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2話 サムシング・イン・ザ・ウェイ

ライブハウスの前で連絡も取れない中待たされた智沙に散々どやされた挙句、どこをほっつき歩いてたか問いただされ「トイレ」と答えてしまった俺は「朝もそんな話してたよね、どんだけお腹弱いの」と、括約筋が緩い奴認定を食らい、ギターの話をしながら電車に揺られた。

「アンプってあるじゃん、四角いの。あれに繋いでみたい」

と言うと、

「じゃあ明日うちのバンド放課後練習あるから、ギターもって見学にきなよ!」

という話になった。

最低限必要なものを揃える為、地下がスタジオ、地上は楽器屋、二階から住居である智沙の家に寄り、店長である智沙の父親、ヒロさんにギターを始める旨を伝えると、

「へぇ〜あのお前がねー、記念にサービスしてやるよ、今回だけな」

と言われた。

ヒロさんは年齢より妙に若く見える。

「おじさんとお兄さんの中間」と言った感じだ。

「智沙のお父さん」と呼ぶと、「オッサンくさいからヒロさんって呼べ」と散々注意されてきた。

小さい頃から何かとお世話になっている。

昔はバンドをやっていて、CMソングにタイアップしたりもしていたらしい。

なんだっけ、確かジュースか何かのCMだったはずだ。


軽く世間話をしてから、弦と初心者教本、チューナーをありがたく貰い、帰宅した。


家に着いてからすぐに弦を張り替え、自室に引きこもり教本に載っていた基礎的なコードを練習してみたのだが…

気付けば時刻は深夜の3時をまわっていた。

そして眠い目をこすりながらぶっ通しで数種類の憎きアルファベット達に挑み続け、今に至る。

いくつかのコードは汚いながらもそれっぽい音が鳴るようになったものの、小鳥達がチュンチュンと絶望のコーラスをさえずり、新しい一日の始まりを知らせていた。

一度眠気のピークを超えたせいか、疲労を感じるが全く眠くはない。

このまま学校に行くことにした。

なにしろ、今日は雨宮優が転入してくるはずなのだ。


準備をしてリビングに出ると、このアパートの家主である同居人、従姉妹の遠山理香がPCを弄っていた。

椅子に膝を立てながら、朝っぱらから堂々と乙女ゲーをプレイしている。

ボリボリとポテチをかじり、デスクには缶ビールが何本か空いていた。

「あ、ハルくんおはよう。今日は早いんだ」

「おはよ、理香姉」

理香姉は理系大学の研究室で働いているアラサーだ。

徹夜で帰ってこない日もあれば、今日みたいに朝から家にいる事もある。

黒ぶち眼鏡でモデル体系のクールビューティなのだが、近頃は若干、腐女子気味である。

「そんなんばっかやってると婚期逃すぞ」

「現実の男はクソ」

PCの画面を見つめたまま食い気味にピシャッと言い切られた。

たまに酔って昔の男の事を話し出すときがあるので、恋愛にトラウマを抱えていると俺は読んでいる。

きっと液晶の中のイケメンに傷を癒してもらっているに違いない。

「でもハルくんなら考えてもいいかな?」

冗談でからかってくる。

「チェンジ」

間髪入れずに近親者に対する適切な対応をした。

「ひどっ、居候させてもらってるお姉さんにそんな事いわないの!」

「日々感謝で胸がいっぱいであります!」

照れ臭くてあまり真面目に口には出さないが、本気で感謝している。

あの思い出したくもない昔の生活から救い出してくれたのは、理香姉なんだから。

理香姉は立ち上がる。

「コーヒー淹れるけど、飲む?あれ、なんかハルくん顔色悪くない?」

「うん、お願い。そう?これのせいで寝てないからかな」

壁に立て掛けたギターを指さす。

「ふーん。智沙ちゃんの影響?」

「違う」

「じゃあなんで?」

正直に答えると長くなるな。

「モテたいから」

まあ、半分は嘘ではないかも。

「智沙ちゃんに怒られるよ」

「なんでだよ…」

俺が智沙を好きだったのは小学校低学年までだ。

確かに今でも仲はいいが。

万が一手を出した日にはヒロさんに殺されるヴィジョンしか見えない。

洗面台に向かい、鏡を見ると、若干クマが出来た自分の顔が写っていた。

眠くないときでも「なんか眠そう」と言われ、バイトをしてみれば「何だその反抗的な目は」と怒られてしまう奥二重の不便な顔である。

顔を洗うと、前髪が伸びていて鬱陶しい。

目玉の父親を連れたゲゲゲな彼のように、片目が隠れている。

いい加減切りたいのだが、どうにも美容院という場所が苦手なのだ。

