中編
なんでだか生きているから、生きなければならない。
生きるためには働かないといけない。
それはどこの世界でも同じ。
カムルさんの伝手で、カムルさんちの向かいの雑貨店に下宿して働かせてもらえる事になった。
店主兼大家さんは夫婦で、店の隣に住んでいる。物置状態の店の二階の部屋を私に貸してくれた。
お風呂と台所は、カムルさんが貸してくれる代わりにカムルさんの分もご飯を用意することで成立した。お風呂も借りる分、食費は私持ちで。
カムルさんはお金は出すと言ってくれたけど、それじゃあんまり釣り合いが取れなすぎるので私の方が折れなかった。
と言っても一文無しなので、一ヶ月分はカムルさんに借りてお給料が出たら返すのだけど。
何から何まで世話してくれて、そもそも道で寝てる女を拾ってくれるところからしてどんだけ人が良いんだカムルさん。
「カムルさんて、すごくいい人なんですよ」
アカリの言った言葉はまさしくその通りだった。
翌日からさっそく働き始める。
商品整理や在庫整理から教わるけど、やっぱり字が読めないのは結構なハンデだ。
さらに、正直に言って私は要領が良くない。慣れるまではどうしてもミスをしてしまうし、動きも悪い。
さすがに年齢的にそろそろまずいし、多少は経験でカバー出来るようにもなったけど、限られた範囲のことなので高が知れている。
これが10代とか20代前半なら、多少は仕方ないと許してもらえるだろうけれど。
頼まれた商品の在庫を運ぶのにも、いちいち箱を開けて確認して。一度ちゃんと見せて教えてもらったのだけど、種類が多くて覚えきれていない。
どうしよう。せっかく雇ってくれたのに、これじゃすぐお払い箱になってしまう。
暗い気持ちになっていると、声をかけられた。
「おい、大丈夫か?」
顔を上げたらカムルさんがいた。
「え、どうしたんですか?」
「配達に来たついで。在庫取りに行ってしばらく戻ってこないっていうから様子見に」
まあ、紹介してくれたのカムルさんだものね。ちゃんと働けてるか気にしてくれたのか。そして私の仕事出来ないっぷりがバレましたか。
思わず項垂れてしまった。
「あんま気にすんなよ。慣れない仕事なんて誰でもそんなもんだから」
そう言ってぽんと軽く背を叩いて、手間取っている私の荷物を持っていってくれる。
背が高い茶髪の後ろ姿を見送る。
めっちゃ良い人かよ…。
言っとくけどちょろいかんな私!
言わないけど!
あれだな、彼女とかいるんだろうな。こういう人にはいる。絶対。気をつけなはれや。
…それとも勘違い女にモテるのが嬉しいタイプとか。いやいや穿ち過ぎだなこれは。
人を悪く見ようとするのはよろしくないって。うん。
既にこじらせすぎてんだからせめて根性は曲がんないようにしたい。
危なくうっかりときめきかけた私の動揺ときたら大変な事になっていた。
大人になるほど恋は難しい。まず好きになることが大変なんだ。
好きになっても良いかどうかで自己防衛ラインを突破できない。
まあ私の場合まず現実に生きてる人間を好きになることの方が少ないオタクであるのは置いといて。
っていうかほんとはそんな事言ってるような状況でないのも置いといて。
すぐにカムルさんは仕事に戻り、私も邪念を振り払いつつ、なんとか働いた。
仕事が終わって、買い物をしたあとカムルさんの家に行く。
カムルさんの仕事の終わる時間がまちまちらしいので、合鍵も貰ったけど、悪いので居ないときは帰ってくるのを待とうかなと思っている。
幸い今日はもう仕事が終わったらしく、灯りがついていた。
「こんばんはー」
「おう、風呂と飯どっち先にする?」
「……先にごはんで」
新妻みたいな台詞で迎えられてしまった。何にも意識してないみたいだけど。
「じゃ、台所借りますね」
ごはんはとりあえずアカリに教えてもらったレシピで何とか作る。日本語で書いてくれているので私にも読める。ほんとありがたい。
味見して、うん。別に変な味ではないはず。レシピ通りだし。ということでカムルさんの分もよそって出す。
「どうぞ、召し上がれ」
「ん、いただきます」
普通に食べてくれているのでどうやら不味くはないみたいで良かった。
「アカリに聞いたんだけど、カムルさん、シズイさんちでごはん食べなくていいんですか?」
訊いてみると、カムルさんは渋い顔をした。
「そもそも最近は行ってない。…新婚に自分から当てられに行く趣味はない」
「あーなるほど」
そりゃそうだ。でもやっぱり、人が良いと思う。
シズイさんが心配してたのは黙っておこう。
「カムル、最近なんでかうちに来ないけど、あいつ本当は基本一人での食事が嫌いなはずだから。シホさんよろしくお願いしますね」
私なんかと一緒に食べても楽しいかは分からないけど。
気遣い屋さんの寂しがりに、せめて美味しいごはんは作ってあげられるようにしよう。
ごはんを食べてお風呂を借りて、用が終わったらすぐにうちに帰る。
カムルさんは目と鼻の先の距離なのに、わざわざ扉の前まで送ってくれた。
「じゃあ」
「仕事頑張れよ。愚痴くらいは聞いてやるから」
………だから気をつけなはれってば。
「ありがとう。おやすみなさい」
一度閉めた扉を少しだけ開けて、隙間からカムルさんが自分の家の中に入るのを見届けた。
この人の優しさは星屑みたいだな。
柄にもなくそんなことを思う。
ささやかに、けれど無数に、いろんなところに散りばめられてきらきら光る。
誰かと食べる食事が嬉しいのは、私も同じだ。
急に知らない世界に放り出されて、生活していかなきゃならない。
頼って良い人がいるのは、側で気にかけてくれる人がいるのは、それだけで安心できる。
カムルさんは、いい人だ。
あまり迷惑にならないようにしたい。頑張らないと。
部屋の窓からは向かいのカムルさんの家が見える。
夜空には、星がたくさん煌めいていた。
元の世界より、よく見えて、綺麗だった。




