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第八話:遭遇

「やっと終わったな……ああ、もっと人手が欲しいなぁ」

「他に生き残っている警察官や自衛官が早々いるとは思えないから、やはり学生をもっと訓練して戦力化するしかないだろう」


 警察署の三階で、兵治と草加は休息を取っていた。ゼリー状の栄養食を食べながら兵治が思わず愚痴をこぼすと、草加がそれに応じた。


「確かに……それと暴徒以外のまともな大人を見つけたいな。暴徒があれだけいるんだから、それ以外のまともな人もまだあちこちに生き残っているとは思うんだが」

「みんな暴徒に見つからないように隠れているんじゃないか。やはりなんとか暴徒どもを駆逐するしかないな」

「そのためには、とにかく戦える人間を増やすしかないか。これだけ装備を回収できたから、これを有効活用して戦力を強化すべきだな」


 兵治と草加が熱心に今後の戦力増強に関して話し合いをはじめたところで、今まで我関せずとばかりに寝そべっていたガルが、耳をぴくりと動かすと起き上がった。そしてしばらくピンと耳を立てていたが、兵治の傍にやって来るとまた服の裾を咥えて引っ張った。


「なんだ、ガル?近くに暴徒でも来たか?」


 話をしたいというガルの合図に答え、草加から離れた兵治がそうガルに質問した。


「そういうわけじゃないが、遠くの方で銃声が何発も鳴ってるぜ。また無法者が暴れてるんじゃねぇか?」


 ガルは聴覚が非常に優れている。人間離れしているのは人間でないから当然として、本物の狼よりもずっと優秀らしい。そのためガルのことは頼りにしているし信じてもいるのだが、兵治はガルのことを密かにサイボーグ扱いしていたりする。


「相手が誰だか気になるな……方角は?」

「あっちだ」


 ガルからおおまかな方角を聞いた兵治は、少しそちらを偵察しに行こうかとも考えたが、今は無用の危険を冒すべきではないと判断した。すでに装備の回収は終わっているのだから、ここはさっさと逃げた方がいいだろう。


「草加さん、ガルがどうも落ち着かない。ひょっとしたら、暴徒どもが近くに来ているのかもしれない」

「それはまずいな……見つかる前にずらかるか」

「了解、車に戻ろう」


 兵治と草加は頷き合うと、急いで地下駐車場へと戻った。帰るときはエンジン音を響かせることになるから、駐車場から出たら発見される前に一目散に逃げ帰るつもりだった。


「急いだ方がいいぜ。車のエンジン音と、銃声がこっちに近づいてる。ここは地下でさすがの俺様でも聴き取りにくいから、それ以上はわからねーがな」


 車を出す準備をしていると、また小声でガルが兵治に警告を与えてくれた。


 ――暴徒どもが車に乗って銃をぶっ放しながらこちらに来ているのか、だが何のためにそんなことを……考えていても仕方ない、ここは一刻も早く逃げ出すのが一番だ。


「じゃあ、草加さんはそっちの輸送車を。俺はパトカーで出ます」

「わかった」


 兵治はパトカーに、草加は輸送車に乗り込むと、互いにエンジンをかけた。事前にエンジンのチェックは済ませてあったので、走行に問題は無いようだった。


「聞こえますか、草加さん?」

「ああ、聞こえる。無線は問題無いようだな」


 エンジンがかかったところで、車載無線機の調子を確かめ、互いが交信できるかどうか確認した。


「ここは逃げるが勝ちだ」

「ですね、さっさと出ましょう」


 草加の返事を聞くと、兵治はパトカーを走らせはじめた。バックミラーを一瞬確認したが、兵治のパトカーに続いて草加の輸送車もついて来ている。


 地下駐車場を出ると、そこは警察署の正面玄関とは反対側の道路だった。そのまま警察署を回り込んで、最初に徒歩で横断した広い四車線の道路へと戻ったのだが、そこで問題が起きた。




