第七話 せっかく超絶美少女になったのに、早死は許さんっ!
あの後、小次郎は記念撮影に応じるのをやめた。
さすがにあのバカでも、俺の怒りっぷりに気がついたのだろう。
だが、そう簡単に俺の怒りが収まると思ってもらっては困る。
俺はまだプンプン状態継続中だ。
現状を戦場にたとえるなら、冷戦状態といったところだろう。
そんなある日、小次郎が風邪をひいた。
俺は全然まったく少しも心配や動揺をしていない。
調子に乗ってるから、そういうことになるくらいの気持ちだ。
だがまあ、いくら家庭内冷戦状態とはいえ、超絶美少女嫁として多少は面倒をみてやる必要はあるだろう。
今、お義母さんたちは旅行中だしな。
しょせん、行きずりの温泉旅館で出会ったイケメンにキャッキャしてるギャルとは違う。
俺は小次郎の超絶美少女嫁だ。
そんなわけで、寝室で寝ている小次郎の様子を見に来たわけだ。
だが、心配してるとか動揺してるなんて勘違いされては困る。
俺のプンプン状態を甘く見られるわけにはいかない。
そこで俺は、堂々と尋ねてみることにした。
「おい、小次郎。どうだ、調子は」
「これくらい、大したことはない。というか、お前の方が心配だ。なぜ靴下を手で履いて、パンツを頭にかぶってる?」
「そうか。だがまあ、病人の大半はそう言うからな。念のため熱を計っておこう」
俺は小次郎の手を握った。
そして、驚きのあまり『ふえっ』と言ってしまった。
「お、お前、熱が全くないぞ!? 本当に生きているのか!?」
「……それは、手が靴下ごしだからだ」
「お前、意外と冷え性タイプか? 仕方ない、おでこで試すぞ。勘違いするなよ」
小次郎のおでこに自分のおでこを合わせた時、俺はまたも驚いて、つい『ふあっ』と言ってしまった。
「こ、こ、小次郎! お前、おでこまで全く体温がないぞっ!」
「それは、パンツのせいだ。……ほら、大丈夫だろ?」
小次郎はそう言って、俺の袖をめくりあげて手首を握ってきた。
かなり熱い。
「ふざけるなっ! これのどこが大丈夫だ! ひどい高熱だぞ」
「さっき計ったら三十八度だったから、そんな心配するほどじゃない」
「きゅ、救急車を呼ぶか!? それともドクターヘリか!?」
「ただの風邪だから、病院に行くまでもない」
「と、と、とにかく冷やさなければっ!」
そう叫んで、俺は温泉旅館の厨房に向かった。
ちなみに、厨房といっても、中学生のことではない。
そこで開いたのは業務用の冷凍庫だ。
そして氷を手に入れた。
重くて持ちきれなかったので、荷台にのせて寝室まで持ってきた。
こういう時、家にもエレベーターがあると便利だ。
設置しておいて良かった。
「小次郎、氷を持ってきてやったぞ」
「おう、ありがとうな。……その荷台に満載された氷を全部使う気ならやめてくれ。逆に凍死する」
「なら、おでこ乗せるだけにしておこう。他に欲しいものはあるか?」
「特にないな。もう看病はこれで大丈夫だ。お前に感染すと嫌だから、しばらく放っておいてもらって良い」
「……分かった」
遠回しに『お前がいると眠れないから、そっとしておいてくれ』ということか?
小次郎もまだイライラしているのか?
そういえば、この前も、俺の超絶美少女心霊写真がテレビで取り上げられた時、イラっとしてすぐにチャンネルを変えていたな。
多分、芸能人の『こんな超絶美少女なら、幽霊でも良いから嫁にしたい』的な発言が気に入らなかったんだろう。
そんなことくらいで、いちいち怒ってどうする。
俺と結婚したい男どもは、中東のヒゲモジャを中心に世界中にいるぞ。
だが、病人を責めても仕方ない。
それに、こいつをこのまま見捨てるわけにもいかない。
小次郎には、今後も俺を養って貰う必要があるからだ。
俺は一応こいつの超絶美少女嫁だしな。
だから俺は、近所の山に薬草を取りに行くことを決意したわけだ。
あの山には、風邪に効く薬草が生えていると、お義母さんがこの前言っていた。
「おい、もし外に出るなら、頭にかぶったパンツとか取っておけよ」
なぜ小次郎は俺が外に出ると分かったのか。
俺は普段めったに外出しないのに。
夫婦とは不思議なものだ。
こんな風に、言葉に出さなくても、なんとなく感情や思考が伝わってしまうことがある。
「ちょっと出て来るが、なにかあったらメッセージとかを送れ。すぐに戻ってくる」
「それより、パンツだけは取ってくれ頼む。靴下は最悪そのままでも良いから」
こうして俺は、不安そうな小次郎を残して、家を出た。
まったく、一人にしてくれと言いながら、実際にそうされると不安になるとは、わがままな病人だ。
すぐに戻ってくるから、安心して寝ているが良い。
俺は家を出てすぐに、走り始めた。
久しぶりに運動するせいか、体が重い。
手汗もすごい。
あと、鼻が詰まったように息苦しい。
まさか、俺も小次郎と同じ病に感染してしまっているのか?
