表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

3話 リトル・バイ・リトル

職員室の前で雨宮と別れ、教室に向かった。

授業が始まり、午前中は爆睡した。

昼休みにマノケンと購買のパンを齧っていると、

「お前今日やけに早く来たらしいな、智沙ちゃんが驚いてたぞ」

マノケンがモグモグしながら言った。

「ああ、なんとなく」

「どーせ理香さんに起こして貰ったんだろー?いーよなー理香さん、なんかエロくて」

俺は普段のズボラで腐女子な理香姉の姿を想像する。

「いや、現実はそう甘くないんだな、これが。過剰な夢は見ない方がいい」

「なんだと⁉そりゃ夢もみるさ、俺が萌えに目覚めたきっかけは姉キャラなんだ!」

こいつの趣味は多岐に渡るが、その中のひとつはギャルゲーである。

「嘘つけ。本当はしずかちゃんのくせに」

マノケンは「キャーーノビタサンドウィッヂーー!」と、不気味な呪文を唱え、悶えていた。


午後の授業は机の下でページをめくり、読書に励んだ。そしてやっさんの短いホームルームが終わる。

マノケンと話していると、黒板の前でやっさんに話しかけていた智沙が近づいて来た。

「顧問に許可とれたから、部活いこっ!」

もしかして…

「顧問ってやっさんなの?」

「そうだよ、知らなかった?」

知らなかった。

でもそれなら呼び出しが長い理由も納得できる。

「なに?浅見軽音入んの?」

マノケンが聞いて来た。

「まだわかんないけど、今日は見学」

「俺もついてっていいかー?楽しそう」

ヘラヘラ笑っている。

「いいんじゃね、知らんけど」

智沙と目を合わせるとなんとなくまあいっかという雰囲気になった。


三人で教室を後にし、練習場所である一階の教室に向かう。

雨宮を探そうと隣の教室を覗いてみたが、まだホームルーム中だった。


一階の廊下を歩いていると、けたたましいドラムの音が響いていた。

教室の前に到着すると、音はさらに激しさを増している。

ドアを開ける。


「キィィィィィエエエエエエエエエエエエ」


残像を残さんばかりのスピードで頭を振りながらドラムを叩く、というよりしばき倒し、奇声をあげている危険な女が見えた。

ドアを締める。

「な、なんかいた」

「あ、あれはうちのドラムの山田加奈ちゃんだよ…」

智沙が申し訳なさそうに教えてくれた。

「ちょっと変わってるけどいい子?だから、大丈夫、だと思う」

歯切れの悪いところを見ると、世話焼きの智沙でも手に負えない人物である事は容易に想像できた。

とりあえず教室に入る。

こちらの存在に気付いた山田なる人物は、急に目を輝かせ走ってくる。

「真野先輩!加奈の練習見に来て下さったんですかあ?!?」

「いや、違うよ」

マノケンはきっぱりと答える。加奈は大袈裟にしょげていた。

「マノケン、お前知り合いなの…?」

「ああ、うん、一応。なんか学期始めにいきなり話しかけられてそれからちょくちょく顔文字だらけの変な手紙を貰うんだ」

「変だなんてひどいですぅー」

なるほど。確かにマノケンはかっこいいしモテるもんな。

でもこんなのにまで好かれるとなると、モテるのも考えものだな、と思った。

見た目は背が小さく、幼い。髪型はツインテール。その手の属性が好きなやつにはたまらない感じだ。見た目だけは。

「…あなた、さっきからなにみてるんですか?」

加奈がジト目で睨んできた。

「見てない」

「さては加奈に惚れましたね?もしくは妹にしたいと思いましたね?これがメンタリズムです。」

ドヤ顔でおかしなポーズを決めている。

「……あのさ、ずっと思ってたんだけど」

「はい?」

「頭大丈夫?」


激昂する加奈を智沙がドードーとなだめていた。

気付いたら隣に居たはずのマノケンがドラムセットの前に居る。

「なあー、これ叩いてみていいかー?」

「あっ、いいですよ!加奈が手取り足取り教えてあげます!」


2人はドラムの前で話始める。


俺と智沙はやれやれと言った感じで目を合わせた。

「アンプがある方の倉庫の鍵、安田先生が来るまでまだあけられないんだよねー」

智沙が残念そうに言った。

「そうなんだ」

じゃあ本でも読みながら待つか、と思い鞄を開けると、見当たらない。

「あ、」

「どうしたの?」

「教室に忘れ物した。ちょっと取って来る」

「アンプ出すの手伝って欲しいから、すぐ戻ってきてね!」

「あいよ」


階段を登っているところでギターを持ったまま来てしまった事に気付いた。

頭のイかれた女のせいで置くタイミングを見失ったせいだ。

二階に上がると、職員室から硬い表情の雨宮が出てきた。

「よっ」

「あ、ハル!」

少しホッとしたような表情を見せる。

知り合いの顔を見て安心したのだろう。

「なんで職員室?」

「転入の書類とか、色々…」

「これから帰るとこ?」

「教室に鞄とりにいったら帰る、かな」

「俺も今教室いくとこ」


お互い隣同士の教室に入り、目当てのものを回収すると、同時に廊下に出てきた。

「どうだった?転入初日」

「全然ダメだった…友達が出来ないどころか、緊張してうまく話せなくて…」

雨宮は落ち込んでいる。

「うーーん、パッと見近寄り難い雰囲気はあるかもなあ」

ズーンとさらに雨宮は肩を落とす。

「でも俺とは最初からわりかし普通に話してたじゃん」

「あ、あれは勢いというか、ハルが…」

「俺が、なに?」

「な、なんでもないよ」

「気になるんだけど」

どうせまたなんか失礼な事を言おうとしたに違いない。

「ハルが優しかったから……言わせんな恥ずかしい」

またネットスラングを口走りながら赤面している。

マノケン、わかったよ。これがお前の言う「萌え」なんだな…?

