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「いやー、楽しかったなあ」


 公園からの帰り道、スミカは首にタオルを巻いて笑っていた。あの子ども達可愛かったなあ、と何度も何度も呟いている。


 そんな彼女の隣を歩きながら、マップ機能を使って近くの駅を検索する。行きもこの機能を使ってこの公園まで来たのだが、一度来ただけじゃ道を覚えきれない。


 マップと睨めっこしながら歩いていると、近道を見つけた。左手にある林を突っ切るとかなりの近道になる。確認してみると、舗装はされていないがしっかりとした道があった。別に早く家に帰りたいわけじゃない。むしろ家には遅く帰りたいが、日陰で涼しそうだし、ちょうどいいだろう。


「スミカ、帰りはこっちに行ってみようか」

「いいよ」


 林を指差して、左に曲がった。空を覆う木々に太陽を遮ってもらっただけで、かなり涼しくなる。ジリジリと炙られ続けた皮膚が喜んでいた。


 少し歩いたところで、いきなり肩を掴まれた。


「え?」


 驚いて、声が出てしまう。一瞬スミカの手かと思ったが、明らかに女性の手ではない。ゴツゴツしていて、マメのようなものまである。


 人の気配なんて、全く無かった。それなのに、誰が。振り返ると、そこには見たことのない男が立っていた。


 身長一九〇はあろうかという巨体が、僕とスミカを交互に見下ろしていた。物凄い威圧感だ。その威圧感に気圧され、たらりと汗が頬を伝う。


 男はグレーのスーツにグレーのハンチング帽を被っていた。スーツの上からでも、その鍛え上げられた肉体が分かる。


 彼はネクタイを締め直し、横にいるスミカに視線を移す。スミカは目を見開いて男を見上げていた。その瞳は、震えている。


「スミカ様」


 男はゆっくりと口を開く。


「やっと、見つけましたよ」


 口から流れてくるのは柔らかい声だ。しかし、その双眸は酷く冷たかった。スミカの事を、まるで人形か何かだと勘違いしているかのような、そんな瞳。


「さあ、帰りましょう」


 男がそう口にした瞬間、僕はスミカを突き飛ばした。彼女の持っていたバスケットが、宙に舞う。


「スミカ! 逃げろ!」


 手を伸ばしかけていた男の手が、すぼむ。


 大男と対峙するために咄嗟に魔法を使おうとするも、後ろから「きゃあ」というスミカの叫び声が聞こえた為、やめる。


 慌てて振り返ると、スミカの前に立ち塞がるようにして何本もの剣が現れていた。その切っ先は全てスミカに向いている。


「できれば手荒な真似はしたくないんですよ」


 男は静かに言った。しかし、僕は冷静ではいられなかった。


 あの剣は、恐らく前にスミカが言っていた剣を作り出すという魔法だろう。その魔法を使うのは兵士長だと言っていた。つまり、目の前のこの男が、僕の敵だ。


「スミカの前から剣をどけろ!」


 叫んで、右手に火球を作り出す。この距離だ。目と鼻の先。外すはずがない。


 燃え盛る火炎を兵士長に押し当てようとした、その瞬間。僕の炎が飛び散った。火の粉が頬に当たり、鋭い痛みが走る。


 何が起きたのか、理解できない。辛うじて理解できたのは、黒い物体が物凄いスピードで横切ったという事だけだ。


 視線を左に向けると、木に突き刺さった剣があった。僕の髪がヒラヒラと舞っている。突如現れた剣が僕の炎を破壊したんだ。


 視界一杯に手が迫る。次に気づいた時には、地面に組み伏せられていた。


「俺は手荒な真似はしたくないって言ったんだ。余計な事はさせないでくれ」


 手も足も出なかった。無様にも程がある。


 あの花火の夜を思い出す。何が「僕が守るから」だ。


「辞めて!!」


 スミカの金切り声が響き渡った。


「アヤト君から離れて!」


 彼女が近づいてきて、僕と兵士長を引き離す。


「帰るから! もう大人しく帰るから、アヤト君を傷つけないで!」


 頭を乱暴に振りながら、スミカが兵士長の前に立ちはだかった。


「やめろスミカ。今すぐ逃げるんだ」


 僕の言葉に、スミカは首を振った。彼女はゆっくりと振り返り、口を開く。


「今までありがとね。本当に、楽しかったよ。私に自由をくれて、ありがとう」


