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 私はまた、塔の上に連れ戻された。


 何もない、退屈な場所。私はここに、死ぬまで閉じ込められる。


 ベッドの脇に座り込み、隠れるように本を読む。もう何度も読んだ本だ。先代の犠牲者が、世界を救う物語。いずれ私もこうやって、お伽話にされるのだろう。


「失礼します」


 トレイに朝食を乗せた兵士長がやって来た。彼は毎回、ノックもせずに入ってくる。これじゃ、迂闊に着替えもできない。


 彼を鋭い目で睨みつける。しかし、彼は私のそんな目なんて全く気にせずに、飄々とした様子で歩いていた。


「ねえ、あっちの世界で貴方が着ていた服。あれどうやって手に入れたのよ」


 あの灰色の服。あんな服は私達の世界にはない。あの世界に溶け込む為に用意したのだろうが、どうやって手に入れたのだろうか。


「スミカ様には関係ない事ですよ」 


 彼はトレイを机に置きながら言う。その声音は酷く冷たい。


「関係ないって……じゃあ、貴方達はあっちの世界で、私をあぶり出すために何人殺したのよ!」


 彼らは本当にあの世界を滅ぼすつもりでいた。あの荒廃した景色を、私は忘れていない。


「それも、スミカ様には関係ない事です」


「関係なくない!」


 拳に力が入る。関係ないわけがない。私が間に合っていれば、あの犠牲は生まれなくて良かったんだ。


「スミカ様はこの世界を救ってくださるお方。自分と関係ないそんな人々の為に、胸を痛める必要なんてないんですよ」


「そんなこと言わないで!!」


 体中から怒りがこみ上げる。全身の血液が沸騰しそうだった。私のせいで犠牲が出るなんて、絶対に嫌。


 私の怒鳴り声なんか無視して、兵士長は部屋から去って行く。


 彼は、私の事を道具としか思っていない。いつも冷たい瞳で、まるでオートマタでも見るように、私を見てる。


 私はこんな風に、誰にも必要とされずに死んでいくんだ。


「本当は、死にたくなんかないんだよ」


 もっと、彼と一緒に生きたかった。でも、私のせいで何人もの人が死ぬと思うと、耐えられないくらい怖くなる。


 世界中の人々が私の死を望んでいて、世界中の人々が私が生きる事を拒んでいる。誰も、私を必要としてくれない。

 たった一人、アヤト君を除いて。


 ベッドにもたれかかり、ボーッとクローゼットがあった場所を眺める。アヤト君の世界に通じていた扉。あのクローゼットは撤去されてしまった。


 アヤト君に、会いたい。


 いつか彼は「奇跡を起こすんだ」と言っていた。「僕がスミカの代わりに犠牲になるんだよ」とも言ってくれた。嬉しかった。本当に、嬉しかった。


 君を一人にはさせないって、包み込んでくれたんだ。


「アヤト君、会いたいよ」


 鼻の奥がむず痒くなり、堪え切れなくなって、波が落ちた。大粒の涙は、止まらない。


「アヤト君……」 


 その時だ。


 無性に懐かしい感覚が、私に近づいて来ていた。


 私はこの感覚を、知っている。


 この感覚を初めて感じたのは――そう、あの時だ。


 私が初めて自由を手に入れた、あの森。あの森で、誰かが、私を助けようと必死に近づいて来てくれていた。


 今の感覚は、それと似ている。


 上空から、物凄いスピードで、彼が近づいている。


 私のたった一人の、大切なヒーローが。


 ★☆★☆★☆


 トンネルを抜けたその先は、遥か上空だった。


「は? え?」


 視界の先には果てしなく広がる蒼穹があった。


「うわあ。すっげえ綺麗」


 透き通るような青空に、高く昇る雲。その全てが、美しい。


 感嘆の声をあげたのも束の間、すぐに独特の浮遊感に包まれる。 


 下から勢い良く風が吹き上げた。しかし、別に地上から風が吹いているわけじゃない。今僕は、果てしないほど高い天空から、地上に向かって真っ逆さま。


 体を反転させ、チラリと視界に入る。そこには祭壇のような建物と、それを祀る土地があった。その土地には大理石のような物が敷き詰められていたが、一瞬しか確認できなかったため、確信は持てない。


 ここは地上じゃない。なのに、まるで天空の孤島のように、島が浮かんでいる。


「なんだあれ」


 しかし、疑問に思うまもなく、地上に向かって落ちて行く。

 もう一度体を捻り、地上を見るとそこには更に広大な景色が広がっていた。


 無数に聳え立つ塔の数々。


「あれが《塔の街》」


 僕の視界の真下には《塔の街》が広がっていた。


 超高層ビルなんかの比じゃない。あれは紛れもなく、塔だ。

 その《塔の街》上空を、二台の列車が走っている。レールなんてない。空中を、列車が通っているのだ。いつかスミカが言っていた空走列車というやつだろう。空走列車は、煙を吐き出しながら甲高い汽笛の音を鳴り響かせて、上空を駆け巡っている。