「おい、右から車が二台、追いかけっこしてるぞ」


 パトカーの助手席でお座りをしていたガルが、唐突にそう言った。地下から地上に出たので、より詳細にわかるようになったらしい。


「追いかけっこって、どういうことだ?」

「そのまんまだ。後ろの車が銃をぶっ放しまくっていて、前の車が必死で逃げてる、以上だ」


 ガルにそう言われてみて、兵治はパトカーの窓を開けて、音を聞いてみた。乗っているパトカー自体のエンジン音が邪魔だが、確かに兵治の耳でも捉えられるほどの銃声が聞こえる。まだ離れているので断定は出来ないが、拳銃ではなく猟銃クラスの銃声のように聞こえる。


 一旦停車して右の道路の彼方を見つめていると、黒い点が見る見るうちに近づいて来ているのがわかった。重なっていて黒い点がひとつに見えるが、よく見れば黒い点はふたつ、つまりガルの言った通り二台の車がいるのだろう。


 ここで重要なのは、このまま逃げ出すかどうかだ。しかしガルの言う通りならば、ひょっとしたら避難民が暴徒に追いかけ回されているのかもしれない。だとするならば助けなければならないが、万が一暴徒の仲間割れなんかだったら、目も当てられない。


「あー追われてる方の車を運転しているのは男だが、助手席には女と子供がいる。後ろの車にはろくでなしの馬鹿野郎が二人、銃を乱射してやがるな」


 ひとまず状況がわかるまで退避するべくアクセルを踏み込みかけた兵治は、ガルの状況説明を聞いて思いとどまった。ガルは五感が非常に優れていて、視覚も抜群だ。兵治には誰が運転しているかさっぱりなのだが、ここはガルの言うことを信じるべきだろう。


「氷川だ。右から二台の車両が接近中。どうやら前の避難民の車が、後ろの暴徒の車に追われているらしい」

「どうする?」


 無線で後ろの輸送車の草加に報告すると、そう尋ねられた。


「決まってる――悪党は銃殺刑だ」


 草加に物騒な返事を返すと同時に、右にハンドルを切って兵治はアクセルを踏み込んだ。パトカーが尻を蹴飛ばされたかのように急発進、すぐに加速して走りはじめる。ところどころに事故車両などの障害物が転がっているが、四車線の広い道路のおかげで、それらは簡単に避けることができる。


 二台の車は兵治から見て右側の車線をこちらへと走って来ている。前の避難民の車と、後ろの暴徒の車とはそれなりに感覚が空いていた。やっとよく見えるようになったが、暴徒の車の助手席から散弾銃と思しきものが突き出されていて、盛んに発砲を繰り返しているのがわかった。


 ――勝負は一瞬、その一撃で決めてやる。


 兵治は決心すると、右腰のホルスターからSIG・P230を引き抜いた。右手でP230を握ったまま、左手でハンドルを操作し片手運転を続ける。警察官である草加が見たら大目玉を喰らいそうだとくだらないことを一瞬考えたが、その間にもぐんぐんと対向車線の二台の車が近付いて来ていた。すでに二台とも兵治のパトカーには気づいているようだが、どうすることもできない。そのまま突っ走って来る。


 兵治は先頭の避難民の車が右側を通過し、その後ろの暴徒の車が射線上に入った瞬間、運転席の窓から突き出すように構えたP230をこれでもかというぐらい連射した。エンジン音の高鳴りと連続する銃声が重なりあい、P230から排出された空薬莢が宙を舞う。すれ違いざまの速射を浴びた暴徒の車は、フロントガラスに小さな穴をいくつも開けたと思った直後、真っ白に染まったフロントガラスが粉々に砕け散った。


 粉砕されるフロントガラスの白さを打ち消すように、車の中で赤いものが飛び散るのが見えたと認識した瞬間には、兵治のパトカーと暴徒の車はすれ違っていた。パトカーのバックミラーの中で運転手を失った車が道路脇の電柱に突っ込んで跳ね返ると、その衝撃で道路上をくるくると回転した後、横転するのが見えた。まるでミニカーを子供がでたらめに振り回したかのようだった。あれでは中の暴徒二名が生きているはずもない。


「すごいぜ、まるで荒野のガンマンの決闘だな!」


 左の助手席に座ってすべてを見ていたガルが、口笛を吹きながらのんきに喜んだ。まるで極上の西部劇を観たかのように喜んでいて、尻尾が振られているのを見る限り御満悦の様子だった。狼なのにどうやって口笛を吹いたのだろう、というどうでもいいことを兵治は考えてしまったが。


