21
平原を抜け、山を超えた先に、カンナの暮らす村があった。
「ここは私の生まれ育った村じゃなくて、研究の為に住んでる村なんですけどね」
魔導四輪車のスピードを緩めながら、村に入っていく。特に入り口らしい入り口はない。
山に囲まれた平野に、家々が立ち並んでいる。少し先には何かの作物を育てているのか、水を張った土地に植物が植えられていた。
「おう。カンナさんお帰り」
植物の手入れをしていた年配のお爺ちゃんが、右手を上げて声をかけてくる。
「ただいま。頑張ってくださいね」
カンナが明るく言葉を返して、僕達は畦道を更に進んでいく。
少しすると、小さな川を挟んだその先に、平屋が見えてきた。平屋と庭を囲むように、周りには背の低い木が植えられている。
「あそこが私の家です」
石造りの橋を越えて庭に入り、魔導四輪車を駐車した。
「さっ、入ってください」
家の中に入ってから、一度スミカと違う部屋に通され、それぞれ体を元の大きさに戻してもらう。
大きくなった体で、目一杯の伸びをする。両手をグーパーして、体の調子を確かめる。
「うん。やっぱり元の大きさの方がしっくりきますね」
「そうですよね。私も、未だに小さい姿は慣れませんから。この姿が、一番です」
そう言ってカンナはくるんと回転する。彼女のロングスカートがひらりと舞った。
「では、付いてきてください」
戻ってきたスミカを連れて、更に奥に通される。
カンナの住む家は、なんていうのか、ノスタルジーを感じる家だった。遠い過去、おばあちゃんの家、みたいな感じだ。
畳張りの部屋に、障子の張られた広縁。障子は開け放されており、そこから爽やかな風が入ってくる。風と共に、風鈴のチリンという音が鳴る。音を聞いているだけでなんだか涼しくなってくるから不思議だ。
初めて来た家だというのに、初めて来た気がしない。懐かしさを感じる家だった。未だ経験したことのない本物の夏というやつを、ここなら経験できる気がする。カンナの家は、そんな雰囲気の場所だった。
彼女は田舎で魂の研究をしていると言っていたが、ここで研究をやっているところなんて、まるで想像できない。
「さてさて、じゃあ、気になることもありますし、どうぞ座ってください」
通されたのは、居間だろうか。部屋の中央に、大きなテーブルが置かれている。多分、十人くらいで囲めるんじゃないだろうか。
一度席を外したカンナが、お盆にお茶とお菓子を乗せて戻ってくる。
「ずっと気になっていた事があるのですが、聞いてもいいですか?」
お茶を僕達の前に起き、彼女はそう切り出した。
「もちろん。何でも聞いてください」
彼女は頷いてから、口を開く。
「実は駅で会った時、アヤトさんが魔力を練ったのも分かっていたんです。そこで思ったんですが、貴方はいったい何者なんでしょうか?」
カンナは机に両端をついて、真っ直ぐ僕を見ている。
「アヤトさんの魔力は、スミカ様とほとんど同じだった。それは言い換えれば、魂がほとんど同じってことになります。そんな話、今まで聞いたことありません」
カンナの瞳には興奮の色が見てとれた。研究者としての好奇心が刺激されているのかもしれない。
「そこで、改めて聞きますが、アヤトさんは何者なのでしょうか? 私の予想としては、スミカ様の魂を込められたオートマタなのでは? なんて考えているのですが、貴方とスミカ様はどういった関係で?」
オートマタ。
聞きなれない言葉に、身が固まる。
この世界にはそんな存在がいるのか。魔法の世界に若干の感動と恐怖を覚えつつ、なんと答えればいいのか考える。
「オートマタだなんて、僕は人間ですよ。かといって何者なのかと言われましても……」
言葉に窮してしまう。自分が何者かなんて、今まで考えた事すらない。
正直に異世界から助けに来ましたと言って信じてもらえるだろうか。しかし、この世界にはオートマタという僕の世界では有り得ない存在だっている。でも、僕みたいに移動してきた存在が、他にいないとは限らない。正直に答えても、信じてもらえるかもしれない。
深く息を吸って、口を開く。
「僕はこことは違う世界。俗に言う、異世界から来たんです。スミカとは、僕の世界で知り合いました」
バカにされるだろうか。信じてもらえるだろうか。
期待半分、恐れ半分、前に座るカンナを見つめる。彼女は、目を見開いていた。
「それ、どういうことですか? 詳しく話してもらってもいいでしょうか?」
明らかに、先ほどまでとは様子が違う。彼女の声には緊張の色が見える。
僕は目を動かしてスミカを見た。初めてこの世界に来た時の事を説明してあげて、と瞳で訴える。
僕の思いが通じたのか、彼女は頷いて話し始めた。
「ある日、朝起きたらクローゼットが異世界に通じていたんです。抜けた先は異世界で、トンネルの入口でした」
「僕の時も同じです。少し違うのはトンネルの中に入ったらいきなりって感じだったんですけど」
「それは、急に現れたんですか? ワープしかとか、そういう感じでした?」
「私の時は、開けたらそうなっていたんです。そこを抜けたら、もう異世界でした」
