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第七話:警察署

「構え!狙え!撃て!」


 公民館の隣を流れる川の岸に、兵治が張り上げた声が響き渡った。その声に続いて、カチンカチンという金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。


「撃ち殺されたくなかったら、もっと早く!先手必勝だぞ!」


 拳銃を構え横一列に並んだ五、六人程度の男子学生に対して、再び兵治が声を張り上げた。その声を受けた男子学生たちは、一旦拳銃を腰のホルスターに戻したが、すぐにまた兵治の号令に従って抜き撃ちを行う。しかし銃声は響かず、かわりにあのカチンカチンという金属音だけが響いた。


 実は男子学生たちの手にした拳銃、リボルバーには弾が込められておらず、空撃ちになっているが銃を抜き撃つという動作を教え込ませているのだ。先程の金属音は、引き金を引く音と撃鉄が空回りする音だった。兵治としては撃たせてやりたかったのだが、弾薬は貴重でさらに銃声を響かせれば暴徒に発見される恐れがあったので、実弾訓練は控えているのが現状だ。


「駆け足!銃口は下げたまま走れ!」


 号令一下、男子学生たちは拳銃を手に川岸を走りはじめ、あらかじめそこに運ばれていた車の陰に走り込むと、車のエンジン部分を盾にしながらまた拳銃の空撃ちを行う。それを兵治は見ながら、問題点があれば指摘して改善させる。兵治が公民館に辿り着いてから一週間以上が経過していたが、これは日課となった兵治の男子学生への訓練風景だった。


 兵治がここに到着してから早速手をつけたのは、まず物資調達班と警備班の組織化だった。物資調達班はその名通り、無事だった店や家から食料や使える物資を回収して来る班で、主に中学生以上の女子で構成されている。そしてそんな物資調達班に付き従って守り、公民館周辺で警備に当たっているのが警備班。こちらは中学生以上の男子学生で構成されている。


「大分形になって来たじゃないか、氷川さん」

「草加さんか、俺の目から見ればまだまだだよ。たった数日の訓練では、基礎中の基礎しか教えられない」


 特に違和感無く歩いて来た草加が、警備班員の訓練指導に当たっていた兵治に話しかけて来た。足の傷口が塞がったのでちょっと前に抜糸を行ったが、経過は順調でもうほとんど治ったのだろう。さすがに脚力は多少衰えているようだが、それも大した問題ではなくなっている。


「拳銃の扱い方をきちんと覚えさせただけ凄いさ。暴徒どもと違って乱射するだけじゃなくなっただろう?」

「まあ、リボルバーは扱いが簡単だからなぁ。これが草加さんや俺が使っているオートマチックだったら、もっと大変だったよ」


 リボルバーは一度に込められる弾の数が少ない、撃ち尽くした後の弾込めにも時間がかかるなどの欠点がある。しかし、そのシンプルな構造のおかげで多少乱暴に扱っても壊れにくく、扱いが簡単で素人でもなんとかなるのだ。まさに銃に関しては素人同然だった学生たちには、ぴったりの銃だった。


 リボルバーと違って構造が複雑なオートマチックだとこうはいかない。自動拳銃は弾倉に多くの弾を込められ速射性に優れるが、その分構造が複雑なので訓練を受けた人間、つまり警察官や軍人向けと言える。ちなみに草加が持っていた自動拳銃、兵治がガルに頼んでこっそりと複製して貰い、兵治も今は使っている。もちろん草加には暴徒から奪ったと説明してあったが。


 こうして草加と兵治がともに使うこととなった自動拳銃は、SIG・P230の日本警察仕様。懐の中に仕舞って持ち歩いた際に服が引っかからないように突起を少なくした、スマートかつコンパクトな自動拳銃だ。装弾数は弾倉に32ACP弾が八発。日本警察仕様は安全面がより強化され、マニュアルセイフティーを追加、さらに落下や強奪を防止するための拳銃吊り紐を取りつけるリングも備えつけられている。


 余談だが、ガルに頼んで武器や食糧を増やして貰うとき、兵治は大変な目に遭った。兵治のせいで子供たちの玩具にされたガルが大いに腹を立てていて、必死で謝罪と御機嫌取りをしなければならなかったからだ。子供たちの手により乱れたガルの毛並みをブラッシングする羽目になったときは、兵治はやはり協力が必要なガルを安易にいじるのはやめようとかたく誓ったものだ。


