プロローグ
目指すは主人公がかっこいい厨二小説。
駄文ですが、よければ見てやってください。
プロローグ
夜の森。
その響きだけで、恐らくほぼ全ての人間が不穏な印象を受けるだろう。
鬱蒼と茂る木々は、地上を照らす月の光も、星の輝きも、無慈悲なまでに遮り、圧倒的な闇を作り出す。
生まれた闇は、全てを吸い込むような、漠然とした不安と恐怖を煽り立てる。
それ故に、夜の森には惨劇と悲劇が渦巻いている。
そして、それは今宵も例外では無いようだった。
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・!!」
聞こえてくるのは、自らの荒い呼吸と、乱雑に大地を蹴る自らの脚音のみ。
だが、必死に走る彼女にとっては、今はそれが何よりも重要だった。
「はあっ・・・はあっ・・・うあっ・・・!!?」
木の根に足を取られかけるが、何とか体勢を立て直し、つんのめるように走り続ける。
全くの闇の中であるにも関わらず、彼女の足取りに迷いは無かった。
的確に木々を交しながら、彼女は酸素の足りぬ脳を、必死で働かせる。
(撒いた・・・・?ううん、そんなはず無い。私が走れる道で、彼らが私に移動で劣るなんて事は有り得ない・・・!)
背の闇に潜むその影。今は音の一つも響かせてはいないが、確実にその身に迫る脅威が背後に迫ってきている事は、確信を持てた。
(今は走るしか無い・・・!)
既に二本の細い足は運動の許容量を迎えつつある。遠くない未来に、動く事すらままならなくなるだろう。だが、目的地がもうすぐそこである事も、確かな事実だ。それだけが、彼女を突き動かす。
(間に合って・・・・!!)
その祈りに呼応するように、茂る木々の奥に、僅かな光が眼に映った。
(・・・!森の終わり・・・!!)
夜であることに変わりは無いが、森の押しつぶされそうな闇に比べれば、僅かにこぼれる月明かりは、彼女にとって希望の光にも見える程だ。この森を抜ければ、目的の場所は文字通り目の前に広がる。それが訪れるのは恐らくは数秒後の未来であるはずだった。
だが、
「・・捉えた」
彼女を襲ったのは、真横から放たれた絶望の戦慄。
「・・・えっ・・・!!?」
数秒前まで、明らかにそこには何も無かった。
だが、今は彼女に併走する様にして、『それ』は出現していた。
そして、その距離までの接近を許したという事が意味する事実。
とても簡単な、一つの結末だ。
「・・・終わりだ、愚かな『姫君』」
そして
「・・・っあ・・・・!!」
闇が、僅かな希望を喰らい尽くす。
魂の、髄まで。
自分は何でこんな事してるんだろうか。
ぼんやりとした頭に浮かぶのは、そんな馬鹿みたいな疑問符。
脳天に、模造剣を叩き込まれたからなのか、砂で固められた、硬質な地面に真後ろに倒れこんだからなのか良く覚えていないが、とりあえずそんな事が思い浮かぶくらいには思考機能が吹っ飛んでいた
視界に映る蒼穹という言葉があまりにも似合う夏空も、今の疑問を晴らせるようには思えない。
そのまま数秒間、呆けたように空を見つめ、再び回らない頭で無意味な思考の海に沈もうとして、
「・・い・・・おい・・・おいっ!!」
バチンッ!!!!という破裂音と共に、彼の右顔面に鋭い一撃が叩き込まれた。
「おぶふっ!!!」
突如として痛覚に激烈なダメージを受けた彼は、一も二もなく現実の世界へと引き戻された。
「っ・・・ああだだだだだだだ!!?何すんだいきなり!?」
「お、やっとこさ目覚ましやがったか」
瞬時に身体を上げて猛講義する青年。長すぎない程度に切り揃えられた黒髪と、少しばかり同年代と比較して、鋭い目付きが印象的だ。
服装は、青を基調とした実用性重視の制服のような物に、軽めの鎧を纏っている。
そして、腰には、一本の鞘に収められた剣のようなものが下げられていた。
