13話 ライブ・ワイヤー
色々あった激動の御茶ノ水から帰って来た翌日、練習前に相馬がこんな事を言い出した。
「夏休み中にライブを5本やる。高校生イベントのツテはあるから、各自金だけ用意しといてくれ。お前らバイトしてんだろ」
また突拍子もない事を…
ライブハウス慣れしている相馬はともかく、俺とマノケンはまだ学校ですらライブをした事がない。
「そんで、ライブを消化しつつ夏休み中にハルは曲を書いてみ。
今のお前は変に難しいカバーやるより、自分がやりやすい曲を作った方がいい」
「面白そうっすねー」
マノケンは乗り気なようだ。
前より少し、やる気があるように見える。
いや、元々やる気はあったんだろうけど、それが表面化しているというか。
御茶ノ水で何かあったんだろうか。
「…わかった。俺、夏休みは田舎に帰る予定あるから一応スケジュールは要相談って事でたのむ」
やれるとは言えない。
けど、やるしかない。
ギター歴短いとか、言い訳にしてるようじゃいつまで経ってもあいつには、アキには届かない。
「ハル、お前は自分に自信がなすぎる。
プレイにモロ出てるぞ。
自信付けるには数こなすしかないんだ」
相馬は意外にも繊細な感性を持っている。
分かるもんなんだな。
「ああ、とにかく今は目の前の壁を一個ずつ超えよう」
「おう。つか、バンド名そろそろ決めようぜ、登録とか色々不便なんだ」
相馬が提案する。
俺もそれはずっと思っていた。
日本ブレイク高校(仮)では締まらないというものだ。
「あー、浅見、なんか考えてある?」
マノケンが聞いてきた。
「…Awaking Spring」
「なにそれ」
「Sleeping Fallの逆」
「ライバル心丸出しだな〜。和訳したら…「目覚めの春」ってとこかな。まあいいんじゃない?相馬くんは?」
「俺はなんでもいい。自分の名前いれちゃう辺り痛いけど。まあハルだししょうがないだろう」
「おい、どういう意味だ」
こうして、俺たち「Awaking Spring」の、長く険しい夏休みが始まった。
早速相馬はライブの日程を一本決めて来た。
カバーが主体の高校生イベントだ。
当日、俺たちの出演は2番手だった。
リハーサルを終えて、楽屋に戻る。
「ハル、お前ガチガチにも程があるぞ。
ちゃんとセッティング覚えたか?
健二を見てみろ、逆に心配になる程に緩み切った顔だ」
マノケンを見ると、携帯を片手にニヤニヤしている。
「マノケンお前何やってんの?」
「んー?うぇへへ、七海ちゃんから「初ライブがんば!私も現場頑張る!」って文面とともにこれが送られて来てなー」
画面を見ると、水着姿でピースしている非常にキュートな七海の自撮りが写っている。
モデルの仕事中ってことか。
「死ね」
とりあえず今はその雑誌を購入するか否かは胸に秘めておこう。
その後出番までの間、相馬がライブをする上で気を付ける事を教えてくれた。
音楽的な事から、パフォーマンスの事まで。
リハでは気付かなかったが、足元にあるスピーカーから出力される「返し」というのがかなり重要らしい。
外のスピーカーからも音は出るから、むやみにアンプのボリュームを上げる必要はないらしい。
慣れないうちはリハでPAとしっかりコンタクトを取らないと酷い音になるとか。
そうこうしているうちに、あっという間に出番が来てしまった。
さっきホールを覗いてみたところ、対バンの高校生たちや、それ以外の若い客も散見され、初ライブにしては十分な入りだった。
智沙と優が見に来てくれていたので挨拶すると、「がんばって、ハル!」と二人でハモっていておかしかった。
「うーっし、初陣だ」
相馬が肩を組んでくる。
俺もマノケンと肩を組む。
円陣ってやつだ。
少しサッカーをやっていた頃を思い出す。
「まあ、気負わずいきまっしょーい」
マノケンの辞書には緊張という言葉はないらしい。
「お、おう。ま、マッショイ?」
「ハル、お前のあだ名これから鳥バードチキンな」
「相馬くん、それ大体全部同じ意味。
浅見、大丈夫。どうせお前モテないんだからドーーンといけ!」
余計なお世話だ。
だが、今の俺に軽口を叩いている余裕はない。
相馬が気合いを入れて掛け声を掛けた。
「っっせええーーーっの」
「えい!!!!!」
俺たちはステージに上がる。
相馬とマノケンの背中が、やけに大きく見えた。
眩しい。それが最初の感想だった。
位置に付くと、マノケンがひょうひょうと冗談を交えながら軽くMCをする。
改めて、ままならないやつだ。
場慣れしているようにすら見える。
マノケンの過去は知らないが、何か人前でスピーチでもしていたのかもしれない。
そして、演奏が始まった。
足が震えて、真っ白な頭でコードを追う事に精いっぱいだ。
身体が覚えている、そんな風にはいかなかった。
歌のAメロに入る。
あれ、自分の歌が聞こえにくい…
リハでは聞こえたのに…
「返し」だっけ、そういう大事な事はリハの前に言ってよね、相馬パイセン。
あんなに憧れていたステージなのに、「はやく終わってくれ」そんなふざけた考えすら頭をもたげ始める。
ピックを2回落とした。
ケーブルにつまづいた。
マイクに口をぶつけてビクンビクンした…
なんとか満身創痍で演奏時間を終えると、気持ち良くない方の疲労感と、嫌な汗が額を伝っていた。
まばらな拍手と共に、俺はステージを降りる。
心配そうな表情の優と智沙を横目に。
もうお嫁にいけない。
情けない、子供に八つ当たりするノースリーブグラサン大尉より情けない。
早速初ライブから、俺の豆腐メンタルはミンチ状に砕け散った。
落ち込んでいた俺の肩を叩きながら、相馬が口を開く。
「最初はみんなそんなもんだ、気にすんな。きついならリードギター入れるか?」
「いや、それは…」
スリフォも3ピースだったから。
「じゃあ頑張れ。俺にできる事ならなんでもすっから。こっからだ、腐んなよ」
人情に熱いやつだ、古臭くて嫌いじゃない。
一方マノケンは、自分のミスした場所をぶつぶつ確認し、ひとりごちていた。
こうして俺達「Awaking Spring」は、最悪な形で夏休みライブ日程のうち一つを消化したのだっだ。




