第二十四話 魔王降臨
もしかして他の人が転移になったとか?
それなら裏方だけで良いから楽なんだけど。
『それは無いの』
うえっ、オレ寝てないよ。
夢の中だけじゃ無かったのかよ。
『非常事態ゆえにの。ちなみにおぬしにしか聞こえておらぬ』
うっかり声に出したらアブナイ人だと思われそうだな。
『なれば気を付けるがよい。しての、魔王じゃが、おぬしが説得するのじゃ』
えっ、倒す話じゃないの?
『あれは竜らと同じ、おいそれと討伐など叶わぬ存在よ。それを無理にやろうと思えば、人の半数は消えるであろうの』
説得します。
『おぬしには様々な伝手があろう。それを有効に活用するのじゃ、良いな』
分かりました。
「討伐の為の人員を策定せねばならぬ」
「待ってください」
「急ぐのじゃがの」
「いきなりの討伐は無理があります。なのでまずは調停を試させて下さい」
「あやつらは敵じゃぞ。そのようなもの、やれるはずも無かろう」
「まあまあ、彼の言う事にも一理あります。なんせ彼は竜族の調停者、しかも魔物使いです。もしかすると可能かも知れないじゃないですか」
「しかしの」
「あー、ちなみに、まともに戦うと人族の半分が消えるそうだぞ」
「誰がそのような事を」
「んー、ちょっと人には言えない協力者? 」
「そのような戯言、聞くには及ばぬ」
『仕方が無いのぅ。今回だけじゃぞ』
「誰じゃ」
『そやつの申す事は真実じゃ。おぬしら、竜の如き者とまともに戦えるのかの。それ程にも人が強靭になったのなれば、そろそろ我の庇護も不要じゃろう。我の祝福はそろそろ終わりで良いかの』
「ま、まさか、貴方様は」
『そやつに任せよ、良いな』
「は、ははぁぁっ」
あーあ、一気に有名人ですよ。
今までの地味な活動が台無しだな。
どうすっかな、これから。
『先に対処してから考えよ』
そうだねぇ。
◇
準備すると称して一度家に戻り、ランダロフと相談をする。
失敗したら生きては戻れまいとの話に、悲しそうな鳴き声。
それでな、お前達、事が収まるまで山で暮らす気は無いか?
「ウォォォン、ウォォォン」
ああ、絶対に生きて戻るさ。
「ウォン? 」
ああ、約束するとも。
「クーン、クーン」
ああ、分かった。
最後に全員洗ってやろうな。
もちろん、リンスも使うから心配するな。
「キューン」
縁起なんて何時覚えたんだ。
まあ、最後とか、幸先の悪い事は言わないよ。
庭にでかい浴槽を構築し、温水を流し込む。
石鹸水を流し込んで泡風呂にして、服を脱いで皆と共に中に入る。
そうして全員洗ってやり、お湯を出しながらリンスもしてやる。
そして最後にはドライヤーの魔法で乾かしてやる。
「ウォンウォン」
「クーン」
「キャンキャン」
「キャゥン」
ああ、皆、行ってくるよ。
◇
伝手ね。
まあ、オレが持っている伝手と言えば、最大なのが竜族だな。
後は森の民の中でも高位の存在が数人ぐらいか。
あいつらにも裏技を教えてあるんだけど、時到るまで共に禁薬指定になっている。
そして本当の薬に辿り着く前に、裏技の薬で止まるという計画になっているんだ。
確かに今の森の民にそんな不心得者は居ないけど、未来がどうなるかは分からない。
だから万が一の用心にとそれを決めて、周知徹底しているとか。
なので古文書の記載も裏技の存在のみに留め、原本は完全密封して世界樹の根元に埋められている。
完全密封?
