5話 ロンリエスト・ベイビー
倒れたままの男は、髪がやたらツンツンしていた。
右手でイマジンをブレイクしそうな勢いである。
よく見たら年齢は俺たちとさほど変わらなそうだ。
「相馬先輩だ…」
智沙が言った。
「え?知り合い?」
「私達が一年生の時、軽音部にいたんだよ。すごくベースが上手かった」
「とっ、とりあえず救急車!」
雨宮が慌てて携帯を取り出す。
「待って!」
智沙が制止する。
「確かクラスメイトを殴って今は休学中だったと思う。
今問題を起こしたのが学校に知れたら、退学になっちゃうかもしれない」
なかなかハードな人物のようだ。
俺は呼吸を確認し、首元に手をあてる。
しっかり脈はあるようだ。
「じゃあ、うちで手当する、私の家ここから近いから!」
「やばそうになったらすぐ救急車呼ぶからな」
俺は過去を思いださせる救急車の音が大嫌いだが、そんな事を今は言ってられない。
「うん…それがいいかもしれない。ハル、優ちゃんちまで担いで!」
智沙から指令が下った。
「レンジャー!」
意気込んで返事をしたものの、レンジャー部隊のようにはいかない。
気を失った男の身体は想像以上に重かった。
プルプルしながらもなんとか踏ん張り、雨宮の家の前に到着した。
「優ちゃん、ご両親は?」
「あ、居ないよ、大丈夫」
2人の会話を聞きながら、
「は、はやくして…」
と情けない声を出すと、雨宮が素早い動作で鍵を開けた。
ツンツン先輩(仮)を畳に寝かせ、辺りを見渡す。
殺風景で、もの寂しい古びた和室が広がっていた。
雨宮は初めて会った夜、兄が居なくなって今は1人だと言っていた。
彼女1人には広すぎる。そう思った。
この家で1人きりで生活をする雨宮の姿を想像し、胸が苦しくなる。
雨宮が救急箱を用意し、消毒に取り掛かろうとすると、ツンツン先輩(仮)が目を開けた。
「ここは…?」
「私の家です、大丈夫ですかっ?」
雨宮が必死に問いかける。
「君は…さっきの天使ちゃん?ということは…ここは…天国にしてはやけに貧乏くさいけど」
人様の家に失礼極まりない奴だ。
「せめて、最後に…」
「ひゃっ!?」
こ、こいつ…雨宮の胸を触りやがった!
「てめえ!何してやがる!」
「ん?誰だお前」
こういった場合、冷静に言葉を駆使しその場を収めるのが得策であり、自身の省エネにもなる。
しかし、時として思考と行動がリンクしないのが人間なのである。
「あんたの後輩だよ!ちなみにここは現世だ。
確か相馬とかいったな、もっかい気絶させるぞ」
「あ?お前俺より年下だろ?さんをつけろよ前髪野郎」
「うるせえウニヘッド。スプレー代かさむだろ、それ」
俺と相馬が睨み合っていると、智沙が割り込んできた。
「ハル!やめなさい!怪我人なんだよ!」
「あれ…確か君は…」
「あ、相馬先輩。覚えてますか?軽音部でベース弾いてた森谷です!」
「ああ!やっぱり!あのかわい子ちゃんだ、元気だったかいベイビィ」
「そっ、そんな、可愛いだなんて…」
「はいそこっ、頬を赤く染めない!」
雨宮はともかく、智沙が言い寄られてもモヤモヤするのは何故だろう。
それから相馬は雨宮に傷の応急処置を受けた。
非常に気に入らない絵面である。
そして、相馬が智沙のベースに目を付けた。
「森谷ちゃん今ベース何つかってんの?」
「フェンジャパですけど…見ますか?」
智沙はケースを開け、手渡す。
「へぇ、いいの使ってんね。ちょっと弾いていい?」
智沙が了承すると、相馬は親指と人差し指で弦を弾き、レッチリの「Can't Stop」のフレーズを弾いた。
素人目から見ても超絶上手い。
リズムも完璧で、まるでそのまま音源が再現されているようだ。
「やっぱめちゃめちゃ上手ですね!今度スラップのコツ教えて下さい!」
智沙は感動している。
「まあ、こんな事ばっか出来ても仕方ないんだけどね…友達とか全然居ないしさ、俺」
その影を帯びた表情が、どこか昔の自分と被った。
この時、俺の頭の中ではこれから始めるであろうバンドの事がよぎっていた。
スリフォのギターボーカルを超えるため、俺がギターボーカルをやるとして、ドラムはマノケンに頼もう。楽しいって言ってたし。
そして、ベースは…
「んじゃ、そろそろ帰るわ。森谷ちゃん、天使ちゃん、サンキュー」
相馬は立ち上がり、俺を見る。
「……運んでくれたのお前なんだろ?ありがとな」
相馬は家を出ていった。
その後ろ姿は、俺を駆り立てるのに十分な寂しさを纏っていた。
「ちょっと俺もコンビニいってくるわ。無性にからあげさんが食べたい」
智沙と雨宮に何か買ってくるものがあるか聞きくと、
智沙が「ロールケーキ!スプーンで食べるやつ!」と言った。
雨宮は首をブンブン振って遠慮していた。
相馬を追いかけ、雨宮の家を後にした。
線路の下で見つけたその背中は、小刻みに震えていた。
「…何しに来た」
「コンビニいくんだけど、来る?」
相馬に話しかけると、あからさまに怪訝な表情を向けられた。
「いかね」
「からあげさん一個あげるから」
「舐めてんのか」
「まあまあ、立ち話もなんですから」
無理やり引っ張っていく。
相馬は抵抗しなかった。
コンビニで智沙に頼まれたロールケーキとからあげさんを買い、ゴミ箱の横に二人で座る。
「はい、一個ね」
からあげさんの箱を差し出す。
相馬は黙ってつまみ取り、口に放った。
「なあ、あんたをボコってたあいつらってさ、もしかして友達なんじゃないのか」
「違う!」
予想は外れたようだった。
「あいつらは…俺を裏切った、信じてたのに」
相馬は語り出す。
きっと俺なんかに話したくないはずだ。それでも話し続ける。
きっと誰かに話さないと、潰れてしまうからだ。
本当は誰だって、心は脆い。
誰の心にも、人が人として生きる以上、塞がらない穴が空いている。
それはきっと強がるほどに広がって、いつかそれが穴であったことすら気付けなくなってしまう。
俺は、黙って相馬の話に耳を傾けた。