「何時までも起きないお前が悪い」
そして、それを眺めて安心した笑みを浮かべる、青年がもう一人。
自らとは対照的な短い金髪と、人のよさそうな笑みを浮かべるその顔を、彼は良く知っていた。
金髪の青年だけではない。
周囲には、起き上がったばかりの彼を取り囲むように、同年代の男女が詰め寄ってきていた。
誰も彼も、二人と同じ、制服と鎧を足して二で割ったような服装をしている。
そのどれもが、彼にとって馴染み深い顔ばかりだ。
「お前らしくないな。エルス・プライウェンともあろう者が、一発頭にもらっただけでKOしちまうなんてよ」
「・・・リヒター・・・?・・・あれ・・・俺・・・・・」
自らに声をかけて来た青年を認識して初めて、彼は自分が今の今まで気絶していた事に気付かされる。見慣れた顔と場所。吹き飛んだ自分の模造剣と鎧や簡易プロテクターなどが目に入るようになると、ようやくエルスと呼ばれた彼は状況を把握した。
「・・・あー・・そうか・・・・模擬戦・・・してたんだっけ」
彼が座っているのは、少し開けた運動場のような場所だった。そこは彼と同じような服装をした者たちが模擬の武具を身につけて訓練する場所。数秒前まで、彼もまたここで目の前の青年と模擬戦を繰り広げていたはずだ。
「大丈夫かよ?やっぱ今ので頭のネジ一本飛んだんじゃねーの?」
間の抜けた発言をするエルスに対し、周囲の一団の一人が声を上げる。
「それは、元からじゃないんですか?」
「ぶはっ!!違えねえ!!なんたって反骨心の塊だもんな!!」
「うまいこと言ってんじゃねえよ!!」
それに呼応するように、周囲がやんややんやと勝手に騒ぎ始めた。エルスに大した外傷が無いこともあるだろうが、どうも、あまり心配されていない様子だ。
「ひでえなお前ら・・・」
そう言いつつも、笑みを浮かべながら、リヒターと呼ばれた青年はエルスに向き直る。
「だがよ、実際さっきのお前はボケてたな。ほとんど無防備のままだったぞ」
「・・・いつも着ない鎧が重いんだよ。こんなもんつけて戦えるか」
リヒターの言葉に、ごまかすように自らが身に着ける鎧を叩く。決して重厚な代物ではないが、彼のスタイルからしてみれば重りでしかない。
「なあ知ってたか?鎧も着ないで曲芸師顔負けのアクロバットを披露しながら振るう奴の事を、騎士って言わないらしいぞ」
「そりゃ初耳だな。まるで俺が騎士団の一員じゃないみたいじゃねえか」
目の前に立つ彼の軽口に合わせて返しながらも、心ここにあらずと言った彼の様子は変わらない。
それを見たリヒターは、ため息をつきながら言う。
「まああれだ。一応は医務室行っとけよ?お前がこのままぶっ倒れて市営病院に搬送されたりなんぞしたら、始末書の雨が降る」
「・・・そうさせてもらいますよ、隊長殿」
冗談交じりの助言に、うまく返す言葉を見つけるでもなく、エルスはゆっくりと立ち上がった。
模擬戦場を離れて、石造りの廊下をエルスは歩いていた。別段、調子が優れないという訳でもないのだが、リヒターの言葉に従い医務室へと向かっている。
そもそも、今日の訓練には全体的に身が入らず、抜け出すにはいい口実でもあった。
「・・・はあ」
ゆっくりと歩きながら、何があるでもなく嘆息する。
(・・・何考えてんだろうなー・・・俺は)
先程の気絶中に脳裏を過ぎった疑問を、彼は再び思い起こす。
自分が、今何故こんな事をしているのか。一見、実に抽象的かつ矮小な言葉だが、今の彼にとっては実に重要な案件だった。
カツン、と、石畳を蹴る足を止める。
彼が立ち止まったのは、どうやら、彼が歩く建物の玄関口の役割を果たす場所のようだ。
「・・・・・・」
歩みを止めたエルスは、目の前の壁の上部に描かれた、特殊な意匠が施された、盾の紋章を見つめる。
