第4話 会議
それから9年が経過した。
帝国歴307年。
「リューホ!」
リューホの名前を呼ぶ声が騎士団の宿舎に響き渡る。彼の名前を呼んだのはジランだ。あれから9年。ジランも今ではリューホと並ぶ立派な帝国騎士団上等団員である。なお、ジランは下等団員筆頭を務めている。
「どうした? ジラン下等団員筆頭」
リューホはジランのことを正式な役職名と共に呼ぶ。そのことにジランは不満に思ったのか逆に嫌味を含めてリューホのことを呼ぶ。
「これはこれは騎士団長様すみませんでした」
「ジラン、お、お前っ」
「仕返しだ。幼馴染なんだから気軽に呼べよ。ここでは私的な用としておこう」
ジランの提案にリューホは分かったと頷くだけであった。
リューホはあれから9年の間にみるみる出世をしていき(もちろん、実力主義である)3年前にはついには帝国騎士団第96代団長に就任した。リューホは騎士団長になるつもりはなかったのであったが前任者の推薦によってなってしまったという経緯がある。ただ、騎士団長といっても仕事を熱心に行うタイプではないのがリューホなのでそこは全て副団長に任せている。
「で、どうした? 何か用があるのか?」
リューホはジランに用を尋ねる。
「いや、俺達もそろそろ戦争に導入されるのかなあと思ってな」
「戦争か。まさか起こるとは……」
リューホは小さい声でそれを見上げて呟いた。その姿は昔の平和であったころを懐かしむようであった。だが同時に、そんな日はもう戻らないとリューホは思っている。
1年前。帝国暦306年。
ファン帝国は隣国カレン帝国(帝国といっても軍の力はほとんどなくその他事柄も特筆していないことから小国であった)に何の前触れもなく侵略を開始した。当時はファン帝国側は困惑の声がカレン帝国側からは非難の声が上がった。だが、カレン帝国が非難の声を上げたところでファン帝国が戦争をやめるなんてことはなかった。ファン帝国としてはすぐに戦争を終わらして大量の奴隷と魔導器を手に入れようとした。だが、物語はそんなに簡単に筋書き通りにはいかない。カレン帝国は対抗するために近隣諸国7か国と同盟を結びさらには連合国家ダリア連合国を設立した。これによって連合国側は大量に魔導器を所持した連合軍を組織し、数で勝っていた帝国軍を連合国軍は少数ながら圧倒していた。帝国は攻めた側であるのにかかわらずわずか数日の間に形勢が不利へと陥ってしまった。こうなった以上は戦争をやめるべきであるがこちらから始めた戦争、簡単にやめることなんてできるわけない。つまり、帝国はこれ以上にもない危機へと陥ってしまった。
「そうだな。僕達も導入されるかもしれないな」
リューホは戦争のことを振り返りながら帝国軍の中でも帝都防衛、要人警備を担当している騎士団がいつしか戦争の最前線で戦うという事態を薄々と感じていた。本来ならば、騎士団以外の軍の連中が勝手にやればいいと言いたいところだがそうはいかない。戦争というのは国家の前総力を持って行うものであり、一個人の意見などそれには到底及ばない。それは騎士団のトップであるリューホだとしてもだ。
「そういえば、リューホは今日会議があったのではないのか?」
ジランがリューホに対して尋ねてくる。
「……あ、ああ」
リューホは答えたがそれは歯切れの悪い答えであった。ジランはリューホが珍しく歯切れの悪かったのでそれ以上先に問い詰めようと思ったが喉辺りまで言葉が出てきながらも実際に言葉に出すようなことはせずそのまま「またな」と言って自分の持ち場である上等団員の宿舎へと帰って行った。
「またなー」
最後に大声でリューホに対して声を上げるのも忘れずに行っていた。その様子を見たリューホは笑って思った。
あいつ、相変わらず昔から変わらないな。
友人であるジランへのその評価は皮肉とかではなく純粋にプラスの意味での評価だ。それだけ、リューホは同郷の大親友ジランへの信頼が厚いのだ。ただそのことを本人は絶対に口に出したり認めたりはしないだろうが……。
「さて、俺も行くとするか」
リューホはそう言うと、ジランが向かった先とは正反対にある騎士団総本部へと歩いて向かった。
騎士団総本部。
帝国騎士団の上等、中等、下等の3つの団を束ねているその本部。実質は騎士団長と副騎士団長しか所属しておらず、残りは上等団員の中でもトップクラスの騎士のみが仮所属として配属されておる以外は本部の建物中には誰もいない。
だが、今日は違った。総本部の中にある会議室には多くに人でいっぱいになっていた。その会議室の中にはリューホの姿もあった。
会議室はごく普通の円状の机が並べてあり俗にいう円卓会議と言われるものを想像できた。その机の一角にリューホは座っていた。
「では、これより国家戦略会議を始めます」
軍の偉い立場の者が会議を始めた。他の者はそれまでリューホ以外の各自近くの者と話していたが一気に私語をやめ緊張した空気が漂い始めた。リューホはそんな緊張した空気の中でも感じずに椅子に背をかけている状態だった。
「では、私から話させていただきます」