「僕の場合はワープみたいな感じでした」
僕とスミカの話を合わせれば、ワープの時と予め転移の場所が決まっている時の、二つのパターンがある事になる。
「なるほど。二つのパターンがあると」
先ほどの好奇心なんてどこにもない。カンナは顎に手を当てて何かを塾考している。いったい、何がそんなに気になるのだろうか。
「そうなんですよ。走っていたら、急に空に繋がっていて」
「空……」
「そう、空です。よろしければ、もっと話しま――」
言いかけた言葉が、止まる。
カンナは泣いていたのだ。カンナの頬に大粒の涙が伝っている。
「どうしました?」
慌てて駆け寄ろうとして「大丈夫です」と手で制された。
「ごめんなさい。興奮すると泣いてしまうんです」
ポケットからハンカチを取り出して、彼女は涙を拭う。
「でもその話、かなり興味深いですね」
カンナはすぐに笑顔を取り戻し、取り繕ったように明るい声を出した。
興奮すると泣いてしまうなんて、絶対嘘だ。今のは、興奮から来る涙じゃなかった。彼女の流した涙には、何かきっと、もっと大切な感情があるはずだ。だからといって、僕にそれを問い詰める権利はない。人の涙についてとやかく聞くなんて、そんな事はしたくない。
「つまりアヤトさんはこことは違う世界から来たのだと、そういう事なんですね?」
調子を取り戻したカンナが聞いてくる。
「そうなりますね」
僕は頷く。
「そして、なぜかスミカ様と同じ魔力を持っているんですよね?」
「ですね」
「ならば、希望はあります」
パンっと手を叩いて、カンナは言った。
「希望があるって、どういうことですか?」
今度冷静でいられなくなったのは、僕の方だった。まさか、スミカが死ななくて済む方法があるというのか。
「今、思いつきました。スミカ様が犠牲にならずとも、この世界を救えるかもしれません」
たっぷりの希望を含んだ声で、カンナは呟く。
「「それ、詳しく教えてください!」」
僕とスミカは、勢い余ってテーブルから身を乗り出してしまった。
★☆★☆★☆
カンナの説明はこうだった。
使用する魔力、魔法が同じという事は魂もほとんど同じ形をしている。なら、お互いの魂を半分ずつ使って生贄に捧げれば、誰も犠牲にせずに世界を救えるのではないか。
正直、これを聞いた時、天啓だと思った。なぜ気がつかなかったのか、分からないくらいだ。
しかし、スミカは首を縦に降らなかった。
「それって、アヤト君の寿命が半分削れちゃうって事ですよね?」
そうだ。スミカは、自分以外の誰かが犠牲になる事を望んでいない。そうなるくらいなら、自らが傷つく方を選ぶ。そんな女の子なんだ。
「そうですね。魂というのは、いわば寿命そのもの。それを半分使ってしまうと、使った魂の分だけ命は無くなってしまうでしょう」
カンナの説明を聞いたスミカは首を横に振った。
「じゃあ、ダメだね。その作戦には乗れないよ」
声が出なかった。胸が詰まる。彼女は、どこまでも優しい人間なんだ。
「完全に誰も犠牲にならない方法を、最後まで探したいです」
カンナを真っ直ぐ見つめながらスミカは強く確かな声を出した。夏の生ぬるい風が吹き、風鈴の音が鳴る。
スミカの、何一つ疑わない真っ直ぐな瞳が本当に怖いと思った。このままだと、またスミカが僕の前から本当にいなくなってしまう気がした。
「そう……ですか」
本当に心配してくれているのだろう。カンナは伏せ目がちに呟く。
「スミカ。今言った方法でも、やっぱりダメなの?」
彼女は頷く。
「ダメだよ。私かアヤト君のどちらかが犠牲にならないといけないとしたら、犠牲になるのは私って、言ったじゃん」
「どちらかがじゃないよ。ある意味では二人とも犠牲になるし、違う視点から見れば二人とも犠牲にはならない」
「でも、ダメだよ。魂が減るって事はやっぱり、アヤト君が犠牲になるって事と同じだよ」
もう一度嘘をつこうかと思った。前のように、ギリギリまで騙し通す。だけど、騙されたと知った時、スミカはどんな気持ちだったろうか。それを考えると、もう、騙す事は出来ない。
「どう……して……」
せっかく見えたかもしれない方法でもダメなのか。
スミカのいない世界でなんか、生きたくない。スミカの為だったら、寿命なんていくらでも差し出せる。だけど、スミカはそれを許してくれない。何もできない自分が、本当に情けない。
「アヤト君。まだ時間はあるんだよ。他の方法を、探そう」
「分かったよ」
僕は力無く頷いた。
「こんな時に割り込むのも申し訳ないんですが」
恐る恐る、といった様子でカンナが手を挙げる。僕達の視線が、再び彼女に集まった。
「魔法の進化、というのはご存知ですか?」
「知ってます!」
スミカが身を乗り出す。
「アヤトさんは?」
「いえ、知りません」
「そうですか。『グローリーと奇跡の花』という物語を、読んだ事はありますか?」
「いえ、ないですね」
「じゃあ、ちょっと行きましょうか」
そう言って、カンナは立ち上がった。
「行くってどこに行くんですか?」
「この村の図書館、もとい研究所ですね」




