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10話 キープオン・キーピングオン

「お兄ちゃん!私ね、軽音楽部に入ったよっ、それで友達も出来て…」


雨宮が必死に話しかけていた。

にも関わらず、兄はエフェクターを手放し、無言で出口に向かって行く。


雨宮は泣きそうな顔をして俯いてしまう。


「ちょっとまてよ、あんた!」


俺はエフェクターをカゴに戻し追いかける。

店の外に出たところで追いついた。


「なんだ?ガキ」


蔑むような冷たい視線を浴びる。

雨宮に似て手足が細く、肌が白い。

パーマの黒髪がいかにもバンドマンだ。

「クール」という言葉では形容し難い程のオーラを放っている。

間違いなく「本物」だ。



「雨宮が…あんたの妹が、あんなに必死に話しかけてんだぞ、それを…」


「なに?お前、優の彼氏かなんか?」


「ち、違う」


「じゃあ関係ねえだろ」


雨宮の兄は再びこちらに背を向けようとする。

俺はその肩を掴んだ。


「優が、どんな気持ちで出て行くあんたを見送ったか、分かってんのか!」


とっさに初めて雨宮の前で「優」と言った。

名字が同じだと思ったからだ。


「ハル!もういいよ!」


雨宮が割り込んでくる。


「良くない!ごめん雨宮、少し黙っててくれ」


雨宮を制止し、続ける。


「俺は…あんたのライブを見て、衝撃を受けて、憧れて、バンドを始めた。そんで訳あって優のギターを今、俺が使ってる」


雨宮の兄は、微細ながら驚いたような表情をつくる。

そりゃそうだ、あのギターはこいつが優にあげたものなんだから。


「俺は、優から最初に話を聞いた時からあんたが気に入らない。このギターで絶対にあんたを超える」


「…お前に俺の何がわかる」


雨宮の兄は怒りを纏った言葉を吐く。


「それ、最高にダサいセリフだぞ。思春期の中学生か、いい歳こいて」


他人の気持ちなんてわかるわけがない。

わかるならエスパーだ。

それで食っていける。


「お前、ハルって言うんだろ。俺のバンド名知ってるか?」


「…Sleeping Fall」


「Fallは訳すと滝とか秋って意味だ。お前、四季って知ってるか」


「どっちも知ってるよ。舐めんな」


完全に馬鹿にされている。

こう見えても中学までは成績良かったんだぞ…


「春と秋は夏を挟んで絶対に繋がる事はない」


「だからなんだよ、まどろっこしい」


「…俺の名前は雨宮 秋雪。バンドネームは「アキ」だ。

ハル、お前は一生俺に届かない。」


アキは去って行く。

それ以上引き留める事は、出来なかった。



「ハル…ごめんね…」


雨宮が目に涙を溜めて謝って来る。

だから、もうそんな顔見たくないんだよ…雨宮には笑顔が一番似合うんだ。


「雨宮が謝ることないよ…俺も熱くなり過ぎた。ごめん、こんなところで」


俺はきっと凄い表情をしていたと思う。

胸の奥で、悔しさと、悲しさが入り混じり、煮えたぎっていた。

雨宮を守れない自分の不甲斐なさが許せなかった。

ギターも歌も、あいつより遥かに下手くそな自分が許せなかった。



「ちょっと、休憩しよ…?買いたいギターは決めたから、後でまた買いにくるから」


「…うん」


俺たちは、楽器街から離れて行く。

気付けば空は、夜の帳を落とそうとしていた。



街外れの閑静な住宅街を、ゆっくりと並んで歩くいていると、雨宮が切り出した。


「お兄ちゃんね…昔はあんなじゃなかったんだ。凄く優しくて、いつも守ってくれて」


きっとそうなんだろうと、どこかで俺も感じていた。

じゃなきゃ、あんなに心を揺さぶる歌を歌えるはずがない。


「きっと、わたしが悪いんだ。お兄ちゃんに頼ってばかりで、愛想が尽きちゃったんだと思う」


へへ…と雨宮は無理をして笑う。


「でも、だからって…」


「さっきさ!」


雨宮は俺の言葉を遮る。意図的に。


「私なんかのためにあんなに必死になってくれてありがとう…それに、優って呼んでくれたよね…嬉しかったよ!」


きっと、いつもの俺なら狂喜していたに違いない台詞。

でも、無理して明るくしてるのがバレバレなんだよ。

俺は立ち止まる。


「優」


「い、いきなり呼ばれると照れちゃうね…」


「優は1人じゃないよ」


「……」


「人は分かり合えるとか、みんながそれぞれ少しずつ優しければ幸せになれるとか、そんなのは理想論で、詭弁だ」


俺はきっと、ネガティブなんだろう。

前向きになろうとしたって、どうしても自身の経験が後ろ髪を引く。


「信じてた兄貴がいなくなった今の雨宮…優に、こんな事言っても信じて貰えないかも知れないけど…」


優は真剣にしっかりと耳を傾けてくれている。


「俺は、優を裏切らない。約束する。だから、俺が側にいるってのは、だめかな」


「付き合ってくれ」そんな浮ついた言葉が、最後に口を付きそうになった。

でも、今は言えなかった。

優の気持ちもまだ分からないし、なにより弱さに付け込んでいる気がして卑怯な気がしたから。



「……うん」


優は、笑顔で、今度は無理をしてない俺の好きな柔らかい笑顔で、俺の稚拙な提案を受け入れてくれた。



それでも、きっとまだ半信半疑だろう。

俺だってそうだ。

今の感情と、未来の感情が地続きである保証なんてできない。



でも、時間をかけてゆっくりと…お互いの、傷ついた歪に凍った心を溶かして行ければいい。

そう思った。





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