無自覚で最強の吸血姫は、妹のためなら自重しない！短編版　（旧題）妹が欲しい吸血姫は、チートの限りを尽くす

　かつてのエフェニア大陸は、現代より遥かに発展していた。現代では失われてしまった第三階位を超える魔法や、優れた技術を持つ種族が跋扈(ばつこ)する時代。

　だが、その時代は比較的平和だった。他の種族を超越する能力を持つ真祖――ヴァンパイアの一族が頂点に君臨していたからだ。

　かの一族は、君臨すれども統治せず。

　大陸の中心に領地を持ち、穏やかな生活を送っていたのだが……ひとたび周囲が騒がしくなると姿を現し、容赦のない粛正を加えていった。

　だからこそ、大陸で暮らす様々な一族は、それぞれの領分を守って暮らしていた。

　――だが、そんな平和な時代が終わりを迎えようとしていた。

「……なん、だと？　リスティア、お主はなにを言っているのだ」

　ヴァンパイア一族が暮らす城の謁見の間。

　王座につく真祖の王は、信じられないと目を見開いた。

　爛々と輝く赤い瞳に映り込んでいるのは――漆黒の髪を揺らす少女。目にした者を魅了してやまない真祖の姫君で――彼にとっては愛すべき愛娘だった。

　そんな姫君――リスティアが握りしめた両手を広げ、ぷんすかと怒っている。

「だから、あたしは可愛い妹が欲しいのっ！」

「なにを言い出すかと思えば。可愛い妹とは、お前の代名詞ではないか。自分で自分が欲しいなどと……リスティアよ。お主は一体なにを言っているのだ？」

「なにを言っているのか分からないのは、お父様の方だよっ！」

「立ち姿は可憐で、振る舞いは愛らしい。そしてその声は周囲に癒やしを与える。まさに天使のごとく可愛い。お前の評価を口にしているのだが？」

「あたしは天使じゃなくてヴァンパイア。そして普通の女の子だよぅ。それに、可愛がられるんじゃなくて、可愛がるがわになりたいのっ！」

　リスティアは今年で十七歳。何千年も生きることが可能な真祖の一族にとっては、まだまだ生まれたばかりの赤子も同然だ。

　およそ数十年ぶりに産まれたリスティアを、両親や姉達が可愛がるのは必然といえる。

　だが、リスティアは真祖の一族の中でもとくに優秀で、他人の助けを必要としていない。だから、可愛がられるよりも、可愛いものを愛でる方が好きだった。

　にもかかわらず、姉達がお姉ちゃん体質で、こぞってリスティア(妹)は可愛いと言い続けるものだから、リスティアも妹が欲しくなってしまったのだ。

「と言うか、話をごまかさないでよぅ。あたしは、妹が欲しいんだよ！」

「お前より可愛い娘が生まれるとは思えん。よって、あらたな娘を作るつもりはない」

「お父様が作ってくれなくても良いよ。許可さえくれたら、自分で作るから」

「――なっ!?　お、おおおっ、お前！　もしや、既にそういう相手がいるのか!?　許さん、許さんぞ！　どこのどいつだ!?」

「……なにを言ってるの？　相手は今から見つけるんだよ？」

「今から見つける？　ならば仕方がない、戦争だ。この世の男を皆殺しにしよう」

　とんでもないことをさらりと宣言する真祖の王。

　だが、リスティアはこてりと首を傾けた。

「妹にするんだから、相手は年下の女の子だよ？」

「……む？　お前はなにを言っているのだ？」

「人間とかエルフの女の子を眷属にして、妹として可愛がりたいんだよぅ」

　真祖の一族同士で子をなすことも出来るが、そっちは数十年に一人生まれるかどうか。それを期待するよりも、眷属を生み出すのが現実的だとリスティアは考えたのだ。

「ねぇねぇ、良いでしょ～？」

　ペットを飼いたいとねだる子供のように、リスティアは一生懸命に父親を説得する。その姿が壮絶に可愛くて、真祖の王は思わず許可を出しそうになった。

　しかし、かぶりを振って、寸前のところで踏みとどまる。

「……お前は、眷属をペットかなにかと勘違いしていないか？」

「そんなことはないよぅ。ちゃんと身寄りのない女の子を探すし、眷属にする前にはちゃんと、本人の許可を得るよ？」

「いや、そういう意味ではなくてだな。……眷属だぞ？　しかも、真祖の娘の眷属だぞ？」

　真祖のヴァンパイアには弱点なんて存在しない。そして真祖の眷属もまた、真祖には及ばずとも、最高ランクの力を手に入れることとなる。

　もし、人間の娘をリスティアの眷属にすれば、その娘が人間最強となる。なりたいと願うものなど、いくらでもいるだろう。

「ねぇねぇ、お父様が良いって言ってくれたら、妹を作っても良いって、お母様やお姉様達は言ってくれてるの。だから、ねぇねぇ、良いでしょ～？」

「それは、むぐぐ……」

　我が娘が無邪気で可愛すぎると、真祖の王は内心でうめいた。

　娘を溺愛する父親としては、リスティアの願いを叶えてやりたいと思う。だが、それでも、リスティアの願いを叶えるわけにはいかない理由があった。

　――それは、リスティアが愛らしいから。

　リスティアの家族は皆、愛らしいリスティアを溺愛している。リスティアが妹を得てしっかりしてしまったら、今の愛らしいリスティアが見られなくなってしまう。

　だから、真祖の王はダメだと言い張った。

「どうしてダメなの？　ちゃんと、一生懸命に面倒を見るよ？」

「ダメなものはダメだ」

「だから、どうしてって、理由を聞いてるんだよぅ」

「ダメなものはダメだと言ったらダメなのだ」

　自分勝手な理由を説明できない父親はただひたすらに拒絶する。