この印が表すのは、一つの組織。
国立防衛騎士団『エルシオン』。彼が所属する組織であり、彼らが在中するこの兵舎の元締めである。
「・・・・・・『愛する者を守る為の刃とならん』・・・ねえ」
その、まっとうな騎士団員の誇りとも言うべき紋章と、その下に書かれた言葉を眺めながら、エルスは嘆息する。
「・・・守る物を無くした奴は、どーすりゃいいんですかね」
ぽつりと呟かれた言葉は、誰に伝わるでもなく、夕暮れの差し込む玄関ホールに吸い込まれていく。
無意識のうちに、腰に据えられた剣を強く握り締めていた。
「・・・・・・・」
そのまま踵を返すと、彼は玄関から外へと出て行く。
「・・・医務室は・・・・まあいいや」
後でリヒターにはとやかく言われるだろうが、自分の身体は自分が一番よく分かっているぜ理論で通す事にする。
騎士団兵舎の外に出たエルスを迎えたのは、夕暮れに染まる町並みだった。
町の中でも少しばかり小高い位置に建造された兵舎からは、彼の住む町を一望する事ができる。
所狭しと並ぶ民家。大小さまざまなサイズが複雑に絡みあう路地。多くの商店と、そこで働く様々な人々。決して最先端の技術に溢れている訳ではないが、ここには確かな人々の生活が息づいている。
どれもこれも、今は紅に染まり、どこかノスタルジックな雰囲気を感じさせた。
だが、それら以上に目を引くのは、固められた町を取り囲む、巨大な壁だ。
高さ二十メートルほどの、正に『城壁』と呼ぶに相応しい物体が、ぐるりと町の周囲を覆っているのだ。
この町が第四城壁都市『ウロボロス』と呼ばれる所以でもある。
「・・・・・」
少しばかり、目を奪われる。
見慣れた町とは言え、ここの一から見下ろす景色は格別だといつもエルスは思う。幼き頃から、何かがあればいつもここでこの景色を見ていた気がする。
夏の午後、緩やかな風が頬を撫でる中で、彼は呟く。
「・・・これで、一回滅びかけてんだってんだから、驚きだよなぁ・・・・」
まるで、他人事のような口調。だが、それは紛れも無い事実。ただ、それが大昔の話であるというだけの事である。
人類が、比喩表現抜きで滅びかけた、三世紀前の大戦争。
いつか教科書か何かで読んだ内容を、なんとなくエルスは思い出していた。
『それ』は人類史の中に、突如として現れた。
最も古い記録としては、一晩のうちに、一つの都市の人間が全滅したという物が残っている。
人類を襲った、その存在の名は『死役の血』。
霊長類ヒト科の生物と、極めて似通った容姿を持ちながら、明らかな異質を抱える怪物達だ。
彼らの特徴は大きく分けて二つ。
一つ。不死である事。二つ。『魂』という概念を持ち、それを操る超常的な能力を誇る事。
人が恐れる、未知の塊のような存在。それが『死役の血』。
『死役の血』は、突如として出現し、人類に対して宣戦布告。
世界の覇権を、より優れた生命体である『死役の血』が手に入れること。ほんの僅かなコミュニケーションの結果、分かった事は只それだけだった。
人は、それまでの歴史で培った叡智を総動員し、未知の軍勢との戦争を開始した。
『死役の血』の戦力は、人類全体から見ればほんの僅かに過ぎなかった。
それでも、人類は滅びかけた。
何せ、敵は不死である。剣で切り裂こうが、銃弾で撃ち貫こうが、頭を砕こうが、手足を引きちぎろうが、死に至る事は無い。瞬時に再生し、人外の力を行使する『死役の血』は正に無敵。
圧倒的な戦力差にも関わらず、たった数十体の『死役の血』の前に、人類は敗北を余儀なくされかけた。
諸説あるが、人類全体の三割が、数年のうちに消えたという。
しかし、世界は人類を見捨てなかった。
とある『死役の血』の裏切りが、人類を救う第一歩となったと――・・・・
そこまで思い出して、エルスは大きな欠伸を噛み殺した。
