クローズド・ノート
本編はホラーです。
もちろんフィクション。
私は実の父親に殺されました。
殺されかけたの間違いでしょうと言いたいのですね。
いいえ、本当に父に殺されたのです。
殺された人間がどうしてここにいるのか。そうお考えなのでしょう。
しかしまずは私のはなしをきいてください。
そのことを知ったのは父の四十九日の法要を終えた夜、父親の遺品を整理していた時です。
一冊のノートを見つけたのです。
私の父親は厳格な男でした。些細なことでもすぐに手をあげるため、私の左頬は常にはれ、右のこめかみにはタンスの角で切った傷痕がはっきり残っているくらいです。
反面、母親は優しく私を包んでくれるのです。
そんな父も母に先立たれ、自らも病魔に蝕まれた折りには以前までの力は影を潜め、それは惨めなものでした。
父が病床に伏している間。私たちはといえば、ちょうど妻が身ごもっていたこともあって父にかまってやることもままならない状況でした。
父は私の顔を見るたびに罵声を浴びせるようになり、妻のお腹の子はどこぞの馬の骨の子、息子の子ではない、というのです。ついには妻が実家に帰り、私と父だけが家に残されました。
父の行動は日増しにエスカレートし、自室に引きこもるようになると朝から晩まで出てこないのです。
部屋の戸の前に食膳を置いておくとしばらくすると中身が空になっていることから、食事だけはきちんと済ませているようなのですが、便所に向う様子をただの一度も見たことがなく。部屋からは酷い異臭が漂っているのです。
私は思い切って襖の戸をあけてみました。昼間にも関わらず、部屋は真っ暗で窓には目張りされているのです。かろうじて隙間明かりから中の様子をうかがい知ることができましたが、父は部屋の隅で三角に身体を屈折させて寝ていました。いえ、正確には寝ているように見えました。
部屋の中央にはどこから持ってきたのか祭壇のようなものが置かれ、それを取り囲むように魔法陣のようなものが描かれていました。指で触れると粘液のようなものが媚リつくのです。
ここはまずいと思い私は部屋を去ろうとしたとき、足をつまずきその場に尻餅をついてしまいました。その物音に父が気付いたと思いましたが、いびきをかいたままでこちらに気付くそぶりはありませんでした。
私は部屋をとび出すと再び襖を閉じようとして、右手に何かを持っていることに気付いたのです。
それは小さな桐の箱でした。尻餅をついた拍子に思わず持ち帰ってしまったのです。
霧の箱は私の右の手のひらぐらいの大きさで、裏には日付が書かれているのです。
その日付に私は心覚えがありました。
なんせ私が生まれた日だったのですから。
私は中身も見ずにそれを机の引き出しにしまってしまいました。
後から思えばこのとき中身を見なかったことを悔やむべきだったのかもしれません。
妻に異変が起きたのはこのことが起きた翌日のことでした。
産婦人科に緊急入院し、医師が私に告げたのは衝撃的な事実でした。
お腹の子は心臓に重大な欠陥を伴っているというのです。
妻は泣き崩れ酷い有様でした。
生まれてくることができないわが子、たとえ生まれてきたとしても心臓に重大な欠陥がある子供がそう長くは生きられないことを医師が明言したのですからショックは相当なものだったと思われます。
私も新生児室にずらりと並ぶ生まれたての赤子を見て、自らを呪うのです。
これだけのこどもがいながらなぜ私の子供だけが生まれてこないのか。
すべての原因は父にあるのではないかと考えるようになりました。
父の奇妙な行動によって、妻は気が病んでしまった。その結果がお腹のこどもまでに影響してしまったのではないかと。
私は妻に一言も言わずに産婦人科を後にしました。途中、廊下で年配の助産婦がこちらを不審がってこちらを見ていました。それだけ私は酷い顔をしていたのでしょう。
まさに鬼気迫る形相です。
妻のお腹の子が気になって私は夜も寝れない日が続きました。
父はというと夜な夜な徘徊を繰りかえし、何かを探しているのです。
私はそれはきっとあの箱なのではないかと思うようになるのです。
父にとってあの箱は妻に呪いを掛ける為の重大なアイテムなのだと思い込むようになりました。
翌朝、父が寝ていることを確認すると私は机の引き出しから例の箱を取り出してみました。重箱式の箱は紙で封がされており、おそらく私が生まれたその日から開けられることなく父が隠し持っていたものと思われます。
私は慎重に封を切り、蓋を開けてみました。
中には白い骨と毛髪が入っていました。
それもどうやら赤子の骨と髪の毛のようです。
私は吐き気を抑えるので必死でした。
父は私が生まれた日に赤子を殺したのです。
ではこの赤子は誰なのか?
私に双子の兄や弟がいるということは聞いたことはありませんでした。
ならこの赤子は誰なのか?
私は自らの推測に背筋が凍りました。
この骨は私の骨ではないのか。
父は言うのです。
お腹の子はどこぞの馬の骨の子、息子の子ではない。と
私は妻の入院している産婦人科に急ぎました。そのころは日が暮れていて面会の時間はとうに過ぎていましたが私の目的は妻ではありませんでした。
戸を叩くと出てきたのは廊下ですれ違いざまに私のことをじろじろと見ていた年配の助産婦でした。
私は思い切って核心をついてみたのです。
私はこう質問したのです。
この産婦人科で赤子がいなくなったことはありませんか?
すべては私の想像通りでした。
はっきりと断言できます。
私と父の血縁は生まれながらにして途絶えているのだと。
しかし、助産婦はこう言うのです。
私も生まれながらにして心臓に重大な欠損を持って生まれてきたのだと。
だとすると父の子、私の子に共通して重大な共通点が見えてくるのです。
心臓に重大な問題を抱えていること。
これは遺伝しているとは考えられないか。
つまり私は紛れもなく父の子ということになってしまう。
なら桐の箱の中に入っている赤子はその時行方不明になった子なのではないか。
父は私の命を救う為に
他人の子の命を犠牲にしたのではないか。
だとしたら私は自らの息子に何ができるだろうか。
私はそこでビデオテープを止めた。
父の四十九日の法要を終え、遺品を整理したときに出てきたビデオテープには晩年の父の姿が映し出されていた。
亡き父の口から語られる祖父の残したクローズド・ノート。
手元には桐の箱、裏には私の生まれた日付が記されている。
紙の封は切れれてはいないが、中に何が入っているかは想像がついた。
まもなく妻が臨月を迎える。
検査でお腹のこどもに心臓に重大な欠陥が見つかれば私は父の子。
何もなければ私は父とはまったくつながりのない赤の他人の子。
父はどちらを選択したのか。
父の開けたクローズド・ノートを私もまた開けてしまったのだ。
【完】
神木 蓮司です。
初投稿なので稚拙な文章が続きましたが、最後まで読んでくださった皆さんに感謝、感謝。