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 新幹線に乗って、目的の旅館に向かう。


 不幸中の幸いか、夏休みだというのに旅館は空いていた。宿泊する予定だった客が当日になってキャンセルしたのだという。


もう既に陽は沈んでいる。終電の時間さえ過ぎてしまえば、スミカは帰れない。


 目的の旅館は、観光雑誌に載るだけあって、かなり豪華な建物だった。


 受付を済ませて、部屋に通される。通された部屋は和洋室で、フローリングの床にベッドが二つ。畳縁を挟んで畳が敷かれており、畳の上にちゃぶ台が置かれていた。


 障子を開けると、月に照らされた美しい海が広がっている。最高のオーシャンビューだというのに、全く心が踊らない。鬱々とした空気が、部屋中に漂っていた。


「見てスミカ! 凄い綺麗だよ!」


 無理して笑顔を作ってみるが、スミカの表情は暗いままだ。


「せっかくだから、気分転換にお風呂にでも行こうよ」


「そうだね」


 バスタオルとフェイスタオルを持って、温泉に向かう。エレベーターに乗って移動し、のれんの前で別れた。


 温泉から見る海は、部屋から見る海よりも格段に美しい。岩場に囲まれた温泉の下には、どこまでもどこまでも、海が広がっている。


 スミカと一緒に、あの水平線の彼方まで逃げ出したい。誰にも追われず、何にも縛られず、ただ、自由に生きていたい。なんで、それが叶わないんだよ。


 目の前には絶景が広がある。最高の温泉にも浸かっている。この上ないほど癒される場所のはずなのに、心は全く晴れなかった。


 涙が溢れて溢れてしょうがない。どんなに頑張っても、涙は止まってくれなかった。


★☆★☆★☆


「よし。もう完璧だ」


 洗面台の前で、何度も何度も顔を確認する。もう目は赤くない。腫れぼったくもない。泣いていたなんてバレたら、恥ずかしくて仕方ないからな。


 スミカはもうとっくに部屋に戻っているのかな。いや、待てよ。もしかしたら逃げ出されているかもしれない。


 脳裏に最悪の展開がよぎり、慌ててのれんをくぐる。すると、その時たまたま女子風呂から上がってきたスミカと目があった。彼女は僕を見てはっと肩を弾ませる。そして、慌てたように目を抑えた。


 もしかしたら彼女も、温泉の中で泣いていたのかもしれない。


 ★☆★☆★☆


 部屋に戻った時には、二十二時を過ぎていた。ここら辺は都会よりも終電が早いから、あと三十分もすれば電車はなくなる。そうすれば、もうスミカは帰れない。


 僕は腐った笑みを浮かべながら、バッグの中から様々な道具を取り出す。トランプ、UNO、人生ゲーム、チェスやリバーシなど様々な遊びができるボードセット。


「スミカ、何して遊ぼうか」


 すると、スミカは何か言いたそうに口をもごもごと動かしていた。すかさず僕は付け足す。


「最後の遊びだし、最高の思い出にしようよ」


 もうそろそろ帰りましょうなんて、そんなことは言わせない。


「そう、だね」


 スミカは俯きながら「じゃあこれで」とトランプを指差した。


「お、良いね」言いながらバッグをゴソゴソと漁る。「ちゃんと罰ゲームも用意したんだよ」

「ばつげーむ?」

「そう。罰ゲーム」


 ドン、とテーブルの上にビンとグラスを置く。酒瓶とショットグラスだ。


「何これ?」


「劇マズの飲み物なんだよ。でも、飲むと段々と面白くなってくる不思議な飲み物なんだ」


 嘘は言っていない。酔っ払うと何が起こっても面白く感じてしまうんだ。ただ、頭がおかしくなって理性がぶっ飛ぶという事は伏せておいた。これでスミカを酔い潰せは、完全に明日の日の出までは帰れない。


「さあ、勝負だ」


 スミカにババ抜きのやり方を教えてから、勝負を開始する。

 僕達は簡単に酔っ払っていった。始めこそは地獄のような雰囲気が漂っていたものの、酔いがまわるにつれて笑顔が増えてくる。 


 世界の崩壊を前に、僕達はへべれけになって騒いでいた。


「すっごい! アヤト君、何その踊り!」


 気がつけば、鳥のように手首をパタパタさせながら、白目を向いて踊っていた。何をしているんだ、僕は。


 笑い上戸なのか、スミカは僕が何をしていても手を叩いて笑っている。その姿を見ていると、こっちまで気分が良くなってくる。


 それからどれくらい経った頃だろうか、スミカが窓際の壁に寄りかかりながら、月を見上げていた。淡い月影に照らされて、彼女の横顔が薄く光る。


 スミカの頬には、涙が伝っていた。彼女は涙を拭ってから、振り向く。酔いが回っていて、頬が紅潮していた。


「私、本当は死にたくなんかないんだよ」


 その言葉に、胸が張り裂けそうになった。それは間違いなく、スミカの本音だったからだ。 


「私、ずっとこんな風な狭い部屋に閉じ込められてたんだ」


 彼女は旅館の部屋を見渡している。


「もう一度あそこに戻るなんて嫌」悲しみと責任が入り混じった声音だ。「でも、私のせいで物凄い数の人が死んじゃうと考えると、夜も眠れなくなるんだよ」


 彼女は今にも頭を抱えそうだった。触れたら一瞬で崩れ落ちてしまいそうなほど、弱く儚く見える。


 大丈夫だよ。君を死なせはしない。


 僕はゆっくりと彼女に近付いて、崩れ落ちないよう、力強く抱きしめた。彼女の体は、酷く冷たかった。なのに、僕の肩には暖かいものが零れ落ちてくる。きっと、彼女の涙だ。彼女の体を暖めるように、強く強く、抱きしめた。


 数分後、力尽きてしまったのか、スミカは眠りについた。時計を見てみると、時刻は深夜の二時を指している。日の出まであと数時間。間違いなく、彼女は廃トンネルまで辿り着かない。


 それでも、もしもスミカが目を覚ましてしまったら大変だ。兵士達が鎮圧されるまでは、寝るわけにはいかない。


 瞼が縫いつけられたのかと思う程の睡魔の中、懸命に目をこすって自我を保つ。スミカから、目を話すわけにはいかない。すうすうと寝息を立てて眠るスミカの顔を、脳に刻みつける。


「あ、アヤトく、ん」


 眠っているスミカが僕の名前を呟いた。たったそれだけのことで、狂おしいほど愛が溢れ出してくる。

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