6話 ザ・パスト
相馬の話は、大まかにはこういったものだった。
音楽関係の資産家の息子であり、銀紙のような笑顔を貼り付け、寄りついてくる人間が、自分の事を諭吉にしか見えてない事に早い段階で気付いた相馬は、やさぐれて行った。
派手で喧嘩っ早く、うわべの女垂らしに成長した相馬は、学年で浮いた存在だった。
幼い頃からピアノやベースを習い、一年からずば抜けた実力があった。
そのせいで軽音部の先輩からも疎まれていた。
喜多高に入学し二度目の冬を迎えた頃、クラスで酷いイジメがあったという。
イジメの標的は、一年の頃から相馬に話しかけてくれていた相馬とは逆の意味で浮いていた地味な少年だった。
現場を目撃した相馬は、その場で殴りかかりイジメの主犯格を入院させるほどの怪我を負わせてしまう。
そして、助けたはずの少年は言ったのだ。
「やっとみんなと関われたのに、我慢していればいつか仲間に入れるかもしれなかったのに。
お前なんか友達じゃない」と。
停学処分になった相馬は、音楽スタジオに通い、爆音でベースを弾き続けた。
他人への不信を、一時でも忘れたかったからだ。
そんな時、スタジオで中学の頃の先輩に出会った。
工業高校に進学し、大学生になったいわゆる元ヤンの人達だ。
その人達は、相馬のベースの実力を知ると、パンクバンドに誘って来た。
先輩達は優しかった。
練習の帰りには飯をおごってくれた。
そんなある日、大学のサークルで主催するイベントのミーティングをする事になった。
相馬の家でだ。
相馬が資産家の息子だと知ると、だんだんと先輩達の態度が変わっていく。
一度金を貸してと言われ、二度目、三度目と、額は膨らんで行き、ライブのノルマを全て払わせられた事もあった。
相馬は資産家の息子ではあったが、自分の金はバイトで稼いでいた。
自分に対し愛情のない親に頼りたくないからだ。
次第にバイトの時間は増えて行き、停学が解けているはずの学校も休学する事になった。
それでも相馬は、友達に、上辺だけでも優しい人間に飢えていた。
関係を切るに切れない状況が続いた。
けれど、ひとつだけ我慢できないことがあったのだ。
先輩達の、音楽に対する態度だ。
ライブは大学の内輪だけで盛り上がり、練習もろくにしてこない。
酒を飲み、女を漁るためにライブをしているように見えた。
女にかまけてスタジオに誰も来ない日も少なくはなかった。
パンクの意味を履き違えている、そう思った。
復学の時が迫り、そんな生活に嫌気がさした相馬は、バンドを抜けることを伝えた。
しかし、相馬の同意なしに数ヶ月先まで既に主催ライブが何本か決まっていたのだ。
変わりのベースはいくらでもいるが、相馬が居なくなると金の工面に困る先輩達は、二年生として復学した相馬を呼び出し、暴力で脅していたのだ。
今日が企画ライブの日だったのだ。
そして、そこに俺たちが通りかかった。
相馬の話は終わった。
俺は再びコンビニに入りジュースを買って、渡す。
「喉、乾いただろ」
「…ごめん、つい長話しちまった。お前意外と聞き上手だな」
「気にすんな、でもひとつ言いたい事がある」
「なんだ?」
「俺は、相馬とバンドがやりたい」
「……今はもう、二度とバンドはやりたくない」
「言うと思った」
俺は立ち上がる。
「そんじゃ、行くか!」
「は?どこに」
「コワーイ先輩方の企画ライブ会場」
「何言ってんだお前」
「ぶっ飛ばしにいくんだよ、あの
腐れパンクキッズ共を。ってのは冗談、でも話つけなきゃまたくんだろ、あいつら」
「話が通用するやつらじゃない」
「屁理屈は得意なんだ。読書が趣味だからね」
俺はおどけてみせる。
「頑固だなお前。ったく、怪我しても知らないからな!」
相馬の表情はさっきより晴れていた。
俺たちは電車に乗り込み、ライブ会場へ向かった。