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<R15>15歳未満の方は移動してください。

拝啓、賀正様。お年玉下さい。

作者: 凉樹

 一月一日。外国にもお年玉という習慣は存在するのだが、極めて有名なのが日本というわけだ。

 昔は羽つきだのなんだのと子供が楽しみ、大人たちは新年会という名目でお酒を飲み散らしてきた。

そして現代において寝正月とみなは怠惰する。挙句の果てにインドアゲームばかりだ。

 私は二十歳になり、親戚に挨拶回りのため実家へ帰省をした。

 埼玉の所沢に実家があるのだが、なんともまた雪景色であった。所沢駅周辺は最近活気が出てきたのだが、少し歩くと素っ気ない中小企業のビルや住宅が並んでいる。

 埼玉県に雪が降ることじたい稀なことなのだが高校を卒業して二年、伯父の家がある長野県で過ごしてきたから私からすればこの雪景色は見慣れた景色であるのだ。

「なぁ美琴」

 二階一戸建ての家。居間であぐらを掻いて、お正月番組を楽観している私に声がかかった。貫禄のような野太い声が耳に響き最悪だ。

「はいはい」

 と、振り向かずテレビを凝視し、いやいやに返事を返す。父はそれでも屈することなく言葉を紡ぐ。

「お前が昔貰ったのかな? レターが大掃除で発掘したのだが。もちのろん、ラブじゃない」

 テレビで芸人がボケてわざとらしく周囲が笑う。そんなやらせのような笑い声が静かな居間に響く。

 ピンとはこないのだが、急いであぐらを解く。取って食らってやろうかの勢いで父に近づき、手にしているそのピンクな封筒を奪う。

「おしっ!」

 女子力なんて関係ない。あることには越したことはないのだが、私は雄たけびの様な声を漏らす。これだからショートカットは動きやすい、などと勝因を分析しながら封を開けるとからっぽである。すかさず横目で父を牽制する。

「やれやれこれだから美琴は昔から慌ただしい」

 なんて腹立たしい。五十代中盤のくせにそのモサモサした髪の毛奪いとるぞ。なんて思ったのが悪かったのか父は不敵な笑みを浮かべる。きもわるっ!

「私を誰だと思っている」親父でしょ。

「実は父さん……美琴に言わなきゃいけないことがあるのだ」

 そういえばだが、私の実母をみていない。まさかだが、テンションの暗さで察した。だってもう二十歳だ。両親に何が起きてもおかしくはない。離婚か死別。その選択肢しかない。でも帰ってから一度も仏壇らしいものも写真もみていない……これはそういうことなのか。

 父は眉間に皺を寄せて鼻をすすった。

そしてその刹那――「えっ!」

私の素っ頓狂な声が暖房で乾燥し切った部屋に響く。父の右手はなんとも無法地帯な場所に位置する。それは……髪の毛とおでこの境界線。そしてそこに手を、手を! 差し込んだのだ。

「禿げちゃった」

そんな阿呆な、とふんぞり返る私を差し置いて、その『ヅラ』をプロフェッショナルな手つきで修正する。

「頭おかしーだろっ!」「いやヅラがおかしいだけだよ、ホラ」「やめてっ! その平行線の先に日本の平和は見えないからやめてっ!」「ク○リンのことかーっ」「アンタのヅラだ!」


――何はともあれだ。私の実母は温泉旅行中なだけで父は拗ねていただけ。

それと、父のヅラから生産した? その昔の私が貰った手紙に『二十歳になったら大人のお年玉を埋めたの掘り起こそう』と記してあった。また場所の地図も勿論、記している。

七海、と手紙の最後に名が綴ってあった。全てはあの父のように冒険心が私には備え付けてある。

「というわけできてしまいました」

 意味もなく鬱憤を晴らすようにでもなく、テレビのリポーター風に口火を切ってみた。本当に無意味であり、辺りは埼玉県を象徴する大きなケヤキの木が立ち並んでいる。壮大に広がる自然の中で導くように道が切り開いている。

 ちなみにだが、今回の目的はというと七海さんいわく『大人のお年玉』を埋めたとか。七海さんとは誰だろうと幼稚園のアルバムから卒業したのは先日のような高校のアルバムを開いてみた。だが名前は乗っているもののどういう関係なのか思い出せない。

