第四話 せっかく超絶美少女になったので、嫁入りする
数多くの男どもから求婚されてきた超絶美少女の俺だが、ついに身を固める日が来てしまった。
しかも相手は石油王ではなく、お人好しなくらいしか取り柄のない小次郎だ。
だが、やつがどうしてもと言うんだから仕方ない。
俺くらいしか貰われてやらんだろうしな。
それに、ヒゲモジャじゃないのが小次郎しかいなかった。
あと、中東にもう一回行くのがめんどくさい。
そんなわけで、結婚式を迎えたわけだ。
式場でうちの親どもが『一生スネかじられる覚悟してた……』とか『女の子に変わって良かった……』とか言って泣きやがった。
失礼な親どもだ。
俺に対する感謝の気持ちはないのか!?
なんてプンプンしながら結婚式を終えて実家に戻った。
引っ越しの荷物をまとめていたら、急に寂しくなってちょっと泣いた。
たまには里帰りしてやろうと思う。
こうして、小次郎との新婚生活が始まった。
だが、ここで問題が起こる。
新築の家も温泉旅館も、まだ建築が終わっていなかったのだ。
そのため、小次郎の両親と一時的に同居することになった。
そして、いわゆる嫁姑問題が発生した。
小次郎の両親はだめだ。
なにがだめかって、小次郎よりもさらにひどく人が良すぎる。
アリバイ的な『家事を手伝おうとするフリ』すらさせてもらえない。
それどころか、完璧なタイミングでお茶とお菓子が運ばれてきたりする。
この感覚は、なにかに似ている。
そう、飛行機の中での強制的ダラダラだ。
俺はダラダラしてはいけない状況でダラダラしたいのであって、ダラダラを強いられたくはないのだ。
もっと絶妙な力加減で、俺のダラダラを黙認して欲しい。
そういうところを、この人たちは分かっていない。
そんな過酷な環境の中で、俺が疲弊しているのを小次郎も気がついたのだろう。
『家が建つまでどっか借りるか?』とか言ってきた。
なんて親不孝なやつだ。
小次郎だけならまだしも、こんなに可愛がられてる超絶美少女嫁の俺をご両親から引き離そうなんて、ひどすぎる。
そうこうしている間に、家が建った。
引っ越しの日、お義父さんお義母さんと一緒にめっちゃ泣いた。
徒歩十秒だから、どうにか我慢することにする。
そんなある日、俺は気がついてしまった。
小次郎と全く夫婦っぽいことをしてないことに。
「なあ、小次郎、俺たちが結婚してもう何年になる?」
「いや、まだ一年経ってないぞ」
そうだとしてもだ。
こいつは、ちょっとおかしい。
こんな超絶美少女と一つ屋根の下で暮らしておきながら、一切手を出さないのは異常だ。
そこで俺は思った。
小次郎は、同性愛的なアレなんじゃないかと。
そう考えると、思い当たるフシが結構ある。
まず、こいつのお人好しっぷりは、俺が男だった頃から発揮されていた。
俺が自力で取った大学の単位など一つとして存在しない。
もはや完全介護状態と言っても過言ではなかった。
超絶美少女になる前から、俺が超愛され体質だったとしても、これはさすがに異常だ。
もしかすると小次郎は、男時代の俺の身体が目的だったのかもしれない。
さらに、中東で過激派に捕まった時、こいつは男色的なことになるのを、全く恐れていなかった。
あれはむしろ、小次郎こそがヒゲモジャを求めていた証拠だったのではないか!?
