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彼らの〈大災害〉  作者: 海音
星空の場合
4/4

夜明け

救出作戦という名がついたものが終わってすぐ、星空はギルド会館を出た。助けてくれた〈三日月同盟〉の人たちの制止を振り切り、サキガケ(会いたい人)を探す選択をしたのだ。

また、同じことの繰り返しになるかもしれない。

今度は同じ境遇の人たちもいなくて、一人ぼっちでひどいことをされるかもしれない。

それでも、あの暖かい場所に残るよりは、一人でいたほうがいくらかマシだと考えたのは、あの悪夢がまた蘇ってくるからだった。


どうしよう。

階段に座って考える。目の前の通りでは、〈料理人〉のサブ職業を持った〈冒険者〉たちが露店を開いていた。お腹は空いたが、無一文な上に独りだった。星空はそれらを買うことも、モンスターを倒してドロップ品を得ることもままならない。それどころか、雨風をしのぐ場所も決まっていない。

「えっと、星空(ほしぞら)ちゃん?」

声がする方を見ると、目の前にスーツを着た男の人が立っている。腰にさした得物は刀のようだ。

「これ、美味しいんだけど、買いすぎちゃって。よかったら食べない?」

彼はにっこりと微笑んで、星空にコップとサンドイッチを差し出してきた。

食べたいけど、でも……。

暫し二人の間には沈黙が生まれる。その人は星空を急かすこともなく、ただ星空が反応するのを待っていた。

5分ほど経っただろうか。星空はとうとうそれに手を伸ばした。

いただきます、という言葉は案の定、喉の奥で消える。そのまま、コップに口をつける。

「……甘い……」

先ほどまで、出したくても出せなかった声が、息を吐くように口から出てくる。それを見た青年はにっこりと笑った。

「それ、近くのフィールドで取れる木の実で作ったジュースなんだって。そっちのサンドイッチも美味しいよ」

言われるままにサンドイッチを頬張った。

美味しいわ。

2ヶ月我慢してきた美味しいという感覚がそこにあった。それと同時にこの2ヶ月間の寂しさが和らいで、涙が出てくる。

「泣かないで。星空(ほしぞら)ちゃん」

「せい、あ……っ、で……すっ」

彼の指が星空の目元を拭って涙を取り払った。

星空(せいあ)ちゃんって読むんだね。ごめんね」

頭を必死に横に振る。それが嫌だったわけではなかった。誰だって最初は間違えた。さっきまでも優しくしてもらっていたはずなのに、なぜか、今安心して泣いてしまったのだ。

「俺は赤香(あかこう)っていうんだ。よろしくね。星空ちゃん」

涙が収まると、その人は星空に赤香と名乗った。Lv.90の武士(サムライ)で、ススキノから来たのだという。ススキノは北海道(エッゾ)にあるプレイヤータウンの名前だ。

すごい人ね……。

小学6年生ともなれば、日本地図くらいは頭に入っている。北海道(エッゾ)東京(アキバ)の間には奥羽山脈や北関東があって、そこを歩いてこようと思う人はまずいない。

「結構大変だったけど、ススキノの治安の悪さを俺一人でなんとかできるわけじゃなかったしねー。星空ちゃんは?ずっと一人ってことはないよね」

話を振られて、ぽつりぽつりと、ギルドに入っていたけれど抜けたことを話す。声が出なくなりそうなところは、もらったジュースで喉を潤して乗り切った。

「うんうん。ということは、今は一人なのか。今日の宿は決まってるの?」

彼は大変だったね、とは言わずに今夜の心配をしてきた。星空は首を振ってその質問を否定で答える。何しろ、お金を稼ぐ手段のない無一文だ。

「じゃあ、俺が泊まってる宿にくる?宿っていうか、シェアハウスなんだけど」

「しぇあ、はうす?」

聞いたことがない単語だった。赤香はキッチンや水場が個室についていない形の宿のようなものだと教えてくれる。食事や風呂は共有で済ませるのだそうだ。値段は月額で、毎日宿に泊まるよりは安あがりなのだとか。

「……でも、おかね、が……」

どこに泊まるにしろ星空には先立つお金がなかった。

「じゃあ、俺が払ってあげるよ」

「ふぇっ」

唐突な提案に、星空は飛び上がった。ギルドに無理やり加入させられるわけではないが、宿の提供も同じようなものに感じる。

「いや、だって星空ちゃん。どう見ても、まだ保護者が必要な年齢っぽいし。頼りなくて一人にしておけないし、ギルドには入ってないんでしょ?ギルド抜けたにしても、今から新しいところに入る気もないみたいだし」

ぽんっと頭の上に大きな手が乗った。ゆっくりと、頭を撫でられる。

「俺も暇だし、お金余ってるし。俺が星空ちゃんの保護者になって、必要経費を援助するっていうのはどうかな?」

「えっと……」

悪い話ではない。ギルドには入りたくない。でも、宿とご飯は必要で、レベルを上げることも必要だ。星空一人ではどれもできない。

「おねが、ぃ、しま、す……」

緊張のせいか、声がかすれる。それでも、赤香は満面の笑みで答えてくれた。

「よし、それじゃあ決まり。今から宿に案内するね」

赤香が立ち上がって、ゴミを片していく。年齢が自分よりもずっと上だということも、星空を安心させる所以だった。

「あっ、そうだ。俺は保護者なんだから、遠慮はなしだよ。星空」

「……うんっ」

星空は元気よく答えて、新しくできた大切な人の後を追った。

〈了〉

2017/04/19 誤字訂正

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