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あなたにも星屑を  作者: 雨煮
本編
4/5

後編 2



 飲み過ぎた。


 酒は飲んでも飲まれるな。覆水盆に返らず、後悔先に立たず。後の祭り。

「まーじかよぉーえーやだーもおー」

 頭を抱えて盛大に独り言ちた。

 先人たちの偉大な教訓と忠言は、しかし繰り返される事によって実感されるわけで、あんまり意味がないとも言える。

 やっちまった。

 あーあーあー、何が迷惑かけないように?迷惑かけまくりじゃないのー?!

 なんかえらく距離感ガン無視して突っ込んだこと言ってしまったような気がする。

 人の心の真実なんて、本人にだってわからないものなのに。

 しかも優しくしてあげるってなんだよ、何様だよ。

 怒ってないといいな…。

 うう、せめて良き隣人ポジションでいたかった…。


 一晩明けて完全に私は後悔していた。

 禁酒しよう。そうしよう。

 固く決意して誓ったのに、あっさりそれはその日のうちに覆された。



「今日も飲むか」

 顔を合わせづらいなーと思いつつも、寂しがりに一人のごはんをさせるわけにもいかず。

 日中はおじいちゃん先生のところで一心不乱に縄跳びをして気を紛らわせ、なんとか立て直して晩ごはんを作りに来た私に、カムルさんはびっくりな一言を軽く言った。


「えー、と、明日は仕事なんですが」

「俺もだよ。軽く飲むだけ。昨日飲んだわりに今日は元気に縄跳びしてたんだから平気だろ」

「なんで知って」

「じいさんと二人で跳んでて人集まってただろうが」

 ええ、最終的にはおじいちゃん先生と二人とびの二重跳びに成功しました。あれは達成感。我ながら誇って良いと思う。

「つまみ作ってくれよ。優しくしてくれるんだろ」


 ぎゃあ。


 そこは見て見ぬ振りの聞かなかった振りで無かったことにしてくれるのが大人ってものではないですか。

 そういうこと言う?

