29話 ラン・ラン
それから学園祭を三日後に控えた俺たちはスタジオに入り浸りひたすら練習に明け暮れた。
アドレナリンが疲れを忘れさせ、ハイになる。
気が付けば学園祭は翌日に迫っていた。
「だんだん形になってきたな」
相馬が言うと、俺たちは頷いた。
「でもまだ一曲しか出来てない。学園祭ライブの俺たちの枠って15分ぐらいだよな?」
俺はすっかり忘れていた現実をみんなに伝えた。
「時間もないし、後の2曲は今までやってきたコピーをやろう。ってかそれしかないっすね」
マノケンは苦笑しながら皆に同意を求め、俺たちも賛同する。
そんな時だった、ガチャ!と派手な音を立ててスタジオの扉が急に開いた。
扉の先に立っていたのは顔面を蒼白にした智沙だった。
「ど、どうした智沙!?」
俺たちは目を丸くして智沙の言葉を待つ。
「ハル、落ち着いて聞いて…」
「お、おう?」
嫌な予感がした。
「美和子さんが、ハルのお母さんが…倒れたって…」
曲の練習にのめり込み、ハイになっていた頭が一気にクールダウンする。
それから智沙は荒い息まじりに状況を説明した。
はじめに理香姉に連絡が行き、俺の携帯にも連絡をしたがスタジオが地下だった為繋がらなかった事。
理香姉は既に仕事を切り上げ車で俺の元へ向かっている事。
「浅見、行ってこい。学祭の事は俺たちがなんとかすっから。いまはとにかく急げ」
相馬が口火を切るとマノケンも目を合わせて頷く。
「ごめん、みんな。行ってくる」
俺は半ば放心状態で楽器をしまうのも忘れて理香姉の車に乗り込んだ。
車内では色々な事が頭を駆け巡り、疲れているはずの身体は眠ることを許してはくれなかった。
全てが上手くいく、そんな矢先に起こったこの出来事に天を呪った。
山梨に到着すると、すぐさま病院に向かう。
病室の扉を開けると、酸素マスクをし、鼻からチューブを差し込まれベッドに横になる母さんの姿があった。
当然、じいちゃんとばあちゃんも居た。
「母さん…っ」
俺はベッドの横で膝をつき、母さんの手を握った。
医師から告げられた母さんの容態は思わしくなかった。
昏睡状態が続き、数時間後には手術を開始するらしい。
俺はただ、心拍数を告げる電子音が響く病室で立ち尽くす。
手術室に運ばれる直前だった。
母さんが薄目を開けた。
「春…希…?」
「ああ、俺だよ…!春希だよ…!」
「今日は…学園祭のライブでしょう?」
「そんなのっ、」
母さんは俺の手を強く握った。
命すら危うい、そんな人の力とは思えない力強い手だった。
「行って…母さんは大丈夫だから」
「出来るかよ…!」
「春希…夢を見つけたんでしょう?好きな人が出来たんでしょう?母さんはそれが…何より嬉しいの」
「俺…俺はっ」
涙が溢れ出す。
こんな時まで俺を第一に考えてくれる母さんを見て、今までずっと…
「春希、行きなさい。夢を叶えて。春希の幸せが母さんの幸せだから」
俺は、立ち止まるわけには行かない。
母さんの想いに応えたい。
俺は覚悟を決めた。
「…行ってくるよ。母さん」
母さんは俺の言葉を聞くと、心底安堵した表情で目を閉じた。
「理香姉、後、まかせる。」
理香姉にそう言い放ち、俺は病室から駆け出した。