「考えても仕方ない」

 そんなメチャクチャなポリシーとおバカな探究心でこの森へ来たのだ。

 思い立ったら吉日なんて言葉を宛てにしているわけだ。父さんに、「お前一人で大丈夫か?」と心配してもらったものの、「誰の娘だと思っているかしらね?」と返したらハゲ頭とともに引っ込んだ。

 正直本当に何を埋めたのか、そのときのことを思い出せない。

 分からない、という表現ほど探究心をくすぐる物はないと思う。そんな短絡的かつヘボな頭を持ち歩く私は迷路でお馴染みの二つの分岐道に出くわす。

「あーでたよ! こういう小芝居」

 私だって叫びたくなるわ。人間ですもの。と、自由論を謳ったところで何も解決できていないのが現状である。

 右はより一層緑が増し、「あれ後戻りできるかな? コンテニューありダンジョンじゃあ、あるまいし」と、この私を悩ませる。もう一方の左は、「へいらっしゃい、こちら滝の音がする自殺スポットデス」と脅しているような……。木々は薄れていくのだが大人しく入口に戻るか、否か。この自然に対して探究心だけできた私自身にぐうの音も出ない。

 季節は冬。私の服装は軽装で、ようは身軽なのだ。最低限、服は着ていることだけは認知していただきたい。無論、全裸などとは無縁な男女関係って今は置いておく。

「おし! こっちだ!」

 腹を括り私はまた一歩、前進する。立ち止まっては負けている気がする面倒くさい女タイプなのだ。だから彼氏出来ないのだ、と自負もしている。おっと、思わずケヤキの木にローキックかましたのは秘密。

 森であるのは確かなのだが湿気のある地面で構成する山道をしばし歩く。左を躊躇はしたものの動物の勘で決めた。迷いなどない。

 ただ嫌な予感だけはしていた。頭痛である。

「バカなのだからあり得ない」と全ての病気を周囲に否定。だから今回もそれでって済ませるわけもない。何せ本音はこんな森に一人ぼっちは怖いのだ。まだお昼前。あっ、バカだ私、弁当忘れている。って違う。そうじゃないだろ美琴! 私しっかり!

 言い直すと昼前ということで明るいのは想像できると思うが、気分転換に空を仰ごうとすると緑の天井が出来ている。ケヤキの木の葉と葉が重なりあい、わずかな隙間から太陽が陽を刺してきているのだ。人は暗い所に居るとテンションなど下がっていくが私にはこのシチュエーションが探究心をくすぐり、いつの間にか怖さがなくなるといより、馴れてきた。

 気付けば私は興奮して、心拍数が上昇して胸の高鳴りを覚える。歩いて三十分は経過しただろう。やっと目的の『大人のお年玉』の場所へついた私は一言、ここへ言葉を添える。

「あざとい!」

 バカゆえの天才肌とでも称えてくれ。昔から記憶力は人より頭が飛び出ていて自信がある。地図もすぐにインプットした。だがしかし、目的を果たすと「おお! なんだこの難題なクイズを説いた優越感よっしゃ!」とかハイテンションがハイハイテンションぐらいあがるのになぜだか優越感が湧かない。そして木製のプラカードが地面にズブリ、と目の前でブッ刺さっている。

 木製のプラカードには『大人のお年玉』と表記しているのだ。だから優越感湧かないのは仕方ないのか……。私は回れ右をしようとする。すると突如、「いや掘れよ」と脳内へ響く。むぅお約束という奴ですか――「ダマレ、ホレ」