「・・・どーでもいい・・・・・」
今自分に必要なのは、歴史の知識では無い。それを今更ながらに自覚した彼は、再び歩き出す。
未だに後方から響いてくる模擬戦の声が、ほんの少しだけ背徳感をざわめかせるが、それだけだった。
歩きながら、泥に沈むように思考を続ける。頭の中を埋め尽くすのは、相も変わらず先程の自問だ。
(何をしてるのか・・・か)
確か、入団したのは約二年前だったと記憶している。同期のリヒターや、共に入団した者たちと共に、連日訓練に明け暮れる日々。決してそれが無意味な物であるとは思ってはいない。
仲間達との生活は、華やかではないものの充実しているし、騎士団という職業についている以上、給与は貰っているし、衣食住は保障されてもいる。
だが、彼にとって、虚しさを拭えない物がある事もまた事実だった。
(あの時は・・・何かが変わるって・・・変えられるんじゃないかって、思ってたんだよな)
風景は既に、小高い兵舎周辺から、居住区の立ち並ぶ街道へと変化していた。都市の外周にあたるこの地域は、大して地価が高くも無いことも合わさって、どちらかといえば簡素な住宅が立ち並んでいた。既に日が暮れかけている事もあってか、道を歩く人影は少ない。その寂しげな通りをしばらく歩いて、彼は足を止めた。
「・・・・・・・」
目の前にあるのは、街道に面した一軒の小さな家。彼が自らの出生した場所だと認識している場所だ。
無言のまま、扉を開ける。
中も外からの印象と変わらず、広くは無い。少しばかり広めの寝室と簡素なキッチン、そしてバスルームの三部屋のみ。誰も居ないその家に足を踏み入れると、彼は寝室に設置されているランプのような機械を作動させる。
暖かな光が、暗い寝室を照らし出した。二つあるうちのシングルサイズベッドの片方にぼすりと座り込む。
「ただいま」
誰に向けてもなく、呟いてみる。無論、返ってくるべき、対となる言葉は聞こえてこない。
目線の先には、いくつかの写真が、額に入れられて飾られている。顔も知らない、両親らしいと聞いている人物の写真。
その隣にあるのは、幼き頃のエルスと、それを取り巻く、様々な年齢の少年少女、そして妙齢の女性が映る集合写真。
そのどちらも、今は無き、記憶の中にだけ存在する者達だ。
「・・・・俺には、守るものも無い」
その事実を確認するように、彼はそう呟いた。
全ては遅すぎた。
彼の守りたかったものは、全て彼の過去に消えているのだから。
ぼすん、と後ろ向きに倒れこむ。天井を見つめたまま、腰の剣を目の前に持ってくる。
「・・・あの時・・・あの時に、全部終わってるんだ」
黒染めの鞘から、柄を引き抜く。
そこに現れたのは、
輝く白刃でも、波立つ刃紋を称える細身の刀身でもない。
何も無い。
向こう側の空間が見えるのみ。彼の手に握る剣には、刃が存在していなかった。
「・・・何でこんなモン何時までも大事に持ってんだろうな」
自嘲気味に、彼はそう呟いた。
闇がすぐ傍にいる。
その時の彼は、ロッカーの中で、自らの手に一振りの剣を持ちながら、直感的にそう感じていた事を覚えている。物心ついたときから持っていたと聞かされていた、その手に余る武器を握る手は寒くも無いのにガタガタ震えている。
怖い。
そんな安直で矮小な二文字だけが頭に浮かんでいた。
薄い金属板一枚の向こう側の空間は、文字通りの地獄絵図が広がっている。数時間前まで彼が寝ていた寝具は砕かれ、数十分前まで彼が生活していた部屋には破壊された家具や食器の破片が散乱し、炎が全てを蹂躙し続け、数分前まで彼と会話していた友人達は、人形のようにぴくりともせず、冷たい床に転がっている。
彼にとっての世界が、一瞬で消滅した。
それでも、彼は動く事はできなかった。暗い箱の中で、闇に包まれたまま震えることだけが使命とでも言うように、そうし続けるだけだった。