 言って、彼女は兵士長の横まで歩いて行った。


 嫌だ。行かないで欲しい。僕の前から、消えないで欲しい。


「待ってよ!」


 咄嗟に叫んで、スミカの足を掴む。スミカは一度立ち止まり、俯いてから、勢い良く足を前に出した。僕の手から、スミカの足が離れる。


 ダメだ。行ったら、スミカが死んでしまう。世界中が滅びようとも、スミカの居なくなった世界なんて、見たくもない。命を賭けてでも、スミカを守りたい。そう、強く願った。


「待てよ!!」


 気がつけば、立ち上がっていた。ほとんど無意識に、雷撃が兵士長を貫く瞬間を脳に描いていた。


 イメージしろ。僕は最強だ。スミカを助けるんだ。絶対、負けないんだ。


「僕の魔法はスミカと同じなんだ!」


 指先に雷を集め、水切りの要領で投げ飛ばす。僕の渾身の叫びに、兵士長は振り返った。彼の右頬を、僕の雷撃がかすめる。コントロールを誤り、直撃には至らなかった。


「連れて行くなら、僕を連れて行け!」


 兵士長は右の頬を抑え、べったりと付いた血を確認していた。彼の頬は、赤く爛れている。兵士長は血と僕を交互に見て、にぃ、と唇を吊り上げた。酷く冷たくて、おぞましい。冷徹な笑みだ。


「これは、保険になるかもな」


 兵士長の手が、僕に伸びてくる。もう一度だ。もう一度、今後こそ雷撃を当てて、奴を仕留める。


 荒れる呼吸の中、震える腕に力を込めて、狙いを定める。額だ。額を貫け。何度も何度も、脳内でイメージする。


 ――今だ。


 そう思った瞬間、兵士長の体が横に飛んだ。


「何馬鹿な事言ってるの!!」


 突風の中から現れたのは、スミカだった。


 木々や草花を巻き込んだ激しい突風が、兵士長を突き飛ばしていた。彼の体は林の中に吹き飛ばされている。


「逃げるよ!! アヤト君は巻き込めない!!」


 スミカが僕の元まで走ってきて、手を掴んだ。


「ほら、走って!」


 まるで、あの時と反対だ。初めて会ったあの林の中と、真逆になってる。助けるべき存在に助けられて、本当に、情け無い。


「アヤト君!!」


 スミカはもうほとんど泣きそうだった。涙まじりの声で必死に叫んでいる。


「分かった。逃げよう」


 言った瞬間、林の中から無数の剣が飛び出してくる。その全てを、スミカが風の魔法で薙ぎ払う。


 その光景を見て、気がついた。


 その気になれば、スミカは逃げる事が出来たんだ。


 先ほど剣に囲まれた時だって、最初追われていた時だって、魔法を使えば逃げられた。


 なぜ逃げなかったのか。それはきっと、僕がいたからだろう。今は逃げたら僕が兵士長に殺されるかもしれないと思ったから、初めて会った時は僕がいきなり森の中に現れたから、危ないと思ったんだ。


 僕は、足手まといでしかない。


「行くよ!」


 スミカに手を引かれ、震える足に力を込めて必死に走る。振り返ると、林の中から血だらけの兵士長が出てきたところだった。彼は右手を振るう。すると、彼の頭上の空間が切り裂かれたように横一直線に歪んだ。その歪みの中から、無数の剣が出現する。その剣は切っ先をこちら側に向け、僕達めがけて飛んできた。


 自分の魔法を使い何とか対処しようとするも、スミカの風魔法に先を越されてしまう。


 遠くから、サイレンの後が聞こえてきた。ざわざわと、騒がしい音もする。


 そこで、気づいた。兵士長の後ろから黒煙が上がっている。僕の放った雷撃が、木に直撃して発火したんだ。


 立ち込めた黒煙は、留まるところを知らずもくもくと空に昇っていく。


 騒がしいと思ったのは、じゃじゃ馬達が周囲に集まり出しているからだ。


 人々の気配を察知したのか、兵士長も攻撃を辞めた。


「スミカ様!」


 彼は驚くほどの大声で叫ぶ。


「明日の日の出まであのトンネルで待ちます。もし来なかったら」


 兵士長は一拍置いて、更に大きな声で叫んだ。


「この世界を滅ぼします」


 その言葉を最後に、兵士長は林の中に消えていった。僕達も、その声を背に走り続けた。

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