 なんて、冷静に分析してる場合じゃないよな。


 僕は《塔の街》よりも高いところにいる。落ちれば間違いなく、ジ・エンドだ。


 奇跡を起こすなんて言っといて、異世界に来て早々に転落死なんかしたら笑えない。 


 《塔の街》の中心部に、ひときわ高く聳え立つ塔がある。その塔の最上階から、何者かが助けを求めていた。


 忘れるはずがない。初めてスミカと会った時と、同じ感覚。

 あそこだ。あそこに、スミカがいる。 


 イメージしろ。魔力を生み出せ。風が吹き、僕の体を持ち上げる。風は流れ、僕をスミカの元まで運んでいく。


 イメージだ。イメージを具現化しろ。


 その時――アヤト君に、会いたい――スミカの声が聞こえた気がした。愛しくて、かけがえのない、大切な声。彼女は悲しみに暮れ、僕を待ってる。 


「待ってて。今、行くから!」


 直後、風が吹いた。風は僕を持ち上げて、流れるように僕を塔の最上階まで運ぶ。目的の場所は、もう目の前だ。


 そこで、ある会話を思い出した。 


 ――内側からの攻撃に特化してるから、余計強いんだ。


 これは確か、ショッピングモールに向かう途中での会話だ。


 スミカの暮らす塔の最上階は、結界で守られている。だけど、その結界が守っているのは、内側だけだ。


 ――私を奪おうなんて考える人はいないんだよ。


 スミカは悲しそうに呟いていた。


 スミカの塔は、外側からの攻撃に対する防御の手段がない。それは、スミカを救おうとする人間がいないから。外から攻撃が加えられることなんて、元々想定されていない。


 この塔を作ったのが誰かなんて知らない。でも、完全に舐めている。見てろよ。今僕が、お前らに一泡吹かせてやる。


「スミカは一人ぼっちじゃないって事を、教えてやる!」


 塔の屋上に着地し、勢い良く火球をぶつけた。結界に守られていない塔の屋根はいとも簡単に崩れ落ちる。


「スミカ!」


 砂塵が舞い上がる。それを腕で斬り裂き、部屋へと飛び込んだ。 


「助けに来たよ」


 彼女は呆然とした顔で、ベッドの隅に蹲っていた。


「やっぱり、アヤト君だったんだ」


 彼女に向かって手を伸ばす。


 スミカは顔をくしゃくしゃに歪めながら、僕の手を掴んだ。


「行こう!」


 だけど、スミカは動かない。彼女は黙って、首を振る。


「今ならまだ間に合うよ。兵士達が来る前に、元の世界に帰って」


 彼女は一度崩れかけた表情を引き締めて、鋭い目で僕を睨んだ。彼女の瞳を真っ直ぐ見て、僕も強く首を振り返す。 


「もう、スミカの代わりに犠牲になろうとしてないよ。僕は本当の奇跡を起こすつもりでここに来たんだ」


「本当の奇跡?」


 スミカは首を傾げている。


「そう、本当の奇跡だ。僕も、スミカも、誰も犠牲にせずに、世界を救う。それが、本当の奇跡だ」 


「そんな方法が、本当にあるの?」


「知らないよ、そんなの。でも、それを起こすから奇跡なんだ」


 奇跡なんてとても陳腐な言葉だと思う。でも、僕は胸を張ってはっきりと言ってやった。 


「僕達は既に奇跡を起こしてるんだ。世界が違うのに、二度も会ってる」


 僕の声は自信で満ち溢れていた。決まりきった未来を答えるように、口を開く。


「僕達にかかれば、世界を超える事くらい簡単な事なんだよ。だから、奇跡なんていくらでも起こせる」


 スミカは僕を真っ直ぐ見つめていた。馬鹿馬鹿しいと一蹴されればおしまいだ。しかし、そうなるとは思えなかった。確かな自信が、僕の中にはあった。


「分かったよ。アヤト君を、信じる」


 スミカは僕の手を強く握り返した。


 彼女の魔法で、屋根の大穴から空へと飛び立つ。穴から部屋を見下ろすと、ちょうどその時、兵士長が部屋に駆けつけたところだったようだ。


 彼は瞬時に剣の魔法を発動させたが、全てスミカの魔法によって無力化される。


 そんな彼を嘲笑うかのように、僕とスミカは、大空へ逃げ出した。まるで、自由に羽ばたく鳥になったかのような気分だった。


 スミカはこれで本当に《塔の上》という籠の中から脱出したんだ。

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