頭を触られるのは好きじゃないし、なによりあの取って付けたような薄ら寒い会話に、必要以上のサービス対応をしてしまい、疲れるからだ。


俺はリビングに戻るとコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「じゃ、そろそろいくわ」

「いってらっしゃい、智沙ちゃんによろしくねー」


ギターを背負い、アパートを後にした。


雨の日以外は自転車で通学しているのだが、今日は時間が早いし、慣れないギターを背負っているのもあり、歩く事にした。

30分程かかる距離だ。

昨日智沙の家に寄った時に借りた、スリフォの音源を再生しながら歩き出す。

悔しいけど、やっぱかっこいいな…

昨日は勢いで超えるなんて大見得を切ったものの、とてつもなく長く険しい道程になりそうだ。


10分程歩いた所で、昨日ギターを拾ったゴミ捨てばを通りかかった。

昨日とは違いまだ回収車が来ていない時間帯なので、ゴミ袋が積もっている。

群がる数匹のカラスの目がビー玉みたいで不気味だな、などと考えながら通り過ぎていく。

………。

ん?

ちょっとまてよ。

ひとつの疑念を抱いたその時、お世辞にも綺麗とは言えない木造の家屋のドアが開き、人が出てきた。

雨宮優だ。


昨日は色々あって考えもしなかったが、そうだよな、ゴミを出すのは家の近くのゴミ捨てばだ。

…こんなに近くに住んでいたなんて。

彼女はこちらに背を向けて鍵を閉めている。

表札をみると当たり前のように「雨宮」と書いてあった。

彼女が振り返る。

「お、おはよ」

彼女も目を見開き、驚いた表情だ。

「お、おはよう。ハル……さん」

俺たちは固まる。

昨日は割と自然に話せたのに、いつもの調子が出ない。

昨日のやり取りを思い出して恥ずかしくなるからだろうか、昨日より距離が開いたような気がする。

「と、とりあえず行かない?学校」

俺たちは並んで歩き出した。

「…ギター、早速持って来たんですねっ」

数秒の沈黙を破ったのは彼女からだった。

「ああ、うん、今日軽音部の見学に行こうと思って!そういえば、ゆ…あ、雨宮はギター弾ける?」

優と呼ぼうとして、やめた。さすがに馴れ馴れしいだろう。

さっき俺も「さん」を付けられてしまったし。

「一応、趣味程度ですけど…全然です」

照れたように柔らかく笑う。

「へぇ〜…」

きっと兄貴に教えて貰ったんだろう。

何故か胸がモヤモヤしたので、話題を変える。

「話変わるけどさ、何年何組に転入するの?」

「2年C組、らしいです」

「隣のクラスだ、しかもタメだ」

「本当ですか!?歳上だと思って敬ってしまいました…」

大人しい顔して、また棘のある言葉を…

「いや、そのまま敬ってくれてもいいよ、人として」

「うーん………」

雨宮は眉間に皺を寄せる。

「そ、そんな悩む?」

「第一印象が不審者でしたから、無理です!」

雨宮はいたずらっぽく、明るいトーンで答えた。

「だからあれは違うんだってば!いや、違わないけど、誰も居ないと思って!」

か、からかわれている…?

雨宮はそこはかとなく楽しそうである。

「嘘です、昨日ねらーって言われたお返しですw」

なんとなく、雰囲気がよくなっていた。

「もう敬語じゃなくていいんじゃない?」

俺は苦笑いで提案した。

「そうですね……じゃなくて、そうだね、ハル」


それからも、俺の家の場所、知らない人だらけの学校に転入するのが怖い事など、何気ない会話をしながら通学路を歩いた。

お互い緊張もほどけて、昨日と同じくらいには距離が縮まった…と思う。

途中智沙からお決まりのモーニングコールが鳴り「多分今日は智沙より早く着く」と告げると「へっ?」と素っ頓狂な声が聞こえたが、すぐに切った。

雨宮は目を丸めながら、

「彼女さん?」

と聞いて来たので、断固否定しておいた。


ゆっくり話してみると、雨宮は控えめで大人しいタイプだけど、しっかり者。

そして、どこか他人との間に壁を作り、必要以上に気を遣っている。

そんな印象を受けた。

なんとなく少し自分に似ている所があると感じた。


学校に着くと、校門の前で雨宮は尻込みしてしまったが、「大丈夫」と当たり障りのない言葉で背中を押すと、勇気を出して踏み出してくれた。

こういうとき、もっと含蓄のあるセリフをさらっと言えるようになりたいものだ。

自分の言葉の貧相さに辟易し、

今まで以上に読書にまい進することを密かに誓ったのだった。





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