22話 タイム・アフター・タイム
バスから降り、2人で新鮮な山の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「ああー疲れたぁ!ハルの実家ってここからどの位だっけ?」
「歩いて30分てとこかな」
「うへぇ、いつも私タクシー使ってたよ…ハルってなんかよく無駄に歩いてるよね」
「乗り物苦手だから歩ける距離は歩く」
「人が多いから?」
「そうそう」
中身のない会話を交わしながら歩いていると、あっという間に実家についた。
インターホンを押す。
「春希、いらっしゃい。久しぶりねえ」
ばあちゃんが迎えてくれた。
「お久しぶりです、元気そうでよかった」
「あら、そっちのお嬢さんは…森谷さん…だったかしら?」
「は、はい!たまにお邪魔させて頂いていた森谷智沙です!お久しぶりです!」
「そんな緊張しなくていいのよ。2人、とってもお似合いよ?」
「そ、そんなぁ~!やだもうおばあちゃんったら!」
智沙、そこは否定するとこじゃないか。
「泊まっていくんでしょう?」
「あっ、はい!お世話になります!」
「ええ、ゆっくりしていってね。さあ、どうぞ」
部屋に入ると、理香姉が炙りスルメをツマミにビールを飲んでいた。
「あー、きたきた!ハルくん、智沙ちゃん、お疲れさまー」
「理香さん、こんにちは!いやー夜行バスって結構疲れますねっ」
「悪い事ばっかじゃなかったんじゃない?」
「えっ、そ、それは…ねえハル?」
「ねえって言われても別になんもねえじゃん。理香姉、じいちゃんは?」
本当はちょっとあった。
「おじいちゃんは今畑いってるよー」
「そっか、じゃあ先部屋に荷物置いてくる。智沙はどの部屋?」
「1番奥の部屋。私と同じ部屋だけど、智沙ちゃん大丈夫?」
「全然大丈夫です!むしろうれしーです!」
「夜はガールズトークだね、智沙ちゃん」
「はいっ、ウフフ」
智沙と理香姉は何故か仲がいい。
見るからに馬が合っている。
俺はとりあえず突っ込みを入れる。
「ガールって歳か?」
「ハルくん、今日晩御飯抜きね」
荷物を置いてリビングでお茶を飲み一段落し、しばらく談笑した。
「んじゃ、そろそろ母さんの病院行ってくる。理香姉、冷蔵庫のビール一本貰っていい?あとタバコ一本くれ」
「いいけど…え、飲むの?やだ、いつの間にそんな不良に」
「俺が飲むんじゃないよ。智沙、いこう」
理香姉は昨日既に見舞いに行ったらしいので、リュックにビールを詰め、智沙と二人で病院に向かった。
病院に着くと、ツンと鼻をつく薬剤の臭いと、病院という空間がもつ独特な雰囲気に包まれた。
母さんの病室のドアを開く。
「久しぶり、調子どう?」
「春希、久しぶりね〜。調子はいいわよ。って、あれ、智沙ちゃんも来てくれたんだ!また綺麗になったね〜」
変わらない笑顔だった。
でも、明らかに前よりやつれていた。
俺が腐っていた間も、俺のために必死に働いてくれて、そのせいで。
「お久しぶりです!ハルママ!…じゃなくて、美和子さん。
美和子さんこそ、相変わらず若くて綺麗ですよお!」
俺そっちのけで二人は井戸端会議的な会話をはじめた。
智沙はよく言えば家庭的だが、悪くいえばおばさんくさいところがあるんだよな。
俺は椅子に腰掛け、理香姉が持たせてくれた花をテーブルの花瓶に生けた。
それから、前に来たときから俺の生活で変化した事柄を、近況報告した。
ギターを始めて、バンドを組んだ事。
ライブハウスにも出ている事。
仲間が、出来た事。
山梨にくる前にあったネガティブな出来事は、話さなかった。
ただでさえ病人の母さんに、暗い話題で落ち込んで欲しくない。
「それでー、初ライブのハルは本当にガチガチで!マイクに口ぶつけたり、本当美和子さんにも見せたかったですよ!」
「あははは!春希は昔から上がり症でビビりだからねえ、しかも泣き虫だし。今度ビデオとってみせてね〜」
「…もうそれ以上古傷をえぐらないで…」
ひとしきり三人で話終えると、母さんが提案する。
「智沙ちゃん、少し春希に話があるんだ。
これで、少し下の食堂で何か食べてきてもらっていいかな?」
母さんは金を智沙に渡す。
「…分かりました。
丁度お腹空いてました!ありがとうございます!ハル、後で呼びにきてね」
智沙は空気を察し、病室を出て行った。
「母さん、話って?」
「春希、何かあったんでしょ?母さんに話してみ?」
「いや別に、ちょっとバンドで揉めただけ」
「ほんとかなあ?どうせまた部屋に引き篭もったりしたんでしょ」
「ぐっ、それは…」
「母さんはね、なんでも春希のことはお見通しなんだから!