「何を言ってるんだ、物資調達でも大活躍してるじゃないか。氷川さんはもっと自信を持った方がいいと思う」

「そうですよ!エンジンキーが無くてもコードを繋げて車のエンジンをかけたり、鍵のこじ開け方を教えてくれたり、水のろ過方法を実践してみてくれたり、氷川さんはみんなの尊敬の的ですよ!もっと自信持って下さい!」


 草加に続いて、いつの間にか隣にやって来ていた石塚が大声でまくし立てて、兵治は思わず苦笑してしまう。石塚は本当に愛きょうがある好青年で、いつでも元気だ。中学生以上は石塚が、小学生は南方がまとめているおかげで、兵治と草加は警備の仕事に専念出来ているのだ。


 なお兵治と草加は、かなり気楽に言葉を交わす仲となっていた。まだ互いのことはさん付けのままだが、親密に話し合いをすることができるようになった。


「そうだ、草加さん。そろそろ警察署に行ってみようかと思ってるんだが」

「あの辺りは完全に暴徒の勢力圏だが、俺も動けるようになったし、やはり一度行ってみるべきだと思うな」


 ここに来てから真っ先に警察署へ行くことは考えていたが、警察署に詳しい草加の怪我が治っていなかったり、学生たちへいろいろなことを教えたり訓練を施していたりして、今まで行くことが出来ていなかったのだ。警察署は町の中心部にあり、暴徒がたむろしている地域で大変危険だが、銃や無線が手に入る可能性が高い。危険を冒してでも行ってみる価値はあった。


「明日にでも行ってみないか、早ければ早いほどいい」

「そうだな、署への道案内は俺に任せてくれ」

「留守の間は責任持って、俺が他のみんなの面倒を見ますよ!」


 責任者である男三人でそんな話し合いをしていたが、川岸に歓声が響き渡ったのでそちらへと注意を向けた。見れば南方が小学生を率いて、川岸に洗濯物を干しに来ていた。


 実は小学生にも洗濯物を運ぶなどの簡単な仕事を兵治は割り当てていた。こういうときに小さな子供はつい甘やかしてしまいたくなるが、そうなると依存心が芽生えてよくない。いざというときの行動力が鈍るし、手持無沙汰になった子供はいろいろと面倒を起こすものだ。そういったことを防止し、少しでも年長者の負担を減らすためにも、兵治は南方に依頼して小学生にもこういったことをやって貰っている。


「あの子たちを守るためにも、やっぱり武器は必要不可欠だな」

「ああ、署内の銃器の保管場所は知ってるから、明日にでもすぐに行こう」


 笑いあいながら洗濯物を持って走り回る小学生たちを眺めながら、兵治と草加はかたく頷きあった。




 サラリーマンに満ち溢れていたであろうオフィスビルも、客で賑わっていたであろう衣料品店も、歩行者や車が行き交っていたであろう道路も、今はただただ静まり返っていた。人間という使役者を失った町並みは、ひどく空虚で孤独な場所だった。


 そんな町の中を駆けていく影が三つ……その正体は兵治、ガル、草加だ。敵を察知する能力が高いガルが先頭を務め、その後にバディーを組んだ兵治と草加が、互いの死角をカバーしつつ油断なく周囲に銃口を向けながら進んでいく。


 昨日話し合った通り、兵治と草加はやはり警察署に行くことにして、今日の朝にガルも乗せて車を出した。夜に出発してはどうかとも考えたが、真っ暗闇の中をライトを持って移動するのは、かえって目立つのではないかということになり、日中での行動となった。


「もう少し、この先だ」

「わかった」


 この辺りの地理に詳しい草加の案内に従いながら、進んでいく。なお警察署付近は完全に暴徒の勢力圏で、エンジン音を聞かれるとまずいということから、車は途中で降りたためにこうして徒歩で二人と一匹は行動している。人工の音がほとんど消えた場所では、車のエンジン音でさえかなり遠くまで響いてしまう。