　様々な条件をつけてまで、一生懸命にお願いしていたリスティアは、その理不尽な対応にかんしゃくを起こした。

「むうううううう、いじわるいじわるっ！　お父様なんて大っ嫌い！　お父様がその気なら、あたしにだって考えがあるんだからねっ！」

「リ、リスティア、なにをするつもりだ!?」

　愛すべき愛娘に大嫌いといわれ、真祖の王は焦る。

「家出するっ！　妹を作って良いって言ってくれるまで帰らないからね！」

「い、家出だと!?　そんなことをされては、お前を愛でられなくなるではないか！　待て、ちょっと待て！　リスティア!?」

　慌てて引き留める父親を一瞥、リスティアは一族が住まうお城を飛び出した。

　――その後、リスティアは一族の追っ手を振り切り、魔法で空を飛んで大陸の片隅にある地下迷宮へとやって来た。

　ちなみに、迷宮と言ったが、作ったのはリスティア自身。第七階位の魔法の練習がてら掘り進めた迷宮で、ほかの者は知らない場所に存在している。

「自分で作って、ちゃんと面倒も見るって言ってるのに、お父様の分からず屋！　こうなったら、徹底抗戦だよ！」

　リスティアは可愛らしく悪態をつき、どうすれば自分に妹が出来るかを考える。

　真っ先に考えたのは、父親に内緒で妹を作ると言うこと。

　人里で身寄りのない人間の女の子を拾い、自分の眷属にならないかと勧誘。了承してくれたら思いっきり可愛がって、そのまま妹になってもらう。

「……ダメ、だね」

　リスティアはその計画を断念した。

　リスティアの力と行動力があれば、妹を作るところまでは簡単だけど、今の状況で妹を作って家族に反対されたら、その妹がきっと悲しい思いをする。

　そう思ったからだ。

　――リスティアはわりとぶっ飛んだ性格だが、優しい女の子だった。

　だから――と、リスティアが次に考えたのは長期戦。時空魔法で自分の時を止め、妹が生まれるか、もしくは父親が折れるまで眠り続けるというもの。

「……あり、だね」

　リスティアはその計画を実行することにした。

　リスティアの力をもってすれば、自分の時を止めるなんて造作もない。それを数十年ほど続ければ、父親だって寂しくなって、あらたな娘を作ってくれるだろう。

　そう思ったからだ。

　――リスティアは優しい女の子だが、わりとぶっ飛んだ性格だった。

　という訳で、リスティアはほっぺたに人差し指を当てて首をひねると、セミロングの黒髪を揺らしながら、さっそく計画を練り始めた。

　一番重要なのは……あたしの眠る場所の装飾かな。

　計画が成功した場合、あたしを目覚めさせるのは愛すべき妹ちゃん。そんな妹ちゃんに、自分の可愛くない寝姿は見せられないよ！

　そんな風に考えたリスティアは、アイテムボックスから材料を取り出し、今やすっかり使い慣れた第七階位の魔法を展開。

　炭素を高温下で圧縮し、自分を囲うように、光を虹色に反射させる透明の檻を生み出した。

「クリスタルケージ、かんせ～い♪」

　なお、炭素を高温圧縮して生み出したので、ダイヤモンドのケージである。

　リスティアとしては、ダイヤモンドケージより、クリスタルケージの方が響きが好みらしい。とんでもない材質詐欺であった。

「自分に封印をかけるときは、目をつぶってた方が良いかな？」

　時が止まっている状態は、本人にとっては一瞬だが、来訪者からすれば眠っているも同然。だから、瞳を開いたままよりも、閉じている方が綺麗に見えるだろうと考える。

「そうだね。条件が満たされたら、ケージが細かく砕けるようにしよう。演出は大事だよね」

　目覚める条件に、眠るときのポーズなどなど。ああでもない、こうでもないと、リスティアはあれこれを考える。

　そしてようやく満足がいったのか、クリスタルのケージの中で祈るようなポーズをとった。

　あとは自身の時を止めるだけ。魔法解除の条件が満たされるまで、何者もリスティアを起こすことは出来ない。

　例外は、外部からの魔法による強制解除。

　それを防ぐには、封印を施す必要があるのだが……リスティアが使える封印では、簡単に解除されてしまうかもしれない。

「時間稼ぎ程度の結界は張ったけど……さすがに数十年はもたないよね。どうしよう……？」

　そこまで考えたリスティアは、まあ別に良いかという結論に達した。

　強制的に魔法を解除されたとしても、父親が折れるまで同じことを繰り返せば良い。そう考えたからだ。

　そうと決まれば、さっそく決行だよ――と、リスティアはいそいそとクリスタルのケージの中で自分を固定し、手ぐしで前髪を整えていく。

「えへっ、これで完璧、だよ」

　ポーズもバッチリ決めたリスティアは、次に目覚めたとき、目の前に妹がいることを願って、時空魔法で自らの時を止めた。

　それから季節は巡り、季節は巡り、季節は巡り――千回ほど季節は巡り、神話級の生物は姿を消して行き、大陸は人間のものとなった。

　そして――

　剣と魔法が衰えた時代に、かつて頂点に君臨していた真祖のお姫様が甦った。

　深紅の瞳に漆黒の髪。透き通るような白い肌に、凜とした声。まるで天使のごとき容姿を持つリスティアの目的は――妹を作ること。

　可愛い女の子にお姉ちゃんと慕われたくて、迷宮のドラゴンや悪徳町長をぶちのめすのだが――

「すごいです、リスティア様！」

　向けられるのは、尊敬や畏怖ばかり。

　ちーがーうーのーっ！

　あたしはお姉ちゃんって慕われたいだけなの――っ！

　妹が欲しい真祖の姫は、今日も妹を求めて駆け回る。