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第一話 せっかく超絶美少女になったので、パンツを売ろうと思う

 俺の名は新井藤(にいとう) (のぞむ)

 四年になったばかりの男子大学生だ。


 周りは企業の合同説明会などに参加して、すでに就職活動を始めている。

 だが、俺は特に何もしていない。

 説明会に着ていくスーツがないから仕方ない。


 え、スーツ買う金がないのかって?

 あるよ、親が三万円くれた。

 でも、絶対にスーツを買えない理由がある。


 だって、スーツ買ったら就活しなきゃいけない感じが増すじゃん。

 嫌だよ。

 働きたくねえもん。


 そんなわけで、百枚の宝くじを握りしめながら、世界の神々に祈る日々が続いた。

 俺を億万長者もとい合法ニートにしてくださいって。


 残念ながら、祈りは通じなかった。

 役立たずな神々だ。

 だが、予想外の事態が起こる。


 百枚の宝くじを泣きながら破り捨てた翌朝、俺は超絶美少女になっていた。

 ただの美少女じゃない。

 超カワイイ黒髪清楚系の超絶美少女だ。


 そこまで動揺はしなかった。

 なんか最近、TS病という突然性別が反転してしまう病気が流行っているのを知っていたからだ。


 詳しく調べてみると、TS病というのは『自分に甘く、ダラダラしがちなダメ人間』がかかる病気らしい。

 しかし、これは明らかにおかしい。


 俺は働かないために、毎日不断の努力をしている。

 周囲から伝わってくる『就活しなければならない』という空気をものともせずに、ひたむきに何もしていない。

 こんなストイックにニート状態を追い求める俺が、TS病を発病したのはおかしい。


 これはもしかすると世紀の大発見かもしれない。

 謝礼とか助成金とかもらえて、一生働かなくても検査とかを受けるだけで生きていけるかもしれない。


 そんなわけで、TS病の第一人者と呼ばれる爺さんのところに行ってみた。

 が、鼻で笑われて追い返された。

 ちっ、ヤブ医者め。


 こうして俺は、ただの第一志望自宅警備員の大学生に戻ってしまった。

 ただし、超絶美少女だけど。


 超カワイイ癒し系超絶美少女になってからの数ヶ月はまだ良かった。

 『戸籍とかの性別変更手続きがまだ終わってないし。企業側も志望者の性別が途中で変わったら戸惑(とまど)うし?』

 みたいな言い訳が、周りにも自分にも通用していたからだ。


 だが、全ての手続きが終わりかけた頃、俺は猛烈に焦り始めた。

 この数ヶ月は、天国のような日々だった。

 合法的にダラダラ出来たからだ。


 こんなぬるま湯に浸かっていた今の俺が、性別変更手続きという最高の免罪符(めんざいふ)を失ったらどうなるか。

 もう就活全面解禁日はとっくに過ぎている。

 親からもまたスーツ用の三万を手渡されてしまった。


 そんな周りからの圧力に屈することなく、俺はニート志望を貫けるだろうか。

 などと思いながら、現実逃避でテレビを見始めた。

 すると『中東の大富豪特集』をやっていた。


 以前なら、この手の番組はイライラするので、すぐチャンネルを変えるところだ。

 親から受け継いだ地位や財産で合法ニートやるなんて卑怯(ひきょう)だろ。

 自宅警備員という孤高の地位は、自分の力で勝ち取ってこそ価値がある。


 だが、今の俺は以前とは違う。

 大きく成長している。

 なにしろ超絶美少女だ。


 そう、俺は思いついてしまったのだ。

 『せっかく大きな青い瞳がたまらなくカワイイ超絶美少女になったのだから、石油王と結婚すれば良いんだ』と。


 それからの俺は迅速(じんそく)だった。

 くすぶっていたのが嘘のように、ネットで中東について調べまくった。

 そして、中東に渡るためにパスポートの発行を申請した。


 ここで問題が起こった。

 旅費がめっちゃ高い。

 ただでさえパスポート発行で減った元三万円ではとても足りない。


 そんなわけで、お金を稼ぐ必要が出てきた。

 だが、バイトとかをするわけにはいかない。


 働かないために働くなんて本末転倒だ。

 あと単純にめんどくさい。


 そこで俺は、またもひらめいてしまった。

 『せっかく笑顔が素敵な超絶美少女になったのだから、パンツを売れば良いんだ』と。


 ネットでそういうサイトを調べた結果、きわどい写真とセットでパンツを売るのが主流らしい。

 だが、ここでまたしても問題が起こる。


 この黒髪セミロングのゆるふわ系超絶美少女である俺の写真が出回ったら、危険なんじゃないかということだ。

 パンツを売っていた事実が、俺と婚約する石油王の耳に入ったら、婚約破棄とかをされてしまうかもしれない。