ほら、誰にも言わないからゲロっちゃいなさい」
俺は、包み隠さず話した。
仲間との間に亀裂が入ってしまったこと。
好きな女の子に拒絶されてしまったこと。
「…あのね、春希。
人同士には、どんなに気心が知れていても、すれ違いはあるものなの。
怖い気持ちは分かるけれど、その度に逃げていてはだめ。
向き合わなきゃ、見えるはずのものも見えなくなるから…」
「うん…」
「人はね、この生け花と同じなの」
母さんは俺が持ってきた花を指差す。
「綺麗に咲いていられるのは、花瓶の水があるから。
人間にとって、他人の存在は水なの。
人と関わらないと、人は簡単に枯れてしまう」
確かに、その通りだと思った。
俺は頷く。
でも、母さんがこういう話をするのって、珍しい。
いつも明るくて若々しくて、悩みなんてなさそうに見えていたから。
「…春希にも、好きな人が出来たんだね。
気持ちが伝わらなくて、受け入れて貰えないのはとっても辛いよね。
でも…
その人を想い続けて欲しいの。
春希の心が、その子を好きだって叫んでる間は、ずっと。
…これは、母さんからの最後のお願い」
え…、最後?
「ちょっとまって母さん、最後って…」
「母さんね、癌なんだ。
隠しててごめんね。
話があるっていうのは、この事。
でも…今すぐにってわけじゃないから、大丈夫よ!」
「ふざけんなよ!なんだよそれ!なんで今まで…そんなにやつれる前に言ってくれなかったんだ!」
「…春希もさっき本当の事教えてくれたし、もう一つ母さんもゲロっちゃおうかな!」
「もう一つ…?」
「春希、母さんのこと恨んでるでしょう?
あの時の、父さんの事で」
「………」
母さんは好きだ。
でも、あの頃の母さんの振る舞いは、親父を傷つけた。
そして、悲劇が起きた。
確かにずっと、それだけは許せなかった。
「あの頃ね、母さん、夜働いてたんだ。水商売のお店で」
「…遊んでたんじゃ」
「水商売なんて、言えないじゃない。
でも、お金がよかったの」
「なんでそんな、昔は母さんが働く必要なんてなかったじゃんか…」
「実はね、父さんの会社が上手くいってなくて、お給料がすごく減ってた事を知ってたの。
父さんは借金までして隠していたけど、偶然知って」
「だから、働き出したのか…」
「本当はね、普通の仕事が出来れば良かったんだけどね…ズブの主婦が効率よくお金を稼ぐには、あれしかなかったんだ」
そんな…言ってくれたら…
いや、あの頃の俺には何も出来なかっただろう。
そして、親父も絶対に反対して、さらに借金を重ねたはずだ。
「…今はもう、父さんの残した借金は返せたし、春希の学費も貯められたんだよっ、母さんすごいでしょ!……本当に、1人でずっと、頑張ったんだもんっ……春希、褒めてくれる…?」
母さんは子供のように、声をあげて泣いた。
「うん、うんっ、ありがとう…母さん、母さん……よく、頑張ったよ…」
「…寂しい思いをさせて、ごめんね…、お父さんを追い詰めて、ごめんね…」
「謝る事ないよ…父さんが死んだのは、俺にだって…」
「父さんね、私達がホテルに泊まってたとき、こっそり電話くれたんだよ?」
「え…?」
「春希に、警察の事情聴取で庇ってくれてありがとう、って」
「……親父っ」
「春希、一つだけ信じて。母さんは、春希と父さんを何より愛してる。ずっと。それだけで幸せ」
お互い想いあって、すれ違って…
最愛の親父は死んでしまって。
それでも家族を想い続けて、擦り切れるまで頑張って…
母さんは、そんな人生でも幸せだったと言う。
「母さんはね、ずっと父さんだけを見てきて、大好きだったの。
こんな世界にも、本当の愛はあるんだって、今でも信じてる。
…だけど、母さんはそれを最後まで確かめられなかった。
だから春希、さっきの話に戻るけど…その続きを、お願いしてもいい?」
「うん……わかった。絶対忘れない」
約束をして、俺は病室を出た。
「智沙、いこう」
「…ハル、もういいの?」
「ああ」
俺は今日、たくさんの真実を知った。
俺の家族は、こんなにも温かかったんだ。
人はそんなに、捨てたもんじゃないのかもしれない。
不思議と、病室を後にしてからは、涙は出なかった。
でも…
なんだか無性に、ギターを弾きたい。
そんな気分だ。




