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 夢を、見ている。魔法で風を操って、空を飛ぶ夢。彼女はなぜか、とても焦っていた。目的の場所へ、一刻も早く行かないと。脅迫や呪いに近い思いに急かされ、彼女は前へ前へ進んで行く。 


 そして――


 ★☆★☆★☆


 窓から照りつける日差しに瞳を焼かれ、目が覚めた。酷い頭痛がする。ガンガンと痛む頭と気怠い体にムチを打って、起き上がる。


 ここはどこだ。寝ぼけた頭をフル回転させて、記憶を探る。窓の前に広がる海を見て、全てを思い出した。


 僕はスミカと一緒に、旅行に来ていたんだ。どうやら睡魔に負けて、眠ってしまったらしい。


「スミカはどこだ」


 慌てて部屋中を見渡して、彼女がいない事に気がついた。ベッドの上に、昨日までスミカが着ていた浴衣が丁寧に折り畳まれている。


 体中から血の気が引いていく。


 彼女はここにいない。ということは――


「スミカ! どこだ!」


 ユニットバス、タンス、トイレ、部屋中を探しても彼女はいなかった。転がるように部屋を出て、叫びながら廊下を走り回る。


「どこにいるんだ! お願いだ! 出てきてくれ!」

「お客様、どうなさいました⁉︎」


 慌てた様子で旅館の仲居さんが掛けよってくるが、気にしてられない。


「すみません! 絶対に戻ってきます」


 謝ってから、旅館を飛び出した。どこをどれだけ探しても、スミカの姿はない。


 絶望した。黒い感情が体中を覆っていく。なんで僕は、眠ってしまったんだろう。きっとスミカは、目が覚めて出て行ってしまったんだ。日の出の前なのか、日の出の後なのか、それは分からない。目覚めた時、いったい彼女はどんな気持ちだったのだろう。裏切られたと怒りが湧き上がって来ただろうか、それとも、裏切られたと絶望しただろうか、どのみち、最悪だと、そう思ったに違いない。


 兵士達はこの世界に攻めてきたのだろうか。でもこの際、そんなのはどうでも良い。


 スミカを救えなかった。スミカの花を返してあげられなかった。最後の最後には、彼女の気持ちを利用して裏切るという最低な事までした。友達、失格だ。


 重い足取りで部屋まで戻り、時計を見る。時刻は午前九時。チェックアウトギリギリだ。


 テレビをつけると、そこには地獄が広がっていた。家が切り刻まれ、街が燃え、突風が吹き、建物が破壊されていく。その一部始終が放送されていた。


 現場に向かったリポーターが鬼気迫る表情で捲し立る。 


「物凄い事が起きています。突如現れた男達が、街を破壊しているのです! 信じられないことが起こっています!」


 あまりの出来事にボキャブラリーが貧弱になっているのか、リポーターはひたすら同じ言葉を繰り返している。


 コンクリートからは土が溢れ出し、あちこちで水柱が建っていた。


 本当に、兵士達はこの世界を滅ぼそうと覚悟を決めていたんだ。


 この光景はスミカが恐れていたものだ。そして、僕が望んでいたものでもある。


 何人犠牲になっても良い。スミカに生きていてもらいたい。そう、思っていたんだ。


 テレビ画面には、泣き叫ぶ子どもが映し出される。全部、僕のせいだ。


 次にテレビに映し出されたのは、銃火器にライオットシールドで武装している特殊部隊の映像だ。


 彼らは銃を向け、兵士達を包囲していた。


 画面の下に「動くな! 撃つぞ!」というテロップが加えられる。恐らく、特殊部隊の人間が叫んだのだろう。言われた通り、兵士達は動いていない。しかし、特殊部隊の装備が全て弾け飛んだ。


 何をしたのかは分からない。だが、銃はバラバラに弾け飛び、ライオットシールドは粉々に砕け散った。


 あの中の誰かが魔法を使って破壊したんだ。そうとしか思えない現象だ。


 テレビ画面を見てみると、特殊部隊の中には一人だけ装備を破壊されていない人物がいた。


 見覚えのある男が、彼に近づいていく。


 兵士長だ。兵士長は悠然とした動きで、銃とシールドを構える男に近付いていった。彼は怯えきっていて、銃口を向けることすらできていない。兵士長がシールドと銃を奪い取ると、兵士達はその場から消えた。


 後には成すすべもなくやられた特殊部隊だけが残っている。

 映像が切り替わり、超能力研究をやっているという胡散臭い専門家がグダグダと持論を展開し始める。


 スタジオ内にあるテレビには、泣き叫ぶ子ども姿が、切り刻まれる家が、風に吹き飛ばされる家が、繰り返し映し出されていた。


 泣き叫ぶ子ども達の姿が、脳から離れてくれない。家を失って倒れこむ人々が、脳にこびり付いて消えてくれない。


 これは、僕が望んだことだ。スミカは、人が傷つくのを恐れていた。僕はスミカに生きてて欲しかった。ただ、それだけだなんだ。本当に、それだけなんだ。


 頭の中で子どもの泣き声が木霊する。家を失った人々の恨みの声が、何度も何度も脳内に反響する。


 ――お前のせいだ。


 永遠に、無限に、僕を責め立てるように、その声は消えてくれない。


「どうすれば良かったんだよ!!」


 喉が張り裂けそうなほど叫んだ。前屈みに倒れ込み、床を殴りつける。


「僕だって、誰にも傷ついて欲しくない! でも、仕方なかったんだよ!」


 心の奥から、熱いものが流れてくる。それは頬を伝って、ポタポタと床に溢れた。


「スミカが死ぬかもしれなかったんだ! なんで、スミカが死ななきゃいけないんだよ!!」


 スミカとの日々を思い出す。彼女と共にいたあの日々だけは、ここではないどこかへ行けた。


 本当にかけがえのない存在だったんだ。


 スミカに、会いたい。


 その時、ニュースキャスターが慌てた様子で叫んだ。


「速報です!」


 テレビ画面はまたも移り変わり、会見の様子が映し出される。スーツを着た男が真剣な表情で何事かを喋っていた。どうやら黒ジャケットの集団が消えたらしいが、情報が脳を上滑りするみたいで、理解するのに時間がかかる。


 間違いなく、僕の頭は真っ白になっていた。脳の配線が切れたみたいに、何も考えられない。


 どういう経緯で脅威が去ったと判断したのかは分からない。ただ、一つだけ分かることがある。


 兵士達が攻撃をやめたという事は、スミカが、彼らの前に姿を現した、という事だ。


 もう、完全に、彼女は元の世界に連れ戻されてしまったんだ。

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