最初に手を挙げてそう言ったのは男だった。リューホの3つ隣に座っている。眼鏡をかけていて、身長はリューホより大きく、太ってはいないため細長いように見えた。服装は帝国陸軍の恰好をしている。つまりは陸軍関係者というわけだ。
「私は帝国陸軍元帥タニといいます。まず、私からの提案として現在の戦局は決して良いとはいえません。ですので、今までは数で押し切っていましたがこれからは魔導器を使って力で押したいと思います」
タニと言う名の男はそう言った。周りの連中も「そうだ」「やれ」などと賛同する意見が続いていく。さらに、タニは続けて言う。
「魔導器の扱いに関して言えば軍の中には優れた者はいません。こちらの主力は魔導器なしでも使えるようなものばかりだからです。魔導器というのは選ばれた存在しか使うことができません。そこで、選ばれた存在が集まる部署である騎士団の方々に戦争に参加してもらいたいのですがよろしいでしょうか?」
その言葉で周りの連中の視線は一気に騎士団の団長であるリューホに集まる。リューホはその視線を何とも思わない顔つきで答える。
「断る」
たったの一言だった。リューホが拒否すると周りは静かになったのだがそれはほんの一瞬でありすぐにリューホへの非難へと変わっていった。
「貴様、どういうことだ!」
「協力もできないのか!」
「この売国奴がっ!」
全員がリューホを一斉に罵った。どれも心無いひどい言葉であった。そんな言葉を受けてもリューホは黙っていた。
「静かに!」
その非難の言葉を止めた者がいた。その静かにの一言で周りは非難するのをやめ、その言葉を言い放った男の方を見た。
ファン帝国筆頭大臣ヨシキ。
彼が言葉を放ったのだった。
「どうして、非難をしないのですか、ヨシキ大臣!」
「そうです。こいつは売国奴ですぞ」
止めたことが気に食わないのか、ヨシキまでもが責められていた。ヨシキはその言葉を聞いて怒鳴った。
「黙れ! いいか、リューホ騎士団長にも考えがあるのだ。それを聞いてから判断をしろっ!」
「「「……」」」
その言葉を非難する者はいなかった。全員はこの言葉でようやくおとなしくなり、満足そうな顔をしたヨシキはリューホになぜ拒否したのだという質問をした。
「私は騎士団の長である騎士団長です。騎士団というのは皇帝一家を帝都を守るのが第一級任務です。国を守るのは軍の仕事であり我々の範囲ではありません。もし、前線に立つというのならば誰が皇帝を帝都を守るというのですか? 答えてみてください」
リューホの主張は騎士団という組織の本質をついていた。
騎士団というのは帝国軍の一部部署であるのだがそれはエリートの中のエリートと呼ばれる所以がこの一級任務と言われるものだ。帝都防衛は軍の者にはできない。騎士団だけが任されている非常に重要なものだ。さらには、皇帝をはじめとした皇子、皇女、皇后を守るという任務も騎士団にしかできない非常に大事な仕事だ。
もしも、騎士団が前線に行ってしまったら誰がこの任務を行うのかということをリューホは言っている。
「なるほど。リューホ団長の意見は確かですな」
タニ陸軍元帥は頷いている。ヨシキ筆頭大臣も同様だ。
「お待ちなさい。ならば、騎士の一部だけ借りることはできないのかしら?」
そこに新たに主張をする者が現れた。
女だ。見るからに男を誘惑している胸元を強調しているドレスに色めいた顔をした人であった。彼女のことはリューホも知っていた。それほど有名人であった。
「手を挙げてから発言はしろ……エノチ総司令官」
リューホは不機嫌であった。その呼びたくもない名前を呼んだ。
エノチ総司令官。
帝国陸軍の中でも優秀なものでありその名は周辺にまで伝わっているほどだ。だが、彼女はその外見通りに最低最悪な女であり、悪女とも呼ばれる。悪女と呼ぶのはもちろん周辺国の者であるが、リューホ自身そのことには納得していた。エノチは俗にいうビッチともいえる性格をしているからだ。彼女は自分の体を使ってまでも敵を殺そうとする女のだ。
「あら。リューホ騎士団長。今は会議中ですよ。そんな公私混同は悪いですわ。今は私のことが嫌いだとしてもしっかり対応すべきではないのかしら?」
「ちっ」
リューホは舌打ちをした。もちろん、わざわざ聞こえるようにだ。この2人の中の悪さは軍の中でも知らない人はいないと言うほど広まっているから、今更このような場で喧嘩をしても問題はなかったのだ。
「まあ、落ち着きなさいリューホ騎士団長」
横に座っているヨシキ筆頭大臣が諌めてきた。リューホはヨシキ大臣に「すみませんでした」と一言だけ謝罪の言葉を言う。
「分かりましたよ。こちらとしては行いたくはありませんでしたが近々騎士団の中から優れた者を選抜して軍の司令下に置いておく。それでいいですね?」
リューホは簡単にまとめて言う。
「よろしい」
エノチ司令官はその言葉に満足するとそれ以後の発言はなかった。タニ元帥もこの提案には反対せずによって今日の会議は終わった。
だが、これがリューホにとっては悲劇を生むなんていうことを本人も周りもこの時は分かっていなかったのだ。




