表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/36

21話 追憶3

それから俺が転校するまで、イジメは続いた。


俺はもう、何も感じなくなっていた。

申し訳なさそうな態度の宮本も、心配して家を訪ねてくる智沙すらも、どうでもよくなっていた。


山梨にある母さんの実家に引っ越す前日、昔から家族絡みで付き合いのあった智沙の家族に、母さんと挨拶をしに行った。


店先で、母さんが話し出す。


「今まで森谷さんには本当にお世話になりました。

主人の葬式にまで出て頂いて…たまには戻ってくるつもりなので、その時はまたよろしくお願いします」


「いえいえ、浅見さんにはうちの智沙も散々もお世話になって、美和子さん、またお茶しましょうね!…ハルくんも、お父さんの事辛いでしょうけど…頑張るのよ」


「………」


「こら、春希。ご挨拶は!」


「…ありがとうございました」


お辞儀をすると、店からヒロさんが出てきた。


「…春希。お前、智沙を守ってくれたんだってな。俺からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


「…いや、別に俺は」


「お前は強い男だ。俺が保証する。だから大丈夫だ、親父さんの代わりにはなれねえけど、なんかあったらいつでも俺に頼れ」


「はい…」


「それじゃあ、私達は明日の準備があるので、そろそろ行きますね。

森谷さん、本当にありがとうございました。

ほらっ、いくよ春希っ!」


俺は母さんに腕を引かれ、智沙の家を後にした。

智沙は最後まで、顔を見せなかった。



翌日、トラックに荷物を積み込み、電車に乗ろうとしたとき、智沙が走ってきた。


「はぁ、はぁ…ハ、ハル。私、会いに行くから!CDとか持って、たくさん会いに行くから!」


「ああ」


「髪も短いままにする!ハルと同じ高校にいく!だから勉強も頑張る!」


そこで、電車が来た。


「了解。じゃ、またな智沙」




こうして、俺と母さんは山梨の実家に転がり込んだ。


しかし、母さんは家出同然で親父と結婚したらしい。

その為、仲は良好とはいえなかった。


初めて会う祖父と祖母は、昔堅気で気難しく、若者との文化の違いもあり、家ではギスギスした空気が消えなかった。

若者は気にしないような些細な事でも小言を言われ、精神がじわじわと疲弊した。


それでも、家を失くした俺達を受け入れてくれて、栄養のある飯を三三度度作ってくれていたのだから、今思えばとても心根の優しい人達だ。


しかし、当時の俺にはそんな風に思える余裕はなかった。


母さんは山梨に来てからも働き詰めだった。

俺の高校の学費を必死に貯めてくれていたのだ。

しかし、しばらくして母さんは長期間の無理が祟ったのか、倒れた。

俺を残して、入院してしまった。



知らない人だらけの土地で、会ったばかりの親戚と暮らす日々。


ただただ孤独で、居場所がないと感じた。


新しい学校に行く気力もなく、部屋に閉じこもった。

もう悪意が渦巻く人の多い場所に近寄りたくない。


時より智沙が訪ねてきては、ヒロさんから借りた大量のCDを置いて行った。

洋楽メインのラインナップだった。


暇だったのもあり、一日中イヤホンを付けて音楽を聞いた。

音楽は良かった。

あの頃の腐りそうな心をギリギリで保てたのは、魂を揺さぶるロックのおかげだ。


そして、耳栓の役割も同時に果たしてくれる。

人が立てる少しの物音でさえ、一々ビクついてしまう程、人が怖くなっていた。



そんな陰鬱な生活が続き、中学3年の秋休みに理香姉が母さんの見舞いも兼ね、訪ねてきた。

俺の状況は母さんから聞いていたらしい。


「うわっ、暗っ。ハルくんいるの?」


電気を付けられる。


「…眩しい」


「……ハルくん」


俺の姿を見るや否や、理香姉は俺を抱きしめた。


「こんなに痩せて…それに、目に光がないよ……辛かったね、辛かったね…」


ああ、小さい頃たくさん遊んでくれた理香姉の腕だ。

制服姿の理香姉がよくおぶってくれた事を思い出した。


今思えば、俺の初恋は理香姉だったのかもしれない。


温かい。

久しぶりに感じる、信頼できる人間の温もりに、気付いたらボロボロと涙が出ていた。


「うっ、うう、理香姉…俺っ、もうこんなのやだ……もう、死にたいよ…」


「死ぬなんて言わないで……それだけは、絶対に言っちゃだめなの…」


「毎日真っ暗で、寒くて……理香姉、助けて、助けてよ…」


親父が死んでから、初めて他人に縋った。


理香姉は決意をしたような表情で言った。


「…大丈夫。私がハルくんを、助けてあげるからね」


そのまま俺はリビングに連れていかれ、理香姉は祖父と祖母に切り出す。


「この子は、来年の新学期から私が引き取ります。

高校も神奈川の学校を受験させます」


祖父と祖母は顔を見合わせ、受け入れてくれた。

その表情からは、確かな愛を感じた。


この時ようやっと、俺の心に祖父と祖母に対する感謝の気持ちが芽生えた。


それから、智沙と母さんに喜多校を受ける事を伝え、受験勉強に取り組みはじめた。

智沙は凄まじく喜んで、勉強を頑張り始めたらしい。


母さんは、


「春希が決めたんなら、何も言わないよ。学費、ある程度は溜まったから…」


と、病室で微笑んだ。


「長い休みには、必ず帰ってくるから…はやく良くなって、母さん。今まで頑張ってくれて、ありがとう」



塾通いのお陰で元々成績は悪くなかったので、時間が足りなかったものの、何とか喜多高に合格できた。

理香姉の家に引っ越す日がやって来て、見送りに出てくれた祖父と祖母に挨拶をした。


「今まで….こんなガキを、何も言わずに受け入れてくれて、ありがとうございました!

ご飯、毎日美味しかったです」


祖父が照れ臭そうに言う。


「気にすんな、今度はもっと元気でこい。飯はもっとちゃんと食え」


続いて祖母が口を開く。


「またいつでもおいで。ご馳走作るからね」


込み上げるものがあった。

ほとんど話もしていないのに、俺なんか、邪魔だったはずなのに。


「ありがとう…じいちゃん、ばあちゃん…またくるよ!」


「っ…今更そんな呼び方しやがって……畜生、年寄りを泣かすんじゃねえ、この馬鹿孫が…」


「あらあら爺さんったら。本当はずっと呼んで貰いたかったのよ、この人。ほら、もう出発だよ」


優しい笑顔で微笑んで、見送ってくれた。




そして、再び、智沙と一緒に通学路を歩く日を迎えた。


それから、

マノケンに出会い、毎日馬鹿やって。

智沙はいつも世話を焼いてくれて。

なにより理香姉という温かい居場所が、俺に安心感をくれた。


二年になる頃には心の傷は癒え始めていた。


そして、優に出会ったんだ。


相馬に、メイマリのみんなに、出会った。




ーーーそして、俺は目を覚ます。

夜行バスの中で。


隣には智沙が居た。

こちらにもたれかかって眠っている。

夢のせいか、そのあどけない寝顔が愛しく思えた。


窓の外を見ると、すっかり日は登り、景色は山々の緑一色だった。


もうすぐだ。

あの町に到着する。


母さんと、じいちゃんとばあちゃん、

そして……

親父が待つ、あの寂れた町へ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