コツコツと、硬質な床を叩く足音が聞こえた時、文字通り心の臓が弾け飛ぶかと思った。
だが、次の瞬間には、それを超える衝撃が待っていた。
「・・・まだ生き残りがいるなぁ・・・?」
「・・・!!」
一瞬にして背筋が凍る。
しかし、彼の戦慄とは裏腹に、足音は遠ざかっていく。
それを訝しく思う暇は無い。
「うっ・・・うわあああああああああああ!!来るな!!来るなよ!!!」
「・・・っ・・・!!」
聞こえてきたのは、聞きなれた友人の一人の声。恐らくは、最後の生存者であろうその存在は、必死に叫び続ける。
「な・・何なんだよお前・・何なんだよ!!!だ・・・・誰か!!誰か!!」
無慈悲に響く、助けを求める声。
「・・・っあ・・・!」
その叫びに、喉が干上がる。
今、ここに生きているのは、彼と自分。そして謎の襲撃者だけ。そして、今目の前で最後の一人がその命を失おうとしている。
震えが、一層強くなる。
剣を握る手に、爪が食い込み血が滲む。脳内には、様々な考えが到来していた。
(このまま隠れていれば?今ここでこの剣を抜き、踏み出せば?震えていることしか出来ない?黙って見ている事しかできない?)
一瞬にして、膨大な量の葛藤が暗闇の中を埋め尽くす。
「誰か・・・・誰かああああああ!!!」
「・・・・・!!!!」
より強い叫びに、一気に感覚が引き戻される。最早、そこで座しているだけではいられなかった。
震えは止まりはしない。それでも、柄を握るだけだった腕が、鞘へと伸びていく。
(俺は・・・俺は・・・・!!!!この剣で・・・!!!!)
生まれた時から抜いた事のなかった剣。
全てはこの時の為にあったのかもしれない。
踏み出す事を決断したエルスは、目の前に立ちはだかる不条理を断ち切る為に、刃を抜き放ち、
そして、
(・・・え・・・・?)
何も存在していない柄の先を目にして、絶句し、絶望した。ほんの少しだけ収まった震えが、遅れてきたように全身を支配する。
そして、
「・・・・あ・・ああああ・・・・ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
絶叫が響き、
目の前の闇が溢れ、
轟音と共に、天井が焼け落ちて、
そして。
「うっああああああああああああ!!!」
全身にどろりとした汗を流しながら、彼は絶叫と共に飛び起きた。
自分が居るのが、真っ暗で小さなロッカー等では無く、見慣れた部屋のベットの上であるという事を認識するのに三十秒掛かった。
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・!!」
未だに幻想の中の絶叫が耳から離れない。見れば腕は滑稽なほどにガタガタ震えていた。
既に十年も前の心象風景は、彼に拭いきれない恐怖を未だに与え続けている。
「・・・はあっ・・・・クソッ・・・・情けねえ・・・」
まとわり付く不愉快な汗を拭う事も忘れ、彼は再び固いベッドへと倒れこむ。
かつて知った自らの無力と恐怖。大切な誰かの前に立ちふさがる事すらもできなかった自分。
悔しさと悲しさと、圧倒的な戦慄が未だに彼を縛る。
「・・・もう・・・違うだろ・・・・あの時と同じなんかじゃねえ・・・・」
拳を握り締めながら、自らに言い聞かせるように呟く。
「俺は・・・変わったはずだ・・・・強くなった・・・はずだ」
それこそが、彼が騎士団にて鍛錬を重ねる理由。
もう二度とあの時のような想いをしたくない。その一念だけが彼を突き動かすのだ。
だが、彼の中にあるのは、未来へと向かっていく想いだだけでは無い。
(・・・・だけど・・・俺は・・・・・俺は何を守ればいい・・・・?)
次の瞬間には、その考えが脳裏をよぎる。
全てを失った彼は、一体誰の為に戦えばいいのだろう。