はい、もちろん、あちら産の密閉容器ですね。
それもタイムカプセルに使われるようなのを仕入れて渡してある。
ラグビーボールみたいな容器に納められ、もう取り出す事の無いようにと願いを込めていた。
その時にそれの値段を聞かれ、ついね。
まあそれで多大な恩とか言われたんだけど、特に欲しい物は無かったから保留になっているんだ。
だから今回の伝手も有効だと思うんだけど、さて、どれぐらいの協力体制になるのかな。
あいつら、基本的に人族があんまり好きじゃないみたいだし。
そう思っていたら、全面協力になっちまった。
早速、偵察隊が組織され、暗黒大陸に面する沿岸地帯に分散配置され、24時間体勢で報告が上がるようになっちまった。
その作戦本部に詰める事になったものの、強力な支援は実にありがたい。
「人族が嫌いなのに良かったのか? 」
「お前は人族じゃないだろうが」
「そりゃ魔人って括りにはなっているけどさ」
「ふむ、知らないのか。ならば教えてやろう。魔族とはな、魔人の成れの果てよ」
「うえっ? そうなんだ」
「ああ、だからな、魔王も元は魔族なれば、おぬしと似たような存在という事になる」
「あれっ、なら、魔王とか嫌ってないの? 」
「あれらを恐れ、刺激するのは決まって人族だ。遥かな昔からな。それで戦線が拡大して我らにも火の粉が降りかかる。さすがに攻撃を受ければ反撃をせざるを得ない。元は特に争っている存在ではないと言うのに。だから人族は嫌いなのだ」
そんな事になっていたとはな。
となれば、説得にも可能性があるって事か。
よーし、頑張るぞ。
『おお、集まっておるな』
あれっ、呼んでないよ。
『何を言うか、このような騒動、我らも同行せねばなるまい』
つまり酒が欲しいと。
『う、うむ、ま、まあ、それはの、その、ついでと申すかの。ほれ、景気付けと申すであろう』
本当に飲兵衛なんだから。
『その代わり、現地までは我に乗ってゆくが良い。何事も舐められては、巧く行くものも行かなくなるからの』
はいはい、頼りにしてますよ。
そして、もちろん酒も進呈するけど、終わったらで良いよな。
『遠慮は無用じゃ。浴びる程でも構わぬからの』
それは出す側が言う台詞だろ。
『そうかのぅ』
やれやれ。
◇
最前線を森の民が仕切り、余計な刺激を与えないように徹底している。
一応、オレに任された案件なので、人族の動きは止まったままだ。
そうして一切を森の民に預け、オレは単なる調停者として向かう事になる。
「ありがたい話よ、のう、皆」
「うむ、こたびは人族に騒がれずに済むの」
「どのみち就任なれば、大騒ぎするなどあり得ぬ事。国としては祝いの使者を送るような案件と申すに、ほんにあやつらは」
「それも込みで良いのかの」
「森の民からの祝儀は届けるよ」
「このまま人族が留まれば、速やかに終わる事になろう。なれば早急に頼むぞぃ」
「ああ、分かったよ」
そうして祝儀の品の数々を亜空間倉庫に収め、飲兵衛の竜……タイランの背に乗って暗黒大陸に向かう。
「タイラン? あれ、どっかで聞いたような」
『そうかの』
「ああ、高校のクラスメイトだったオタクのニックネームにそっくりだ」
『オタク……とは、何じゃ』
「例えはさ、月刊ファンタジーワールドを持っててさ、昨日もそれ、読んでたんだよな」
『そ、そうなの、かや』
「しかもだよ、異界商店ってスキルをもらったからさ、あちらのその手のグッズとか、好きなだけ買えるんだよな」
『う、うむ、なる、ほど、な』
「そいつ、ヒラタセイヘイって名前でさ、苗字と名前にタイラって漢字が入ってて、だからついた仇名がタイランって言うんだよ」
『あ、ああ』
「そいつってさ、すげぇスケベでさ」
『誰がスケベだっ』
「あれ、どうしたの? キャラが変わってるよ」
『てめぇ、さっきから黙って聞いていれば、いくらでも調子に乗りやがって。くそぅ、もう止めだ、止め。あーあ、折角の芝居が台無しだぜ』
「さすがだなぁ。その成り切り、さすがはプロのオタクだな」
『なんだその、プロってのは』
「てかさ、お前ってそんなに酒が好きだったんだな」
『ああ、親父の酒をよくちょろまかして飲んでいたさ』
◇
やれやれ、どうにも爺さんな喋り方が変だと思っていたんだよな。
だから本来はもっと違う喋り方じゃないかと思っていたけど、まさかそんな事になっていたとはな。
転生か。
しかも、こいつの場合、過去転生ってのか。
意外とこいつのほうが主人公とか、そんな感じだよな。
生まれ変わったらドラゴンになったけど、どうすればいい……みたいな題名でよ。
うん、ありそうな話だ。
『何を考えている。もうじき着くぞ』
「人化は出来ないのか? 」
『まあ、やろうと思えば』
「あのな、あの酒、インフレで300倍になってんだぞ。だから定価5000円の酒が150万円だ」
『ぶふぉっ、な、なんだそれは』
「それを毎月、2本ずつ飲みやがって。それを稼ぐのにどんだけ苦労したと思っている」
『う、うむ、その、悪かったな』
「さっさと人化すれば良いものを。でかい図体でガバガバ飲みやがって」
『あのほうが飲みやすいというか、たくさん飲めるというか』
「やっぱりかよ、この野郎」
『次からは人化するからよ』
「当たり前だ。てか、人化して遊びに来いよ。多少なら買い物のリクエストに応じてやるからよ」
『そ、そうか。ああ、懐かしいな。それならな、あるんだよ、欲しかったものが』
「よし、終わったら家で宴会だ」
『頑張って来いよ』
「ああ、それじゃあな」
飲兵衛だけど、やたらと精力的に協力してくれると思っていたら、そんな舞台裏があったなんてな。
あいつはオレを見てすぐ分かったんだろうか?
だから協力してくれたのかな。
当時、オレはそんな趣味って訳でも無かったのに、よく覚えていたものだよな。
かなりの長生きみたいなのに。
そんなに印象深かったのかな?
まあいいや、さてと、この辺りかな。