そうだとすると、急がなければならない。
俺まで倒れたら、小次郎の世話をしてやれる人間がいなくなる。
そう思って、俺はさらに速度を上げたのであった。
そして、山に入った。
さすがに息切れしたので、木に手を当てて休む。
まずいな。
手の平の感覚がうすい。
こんなにゴツゴツした木を触っているのに、まるで布ごしのようだ。
それに、視界も悪い。
まるで鼻の上に何かがのっているように見えづらい。
だが、休んでいる暇はない。
残された時間は少ないからだ。
俺は山を駆け回って薬草を探した。
そうしていると、ふと頭に違和感を覚えた。
それを掴んで見ると、パンツだった。
なぜ、こんな山の中にパンツがあるのか。
値段はおそらく、一枚あたり二百円くらいのものだ。
だが、それは原価に過ぎない。
適切な加工を施せば、末端価格で四千円にはなる上物だ。
こんな危険な物がなぜ……。
とはいえ、俺はもう一線を退いた身だ。
こういうのは若いモンの仕事だ。
というか今は、それどころじゃない。
俺は薬草の捜索に戻った。
途中で靴下も見つけたが、薬草はなかなか見つからない。
空が赤みを帯びてきて、さすがの俺も焦り始めたころだ。
あからさまに薬草っぽいのが視界に入った。
白と紫色の細長いツボみたいな植物だ。
しかも驚くべきことに、そのツボにヘビが頭を突っ込んでいる。
残念ながらヘビはすでに息絶えているようだ。
きっと、瀕死の重傷を負い、わらにもすがる思いで、この薬草を求めたのだろう。
小次郎はまだ間に合う。
俺はその薬草を握りしめて、家路を急いだ。
ヘビはあとで埋めて供養してやろうと思う。
「無事か、小次郎っ!」
俺がそう言うと、小次郎は心底安心したような表情を見せた。
やっぱり、俺がいないとダメだな、こいつは。
「……良かった。さすがにパンツは外してくれたんだな」
「見ろ! 薬草を持ってきたぞ! これでもう大丈夫だ」
「……それ、ウラシマソウっていう毒草だ」
「なにを寝ぼけている。この通りヘビが求めるほどの良薬だぞっ!」
「いや、それヘビじゃなくて、その植物の一部だから」
「なん、だと」
つまり、俺が山を駆け回った結果得たものは、上物のパンツと靴下だけということになる。
せめて、洗って二百円のパンツとして使うしかあるまい。
だが、息絶えてしまった可哀想なヘビがいなくて良かった。
それだけが救いだ。
「また熱を計るぞ」
そう言って、俺は小次郎の手を握る。
その手は、驚くほど熱い。
「……ちょっと待って、なにこの熱」
「また少し上がったが、大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。病院行こう?」
「そう心配するなって。生命保険入ってるから、万が一俺が死んでも、お前は働かなくて済む」
「……そんなの、いらないよ。元気になったら、すぐ解約して」
「なんかあった時のために必要だろ」
「なにかありそうな時に『保険があるから大丈夫』って思っちゃうんでしょ? ……だったら、そんなのない方が良いよ」
「だけど、怪我とかの保険も入ってるから、いざって時に――」
「そうなったら、働くから。だから、いつも『死んだらダメだ』って気をつけて」
「……分かった」
「お金をもらっても、小次郎が死んじゃったら意味ないんだからね」
「おう。……冗談のつもりだったんだが、変なこと言って悪い」
「いいよ。風邪ひいてるんだから」
そう言いながら、どうしようもなく悲しくなって、小次郎に背を向けた。
こういう時は、ネットに頼るのが一番だ。
風邪を治す方法だって、きっとすぐに見つかる。
ところが、こんな重要な時に、スマートフォンが壊れている。
なんだか画面がにじんでいて、全然見えない。
しかもたくさん水滴がついている。
拭いても拭いても、水滴は取りきれない。
そんな中で、ようやく有力な情報を見つけた。
これなら、きっと小次郎の風邪が治る。
振り返って、小次郎のほっぺたに触れた。
「ん、どうした?」
「キス、しようと思って」
「ちょっと待て」
「嫌?」
「嫌とかじゃないが、俺、風邪引いてるんだぞ」
「知ってるよ」
そう言って、小次郎の唇に近づく。
自分からしたのは、はじめてだ。
「……お前、風邪が感染ったら、どうするんだ」
「風邪ってね、人に感染すと治るんだって」
「それは、ただの迷信だ」
「迷信でも良いよ。小次郎の風邪、感染して」
「だから待てってお前、んぐっ」
「……これだけ深くたくさんしたら、感染ったかな?」
「……多分な。っていうかお前バカだろ。お前が風邪とか感染されないようにと思って、病院行かなかったのに」
「小次郎のが感染ったから、もう平気だよ。病院行こうね」
「……分かった」
こうして、小次郎の風邪は無事に治った。
それと入れ替わるように、こっちの熱が出始めた。
今は、真っ暗な闇の中にいる。
「……小次郎、そこにいるのか?」
「おう、いるぞ。っていうか手握ってるだろ?」
「……最後に、お前の顔を見たかった……な」
「なら、アイマスク取ってやるよ」
天から降り注ぐような光が差し込んでくる。
「ま、眩しい……ついにお迎えが来たみたいだ……」
「目が慣れてないだけだ」
「……小次郎、元気でな」
「お別れみたいに言うな」
「小次郎と結婚出来てよかった。今までありがとう」
そう言うと、小次郎の目が潤んだ。
そしてこちらに近づいてくる。
「待って待って、せっかく治ったのに、また感染っちゃ、んっ」
「あの時のお前の気持ちが分かった。お前も俺の気持ち分かるだろ?」
「そ、そうだけど、あれただの迷信って言ってたじゃ、んんっ」
とまあ、こんな感じで、小次郎と交互に風邪を感染し合うこと往復四回。
二人合わせて二ヶ月ほど寝込んだのであった。
次回、感動の最終回!!!!!!!!!1