21話 追憶3
それから俺が転校するまで、イジメは続いた。
俺はもう、何も感じなくなっていた。
申し訳なさそうな態度の宮本も、心配して家を訪ねてくる智沙すらも、どうでもよくなっていた。
山梨にある母さんの実家に引っ越す前日、昔から家族絡みで付き合いのあった智沙の家族に、母さんと挨拶をしに行った。
店先で、母さんが話し出す。
「今まで森谷さんには本当にお世話になりました。
主人の葬式にまで出て頂いて…たまには戻ってくるつもりなので、その時はまたよろしくお願いします」
「いえいえ、浅見さんにはうちの智沙も散々もお世話になって、美和子さん、またお茶しましょうね!…ハルくんも、お父さんの事辛いでしょうけど…頑張るのよ」
「………」
「こら、春希。ご挨拶は!」
「…ありがとうございました」
お辞儀をすると、店からヒロさんが出てきた。
「…春希。お前、智沙を守ってくれたんだってな。俺からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「…いや、別に俺は」
「お前は強い男だ。俺が保証する。だから大丈夫だ、親父さんの代わりにはなれねえけど、なんかあったらいつでも俺に頼れ」
「はい…」
「それじゃあ、私達は明日の準備があるので、そろそろ行きますね。
森谷さん、本当にありがとうございました。
ほらっ、いくよ春希っ!」
俺は母さんに腕を引かれ、智沙の家を後にした。
智沙は最後まで、顔を見せなかった。
翌日、トラックに荷物を積み込み、電車に乗ろうとしたとき、智沙が走ってきた。
「はぁ、はぁ…ハ、ハル。私、会いに行くから!CDとか持って、たくさん会いに行くから!」
「ああ」
「髪も短いままにする!ハルと同じ高校にいく!だから勉強も頑張る!」
そこで、電車が来た。
「了解。じゃ、またな智沙」
こうして、俺と母さんは山梨の実家に転がり込んだ。
しかし、母さんは家出同然で親父と結婚したらしい。
その為、仲は良好とはいえなかった。
初めて会う祖父と祖母は、昔堅気で気難しく、若者との文化の違いもあり、家ではギスギスした空気が消えなかった。
若者は気にしないような些細な事でも小言を言われ、精神がじわじわと疲弊した。
それでも、家を失くした俺達を受け入れてくれて、栄養のある飯を三三度度作ってくれていたのだから、今思えばとても心根の優しい人達だ。
しかし、当時の俺にはそんな風に思える余裕はなかった。
母さんは山梨に来てからも働き詰めだった。
俺の高校の学費を必死に貯めてくれていたのだ。
しかし、しばらくして母さんは長期間の無理が祟ったのか、倒れた。
俺を残して、入院してしまった。
知らない人だらけの土地で、会ったばかりの親戚と暮らす日々。
ただただ孤独で、居場所がないと感じた。
新しい学校に行く気力もなく、部屋に閉じこもった。
もう悪意が渦巻く人の多い場所に近寄りたくない。
時より智沙が訪ねてきては、ヒロさんから借りた大量のCDを置いて行った。
洋楽メインのラインナップだった。
暇だったのもあり、一日中イヤホンを付けて音楽を聞いた。
音楽は良かった。
あの頃の腐りそうな心をギリギリで保てたのは、魂を揺さぶるロックのおかげだ。
そして、耳栓の役割も同時に果たしてくれる。
人が立てる少しの物音でさえ、一々ビクついてしまう程、人が怖くなっていた。
そんな陰鬱な生活が続き、中学3年の秋休みに理香姉が母さんの見舞いも兼ね、訪ねてきた。
俺の状況は母さんから聞いていたらしい。
「うわっ、暗っ。ハルくんいるの?」
電気を付けられる。
「…眩しい」
「……ハルくん」
俺の姿を見るや否や、理香姉は俺を抱きしめた。
「こんなに痩せて…それに、目に光がないよ……辛かったね、辛かったね…」
ああ、小さい頃たくさん遊んでくれた理香姉の腕だ。
制服姿の理香姉がよくおぶってくれた事を思い出した。
今思えば、俺の初恋は理香姉だったのかもしれない。
温かい。
久しぶりに感じる、信頼できる人間の温もりに、気付いたらボロボロと涙が出ていた。
「うっ、うう、理香姉…俺っ、もうこんなのやだ……もう、死にたいよ…」
「死ぬなんて言わないで……それだけは、絶対に言っちゃだめなの…」
「毎日真っ暗で、寒くて……理香姉、助けて、助けてよ…」
親父が死んでから、初めて他人に縋った。
理香姉は決意をしたような表情で言った。
「…大丈夫。私がハルくんを、助けてあげるからね」
そのまま俺はリビングに連れていかれ、理香姉は祖父と祖母に切り出す。
「この子は、来年の新学期から私が引き取ります。
高校も神奈川の学校を受験させます」
祖父と祖母は顔を見合わせ、受け入れてくれた。
その表情からは、確かな愛を感じた。
この時ようやっと、俺の心に祖父と祖母に対する感謝の気持ちが芽生えた。
それから、智沙と母さんに喜多校を受ける事を伝え、受験勉強に取り組みはじめた。
智沙は凄まじく喜んで、勉強を頑張り始めたらしい。
母さんは、
「春希が決めたんなら、何も言わないよ。学費、ある程度は溜まったから…」
と、病室で微笑んだ。
「長い休みには、必ず帰ってくるから…はやく良くなって、母さん。今まで頑張ってくれて、ありがとう」
塾通いのお陰で元々成績は悪くなかったので、時間が足りなかったものの、何とか喜多高に合格できた。
理香姉の家に引っ越す日がやって来て、見送りに出てくれた祖父と祖母に挨拶をした。
「今まで….こんなガキを、何も言わずに受け入れてくれて、ありがとうございました!
ご飯、毎日美味しかったです」
祖父が照れ臭そうに言う。
「気にすんな、今度はもっと元気でこい。飯はもっとちゃんと食え」
続いて祖母が口を開く。
「またいつでもおいで。ご馳走作るからね」
込み上げるものがあった。
ほとんど話もしていないのに、俺なんか、邪魔だったはずなのに。
「ありがとう…じいちゃん、ばあちゃん…またくるよ!」
「っ…今更そんな呼び方しやがって……畜生、年寄りを泣かすんじゃねえ、この馬鹿孫が…」
「あらあら爺さんったら。本当はずっと呼んで貰いたかったのよ、この人。ほら、もう出発だよ」
優しい笑顔で微笑んで、見送ってくれた。
そして、再び、智沙と一緒に通学路を歩く日を迎えた。
それから、
マノケンに出会い、毎日馬鹿やって。
智沙はいつも世話を焼いてくれて。
なにより理香姉という温かい居場所が、俺に安心感をくれた。
二年になる頃には心の傷は癒え始めていた。
そして、優に出会ったんだ。
相馬に、メイマリのみんなに、出会った。
ーーーそして、俺は目を覚ます。
夜行バスの中で。
隣には智沙が居た。
こちらにもたれかかって眠っている。
夢のせいか、そのあどけない寝顔が愛しく思えた。
窓の外を見ると、すっかり日は登り、景色は山々の緑一色だった。
もうすぐだ。
あの町に到着する。
母さんと、じいちゃんとばあちゃん、
そして……
親父が待つ、あの寂れた町へ。