あ、そういえば。

「ねえ、ギター弾いてみてよ」

「えっ?ここで?」

「うん、というか教室で」

半ば強引にギターを弾いて貰う事にした。

「緊張するー、な、なにを弾けばいいの?」

「うーん、なんか有名なやつ」

雨宮は教室の椅子に座り、アンプに繋がない生音でメロディを奏で始める。

レッド・ツェッペリンの名曲「天国への階段」だ。

夕暮れの、2人だけの教室と妙にマッチしていて、聞き入ってしまう。

イントロを弾き終えるとと手を止め、聞いてきた。

「知ってる?これ」

「あ、ああ知ってるよ」

「ハル意外に洋楽も詳しいんだね」

これくらいなら誰でも知ってるだろう。それより、

「めちゃくちゃうまいじゃん!素人にもわかるよ!」

「えっ、そ、そう?ありがと…」

本気で照れているところを見ると、人前で弾いたことがないのかもしれない。

「俺昨日練習してみたんだけど、どうしても「F」が押さえられなくてさー、コツとかある?」

今度は俺が椅子に座りギターを構える。

雨宮が隣に寄り添って教えてくれた。

シャンプーのいい臭いがして、内心ギターどころではない。

「こう、人差し指の側面に力を集中して…」

この瞬間が永遠に続けばいいと、柄にもないことを思ってしまう。

雨宮の手が俺の人差し指に触れたその時、教室のドアが開いた。

「……ハル?」

智沙が立っていた。

俺たちは慌てて離れる。

「どうした智沙」

「どうしたって…遅いから呼びにきたんだけど…誰、その可愛い子」

智沙は複雑な表情をしている。

「今日転入してきた雨宮優」

「ふ、ふーん」

「なあ、雨宮も軽音の見学連れてってもいいか?」

もしかしたらギターをきっかけに友達が出来るかもしれないと思ったからだ。

「へ?ハル…?」

雨宮は目を丸くして俺の顔を見上げて来る。

「見学だけだから、な?友達できるかもよ」

俺は小声でささやく。

「い、いきたい!軽音部とか憧れてたっ」

小声で、そして必死で訴えていた。

「わたしにギター教えてっていってたくせに…」

「ん?」

ボソボソと智沙が何か言ったようだが聞き取れない。

「まあいいんじゃない?じゃあ私先いってるね、みんな待ってるし」

智沙のやつが珍しく本気で不機嫌ぽい。生理か?

踵を返し、教室を出て行った。

「よし、じゃあ俺たちもいくか」

「うんっ!」

嬉しそうな雨宮の顔を見て、俺は満足感を感じながら一階に向かった。

教室にはいると、智沙のバンドメンバーが準備をしていた。

アンプを見て気付いたが、智沙が不機嫌だったのはアンプを出す手伝いを忘れていたからかもしれない。

その横で、マノケンがドラムを叩いていた。

………。

ん?

ぎこちなくテンポは遅いが、なんか普通に叩けているっぽい。

けどあいつドラムなんてゲーセンのやつ以外やったことないはずだ。

「あ、浅見ー!これ楽しいぞー」

そうだった。

マノケンは天才肌なのだ。

興味を持った大抵の事はなんでもこなしてしまう。

そして、すぐ飽きるのがお決まりのパターンだった。

マノケンと居ると楽しいが、劣等感を感じる時が多々ある。

「真野先輩!加奈、惚れ直しました!」

「そうかー?ありがとなー」

2人はアホっぽい会話をしている。

「よし、じゃあはじめよっか!」

スタイルのいい茶髪の女の子が言った。

ストラップを肩に掛け、マイクの高さを調節している。

智沙がベース、加奈がドラムだ。


そうして、智沙が所属する校内でも有名なガールズバンド「Make Marry」、通称メイメリの演奏が始まった。

雨宮は目を輝かせて足でリズムをとっている。

曲は、確かちょっと前に大ヒットしてコンビニに関連商品も並んでいたアニメの曲だ。

それにしても…うまい。

感心してしまう。


演奏を聞きながら、俺の周りはすごいやつが多いと思った。

智沙はヒロさんの影響で幼いころから楽器を触っていて、ギターとベースを弾ける。

加奈だってバカにしか見えないけど改めて見ると普通に上手い。

短い時間でドラムの基礎をひとつ身につけたマノケン。

そして、スリフォのボーカルを兄に持つ雨宮。


俺だけが、何も持っていない。

けど、俺はまだ16のガキだ。

努力の余地は腐る程ある。

中学の頃、心を打たれた今は亡きロックスターの言葉を思い出した。

『死ぬ気でやれ、死なねえから』

ああ、やってやる。

少しずつでいい。

自分を、目に映る退屈な世界を、音楽で変えたい。

そして過去のしがらみを断ち切りたい。


俺は、軽音部に入る決意を固めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