18
私はまた、塔の上に連れ戻された。
何もない、退屈な場所。私はここに、死ぬまで閉じ込められる。
ベッドの脇に座り込み、隠れるように本を読む。もう何度も読んだ本だ。先代の犠牲者が、世界を救う物語。いずれ私もこうやって、お伽話にされるのだろう。
「失礼します」
トレイに朝食を乗せた兵士長がやって来た。彼は毎回、ノックもせずに入ってくる。これじゃ、迂闊に着替えもできない。
彼を鋭い目で睨みつける。しかし、彼は私のそんな目なんて全く気にせずに、飄々とした様子で歩いていた。
「ねえ、あっちの世界で貴方が着ていた服。あれどうやって手に入れたのよ」
あの灰色の服。あんな服は私達の世界にはない。あの世界に溶け込む為に用意したのだろうが、どうやって手に入れたのだろうか。
「スミカ様には関係ない事ですよ」
彼はトレイを机に置きながら言う。その声音は酷く冷たい。
「関係ないって……じゃあ、貴方達はあっちの世界で、私をあぶり出すために何人殺したのよ!」
彼らは本当にあの世界を滅ぼすつもりでいた。あの荒廃した景色を、私は忘れていない。
「それも、スミカ様には関係ない事です」
「関係なくない!」
拳に力が入る。関係ないわけがない。私が間に合っていれば、あの犠牲は生まれなくて良かったんだ。
「スミカ様はこの世界を救ってくださるお方。自分と関係ないそんな人々の為に、胸を痛める必要なんてないんですよ」
「そんなこと言わないで!!」
体中から怒りがこみ上げる。全身の血液が沸騰しそうだった。私のせいで犠牲が出るなんて、絶対に嫌。
私の怒鳴り声なんか無視して、兵士長は部屋から去って行く。
彼は、私の事を道具としか思っていない。いつも冷たい瞳で、まるでオートマタでも見るように、私を見てる。
私はこんな風に、誰にも必要とされずに死んでいくんだ。
「本当は、死にたくなんかないんだよ」
もっと、彼と一緒に生きたかった。でも、私のせいで何人もの人が死ぬと思うと、耐えられないくらい怖くなる。
世界中の人々が私の死を望んでいて、世界中の人々が私が生きる事を拒んでいる。誰も、私を必要としてくれない。
たった一人、アヤト君を除いて。
ベッドにもたれかかり、ボーッとクローゼットがあった場所を眺める。アヤト君の世界に通じていた扉。あのクローゼットは撤去されてしまった。
アヤト君に、会いたい。
いつか彼は「奇跡を起こすんだ」と言っていた。「僕がスミカの代わりに犠牲になるんだよ」とも言ってくれた。嬉しかった。本当に、嬉しかった。
君を一人にはさせないって、包み込んでくれたんだ。
「アヤト君、会いたいよ」
鼻の奥がむず痒くなり、堪え切れなくなって、波が落ちた。大粒の涙は、止まらない。
「アヤト君……」
その時だ。
無性に懐かしい感覚が、私に近づいて来ていた。
私はこの感覚を、知っている。
この感覚を初めて感じたのは――そう、あの時だ。
私が初めて自由を手に入れた、あの森。あの森で、誰かが、私を助けようと必死に近づいて来てくれていた。
今の感覚は、それと似ている。
上空から、物凄いスピードで、彼が近づいている。
私のたった一人の、大切なヒーローが。
★☆★☆★☆
トンネルを抜けたその先は、遥か上空だった。
「は? え?」
視界の先には果てしなく広がる蒼穹があった。
「うわあ。すっげえ綺麗」
透き通るような青空に、高く昇る雲。その全てが、美しい。
感嘆の声をあげたのも束の間、すぐに独特の浮遊感に包まれる。
下から勢い良く風が吹き上げた。しかし、別に地上から風が吹いているわけじゃない。今僕は、果てしないほど高い天空から、地上に向かって真っ逆さま。
体を反転させ、チラリと視界に入る。そこには祭壇のような建物と、それを祀る土地があった。その土地には大理石のような物が敷き詰められていたが、一瞬しか確認できなかったため、確信は持てない。
ここは地上じゃない。なのに、まるで天空の孤島のように、島が浮かんでいる。
「なんだあれ」
しかし、疑問に思うまもなく、地上に向かって落ちて行く。
もう一度体を捻り、地上を見るとそこには更に広大な景色が広がっていた。
無数に聳え立つ塔の数々。
「あれが《塔の街》」
僕の視界の真下には《塔の街》が広がっていた。
