第三話 せっかく超絶美少女になったので、面接を開始する
色々大変ではあったが、過激派に捕まったのは結果的に良かった。
予約してあったホテルで夜を明かした翌朝、ホテルの前に記者が大勢集まったからだ。
人質状態から自力で脱出してきた日本人というのは、珍しいのだろう。
しかも、それが超絶美少女なら、なおさらだ。
小次郎の通訳越しに、色々聞かれたが、適当に答えておいた。
「『何をしにこの国に来たんですか?』だってさ」
俺は、この質問をずっと待っていた。
「『結婚相手を探しに来ました』って答えてくれっ!」
この記者たちは、俺をネタに記事を書いて金を稼ぐのだろう。
だったら俺も、石油王との結婚に利用させてもらう。
その日のテレビでは、俺のあまりにも愛くるしい顔が何度も放送された。
こうして、俺の超絶美少女っぷりは、中東を通じて、世界に広がることになったわけだ。
当然、石油王のもとにも。
次の日からは大変だった。
記者だけでなく、超絶美少女である俺と結婚したい男どもが詰めかけた。
あまりに多すぎて全員と会っていられないので、まず書類選考することにした。
小次郎に『職業欄が石油王以外だったら、全員落とせ』と指示したら、一人も残らなかった。
小次郎いわく『石油王は他の仕事もしてるから、石油王とは書かないんじゃないか』ということだった。
正直疑っている部分もあるが、とりあえずこいつの考えを採用してやることにした。
有望な原石、もとい石油王の息子とかが応募者の中にいるかもしれない。
そうして、小次郎が厳選した人材との面接が始まった。
今、目の前に座っているのは、ヒゲモジャだ。
ヒゲモジャといっても、過激派のヒゲモジャとは違う。
というか、この国の男は基本、ヒゲモジャだ。
石油王と結婚しようと思うと、ヒゲモジャは避けて通れない。
俺はその覚悟をしてこの国に来た。
「もうめんどうだから『石油王もしくは石油王の息子ですか?』って聞いてくれ」
「……その質問は人としてどうなんだ」
「いいから早く!」
小次郎がやや引き気味に中東語を話している。
「違うってさ」
「……お引取りいただけ。『今後のご活躍をお祈り』するのも忘れるな」
「いや、待て。この人、国防大臣らしいぞ?」
「大臣だろうか知るかっ!」
「いやでも、この国で国防大臣って言ったら王ぞ――」
「石油王じゃなきゃ……意味ないんだ!」
「……分かったよ。帰ってもらう」
この後、俺は一週間に渡って面接を続けた。
だが結局、石油王は現れなかった。
もっと粘りたかったが、帰りの航空券の日時が来てしまった。
面接に来たヒゲモジャたちから、大量に贈り物をもらったので、それを売れば別の日のチケットを買うことも出来ただろう。
だが、無駄になる航空券が何パンツ分か考えると、それを捨てることは出来なかった。
あんなにめんどくさい発送の日々が無駄になると思うと、過去の俺を裏切るようで、俺には無理だった。
帰りの飛行機で、俺は泣いた。
小次郎に見られてバカにされたら嫌なので、トイレの中でめっちゃ泣いた。
俺の超いたいけな瞳からあふれ出た涙は、すごい勢いでブシュッと流れる便器の中へと吸い込まれていった。
さらに悪いことに、ヒゲモジャたちから貰った大量の贈り物は、ほとんどが税関で没収された。
唯一残ったのは、宝石っぽいただのガラスだった。
ふざけやがって、あの野郎。
どのヒゲモジャか分からんけど、許さん。
結局、俺が中東で得たのは、さっき日本の空港のゴミ箱に投げ捨てた宝石っぽいガラスだけだった。
つまり、俺が売った百枚以上のパンツは、全部無駄になったということだ。
そう思うと、トイレで枯れ果てたはずの涙が、またあふれてくる。
「……また泣いてんのか。元気出せって」
「黙れ小僧! お前に石油王と結婚出来なかった俺の気持ちが分かるものか!」
「そりゃまあ、全く分からんが……また行けば良いだろ」
「もう無理なんだよ! あんだけ注目集めて、石油王から求婚されなかったんだから、俺は石油王の嫁にはなれないんだよ!」
「諦めんなって。また一緒に行ってやるから」
「気休めは、やめろ! 俺はこれからも、パンツ売って生きてくしかないんだよ!」
「……ちょっと待て。お前パンツ売ってんの?」
「そうだよ! 毎晩お刺身食べなきゃいけないし、発送めんどくさいし大変なんだよ!」
「……なぜ刺身なんだ?」
「臭いが近いらしいんだよ! そんでなぁ、甘エビが一番良いんだよ!」
「……よく分からんが、そうなのか」
「でも俺、甘エビ食べすぎてエビアレルギーになったんだよ! どうすりゃ良い!?」
「……いや、それはもうエビを食うなとしか」
「そしたらもう失業だよ! 無職を失業だよ! 何がなんだか分かんねえよ!」
「まあ落ち着け。一個一個解決しよう。とりあえずパンツを売るのは、もうやめろ。そうすればエビを食わずに済む」
「パンツ売らないと中東に行く旅費が……いや、もう旅費は必要ないのか……」
石油王への熱くたぎった想いの余熱が、まだこの胸に残っている。
一度は諦めたのに、未練を断ち切れないとは、俺もまだまだだな。
「そもそも、なぜ石油王限定なんだ?」
「石油王の財力を持ってすれば、俺の合法ニート状態を絶対保証してくれるだろ!」
「財力だけなら石油王より凄そうな人、何人かいただろ」
「なん、だと……!? なぜ言わなかった!?」
こいつ、まさか裏切っていたのか!?!?!?