 兵治は草加の動きに内心で感心していた。草加は警察官のはずだが、兵治が少しコツを教えただけで、軍人らしい隙の無い動き方を実践してみせている。おそらく今までの災厄の中で、相当な場数を踏んだのだろう。拳銃の扱い方もかなり卓越している。


 そんな草加と組んで行動している上に、ガルという非常に優秀な偵察要員がいるので、兵治は安心して進むことが出来た。そのため、当初の予定よりも大分早く警察署へと辿り着くことに成功した。


「あそこがここの警察署だ」


 電柱やガードレールを遮蔽物にして隠れながら、草加が道路を挟んだ向かい側の大きな建物を指差した。指を差された建物は、灰色のコンクリートでつくられた三階建てだ。お世辞にも新築とは言えず、風雨で最初は白かったかもしれないコンクリートは、全体的に灰色に薄汚れところどころどす黒くなっている。


 風化はともかく、警察署の前はちょっとすごいことになっていた。警察署正面の門は破壊され尽くしていて、放火されたのか炎上し丸焦げになったパトカーと、後部の扉が開け放たれたまま掠奪されたらしい救急車がぶつかったまま放置されている。署内と外とを遮っていた玄関の強化ガラスは粉々に粉砕されていて、その破片が周囲に飛び散っている。


「ガル、どうだ?誰かいそうか?」

「いや、においもしねぇし、物音ひとつねーな。たぶん無人だ」


 草加に聞こえないように足元のガルへと屈みこんで耳元で言うと、ガルも小声で兵治に答えを返す。


「ガルも警戒してないし、大丈夫そうだ。さっさと中に入ってしまおう」

「了解だ」


 またガルを先頭にして、四車線の広い道路を走って横断し、警察署へと入っていく。ガラスを踏みつけてあまり音を出さないように気をつけながら、正面玄関を抜けて受付が並ぶフロアへと立ち入る。そのフロアには、多くの服に包まれた白っぽいものが転がっていて、兵治は胸が痛くなった。


「……お前、ここで」


 不意に草加が声を出したので、兵治が少し驚いてそちらを見ると、警察官の紺色の制服を着たまま白骨化している遺体のそばで、草加が呆然と屈みこんでいた。おそらく仲のいい同僚だったに違いない。草加の悲痛な様子を見ていられなくなって、兵治は思わず目をそらした。


 そこでふと思い出したのだが、死体の白骨化が異様に早いなと。ガルに渡された新聞を読んだ限りでは、この災禍の原因となった病気が発生してから、まだ一カ月か二カ月だったはずだ。夏場ならともかく、今はそこまで暑くないから、こんなに死体の白骨化が早く進むはずはないのだが。


「あの病気で死んだら、死んだ後も死体が高熱を持ち続けて、普通よりもずっと早く骨だけになっちまう。ま、そういうこった」


 兵治の疑問を察したのか、ガルがまた小声で耳打ちしてくれた。なるほどそういうことか、と兵治は一応納得した。


 おそらく草加の同僚は最期まで警察官として働き続け、遂に病に倒れてここでそのまま息を引き取ったのだろう。見上げた精神だ、そう思い兵治は心の中で手を合わせた。


「すまない、もう大丈夫だ。行こう」


 同僚だった警官の遺体の傍から立ち上がった草加が、兵治とガルの隣にやって来ると言った。遺体から回収したらしい警察手帳の汚れを振るえる手で必死に払うと、丁寧にポケットへと仕舞う。兵治にはその所作がひどく神聖なものに見えて、何も言えなかった。


「銃器の保管庫は、地下にある。こっちだ」


 そう言って草加が案内をはじめたので、兵治はその草加の肩を叩いてやることしかできなかった。下手に言葉を重ねることは出来なかったのだ。


 地下へと通じる階段は、上階へ行く階段とは別の場所にあり、署内を知っている人間でなければなかなかわからなかっただろう。草加の案内で地下に下り、そこで一行は遂に最大の目的であった銃器の保管庫へと辿り着くことが出来た。


 保管庫は頑丈な合金製の分厚い扉で守られており、見たところ荒らされた形跡は無かった。ただどうも扉をこじ開けようとした様子が見られたので、誰かが同じことを考えてここに来たらしいが、開け方までは知らなかったらしい。暴徒どもが持っている警察の銃は、やはり死んだ警官から奪い取ったものなのだろう。