 なぜだかその父さんみたいな声がする。外国の方のようなカタコトな日本語で無碍に扱っている感じが鼻につく。インスピレーションの問題なのだろう、はさておきだ。

「はぁ」

 あからさまな私の態度をよそに「ハヤクホレ」とせかす……この際、父さんでも表記は間違いなさそうだから父さん。

 やれやれ、とつぶやき木製のプラカードへと足を運ぶ。実に怪しげだ。

 あざとい表記と反面、巧妙な罠が仕掛けてあり……と警戒は怠っていない。

 木製のプラカードへと手を伸ばすと、地面に足が吸い込まれる。

「うわぁぁぁ!」

 今までで一番素っ頓狂な声とともに、気付くと真上の薄暗い光以外がない。ようは真っ暗である。尻もちをつき、辺りを見渡すもやはり真っ暗である。

探究心とか阿呆くさいことを言っていたことに絶望した私は駆けあがろうと壁に接触を試みるも、壁が無く勢いよく顔から転ぶ。

「痛っ」

 堪えるように声を漏らし、地面へと手を着いたとき『軽い物』に触れた。手でこねるようにすると粉々。それを『アレ』だと思いたくなかった。

 驚きと悲鳴が混じる声なんて出やしない。私はただそれが『アレ』だと思いたくなかった。

 次の瞬間――「……ヒト、ゴロシ……」

 そのか細く高い声は詰まるように囁く。聞こえないふりをした。信じたくなかった。

「……ミコ、トチャン……」

 嗚咽混じりに聞こえる『少女』の声。震える下唇を両手で押さえるも全身が震え、身動きが取れないほど固まってしまう。金縛りとでもいうのか。逃げたい一心で叫ぼうとするも声が掠れて声がでない。

馬鹿。メディアの馬鹿! 本当に怖かったら声が出ないじゃん! あの夏によくやる怖い話の馬鹿!

「ワタシカラノ……オト、シダマ……ウフフ」

 不気味な笑い。気付くと少女の声は近くなっている。目を閉じ、「覚めろ覚めろ」と念じるものの、「ミコトチャンノヒトゴロシ! ナナミダヨ! オボエテイル?」と接近。

 もう……ダメだ。意識が遠のく。でも遠のいたら私は亡くなった妹に申し訳が……。

「え、待って……」

 胃がねじれるように痛い。激痛というより、『大会寸前の選手のような気持ち』に似た感じな奴だ。プレッシャー、というのだろうか。思い出すことに懸念している。

「ナナミダヨ、オトシダマチョウダイ……」アンタは誰なのよ。

 ふと、つい最近、いや今日だ。名字が一緒で七海という名前をアルバムで見た……待って、今思えば私の名前が……なかった。おかしい。おかしいわ! あの時から私は死後の世界で……。そんな馬鹿なことがあるとでも!

 底知れぬ思いが溢れだしてくる。死にたくない……。

 しっとりした冷たい手のようなものが頬を触れる。鳥肌なんてものは限界を越えて立っている。

「お姉ちゃん……七海だよ。元気にしてた?」

 私は悟った。事件を思い出した。私はここで彷徨っていた幽霊なのだ、と。

「ごめんねこんな妹で、えへへ」

 申し訳なさそうな優しい言葉が私の心を包む。自然に体は地面から足が離れる。

「お姉ちゃん、あなたはもう死んでるわ。十歳からの記憶は私と共有してたの。お姉ちゃんと二十歳になったらお年玉あげあいっこしようってね。でもお姉ちゃん“この”落とし穴で落ちてバラバラになっちゃってね」

 少し違和感を覚えた。そういうことだったのか、と一件落着な雰囲気はあるのだが、私は疑った。

「アレお姉ちゃん?」

 キッと睨みつけていた私は“妹”らしき人物の手を振りほどく。流されてはいけない。そう悟った私は自分の意思を曲げなかった。私は……死んでいない。

 反撃の狼煙をあげようとした瞬間であった。

 鈍い音が頭に響く。再び穴へ落下し、『アレ』が頭にめり込んだのだ。仰向けで身体を強打した私は――意識が遠のく。不気味な笑い声がこの落とし穴いっぱいに響いたのである。



――「おはよう“七海”」

「おはようお父さん」

 私は確かにそこにいた。家族団欒とし、朝ごはんをとる。でもそれは美琴としてではなく、七海の姿だ。

「お年玉いるか?」

 相変わらず父さんのモサモサした頭と不気味な笑顔。気持ち悪い。

「ううん」

 と、七海は、私は首を横へ振る。

「だってねお父さん」

 私は次の言葉を聞き、あがくことの無駄を知ったのだ。

「もうね、『大人のお年玉』貰ってあるからね――」


読了ありがとうございました。

少しどころじゃない意味分からないオチですね。

重なりお礼をさせていただきます。

小説にお付き合いしていただきありがとうございました!


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