これは、確かめておく必要がある。
だが、ことは非常に繊細な問題だ。
俺も小次郎をいたずらに傷つけるのは本意ではない。
そのため、やんわりと探りを入れることにした。
「おい、お前ホモか?」
「違う」
だとすると、男時代の俺の世話を焼いていたのは、身体目当てではなかったということになる。
お人好しの度が過ぎている。
もはや異常者だな、こいつは。
だが、小次郎が同性愛的なアレではないとすると、逆に俺が元男というところが引っかかっている可能性も出てきた。
これについては、ストレートに聞いてみて良いだろう。
「実はさー友達がさーTS病? とかいうのになっちゃって? なんか、性別が反転しちゃったんだって」
「お前、俺以外に友達いたのか」
「それでぇ、男と結婚したんだけどぉ↑ ダンナと営み的なやつがぁ↑ 全然なぃんだってぇ↓ でさぁ男ってさぁ、やっぱさぁ、そうぃうのぉ気にすんのかなってぇ」
「俺は気にしないな」
「ふっ、そうか」
こうなると、残る可能性は一つしかない。
こいつはおそらく、美少女を愛せない。
つまり、現代人の一般的な美的感覚とはちょっと違う感性を持っているのだ。
「お前は、相手が完璧過ぎると現実感とか沸かないタイプか?」
「ああ、それはあるな」
やはりそうか。
俺があまりに完全無欠の超絶美少女過ぎたのが原因だったようだ。
俺の美しさが、こいつを苦しめてきたのかもしれない。
「……お前にも苦労をかけたな」
「なんだ急に。まあ相手が完璧過ぎると疲れそうだから、お前くらいがちょうど良いんだよ」
なにを言い出すんだこいつは。
「おい、貴様! ふざけるのも大概にしろ! これ以上の超絶美少女が存在するわけがなかろうっ!」
「いや、性格の話しだ」
なんだ、性格の話しか。
「って、ちょっと待てぇい! 性格の話しならなおさら、こんなに心の清らかな人はいないだろうが!」
「心の清らかな人は、他人の写真でパンツを売らない」
「……これで勝ったと思うなよ!」
「雑魚キャラみたいになってんぞ」
そんなこんなで、その日は夜を迎えた。
俺は布団の中で『明日の朝のお味噌汁なにかな。お義母さんの味噌加減絶妙だからな』などと考えている。
すると、隣で寝ている小次郎が、手を握ってきた。
なんて慣れなれしいやつだ。
だが、手を握られるとなんか落ち着いた。
落ち着いたら、うとうとしてきて気がついたら朝だった。
朝起きると、小次郎の様子がおかしい。
なんだかピリピリしている。
ピリピリしていると言っても、こいつは普段からピリピリとは全く無縁の男だ。
一般人と比べれば、むしろ機嫌が良い程度のピリピリ具合だろう。
カレーで言ったら、甘口くらいだ。
「おい、小次郎、なにかあったか?」
「いや、なんでもない」
なんだこの態度は。
俺に対して不遜過ぎる。
こいつは俺の超絶美少女っぷりを、もっと崇めるべきだ。
だが、ここは寛大な対処をしてやろう。
下の者の不満を受け止めてやるのも、上に立つ者の役目だ。
「不満があるなら申してみよ。許す」
「いや、本当にない」
これは明らかにおかしい。
欲求不満か?
だが、こんな超絶美少女と暮らす幸運を受けながら、一体どこに不満があるというのだ。
贅沢が過ぎる。
全世界の男どもから呪われるぞ。
特にヒゲモジャたちはヤバイ。
しかし、これを放置することは出来ない。
俺のダラダラライフに支障をきたすからだ。
真のダラダラとは、ピリピリと無縁でなければならない。
そうでなければ、世界中のダラダラーに示しがつかない。
「申せと言っているだろうっ!」
とか言いながら、小次郎の腕に掴みかかってみた。
ついでに胸もちょっと当てた。
ラッキースケベというやつだ。
これほどの栄誉を得た男は、この世でこいつだけだ。
これで駄目なら、こいつのピリピリは全く別次元から来ている。
多分、腹でも減ってるんだろう。
ところが、小次郎のピリピリ度は急上昇した。
カレーで言ったら激辛以上だろう。
そして、あろうことか、俺を壁に押し付けた。
いわゆる『壁ドン』というやつだ。