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26話 スカーズ

目を覚まし、カーテンを開け窓から空を見る。

夕闇と夜が交差し、不穏な色の雲に覆われている。

土砂降りの雷雨だった。

雷がフラッシュし、薄暗い部屋にボヤけた人型の輪郭を映し出す。


いつも目覚めるときに感じていた、何かを失くしてしまったような感覚は無かった。

こんなに深く眠ったのは何時ぶりだろう。

12時間も眠ってしまったようだ。


カレンダーをみると、学祭が3日後に迫っていた。


時間がない。


シャワーを浴び、すぐさま相馬とマノケンにメールを送る。


「今からスタジオ来てくれ、頼む」


雨避けにゴミ袋を被せたギターケースを背負い、エフェクターボードを手に取り、部屋を出た。


リビングのTVには、大型の台風が接近しているというニュースが流れていた。

そして、理香姉の姿もあった。


「やっと終わったんだね、お疲れ様」


「うん。ありがとう」


理香姉は、山梨から帰ってから始業式が過ぎても学校に行かずに曲を作る俺に何も言わず、察してくれて、作曲に集中させてくれていた。


「ハルくん、すごくスッキリした顔してるよ。いってらっしゃい」


「おう、いってくるよ。今まで色々、本当にありがとう…理香姉」


曲を作って過去を思い出していると、余計に理香姉への感謝の気持ちが溢れ出してくるのだ。

今まで照れ臭くて言えなかった、「ありがとう」を言葉にした。


「な、なに急にかしこまって、はやくいきなよ!」


「学祭、まだライブ出来るかわかんないけど、予定空いてたら見にきてよ」


「行くに決まってるでしょ!ハルくんがこんな頑張ってるんだからっ」


何故か頬を紅潮させる理香姉を背にし、アパートを後にした。


カンカンと音を立てる階段を小走りで下り、ビニール傘を開く。


前を見ると、そこには短い黒髪の女の子が立ち尽くしていた。


「……優?」


「ハル…あのね、わたし」


傘を差してはいたが、この豪雨だ。

ほとんど意味を成していない。


「…いつからここに?」


「ちょっと前…かな、智沙ちゃんから多分家に居るって聞いたんだけどね、なかなかピンポン押す勇気が出なくて…えへへ」


優は自嘲気味に笑う。


「そっか。…髪、切ったんだな。とりあえずはやく着替えないと風邪ひくよ。うち入りな、理香姉の服もあるから」


さらさらと揺れていたあの長くて綺麗な髪は、肩の上くらいまで短くなっていた。

それでも智沙よりは全然長いが。


「それは…」


強まる風と雨音で良く聞き取れない。


「え?もっかいたのむ!」


「見せたいものがあるの!だから、私の家に来て欲しい!」


見せたいもの…?

よく分からないが、優の表情から必死さと真剣さがひしひしと伝わって来た。

何か覚悟を決めたように見える。


あんまり時間ないんだけどな。


放っておけるわけがない。


これ以上、大切な人の気持ちがすれ違うのは見たくない。


バンドも大切だけど、優だってもちろん大切だ。

どちらかなんて選べない。

何かを捨てなきゃ手に入れられないものなんて、最初から要らない。


綺麗事でもいい。

俺は、欲張るんだ。

親父の墓の前で、そう決めたから。




「わかった。はやくいこう」



俺たちは土砂降りの道を足早に進み、優の家に着いた。


「…練習、行くとこだった?」


そう聞きながらタオルを差し出してくれた。

そのタオルで頭を拭きながら答える。


「ああ、うん。まだみんな来てくれるかわかんないけどね。とりあえず今連絡入れてるから大丈夫」


「そうなんだ…ごめんね、タイミング悪くて」


「いや、いいって!俺も優に会いたかったし、言いたい事もあるんだ」


「そ、そっか!言いたい事って…?」


「あーいや、えーと…あっ、優こそ、見せたいものって!?」


伝えたい。いや、伝えなきゃいけない事がある。

でも、急に言うのは恥ずかしくてはぐらかしてしまった。


「それはね……くしゅんっ」


優がなんとも可愛らしいくしゃみをした。


「ほら、風邪ひいちまうよ。先シャワー浴びて着替えてきなよ」


「…覗かない?」


疑いのジト目。

これはこれで….

元々好みのショートカットになった事もあり、ますます可愛さ魔神だね。


「…安心してくれ。これでも紳士である事を常々心掛けてるつもりだ」


「えーっ、うそだあ。じゃあ、一緒に入る?」


今度は上目遣い。ぐうかわ。


「よし、お湯の設定温度は42℃でいいか?」


「変態紳士ですね、わかります。」


優のネットスラング、すごく久しぶりに聞いた気がする。


「いや、マジで絶対覗かないからさ、はやく入ってきな。ギター弾いて待ってる」


「わかってるよっ、ハルが覗かない事ぐらい!…うん、すぐ出るから!」


冗談混じりに笑いながら答えて、優は風呂に向かった。


俺はギターを取り出し、オリジナルの新曲を弾く。

自分が作った初めての曲だから補正がかかってるのかもしれないが、純粋にかっこいいと思える。


しばらく弾いていると、いきなりけたたましい落雷の音が響いた。

先程から雷は鳴っていたが、ここまでデカイのは初めてだ。


「…停電?」


部屋の照明が消えて、薄暗くなる。


優はまだ風呂だ。

はやく復旧させないと。


俺はギターを置き、ブレーカーを探そうと立ち上がった。


「そのギターにね」


いつの間にかタオルを巻いた優が、立っていた。

暗くてよく見えないが。


「ギ、ギター?とりあえず服!…着たら?あとブレーカーどこっ」


「ううん、いいの…暗いままで。ちょうどいいから…」


「へ?ど、どういう…」


「そのギターにね…傷があるでしょ?大きい、ジグザグの」


ある。意図的に付けられたような、稲妻みたいな傷。


「その傷は、私なの」


優がタオルに手をかけ、胸に巻いていたタオルが、ハラリと宙を舞う。


「ハルに見せたいものは、これ…」


フラッシュする雷光が、優を照らし出す。



胸に、大きな、手術の跡。


何針も縫ったであろう痛々しい傷。



稲妻のような形の、傷。



ギターの傷と同じ形をした傷が、心臓の辺りに。



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