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 火事に群がる人々を掻き分けて、進んで行く。路地を曲がり、破茶滅茶に走り回って、気がついた時には今日行った公園に戻っていた。


 噴水広場のベンチに腰掛けたところで、スミカに殴られる。

「アヤト君、何アホなこと口走ってるの!」


 痛い。頬がジンジンと痛む。でも、頬の痛みなんかよりも胸の方が痛い。ズキズキと、いくつもの剣を突き立てられているかのように、胸が痛む。己の無力さが、痛みとなって僕を責め立てている。


「ごめん。どうしても、スミカには行って欲しくなかったんだ」


 彼女は弱々しく僕の胸を掴んだ。


「そういう事は言わないって、約束したじゃない」


 スミカの瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。


「本当に、ごめん」


 謝りながらも、頭の中では、どうすればスミカが死ななくて済むのかと、ずっと考えていた。


 兵士長はスミカが帰らなければこの世界を滅ぼすと言っていた。スミカがトンネルに戻らなければ、奴らは間違いなくこの世界に攻撃を仕掛けるだろう。


 奴らの魔法がどの程度なのかは分からない。しかし、予測は立てられる。


 兵士長と呼ばれた男の魔法は剣を出現させて操るという物だ。はっきり言って、その魔法だけで軍隊とまともにやりあえるとは思えない。その程度、それ以下の兵士達が束になったところで出来ることなんてたかが知れている。日本、ないしは世界を敵に回して、勝てるとは思えない。


「スミカ。約束は守るよ。もう、僕を連れて行けなんて言わない。その代わり、一緒に逃げてくれ」


 縋るようにスミカを見た。頼むから、逃げると言って欲しい。


 だけど、僕の願いは届かなかった。スミカはゆっくりと首を振るだけだ。


「逃げる事は出来ないよ」

「なんで……」


 理由なんて聞かなくても分かってる。それでも、聞かずにはいられなかった。


「なんでなんだよ……」

「この世界が、滅ぼされちゃうからだよ」

「大丈夫だ! この世界は滅ぼされない」


 僕は早口でまくしたてる。


「この世界の科学力を舐めないで欲しい。あんな兵士の魔法なんかが束になっても絶対に負けるはずがない。それに、僕達は奴らの唯一の退路を知ってる」


 スミカがこの世界に来るのに通ったというあの廃トンネル。

「あそこを占領すれば、奴らは物資の補給もできないし、逃げ場もなくなる。一網打尽にできるんだよ!」


 きっと、今僕はとても醜い表情をしているのだろう。スミカが、酷く悲しそうな目で僕を見ていた。


 彼女はとても慈悲深い声で、呟く。


「でも、それじゃ人が死ぬでしょ」


 彼女のその言葉を聞いて、声音を聞いて、目の前が真っ暗になった。


「それじゃあ、この世界の人も、私の世界の人も、傷ついちゃうよ。私が犠牲になるだけで、その人達は救われるんだよ」


 ダメだ。本当に、彼女の心は優しすぎるんだ。


 逃げられるのに逃げないで、ずっと塔の上で一人で耐えて、誰かの為に犠牲になろうとして、本当に、心の底から優しすぎるんだ。


 なんで、なんで、スミカなんだよ。どうしてスミカが犠牲にならなきゃいけないんだよ。もっと他にもいるだろ。世の中クズばっかりじゃないか。


 なんで、こんなにも優しい子が、犠牲にならなきゃいけないんだ。


「スミカ。じゃあ、最後のお願いだ」


 僕は、どうしてもスミカを諦められなかった。彼女の優しさに漬け込んでいる事も分かってる。それでも、こうするしかなかったんだ。


「僕と一緒に、あそこに行ってくれ」


 いつか、スミカが行きたいと言っていた温泉。日帰りじゃあ、まず帰れない場所だ。そこに連れて行けば、明日の日の出には絶対に間に合わない。その間に、自衛隊ないしはアメリカ軍に兵士達を鎮圧してもらうんだ。できれば、トンネルの情報も流した方がいい。奴らが全滅したら、スミカを狙う者はいなくなる。


 スミカは少し考えているようだった。僕は駄目押しの為にもう一度呟く。


「頼むよ。最後のお願いだ」


 カス野郎だと思う。彼女の優しさに漬け込んだクソみたいな作戦だ。それでも、どうしても、スミカには生きていてもらいたい。


「分かったよ。そこに行ったら、お別れだね」


 目を伏せて、スミカは言った。ごめん。最後にさせるつもりなんてない。心の底で、黒い感情が蠢いた。


「うん。この思い出を、僕は絶対に忘れないようにするよ」


 そして僕は、性懲りも無くまた嘘を重ねるのだ。

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