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19話 追憶1

ーーー生まれてから中学時代の前半まで、今の理香姉のアパートがあり、喜多高がある、神奈川の静かな町に家族3人で暮らしていた。


母さんは元気で若々しく、親父は祖父が社長を務める会社で後継ぎとして働いていたため、金銭的な苦労もなく、穏やかな日々だった。


親父は温厚で、いつも笑っていた。

子供心を忘れず多趣味で、熱心に遊んでくれる態度は、幼い俺にとってとても嬉しかった。


休日には、公園でサッカーをしたり、釣りに連れて行ってくれた。

そして、よくプラモデルを買ってくれた。


俺が公園の池で魚を捕まえて来ると、新しい水槽を買ってくれて、親父の趣味の熱帯魚と一緒に飼ってくれた。


「おお、今日はタナゴだな!こいつはこっちの淡水魚の水槽。タニシは苔を食べてくれるからな、熱帯魚の方にも入れていいぞー」


「わかった!明日も智沙ちゃんと一緒にとりに行く約束したからタニシいっぱいとる!」


「おうおう、池に落ちんなよ?」


グシャグシャと、頭を撫でられる。

俺はそのゴツゴツした手が好きだった。


魚を捕まえて来る度に褒めてもらえて、水槽に仲間が増えていくのが楽しかった。


夏にはマンションの屋上で、男二人で日焼けをすることもあった。


「あぢぃー、親父、これ、いつまでやんのー」


「バカお前、この暑さがいいんだよ。

汗が吹き出て気持ちいいし、男は多少黒い方がモテんだぞ?智沙ちゃんも黒い方が好きだぞ多分」


「ちっ、智沙ちゃんはカンケーないし!別に好きじゃないし…

て、ていうかさ、いっつもヒヤケのときビール飲んでるけど、それうまいの?」


「んんー大人の味だな、これは。お前には当分わかんないよ」


「えーっ、なんだよそれえー。ちょっとのましてっ」


「ダーメ!ガキにはまだ早い!

でもな…春希がデカくなったらな、一緒に屋上でビール飲むのが俺の夢なんだ、これ約束な?」


「うん!約束!それ泡がちょーうまそーだし!」



そんな幼少時代を過ごして、俺と智沙は中学に上がった。


俺はサッカー部に入り、智沙はギターをヒロさんに習い始めた。

思春期に入り、照れ臭くさもあり智沙とは前より疎遠になっていた。

お互い友達も増え、同性とつるむようになったからだ。



二年に進級した頃、元々交友関係が広く、若かった母が、夜に家を空ける機会が増えて行った。

泥酔して朝に帰って来ることも少なくはなかった。


そのせいか、親父は段々とやつれているように見えた。

強くないはずの酒も、量が増えていた。

後になって知ったのだが、その頃から祖父の会社の経営が傾いていたらしい。


親父は一見豪胆に見えるが、繊細で、神経の細い人だった。

その分愛情も深くて、母さんと俺を本当に大事にしてくれた。


今になってこそ分かるが、人は否応なく見返りを求めてしまうものだ。

母さんの態度は親父を深く傷つけたんだと思う。


それから、しばらくして、俺が塾に通い、受験勉強に本腰を入れ始めた頃だった。


祖父の会社が、多額の借金を抱えていた事が発覚した。


その時住んでいた家も、会社の名義だったため、半年後には売り払う事になった。


家がそんな事態になっても、母さんは夜に出かけては、酔って帰ってきた。


親父は荒れた。

酒に溺れて怒鳴り声を上げるようになった。

それでも絶対に手だけは挙げることはなかった。



しかし、事件は起きてしまう。


深夜、父親が泥酔しナイフを持ち出しているのを、トイレに起きた俺が偶然見かけたのだ。

きっと精神的に限界だったのだろう。

そこに、運悪く母さんが帰って来た。


俺は、リビングに出て行けなかった。

母さんが危ない。

そう感じていたのに、殺伐と冷たい光を放つ刃物を見ると、足が竦んだ。


どうにも出来なくて、苦渋の末、携帯で警察に通報した。


警察は驚くほど早く到着し、親父を取り押さえた。


母さんは無事だった。

リビングで何があったのかは分からない。


警察の事情聴取に、俺は必死に親父を庇った。

だって、あんなに優しい親父なんだ。

酒がいけないんだ。



俺と母さんは、ホテルに泊まっていた。

親父が落ち着くまで、という期限付きで。


数日経つと、親父が帰ってきたと連絡があった。


母さんはまだ様子を見ると言ったが、俺はホテルを抜け出して、親父に会うために家に帰った。


家の中には、親父の姿はない。


でも散乱した空き缶と、スープがまだ暖かいカップ麺のゴミが、近くに居ることを知らせていた。


「親父!いんの!?」


叫んで見たが、反応はない。


だが、上から物音が聞こえた。


「屋上か!?」


嫌な予感は的中した。


親父は裸足で、柵の向こう側に立っていた。


「おい、何やってんだよ…危ないからそっち行くなっていつも言ってたろ…」


「春希か…ごめんな。通報なんてさせちまって…」


「そんなのいいよ!だから早くこっちに来てくれ!」


「会社も潰れちまって、苦労かけるな。

春希、お前は俺みたいになるなよ」


親父は一歩踏み出す。


「待てよ!水槽だってさ、どうすんだよ!熱帯魚みんな死んじゃうぞ!俺水温の調節とかわかんねえし!」


「ごめんな」


「プラモだってまだ作ってないのいっぱい積んであるだろ!

俺が作っちゃうぞ!いいのか!?」


「ああ」


「ビールは!?約束しただろ!一緒に飲むんだろ!?俺もうこんなにデカくなったんだ!もうすぐ大人になるから、それまで待ってくれよ…」


涙で前が見えなかった。

親父の顔がボヤけて、余計切ない表情に見える。


「母さんを、よろしくな」




次に見た親父の顔は、真っ白で、血の気が引いていた。


日焼け、あんなにしてたのに。


血だまりの中で、俺は立ち尽くした。



あれ以来、救急車の音は苦手だ。


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