 くそ、そっちがその気なら開き直っておせっかいおばさんになってやる。


「わっかりましたーあー」

 やけくそになった私にカムルさんはけらけら笑った。


 それからなぜか晩酌も日課に追加されてしまったのだった。

 世話の焼ける厄介なお隣さんから、友人の枠に入れてもらえたってことなのだろうか。





「あ、シホそれ置いとけ、こっちを」

「いやでーす。これは私が運ぶんでーす」

 軽い方のかごを渡そうとするカムルさんを置き去りにして、山盛りのかごを抱えて家の戸口へダッシュする。

 かごを置いてアカリに渡してから、戸口から顔を出して、まだ洗濯物を取り込みしているカムルさんに声をかける。

「カムルさーん先に帰ってごはん用意してるねー!早く帰ってきてねー!」


 二人揃って休みだったので、衣替えの時期で繁忙期な洗濯屋さんのシズイ家のお手伝いに来た。

 大量の洗濯物を取り込んで、そろそろもう夕暮れ。

 開き直った最近の私はだいたいこんな調子だ。ざまみろ。彼女とかできなくなればいいのに。



「で?今日も晩酌すんの?」

 側で作業しながらシズイがからかって訊いてくる。

 シホがアカリに話したのを聞いたか。

「うるせーな」

 酒は嫌いじゃないが、本当はあまり家では飲まないことを知っているシズイがにやにやしながら言う。

「カムルはシホさんに甘いなあ」

 反射的に、それはちょっと違う、と思う。

「…シホが俺に甘いんだよ」

「うわっ!」

 急に大声で叫ぶのでなんだと睨んだら目を丸くしたシズイがこっちを見ていた。

「カムルがのろけると思わなかった」

 思わず渋面を作る。

「…俺も人のことは言えないな」

「何が?」

「頭に花が咲いてるって話」

 腹を抱えて笑われた。腹が立つので頭をはたく。





 それから数日後。

 その日の私は絶不調だった。

 商品の渡し間違いにはじまって、棚にぶつかって商品を落としたり、忘れ物をしたお客さんを呼び止めようとしてすっ転んだり。

 小さな失敗が積み重なって、散々だった。

 もうだめだ。今日の私はだめだ。

 最近弛んでいたのかも。調子に乗ってたのかも。なんだかどんどん気分が落ち込む。


 こんな日に限って、カムルさんは職場の人と食事をするとかで、会えない。

 前もって聞いてたから、アカリのところでごはんを一緒して、シャワーも借りてきてしまった。

 愚痴るのも嫌で、新婚夫婦にそんな話をするのも気が引けたからいつもどおりの平気な顔をつき通した。

 だけど。

 人に優しくされたい。


「こんばんは。…晩酌しませんか」

 驚いているカムルさんに、酒瓶を差し出した。

「いいけど。…じゃ、つまみ、今日は作ってやるよ」

 この人なら、こうやって優しくしてくれるの分かってて会いに来たんだ。

 浅ましいなあ。

 こんな浅ましい私にも、カムルさんは変わらず優しい。



 さっと手早く作られたおつまみが並べられる。私より余程手際がいいような気さえした。

 カムルさん、料理もできるんだなあ。おつまみ美味しいなあ。

「カムルさん、今日急に来てごめんね」

 自己嫌悪が拭いきれなくて、謝った。

「別にシホならいいけど」

「私のこと甘やかさないでください」

「なんでだよ」

「調子に乗るからだよー」

「乗ればいいじゃん」

 カムルさんが優しい。

 すごく優しい。

 あー。ハグとか。して欲しいなー。

 あー飢えてるなー。

 だめかなー。

 情に訴えたらいける気がする。良心?アラサーの図太さをなめてはいけない。よし。

 弱り気味の自分に甘い、私は懲りない酔っ払いだった。


「じゃあ、ぎゅーしてください」

 両手を広げてお願いした。

 数瞬、時が止まった。

「…俺、風呂入ってくるわ」

 逃げられた。

 拒絶の仕方も、優しいなあ。


「ごめんねカムルさん。お風呂入るならお水飲んだほうがいいよ」

 しょんぼりとしながら後悔に襲われて、視線を落とす。

「そうだな」

「じゃあ、私帰るね」

「いや、待ってて」

 ええ?

 いつも通り送ってくれるつもりなのかな、律儀だな。

 大した距離じゃないのに、ほんと、いいや逃げよう。

「勝手に帰ったら怒るからな」

 すっかりしょげていた私は、その一言で帰れなくなってしまった。


 カムルさんがお風呂に行ってしまって、落ち着かなくて残ったお酒を煽る。

 この状況おかしくないかな。やっぱり調子に乗ってた。変なこと言わなきゃ良かった。

 ぐるぐる考えながらうだうだしていたら存外すぐにカムルさんは出てきた。カラスの行水…カムルの行水?

 髪が濡れて、お風呂上がりのカムルさんはいつもとちょっと雰囲気が違う。

 髪ぐらいちゃんと拭いてほしい。まずい、どぎまぎしてしまう。

 思わず視線を逸らした私の肩をつかんで、カムルさんは正面から話しかけてくる。

「シホ。俺はあんまり飲んでないし、水も飲んだしお湯も浴びてきた」

「え?はい」

 言っていることの意図が分からないけどカムルさんの顔は真面目だった。

「いいか、俺は酔ってないからな」

「はあ」

 返事をしたら、ぎゅっとされた。


 フリーズする。

 ええええええっと

 ……………………あっ?!


 もしかしてもしかすると、酔ってないから、間違いは起こさないみたいな、そういうことか。

 あああびっっっくりしたーーー。

 紳士かよ。紳士だよ、知ってたよ。

 間違いウェルカムなのに。ていうか逆に私が間違いを起こしそうなんですけど。


 脳内は一瞬で大混乱だったけど、大人のずるさで色んなものを誤魔化して、ただ温もりを分け合う。


「シホ」

 耳許はだめでーーーーす!

「俺はこれでも、きちんとしたい方なんだよ」

「……はい」

 パニックに陥ってる心臓を宥めながら呼吸のしかたを思い出そうとしていたら、すごく小声の返事になった。

「俺の恋人になってよ」

 これはたぶん夢だなあ。

 いつの間に寝たのかわからないけど、なら堪能しておこう、とカムルさんに恐々腕を回す。途中で目が覚めたら嫌だ。

 ぎゅっと抱き締める力が強くなる。

「シホ、返事」

 そんなもの、決まってる。願ったり叶ったりだ。

「はい。よろしくお願いします」

 ちょっと顔を離したカムルさんが見たことないくらい優しく笑って、見とれた。

 そのまま口を塞がれて、離してくれないので呼吸が苦しくなって、現実だと知らされた。


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