「いや、何度も言っただろ! お前が聞く耳持たなかったただけで」
「『相手に伝わるまでが連絡』みたいな言葉あるだろ! 多分」
まったく、レンソウホウの出来んやつだ。
戦場なら死人が出るぞ。
「……まあ、俺ももっと食い下がるべきだったかもな」
「そうだそうだ! この落とし前、どうつける? 石油王クラスを連れて来て紹介する程度しか道はないぞ?」
「さすがに石油王クラスで未婚となると、知り合いにはいないな」
「っく! ではどう責任を取るつもりだ! 小次郎っ!」
小次郎は深く考え込むようにしたあと『ほっといたらパンツ以上のもの売りそうだし仕方ない』と勝手に頷いた。
「じゃあ、俺の嫁になるか?」
突然なにをおっしゃる。
戸惑うだろうが。
「はっはっは。いくら元男だからって、そんな安い女だと思ってもらっちゃ困りますぜ、にいさん」
「何キャラだ?」
「大学卒業前のおぼっちゃんに、俺を養いきれるとは思えんなっ! お前に俺は、やれん!」
「一応就職は決まってるぞ」
「ふっ、お前のことだ。どうせ一流企業なんだろうが、石油王の幹部候補レベルの将来性でないとお話しにならん!」
「いや、実家だ」
「実家だと? ならなおさら駄目だな! 庭に石油が湧いたなら話は別だが」
「石油は湧いてないが、温泉なら湧いたぞ」
なん、だと。
「……詳しく話してみろ」
「庭のリフォームしてたら、温泉が湧いたらしい。せっかくだから、そこにもう一軒、旅館を建てようかって話しになってる」
なんか、温泉湧くとめっちゃ儲かるって聞いたことあるぞ。
しかし、石油王レベルとは思えん。
「……ほう。だが、お前は俺がどれだけ働きたくないか、分かっているのか!?」
「まあ三年以上見てりゃ嫌でも分かる」
「俺を甘く見るなよ? 旅館が大失敗して絶賛もやし生活が始まっても、俺は絶対に働かんぞ!」
「うちの山で松茸とか取れるからそれ食えば良い」
なに、松茸だと?
パンツより高いのか?
少なくともエビは食べなくて済むな。
「……念のため聞くが、虎の毛皮はあるか?」
「白いので良ければあるぞ」
白か……。
ちょっとイメージと違うがこれは妥協出来る範囲だ。
「……ブドウは?」
「ブドウ園もやってるぞ」
「ふーむ。お人柄はよく分かりました。最後に何か、言いたいことはありますか?」
それほど悪くはないんだが、なんかこうイマイチ決め手に欠けるんだよな。
「お前がダラダラしてても怒らない」
……これはなかなか。
「ありがとうございます。選考の結果については、後日あらためてご連絡します」
「おう。その前に、もう一回中東に行っても良いぞ。旅費は出してやる。後悔が残ったら、可哀想だからな」
「うーん、それはいいや」
「本当にいいのか?」
「うん」
ヒゲモジャより、こいつのがマシだ。
あと、もう一回中東行くのがめんどくさい。
こうして、俺のバラ色の合法ニート、もとい専業主婦生活が始まったわけだ。
いや、始まるはずだったというべきだろう。