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20話 追憶2

それから、母さんと二人での生活が始まった。


母さんは生活費を捻出するため、朝からパートに出るようになった。

それでも、夜は何処かに出かけては、酔って帰ってきた。


「母さん、おかえり」


「ただいまぁ~、いつもご飯作れなくてごめんね〜、あ、お化粧落とさなきゃ」


母さんの化粧は、依然よりけばけばしい。

だから今でも、ケバい女性は苦手だ。

相馬の件でライブハウスに乗り込んだとき、異様な怒りが込み上げて来たのは、あそこにいた女が過去を思い出させたからかもしれない。



次第に俺は、家で家族と顔を合わせなくなっていった。

学校と塾の往復だった上、母さんはほとんど家にいない。


初めて、孤独を感じた。


家の外で人に囲まれていても、帰宅すれば1人になり、レトルトの晩飯を温める機会が増えた。


レンジの中でグルグルと回る冷凍食品を見ていると、世界の中でポツンと自分だけ取り残された気分になる。

回る世界の中で、止まっているのは自分だけなんじゃないか。


チンという音が、そんな錯覚を打ち消し、戻りたくもない現実に引き戻す。


人と関わるからこそ、孤独を感じる。

親父だって、優しい記憶が消えないから、いつまでも俺を苦しめる。


だったら、初めから1人なら、それが「強くなる」事だと思った。



その頃、中学のクラス内では陰湿な空気が蔓延していた。

所謂、クラス内で権力を握る、見た目が良い派手なグループが、標的を変えては「ハブ」にしていたのだ。


「最近なんか空気よろしくなくねー?」


小学校から一緒にサッカーをしてきた親友、宮本が話しかけてくる。

小太りで、気のいいやつだ。


「ああ…?うん」


「ちょっと、聞いてんの?なんか最近お前うわの空だぞ?」


「まあ、俺らには関係ないだろ、疲れるし、アホらしい」


「んまあ、そうだよなー」



最初は受験のストレスを発散するための道楽のつもりだったのだろう。

しかし、疑念が疑念を呼び、徐々に歯止めが効かなくなる。

誰もが「次は誰だ」と怯え、疑心暗鬼になり、身内の上位グループ内にまで火の手がまわりはじめた。


俺は校内でも「不良のたまり場」と名高い、サッカー部という強いコミュニティに所属していて、尚且つ初めから我関せずの姿勢だったので、標的になる事はなかった。


親父が居なくなってから、心が死んで行くのを感じ、それどころではなかった。


そんな中、次の標的は智沙に定められる。


智沙は主犯グループに所属してはいたものの、積極的にイジメには参加していなかった。

元々明るく優しい智沙の事だ。

良心が咎めたのだろう。


そして、タイミング悪く上位グループに所属するリーダー格の女と、色恋沙汰で揉めてしまった。

といっても、その女が好きだった男子生徒が、智沙のことが気になっているという噂が立っただけなのだが。


「智沙、あんた最近調子のってない?天然なフリして男たぶらかしてさあ~、あんなに追っかけてた浅見はどうしたわけ?」


「…え?なんの事かわからないよ。でもごめんね、何か悪いことしたなら謝る….ハ、ハルは、そういうんじゃ…」


「そういう態度がムカつくんだよ!」



それを発端に始まった智沙へのイジメは「ハブ」などという生易しいものではなかった。


登校すると、智沙の机がなくなっているのを見かけ、

休み時間にはトイレに連れていかれ、その後、濡れた髪で智沙はジャージに着替えていた。

膝や肘は擦りむけ、日に日に絆創膏が増えて行った。


それ以外にも、俺の知らない所でたくさんの酷い事をされたに違いない。


元気で明るくて、いつも友達に囲まれていた優しい智沙が、1人で弁当を食べている姿に心が痛んだ。


「よっ、一緒に食っていい?」


