミカを重ねたからスミカを救いたいと思ったのか。重ねる要因にも違和感があるし、それだけの事で世界を敵に回すような事をするだろうか。
カンナは本当に、スミカを助けたいと思っているのだろうか。
そこまで考えて、頬に鋭い痛みが走った。
「え?」
情け無い声を出しながら右頬を触る。ネットリとした熱い物が流れている。鉄の匂いが、香る。
ぞくりと、悪寒が走った。
慌てて頭を下げ、頭上を何かが通り過ぎる。残ったのは、切り裂かれた空気の波だけ。
「良く避けたな」
ふわりと黒いジャケットを翻しながら、身長一九〇センチほどの巨体が僕を見下ろしていた。
「スミカ様はどこにいる?」
「なぜここが分かった?」
「質問しているのは俺だ。答えろ」
低く喉を鳴らして、兵士長はいくつもの剣を生み出す。その切っ先は、全て僕に向いていた。
兵士長はまだ、僕がどれだけ強くなったか知らない。隙さえあれば、まだ勝ち目はあるかもしれない。
「答える義理はない」
「なら死ね」
全ての剣が、まるでダーツみたいに僕目掛けて発射される。
大丈夫。僕は世界規模の魔法が使える。こんな奴に、負ける訳がない。
風を生み出し、スミカのように全ての剣を払い落とす。払われた剣はくるくる回転し、部屋中の至る所に突き刺さった。
ここからは一歩も通さない。何人たりとも、スミカには指一本触れさせない。
兵士長は目を見開いていた。全ての剣が無力化されたことに驚いているのだろう。大丈夫、剣さえ封じれば、僕の勝ちだ。
兵士長との距離を、詰める。
兵士長は一歩下がり、再び剣を生み出した。
四方八方から剣が出現し、幾重にも重なりながら、剣が踊る。
だが、その全ての剣は僕の肌に傷をつける事なく、風の前に無力化される。
雷撃や火球では家が燃える恐れがある。
風を使うしかない。イメージしろ。鋭い風が、兵士長を切り刻む。火球同様に、風を投げるんだ。
僕は勢いよく右手を振るった。風の刃は空気を切り裂きながら兵士長めがけて飛んで行く。
突風だ。見える訳がない。絶対に決まったと、そう、思っていた。
急に、床が盛り上がる。この感覚を、僕は覚えている。
畳がめくり上がり、地中から土の壁が出現した。風は土壁を切り刻み、兵士長には届かない。
更に横合いから衝撃が走る。まるで、コンクリートに殴られたかのような感覚だった。じわじわと服に液体が染み込んでくる。衝撃の正体は、水だった。水は僕を包み込んでいき、身動きを封じようとしてくる。咄嗟に体の周りに風を発生させ、全ての水を吹き飛ばす。
直後剣が再び襲いかかるも、咄嗟に体をひねり何とか避ける。
「くそ! 魔法が追いつかない」
土、水、剣。その三つの攻撃を、かろうじて封じる事しか出来ない。このままじゃ、ジリ貧だ。
「この家の外に、兵士達はまだまだいるぞ。後一つ、魔法を増やしたら終わりだろうな」
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、兵士長は呟いた。
愕然とした。まだまだ、外には兵士が待機している。奴らは遊んでいたんだ。いつでも僕を嬲り殺せるように、ゆっくりジワジワと。
もしかしたら、もう、カンナもどこかで戦っているのかもしれない。だとしたら、スミカの居場所がバレるのも時間の問題だ。
裸のスミカが、兵士達に捕まる。その瞬間を想像して、頭に血がのぼってしまった。スミカのそんな姿は、誰にも見られたくない。
そんな風に一瞬油断してしまったからだろうか。土の拳に殴られてしまった。体全体が砕かれたように痛み、視界が光る。僕の体が、スーパーボールみたいにバウンドする。続け様に水の塊が押し寄せてきて、僕の体を包み込んだ。
水の塊が、まるで牢獄のように僕を掴んで離さない。水の塊は、水風船のような丸い形になり、僕を捕獲した。
息ができない。苦しい。早く、この塊から逃げないと。風を使っても、叩いても、蹴っても、水の塊はビクともしない。
塔の最上階のように、内側からの攻撃に特化した魔法なのかもしれない。
しばらくして、顔だけ出すことができた。そういう操作を行ったのだろう、いくら暴れても、顔以外は出すことができない。
バランスボールから顔だけを出しているような、とても間抜けな格好をしている。
「スミカ様を見つけました」
障子が開き、バスタオル姿のスミカが入ってくる。
「連れの男を殺すと言ったら素直になってくれましたよ」
兵士はスミカの背を押しながら呟く。もちろん、彼女だって抵抗したのだろう。しかし、僕を殺すと脅されて素直に諦めたんだ。
