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 退屈な授業を終えて、高校を出た。時刻は三時前。まだ、バイトまでかなり時間がある。


 時間を潰せる場所はないかと数秒間考え、いつも通り図書館に行く事にした。


 通学用の自転車に跨って、街の外れにある図書館に向かう。


 ジリジリと燃えるような陽射しが肌を炙り、汗が滴り落ちる。セミの大合唱と共に、虫を追いかける少年達の楽しそうな声が聞こえる。


 こんな暑い日によくそんなに動けるなと内心で感心しながら、しゃかしゃかと自転車を漕いで行く。


 気づけば舗装された道路を抜けていて、茶色い土がむき出しになっていた。


 ここまで来れば、図書館まであと少しだ。


 左手には青々と茂る木々が生えている。今から行こうとしている図書館は森に囲まれていて、時々小鳥なんかが遊びに来る。


 大自然に囲まれた図書館。古い本の匂いと草木の香り。中々良い場所だと思ってる。


 しばらく進んで、ようやく図書館が見えてきた。その時、森の中で何かが猛烈に僕の事を呼んでいる気がした。誰かが僕に助けを求めている。なぜか、そこに行かなければならないという使命があるように感じた。


 何が僕にそんな感情を与えているのか、それもさっぱり分からない。ただ、体の内側からそこに行けと何かが叫んでいた。


 まるで魂どうしがお互いを求めるように、そこに向かえと訴えていた。仮に僕を呼んでいる何者かが存在しているなら、その何者かも僕の存在を感じているんじゃないかと思う。


 バイトまでどうせやる事もない。道の端に自転車を止めて、森の中に踏み込んで行った。草木を掻き分けて、時々枝に肌を引っ掻かれながら進んでいく。四、五分歩いた頃、横幅二mほどの道に出た。


 周りに生えている木々がアーチのようにかかっていて、木漏れ日が点々と地面を照らしている。


 そこで僕は、信じられない光景を見た。


 まず目に入って来たのは、必死に走る少女。彼女は細い肩を弾ませて、こちらに聞こえてくるくらい荒い息遣いで走っている。信じられない事に、彼女は寝巻きのようなローブ一枚という格好だった。ローブの間からちらちらと艶かしい白い足が見えている。森の中だというのに裸足だ。


 彼女の姿を見て、息を呑んだ。


 目の前を死に物狂いで走っている少女が、夢の中の少女と瓜二つだったからだ。黒く艶々としたセミロングに、ガラス玉のように美しい瞳。その全てが、夢の中の彼女と同じだ。


「あのっ」


 咄嗟に声をかけようとして「止まってください!!」という怒号にかき消される。


 彼女を追っている集団の声だ。彼らは白いシャツの上から黒いジャケットを羽織っていて、ジャケットを揺らしながら、少女を追っていた。その形相は必死そのもので、まるで世界の終わりがやって来る、といった表情をしている。


 段々と、僕と彼らの距離が近づく。


 風が吹いて、彼らのジャケットがめくれ上がった。その中にあるものを見て、僕は固まってしまう。


 彼らは、日本の武士とか中世の兵士みたいに、腰に剣をぶら下げていた。


 何だこれ。何かのドッキリか。


 そう思ったのも束の間、僕はこの世の物とは思えない現象を目の当たりにする事になる。


 黒ジャケット集団の先頭を走っていた男が左手を挙げた。するとそれに呼応するように、彼の右斜め後方を走っていた男が大声で何事かを叫ぶ。


 その直後、少女の前方が、ていうか、僕の足元だ。そこが急に盛り上がった。


「は? え?」


 情けない声を出すので精一杯だった。


 まるで勢い良く吹き出す噴水みたいにして、地面がめきめきと盛り上がる。盛り上がった地面は形を変え、大きな手へと変貌した。


 盛り上がった土に見事に吹っ飛ばされ、僕は惨めにも尻餅をついてしまう。その間にも、変化した土塊は少女に向かっていた。


 咄嗟に立ち上がり、殆ど転がるようにして進み、少女の手を掴んだ。 


「え!?」


 戸惑う少女に構わず、彼女を引っ張った。


 その瞬間、彼女の髪から花飾りが落ちてしまう。


「あっ! 待って!」


 余程大切な物なのか、少女は手を伸ばした。けれど、そんなものを拾っている場合じゃない。


 僕は構わずもう一度、今度は強めに彼女を引っ張った。軽い少女の体は簡単に僕に引き寄せられる。


 土塊は彼女を捕まえんとその掌を広げていたが、虚空を握りしめただけだった。


「こっちだ!」


 叫んで、元来た道を引き返す。


 行きよりも激しく枝が皮膚を斬りつける。蜘蛛の巣だって容赦なく襲いかかる。


「痛いっ」


 後ろから、ピアノの音色のような美しい声が響く。少女はしゃがみ込み、右足の裏を押さえていた。


 止まっていたら、黒ジャケットの集団が追いついて来るかもしれない。なりふり構っていられなくて、僕はしゃがみ込んだ。


「ほら、乗って。もうすぐ外だから、多分逃げ切れる」


 花飾りの恨みでもあるのか、少女は一度ジト目で僕を見たが、すぐに背中に乗った。 


 にゅう、と慎ましくも確かな主張が押し寄せて来る。頬が熱くなる。頭の中から卑猥な想像を振り払って、再び走り出す。

 近くに止めてある自転車まで向かい、彼女を下ろす。


「後ろに乗って」 


 荷台を指差すも、少女は立ち尽くしたままだった。


「え、何これ……」


 彼女は呆然と自転車を見つめている。


「何って、自転車だよ。逃げるから、ここに跨って」


 サドルに跨って、再び荷台を指差す。


 彼女は僕の真似をして、たどたどしく荷台に跨った。それを確認してからペダルを踏み込み、走り出す。


 慣れない二人乗りは、かなり難しかった。上手く操縦できずよろよろふらつくたびに、後ろから「きゃっ」と声が上がる。後ろを確認したところ、黒ジャケットの集団は追って来ていないようだ。


 気になることは沢山あった。だけど、それはひとまず置いておこう。まずは身を隠せるところまで移動しないと。それが第一だ。

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