 ――どっちかというと、西部な警察ドラマみたいにやっちまったな……まあ、結果オーライだ。


 兵治はド派手なカーチェイスを繰り返し、なぜかスコープのついたショットガンで犯人を撃ちまくり、そこら中で大爆発を起こさせるサングラスの刑事を思い浮かべたが、すぐに頭を振ってそれを追い出した。


 兵治がパトカーをその場で転回させて戻ると、追われていた避難民の車が道路上で停車していた。兵治を待っていたというわけではなく、よく見ると車の後部は散弾であちこち穴を開けられ、タイヤがバーストしてしまっている。これだけ銃撃を受けて、よく今までもったものだった。結構間一髪だったらしい。


「追っ手は宣言通り銃殺刑に処した。避難民の車は停まったままだから、ちょっと様子を見てくれないか?」


 兵治が行ってもよかったが、ここは警察官である草加の方が信頼できるだろうと考えて、無線を通じてそう依頼した。


「了解、話を聞いてみる」


 やっと追い付いて来た草加の輸送車が避難民の近くにやって来ると、その場で停車して草加が降りて来る。そのまま草加は避難民の車に歩み寄ると、運転席にいた男性と言葉を交わし始める。やはりこういうときには、制服を着た警察官は威力を発揮する。


 そこまで見たところで、兵治はパトカーから降りると、P230を構えたまま横転した暴徒の車に近寄った。ガソリンが漏出していないか確認した後、運転席を覗き込んでみる。が、すぐに顔をしかめて見るのをやめた。分解寸前の運転手はひと目見るだけで十分だ。


 助手席で散弾銃を乱射していた男が見当たらなかったが、最初に電柱に激突した際の衝撃で、運転席から吹き飛ばされて近くの商店のショーウィンドウを突き破っていた。どう見ても即死で、シートベルトを着用していなかった者の末路だなと兵治は思った。残念なことに彼の持っていた散弾銃は大破していて、使用不能だった。しかし弾は見つけられたので、とりあえず回収しておく。




「氷川さん、来てくれ!」


 片づけた暴徒どもを調べ終わったところで、どうやら話がついたらしい草加に呼ばれた。ひとまずP230を腰のホルスターに仕舞い直すと、草加の方へと向かう。


 草加の隣には、運転席にいた男性と、助手席にいた女性と子供がいた。男性も女性も三〇代前後で、小学生ぐらいの男の子を連れているあたり、ひょっとして家族なのかと思った。しかし、草加を通してこの三人の事情を聴くうちに、そうではないことがわかった。


 男性の名前は、伊藤浩二いとうこうじという。兵治の印象は、いかにも真面目そうなサラリーマン。連れている女性も子供も、同じ地区に住んでいた顔見知りらしい。その地区で生き残ったのは伊藤を含め三人だけで、それ以降なんとなくいつも一緒に行動していたとのこと。その伊藤たちがどうして車に乗って暴徒に追いかけ回されていたかというと、なんでも三人のいた避難所が暴徒に襲撃されたかららしい。


 伊藤たち三人を含めて、二〇人近い避難民がここからそう遠くない雑居ビルに隠れ住んでいたらしい。元々の避難所が暴徒に襲撃されて命からがらそこに逃げ込んで隠れていたらしいのだが、ちょっと前に遂に暴徒どもがそこを見つけてしまった。伊藤たち三人はたまたま食料探しに外に出ていて、暴徒の襲来にいち早く気づくことができたために、車に乗って逃げだせたとのこと。ただそこを見つかって追いかけ回されることになり、後は知っての通りだ。


 押し寄せた暴徒は二〇人弱。人数自体は避難民とそう変わらないか多少劣っている程度だったようだが、なんといっても一部の暴徒は死んだ警官から奪った拳銃や猟銃で武装している。伊藤が逃げる前に見た限りでは、ビル内に築いたバリケードでなんとか防いでいるものの、暴徒は銃に物を言わせているので突破されるのは時間の問題のようだった。