超高層ビルなんかの比じゃない。あれは紛れもなく、塔だ。
その《塔の街》上空を、二台の列車が走っている。レールなんてない。空中を、列車が通っているのだ。いつかスミカが言っていた空走列車というやつだろう。空走列車は、煙を吐き出しながら甲高い汽笛の音を鳴り響かせて、上空を駆け巡っている。
なんて、冷静に分析してる場合じゃないよな。
僕は《塔の街》よりも高いところにいる。落ちれば間違いなく、ジ・エンドだ。
奇跡を起こすなんて言っといて、異世界に来て早々に転落死なんかしたら笑えない。
《塔の街》の中心部に、ひときわ高く聳え立つ塔がある。その塔の最上階から、何者かが助けを求めていた。
忘れるはずがない。初めてスミカと会った時と、同じ感覚。
あそこだ。あそこに、スミカがいる。
イメージしろ。魔力を生み出せ。風が吹き、僕の体を持ち上げる。風は流れ、僕をスミカの元まで運んでいく。
イメージだ。イメージを具現化しろ。
その時――アヤト君に、会いたい――スミカの声が聞こえた気がした。愛しくて、かけがえのない、大切な声。彼女は悲しみに暮れ、僕を待ってる。
「待ってて。今、行くから!」
直後、風が吹いた。風は僕を持ち上げて、流れるように僕を塔の最上階まで運ぶ。目的の場所は、もう目の前だ。
そこで、ある会話を思い出した。
――内側からの攻撃に特化してるから、余計強いんだ。
これは確か、ショッピングモールに向かう途中での会話だ。
スミカの暮らす塔の最上階は、結界で守られている。だけど、その結界が守っているのは、内側だけだ。
――私を奪おうなんて考える人はいないんだよ。
スミカは悲しそうに呟いていた。
スミカの塔は、外側からの攻撃に対する防御の手段がない。それは、スミカを救おうとする人間がいないから。外から攻撃が加えられることなんて、元々想定されていない。
この塔を作ったのが誰かなんて知らない。でも、完全に舐めている。見てろよ。今僕が、お前らに一泡吹かせてやる。
「スミカは一人ぼっちじゃないって事を、教えてやる!」
塔の屋上に着地し、勢い良く火球をぶつけた。結界に守られていない塔の屋根はいとも簡単に崩れ落ちる。
「スミカ!」
砂塵が舞い上がる。それを腕で斬り裂き、部屋へと飛び込んだ。
「助けに来たよ」
彼女は呆然とした顔で、ベッドの隅に蹲っていた。
「やっぱり、アヤト君だったんだ」
彼女に向かって手を伸ばす。
スミカは顔をくしゃくしゃに歪めながら、僕の手を掴んだ。
「行こう!」
だけど、スミカは動かない。彼女は黙って、首を振る。
「今ならまだ間に合うよ。兵士達が来る前に、元の世界に帰って」
彼女は一度崩れかけた表情を引き締めて、鋭い目で僕を睨んだ。彼女の瞳を真っ直ぐ見て、僕も強く首を振り返す。
「もう、スミカの代わりに犠牲になろうとしてないよ。僕は本当の奇跡を起こすつもりでここに来たんだ」
「本当の奇跡?」
スミカは首を傾げている。
「そう、本当の奇跡だ。僕も、スミカも、誰も犠牲にせずに、世界を救う。それが、本当の奇跡だ」
「そんな方法が、本当にあるの?」
「知らないよ、そんなの。でも、それを起こすから奇跡なんだ」
奇跡なんてとても陳腐な言葉だと思う。でも、僕は胸を張ってはっきりと言ってやった。
「僕達は既に奇跡を起こしてるんだ。世界が違うのに、二度も会ってる」
僕の声は自信で満ち溢れていた。決まりきった未来を答えるように、口を開く。
「僕達にかかれば、世界を超える事くらい簡単な事なんだよ。だから、奇跡なんていくらでも起こせる」
スミカは僕を真っ直ぐ見つめていた。馬鹿馬鹿しいと一蹴されればおしまいだ。しかし、そうなるとは思えなかった。確かな自信が、僕の中にはあった。
「分かったよ。アヤト君を、信じる」
スミカは僕の手を強く握り返した。
彼女の魔法で、屋根の大穴から空へと飛び立つ。穴から部屋を見下ろすと、ちょうどその時、兵士長が部屋に駆けつけたところだったようだ。
彼は瞬時に剣の魔法を発動させたが、全てスミカの魔法によって無力化される。
そんな彼を嘲笑うかのように、僕とスミカは、大空へ逃げ出した。まるで、自由に羽ばたく鳥になったかのような気分だった。
スミカはこれで本当に《塔の上》という籠の中から脱出したんだ。




