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夢の中に出てくる女の子に、恋をしている。
もしそんな事が他人に知られたら、僕は勢い余って屋上から飛び降りてしまうかもしれない。
でも、間違いなく夢の中の彼女に恋してる。よく、彼女の夢を見るんだ。塔の上で、ずっと一人でいる少女の夢。
多分年は僕と同じくらい。十六から十八くらいだと思う。彼女は物心ついた頃からずっと、その人生の大半を塔の上で過ごしている。
彼女は塔の上から物憂げな表情で地上を見下ろす。まるで籠の中の鳥のように、自由なんてカケラも与えられていない。
世界に、人生に、絶望しているのだろう。いつもここではないどこかを目指して、いつか自由に空を羽ばたく時を夢見てる。
僕と同じだ。
僕も彼女と同じで、ここではないどこかを目指している。多分、そんな自分と彼女を重ねてしまったのだろう。
そんな夢を見るうちに、いつしか僕は彼女に恋をしていた。名前も知らない。夢の中だけに現れる、彼女に。
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目が覚めて、大きなため息をつく。
私はいつからか、夢の中に現れる男の子に憧れていた。
そこは私の知らない世界。彼はそこで自由に歩き回って、人とお喋りして、普通に暮らしている。
彼はいつも浮かない顔をしているけれど、私から見れば、その生活は輝かしいものに見えた。
羨ましい。いつか、私もそこに行きたい。この何もない部屋から一刻も早く出たい。
私にとって、夢の中の彼は希望だった。この真っ暗な生活を照らし出してくれる唯一の光だった。夢を見ることだけが、私の生きる意味だった。
私はきっと、この部屋から出ることなく、このまま夢を見ながら死んでいくんだ。
そう、思っていた。
でも、奇跡っていうのは唐突に起こるものだ。
着替えようと思いクローゼットを開けた、その時だった。
クローゼットの中身が、跡形もなく消えていた。
私がいつも身につけているシャツも、スカートも、どこにもなかった。その代わり、クローゼットの先には森が広がっていた。
夢にまで見た、外の世界が広がっていた。
息を呑む。ゴクリと喉が鳴った。このクローゼットを抜ければ、そこは外の世界かもしれない。
なぜ? どうして?
ここは塔の最上階だ。地上に繋がっているわけがない。
でも、そんな些細な疑問なんて気にならなかった。目の前に降って湧いた自由に、抗うことなんてできない。
私は鏡の前に置いてある大切な花飾りをつけてから、寝巻き姿のまま、クローゼットに足を踏み入れた。
ひんやりとした土の感触。柔らかな風が吹き付ける。爽やかな草木の匂いが、風と共にやって来る。
私の知る限り、少なくとも、塔から見下ろせる場所にこんな所はない。
このクローゼットはどこと繋がっていたのだろうか。
空を見上げる。木々の隙間から青い空が覗いている。空走列車は走っていない。空走列車の駅がないほど、辺鄙なところまで飛ばされたのかもしれない。けれど、そっちの方が何かと都合が良い。
振り返ると、そこには大きなトンネルがあった。トンネルの奥には深い闇が満ちていて、どこに続いているのか分からない。トンネルの入口の中心部には、そこだけわずかに時空が歪んでいるのか、崩れかけた長方形があった。その崩れた長方形の先に、私の部屋が見える。
この歪みを通って、私はここにやって来たんだ。
木々の隙間から陽が漏れている。小鳥達のさえずりが聞こえる。
夢にまで見た外の世界だ。
やっと、自由を手に入れた。私は自由だ。
そこでもう一度、ちらりと自分の部屋を見る。いつも部屋から見下ろしていた、街のことを思い出す。私はこんな風に、外に出てもいいのだろうか。元の場所に、戻らなくていいのだろうか。
塔の下で生活している人々を思い浮かべる。顔も名前も知らない人達。それでも、彼らは生きている。
私は、彼らの為に犠牲にならなくちゃいけない存在なんだ。彼らの為に、悲劇のヒロインとして死んであげる。そうならないといけないんだ。
それが、私に与えられた使命なんだ。誰も犠牲にならないよう、私は死ななければいけない。
私は、こんなところにいてもいいのだろうか。