 石油王の情報網を甘く見てはいけない。


 あと、写真の構図とかポーズとかを調べて撮影するのがめんどくさい。


 そこで俺は考えた。

 『既に売ってる人のパンツと同じパンツを探して売れば、画像使い回せるんじゃね?』と。


 結論から言うと、この試みは大成功だった。

 一番好みの結構美少女の売っていたパンツと同じパンツをネットで見つけたからだ。


 っていうか四百円を三千円で売ってるのか。

 暴利だな。

 錬金術かよ。


 だが、結構美少女から送られてきたパンツは、元値が四百円とは思えないクオリティだった。

 家宝にしようと思う。


 結構美少女にバレないように、別のサイトに登録し、無事パンツの販売が出来る状態になった。

 しかし、ここでまたも問題が起こる。


 パンツ一枚あたり二千円ちょっとの利益では、中東への旅費を稼ぐのに百枚以上のパンツを売らなければならない。

 律儀に一日パンツを履いてから売っていたのでは、百日以上かかる計算だ。


 これは時間がかかりすぎる。

 性別変更手続きが終わってしまう。

 俺に残された時間は、そんなに多くないのだ。


 そこで俺は、スーパーに向かった。

 普段めんどくさいから、なるべく家にあるもので我慢している俺が、一つの品を買うためだけに外に出たのだ。

 それをきちんと評価して欲しい。


 買ってきたのは半額になっていたお刺身だ。

 自分のパンツの臭いは自分じゃよく分からんが、聞いたところによると女の子のパンツは生臭い場合があるらしい。


 生臭いと言ったらお刺身だろ。

 そのお刺身が入ったパックの溝みたいなところにたまった汁を、パンツにこすりつけることにしたわけだ。


 これも結論から言うと大成功だった。

 一番のおすすめは甘エビだ。

 ヒラメなどの白身魚も根強い人気がある。


 余談だが、マグロなどの赤身魚は、なるべく避けた方が良い。

 元男の俺でもドン引きの追加リクエストが送られてくる。


 こうして俺は、大変な努力の末、中東への旅費を稼ぐことに成功した。

 いや、稼いだと言っても、自分ではほとんど何もしていない。

 だから、ついに働いたと勘違いしないで欲しい。


 ところが、またしても問題が起きてしまった。

 女の一人旅では、中東の観光ビザが発行されなかったのだ。

 あちらさんにも色々あるのだろう。


 ここまでたった一人で孤独に戦ってきたが、こうなっては仕方ない。

 他人の手を借りるしかないだろう。


 そこで俺は、同学年の佐々木(ささき)を呼び出した。

「久しぶりだな、佐々木」

「お前、マジで女になったんだな」


 沢山いる同学年の中で、佐々木を選んだ理由。

 それは、こいつしか連絡先を知らなかったというのもある。

 だが、それだけではない。


 佐々木は、めちゃくちゃお人好(ひとよ)しだ。

 頼めば大学の講義の代理出席から、レポートまで、なんでもやってくれる。

 学期末試験を俺のかわりに受けてくれたことすらある。


 その科目で取ったS+は、俺が得た唯一の最高評価だ。

 多分こいつがいなければ、俺はまだ大学一年のままだったことだろう。


 逆に言うと、俺が現在四年で、留年の見込みがなく、こんなにも追い詰められているのは、こいつのせいだ。

 つまり、佐々木には俺を合法ニートにする責任があるということだ。


 とはいえ、一緒に中東に行ってもらうのに、多少は(こび)を売った方が良いだろう。

 俺は今、超絶美少女だ。

 そんな俺が突然名字ではなく名前呼びしたら、こいつなんて簡単に舞い上がるはずだ。


「なあ、小次郎(こじろう)、実は頼みがあるのだ」

「いや、俺は小次郎じゃないが」


 そんなこと言われても、下の名前覚えてないから困る。


「親愛を表現するために、今回からあだ名で呼ぼうと思ってな」

「佐々木から連想して思わず言っただけだろ、お前」


「それで、頼みというのはだな、小次郎」

「小次郎で押し通すのか。お前、俺の名前覚えてるよな?」


「……一緒に中東まで行って欲しい」

「中東? なんでだ? テロとか怖くないか?」


「石油王と結婚したい」


 俺がそう言うと、佐々木は腹を抱えて笑いだした。

 馬鹿にしやがって。

 俺が石油王と結婚したら、札束でビンタしてやる。


 ひとしきり笑い転げたあと、佐々木はこちらを見た。

 目がまだ笑ってやがる。


「しょうがねえな。行ってやるよ」


 こうして俺は、佐々木あらため小次郎と、中東に旅立つことになったのであった。

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