「残念だったな、鍵はここに予備が隠してあったのにな」


 そんなことを言いながら、草加が近くに隠してあったらしい鍵束を使って保管庫の扉を開けた。どうして鍵のありかを知っていたんだと兵治が尋ねたところ、なんでも前にたまたま担当者が隠すのを目撃していたらしい。ずいぶんと不用心な話だ。


 それはともかくとして、中に入った兵治はちょっとがっかりしてしまった。かつては拳銃が並べられていただろう棚やその引き出しは、かなりが空っぽになったままだったからだ。


「治安が悪化したときに、相当持ち出したからな……まあ、よく探せば残っているのがあるさ」


 草加にそう言われて、兵治は気を取り直すと、草加と共同で保管庫の中を物色しはじめた。一生懸命探したおかげで、なんとか二〇丁近い拳銃とその弾薬、それに銃を携帯するためのホルスターも回収することが出来た。あらかじめ用意して背負って来たリュックサックに草加と分担して詰め込んだが、銃本体の重さに加えて弾薬の重さもあるので、詰め込み終えたときにはかなりの重さとなっていた。


「一旦地下の駐車場に行って、そこで使えるパトカーを探して、そこに荷物を置くことにしないか?」

「そうだな……よし、車庫へはこっちだ」


 保管庫を出ると、そのまま同じく地下にある駐車場に向かうことにした。パトカーには無線機が積まれているので、可能ならば回収する予定だったのだ。地下駐車場に入る前にあった詰所のような場所で、並んでいたパトカーのエンジンキーを片っ端から回収してから、車庫への扉を開けて中に入る。


 かつてはたくさんの警察車両が並んでいたはずの地下駐車場は、ほとんどが出動したまま帰って来なかったらしく、銃器の保管庫同様に閑散としていた。それでも何両かの車両は残っていて、その中にはパトカーもあった。


 草加がエンジンキーのシリアルナンバーとパトカーを見比べながら、鍵束の中から正しいキーを選びだした。鍵穴にエンジンキーを差し込むと、軽快な音とともにパトカーのドアロックが外れる。その間に兵治はパトカーのボンネットを開けて、エンジンに異常が無いか確認してたりしていたが、ドアが開いたとわかると草加と一緒になって回収した拳銃や弾薬をそのパトカーに仕舞い込んだ。


「もう一度戻って、今度は携帯無線や他の装備を回収しに行こう」

「わかった、案内は任せろ」


 草加の案内で再び署内に戻ると、残されていた装備を次々と回収し、パトカーへ運び込むという作業を繰り返した。警察署内は、兵治たちにとってはまさに宝の山が眠っている場所だった。荒らされたり持ち出されている物も多かったが、数が少なくても兵治にはガルに頼んで増やして貰うという裏技がある。だから、使えそうな物は全部回収することにした。


 具体的には、まず警備班員に着せるための制服と防刃ベスト、さらに雨合羽やヘルメットに靴。連絡用の携帯無線機。警棒と手錠、強力な懐中電灯。防弾能力は無いが、暴徒鎮圧用のアクリル製の盾。署内に常備されていた応急処置用の医薬品類。その他諸々の使えそうだが雑多な品々。


 これらの装備を午前中いっぱい使って、ひたすら探して積み込み続けた。途中でただのパトカーでは積み込み切れなくなり、草加の提案で残っていた小型の人員輸送車も使うことになった。これは主に警察官の輸送に使用される白いワンボックス車で、後部の窓は金網で守られている。後部の本来なら警察官が乗り込む場所に、回収した物品を見つけた段ボール箱などに詰め込んで山積みにした。


 結局、装備の回収と積み込みが終わる頃には、お昼を過ぎてしまっていた。なにしろ人手が兵治と草加の二人だけなのだから、時間がかかるのは当然と言えば当然だったが。

すいません、思ったよりも長引いてしまって、ドンパチまではこぎつけられませんでした!

しかし次回こそはドンパチをやるので、お許し下さい。


なお今回登場した警察署内の銃器保管庫などは、ほぼ作者の想像なのでその旨ご了承下さい。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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