第九話 転ばぬ先の武装
そろそろ勢いが怪しくなりました。
宿の期限を1日残し、隣町への馬車の便が確保出来た。
料金は1人銀貨15枚という事なので、ランダロフと2人分で銀貨30枚支払う。
換算だと1人45万円か、やけに高いな。
日程は10日ぐらいで、途中は野宿になるらしい。
同行の冒険者が8人居て、護衛で同行しているとか。
だからその人件費も込みだから高いんだと分かったが、どうにも換算が違うように思えてならない。
よくよく考えれば物によって流通の経費が違うし、税金も街によって違うみたいだし、だからちゃんとした換算にはならないのかも知れない。
まあどのみち、異世界交易とかやれないので、そんな換算は意味など無いが、仮に目安にでもなればと思っていたが、そういう事なら当てにならないな。
それでも今の手持ちの金があれば、かなりの時間は悠々自適になりそうなので、しばらくはこのままの予定だ。
出発時刻になり、ランダロフと共に馬車に乗り込むが、中の奴に文句を言われる。
「おい、犬は走らせろよ」
「金払ってるから」
「ちっ、犬なんかに払うのかよ」
「相棒だからね」
「ウォン」
「おめぇ、魔物使いかよ」
「さあ、どうなんだろう。まだ神殿に行ってないんだ」
「あんだよ、なら、魔物が出たら震えていろや」
「そうしますね」
煽ってもぬかに釘なので争いに発展せず、気が抜けたのか他の奴と話している。
あんな安い煽りに乗せられる程ガキじゃないので、スルーするのが当たり前だ。
まあ、いざって時には容赦しないから、好きなだけ吼えてろって感じかな。
もうね、いくら人間じゃないからと言って、2本足の生き物を毎日狩っていたら変に度胸が付いちまってさ、やる時はやりますって気分になってんのさ。
まだ人を殺した事は無いけど、実際にそうなってもそこまで酷い事にはならないと思う。
それはともかく、ランダロフを膝に乗せて撫でてやる。
気持ち良さそうに目を細め、グルルと喉を鳴らしている。
道はそれなりに整備はされているものの、やっぱり揺れまくる。
それに、意外と速度が遅いのな。
もっと速いもんだと思っていたけど、馬車ってこんなものなのか?
これならオレが走るほうが余程速いし、ランダロフも少し退屈そうだ。
それでもそのまま抱き枕状態にして、少し身体を斜めにして何とか眠ろうと努力する。
金貨73枚、銀貨70枚、裏技魔石は36個か。
お菓子が売れたので荷物が減り、あらかたリュック1つに収まった。
それでもツボが増えたのでパンパンなのは変わりなく、作業着の上下は土嚢袋に入れてある。
狩りに使ったからドロドロであり、洗ってもあんまり綺麗にならないんだ。
なので今はトレーナーとジーパンと運動靴のスタイルで、安全靴も土嚢袋の中だ。
さすがに旅でフル装備とか、目立って仕方が無い。
特にあの白いヘルメットが最悪で、それも土嚢袋の中だ。
工具類はリュックの中だけど、安全帯も土嚢袋の中に入れてある。
せっかく巻き取り式の安全帯を買ったのに、使う前にこんな事になっちまうとはな。
これから使うとしたら、ランダロフのリードにするぐらいか。
でも補助ロープがあるからなぁ。
馬車はゆらり揺られて昼休憩となり、皆は保存食で馬は飼い葉桶。
馬車を降りてランダロフを放してやると、途端に走り出した。
相当、暇だったらしい。
リュックを背負っているのでそれには付き合わず、のんびりとそこらを散歩する。
カチッ、シュボッ……すぅぅぅ、はぁぁぁ……
「おい、そいつ、魔道具か? 」
「え、これ? まあそうだけど」
「便利そうだな。おい、いくらだ」
売る気も無いのにどうして値段を聞くんだ。
「売りませんよ」
「そう言うなよ、なあ、高く買ってやるから売れよ」
「嫌ですよ」
「おーい、どうしたんだ」
「こいつ、面白そうな魔導具を持ってんだ。なのに売れって言うのに嫌がりやがってよ」