「スミカ! 逃げて! 何でもいい。僕の事なんてどうでもいい! 良いから逃げてくれ」
精一杯の力で叫ぶも、スミカは首を振るだけだ。
「この際、別にスミカ様が逃げたって構いやしないさ。スミカ様が逃げたら代わりにお前に犠牲になってもらうだけだ」
兵士長は冷たい目で僕を見下ろす。
「前に言ったよね。私とアヤト君のどちらかが犠牲にならないといけないとしたら、犠牲になるのは私って」
そう言って、スミカは兵士長に歩み寄る。前と同じだ。僕は何もできない。
「ゲームオーバーって事だよ。私達は、残された時間で世界を救う方法を見つけられなかった。結局、奇跡は起こすものじゃないんだよ。頑張ってどうこうできるものを、人は奇跡と呼ばないんだ」
スミカは吐き捨てるように言う。もう、希望なんて見ていない。薄暗く灰色の瞳をしていた。
嫌だ。このまま終わるのなんて、嫌だ。絶対に嫌だ。また、あのクソみたいな日常に戻りたくない。あんな仮初めのモラルと、仮面みたいな笑顔の日常に、戻ってたまるか。スミカのいない世界なんかで、生きてる意味はない。
あの日の、旅館の夜を思い出す。月影に照らされて、スミカは泣いていた。死にたくないと、泣いていた。彼女をこのまま、連れて行かせるわけにはいかない。
「まだだ!」
気づけば、そう叫んでいた。水から顔だけを出してるみっともない姿で何ができる。心で理性が叫んでいた。だけど、止まらない。
「カンナさんがいる! カンナさんに、こいつら全員ガキにしてもらうんだ!」
もう、何だって良い。他力本願だと罵られようが、神風主義と言われようが、人任せだと揶揄されようが、どうでも良かった。スミカが助かるなら、何でも良い。
「くはははっ」
急に、兵士長が笑い始めた。それが伝染するように、周りの兵士達も笑い始める。
恥辱にまみれた僕に、四方八方から嘲笑が、嘲りが、木霊する。
「何だよ。何がおかしいんだよ」
「いや、だって」
腹を抱えながら、兵士長は言葉をもらす。
「そのカンナって奴が、俺達に連絡を寄越したんだよ」
「は?」
頭が真っ白になる。
スミカの瞳も、震えていた。
――ずっと塔の上なんて、そんなの可哀想じゃないですか。
この言葉も。
――スミカ様をいつか助けたいって思ったんです。
この言葉だって、全部、嘘だったのかよ。
確かに、怪しいとは思っていた。
でも、それじゃあ、スミカがあんまりにも可哀想じゃないか。これから人々のために死んでいこうとしてるのに、結局、裏切られて、可哀想じゃないか。
せっかく、一人じゃないと思えたのに。全員が自分の死を望んでいるわけじゃないと思えたのに。なんだよ、それ。じゃあどんな理由があって僕達を匿ったんだよ。
クスクスと笑いながら、カンナが姿を現した。
「しっかりと報酬は払ってもらいますからね」
彼女はロングスカートを揺らしながら、口元に手を当てている。
報酬だと? 金か? 結局、僕達を見つけたのも、長い間匿ったのも、全部金目当てだったのかよ。
「あとそれ。見たことない物ですが、いったい何なんですか?」
カンナは兵士が握りしめている銃を見ていた。
僕の世界を攻めた時に兵士長が奪い取った銃だ。
「これか?」
兵士長は部下から銃を奪い取り、繁々とそれを眺める。アメリカ映画などでしか見たことないような小銃だ。そんなの、いったい何に使おうというのだろう。
「一度試しに使ってみたが、魔法の方が威力も効率もいい。こんなのはくれてやる」
ガチャリと音を立てて、銃が投げられる。危なげなく、カンナはそれを受け取った。
「じゃあ、もう帰って良いですよ。この男は、私がどうにかしますよ。魔力超過が終わるまでは生かしておくので、もしもスミカ様が失敗した時はもう一度ここまで来てください」
カンナが片手を振って、兵士達が部屋から出て行く。
スミカが、僕の前から消えていく。
もう二度と、会えないかもしれない。
「スミカ! 待って! 行かないで!」
叫んでも、彼女は止まらない。スミカは一度こちらに振り返り、取って作ったような笑顔を見せて、家から出て行った。
スミカはどんな気持ちで、ここから去ろうとしているのだろうか。それを考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。僕はスミカを、助ける事が出来なかった。
残ったのは、自分は何もできないという劣等感と、裏切り者と、なぜカンナは裏切ったのか、という疑問だった。