「ハル…私と話さない方が…」


「たまにはいーだろ、昔は運動会の昼とかいつも一緒のシートだったし、よくからかわれたよなー」


「だって…、ハル、私」


「今は泣くな。余計やられるぞ。後でいくらでも話聞くから、今は我慢。わかった?」


「うんっ…うん…」


智沙はおにぎりを頬張る。

きっと塩味が効き過ぎていたはずだ。


あの日警察に通報し、間接的とは言え、親父を「殺した」俺が一人になるのは当たり前の報いだと思う。


でも、智沙が1人になる理由なんてどこにもない。


それから、事あるごとに俺は智沙を庇った。


そのうち標的は俺に移り、智沙へのイジメは鎮静化した。

リーダー格の女が、想い人と付き合う事になった事も起因していたらしい。


だから派手な女ってやつは…虚栄心と嫉妬心だけで出来てるんじゃないのか、あいつらの脳みそ。

感情の他に理性を学んで頂きたいものだ。


俺へのイジメは、男という事もあり肉体的なものがメインだった。

痛いのは辛かった。

でも、身体の傷なんて、心に比べたら一瞬で治る。


他にも、ドラマに出てくるようなテンプレなイジメシリーズもあったのだが、深く知りもしないモブキャラに何をされようがシカトされようが、そこまでのダメージはなかった。


親父の件で心が麻痺していただけかもしれないが。


これで智沙を守れるならそれで良かった。

誰かの役にたっている実感が欲しかった。


俺へのイジメは激化する一方で、クラスのサッカー部連中からサッカー部内にまで伝染していた。


練習後、倉庫裏に呼び出されスパイクを履いた足でで袋叩きにされた。

そこには、親友、宮本の姿もあった。


「宮本、チクる気じゃないよな?お前もやれよ」


「いや、でもハル、もうボロボロで…」


「あ?みんな聞いたか?次は宮本にするかあ?」


部員達はゲラゲラと笑う。

元々、ガラの悪いやつらで、校内でも問題視されてはいたが…


同じ練習をして、試合を戦った仲間じゃないのかよ…

お前ら、見た目は悪そうだけど楽しくて、まあまあいい奴らだと思ってた。


「はやくやれ、そろそろ顧問くるぞ。はい、あと30秒」


「ハル…俺、俺っ」


小学校からの宮本との思い出が頭を駆け巡る。

練習帰りによく駄菓子屋に寄ったっけ。

いつも「ブタメン」を食べてたなあ。

親友と並んで外で食べる、あのたった60円の味が、とてつもなくうまかったんだ。


「宮本…しょーがねえよ、これは。恨まねえから」


俺は家を売り払ったら、きっともうすぐ転校する。

その後宮本の居場所がなくなるのは嫌だ。


それでも…心のどこかで、宮本は俺を庇ってくれると、期待していた。


「6、5、4…」

部員達が声を合わせ、秒数を数え、

カウントダウンが0に近づく。


「ごめん、ごめんな…ハルっ」



宮本のスパイクは、他のどの部員のスパイクより、俺を深くえぐった。



途切れそうになる意識の中で、俺は二度と人を信じない事に決めた。

人間は簡単に手のひらを返す。

誰しも、自分の立ち位置を守るので精いっぱいなんだ。


裏切られるのはもうたくさんだ。



だけど同時に、もうひとつ心に決めた事があった。


…いつか誰かが、俺にとって大事な誰かが、今の自分のような立場に立たされていたなら…


その時は、どんなに無力でも、一緒に戦ってやりたい。


俺はその時、きっとビビるだろう。


それでも、拳を固めるんだ。


一方的な弾圧は、弱い人が、自分を守るためにするものだ。

本当は誰が悪いわけでもないのかもしれない。

悪いとすれば、この世界、あるいはそれを作った神様ってやつだ。



でも、誰かのために振り上げる拳は、弱さじゃない。



そう信じる事に、決めた。








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