「おいおい、そんなに面白そうなのか。で、いくらだって」
「それが言わなくてよ」
「どうだ、銀貨2枚で買ってやるぞ」
「だから売らないと言っているだろ」
しつこいな。
ああ、フル装備ならこんな事も言われないのか。
そういや皆、腰に剣とか提げているな。
成程、そういうのがけん制になるんだな。
なのに丸腰だから舐められていると。
まあ、商人なんかはそうだから、その類と思われているのかも知れんが、そういう事ならフル装備にしとくかな。
強引に断って馬車の中に逃げ込む。
さて、着替えるとするか。
折角、ラフな格好での旅になるかと思ったのに、どうして戦闘用スタイルにしないといけないかな。
そうして改めて馬車から降りる。
「あんだてめぇ、やる気かよ」
「そんなに死にたいの? 」
光り輝くナタを抜くと、ちょっとビビッたようなそいつ。
「えらく物騒な得物だな、おい」
「ゴブリンぐらいなら1発だしね」
「まあそりゃ、あれは雑魚だけどよ、1発って事は無いだろ」
「1発です」
「そんなに切れるのか、そいつ」
「人間の首も1発だと思うけど、試してみる? 」
「いらねーよ」
そこらの立ち木をスコーンと斬る。
「おいおい、とんでもねぇ切れ味だな」
そうかなぁ、普通だと思うけど。
つまりこの世界の刃物ってそんなに程度が低いのか。
まあそうだよな、あちらの世界の刃物とは出来が違うか。
こんなんでも日本刀に使うような鉄を使っているんだし。
15才の祝いに猟師会の面々が金を出し合って買ったって代物だ。
あれは嬉しかったなぁ。
切った立ち木を適当に削っていると、どっかに行っちまった。
まあ、立ち木がスコーンと斬れたのは、何もナタの性能だけじゃない。
ゴブ肉ジュースのせいか、やたら腕力が強くなっていてさ、そこらの木こり顔負けになっているんだ。
それに、昨日研いだばかりだし。
適当に木刀みたいなのが出来たので、ナタは納めてこれを使うとしよう。
そう思って軽く振り回してみると風切り音が凄い。
こんなに強くなるとか、どうにも慣れないな。
まあ、ゴブリンがナタで1発と言っても、最近じゃ峰打ちにしての首チョンパだからな。
「ウォフン」
「ああ、そのな、昼間は干し肉で我慢してくれよ」
「……ブフン」
実は昨日、ゴブ肉ジュースを10袋分作ってあり、村で買ったツボに入れてある。
それと言うのも濁らないんだ、いつまで経っても回復薬の容器に入れたジュースが。
だから最低5日は保つのが分かったので、2人で山分けなので10日分で10本用意した。
これから先、濁るようなら早々に消費するが、濁らないようならそのペースでの消費と、そう決めてある。
本当は1日3食全てジュースにしたいけど、それじゃいくら作っても足りなくなる。
まだまだ荷物も多い今はやれないので、他の2食は保存食の予定なのだ。
そんな訳でランダロフに干し肉をくれてやり、またぞろ馬車の旅は続いていく。
やはり戦闘用のスタイルになってからというもの、余計な茶々は無くなり、やはり必要なのだと思った。
そしてその夜、野営となり、それぞれは支度をする。
とは言うものの、馬車で寝る人も多いようで、オレ達もそうしようかと思ったが、その前に夕食を摂る事にした。
皆から少し離れ、深皿にジュースを入れてやると、早速にも勢いよく飲み始める。
そうして自分も同様に、ツボからゴクリゴクリと飲んでいく。
うん、やっぱりもう、これが手放せないな。
荷物になるのでもったいないけど、ツボは捨てておく。
もっとも、ランダロフの食器は使い回すけど。
なんせ洗ったみたいにピカピカにするんだし。
「ウォッフ」
「美味かったか」
「ウォーン」
「よしよし」
馬車に揺られての旅の疲れが消えた瞬間でした。
しかもこれから寝ると言うのに、眠気まで覚めちまった。
いや参ったな。
仕方が無いから馬車の乗り口に座り、後ろにもたれてそのままのんびりする事にした。