「まだ襲われている人がいるのか……」


 ガルが遠方で聴いた銃声はこのことだったのかと納得すると同時に、兵治は襲われている避難民のことを案じた。少しの間、兵治は考え込んでいたが、やがて顔を上げると草加に言った。


「草加さん、そっちの女性と子供を連れて、先に一旦公民館に戻ってくれないか?」

「それはいいが……氷川さんはどうするんだ?」


 唐突に先程撃ったP230の弾倉を交換することを思い出して、おもむろに兵治はホルスターからP230を抜いた。まだ弾倉に弾は残っているが、撃ち尽くす前に交換するのが理想なので、消費した弾倉を抜き出す。そして充填された弾倉をP230に装填し、いつでも射撃できるようにしてホルスターに戻した。


「無茶だ。相手は二〇人もいるんだぞ。前みたいにうまくいくとは限らない」


 一連の動作を見ていた草加は、なんとなくそれで察したらしいが、それでも言った。対する兵治はP230の再装填を行う間に、まとめていた考えを言う。


「相手は素人だし、避難民と争って人数も減っているはず。暴徒も後ろから撃たれるとは思っていないだろうから、なんとかなるさ」


 あくまで楽観論だが、実際兵治はなんとかなると思っている。何度も言うが、訓練された特殊部隊員である兵治が、たかだか十数人の素人どもに負けるわけにはいかないのだ。


「それなら俺も同行するが」

「駄目だ。草加さんには女性と子供を安全な公民館に連れて行って欲しいし、なによりあの輸送車にはみんなを守るための大切な装備が積まれている。それを無事に持ち帰って欲しい」


 真剣な目で草加を見ながら言うと、草加は納得してくれたらしく、頷くと言った。


「わかった……だが連絡はくれ、戻ったらすぐに駆けつける」

「もちろんだ」


 そこまで話したところで、兵治は伊藤に向き直った。


「すみません、伊藤さんはどうか自分に同行してくれませんか?」

「え、どうしてですか?」


 伊藤は驚きながらも訊き返したので、兵治は答えた。


「暴徒と避難民の区別が自分にはつけられないので、伊藤さんにはそれを教えて欲しいんです。それに万が一自分も暴徒の仲間だと思われて襲われたら目も当てられないですし、助けた人には伊藤さんから事情説明をお願いしたいんです」


 うっかり暴徒と間違えられて避難民に襲われ、それを兵治が撃つ羽目になったりしてしまったら、それこそ目も当てられない話だ。だから、兵治は伊藤に同行を求めている。


「本当にすみません、でもあなたにしかお願いできないんです……」

「あ、いえいえ!気にしないでください!」


 頭を下げた兵治に対して、伊藤は慌てて顔の前で手を振りながら言った。きっと根が善い人なのだろう。


「ええと、ちゃんと守ってくれるんですよね?」

「もちろんです、伊藤さんは自分が必ずお守りします」


 しっかりと言い切ると、伊藤もちょっとは安心できたらしい。


「それなら大丈夫です。自分たちだけで逃げて来てしまって、正直心苦しかったので……」


 伊藤が罪悪感もあらわに言うと、兵治はやっと顔を上げて話すことができた。


「助かります……では、助手席に乗って下さい。道案内をよろしくお願いします」

「はい、わかりました」


 兵治の指示を受けて、伊藤がパトカーの助手席に乗り込む。ちなみにガルは後部座席に移動だ。兵治も運転席に乗り込む前に、なんとはなしに草加の方を見た。草加も女性と子供を輸送車に乗せ、運転席に乗り込むところだった。


 草加が兵治の視線に気づくと、右手でぴしりと敬礼をして見せた。兵治も綺麗に決めた答礼を返す。そして互いが信じ合っていることを確認すると、振り返って同時にそれぞれの車に戻った。そしてエンジンをかけ、互いに反対の方向へと走り去っていく。


 兵治も草加も互いを信頼しているからこそ、こうしてそれぞれの使命を果たすべく別れることが出来る。それが信頼というものだった。

すれ違いざまに相手の車を撃ち抜くのって、一度書いてみたかったんです。

それはともかくとして、次回もまたドンパチになりそうです。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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