第三話:調達と治療
追っ手の四人を片づけた兵治は、始末した四人から使えそうなものを回収すると、五階へ向かった。ガルと出会った部屋に南方と草加には逃げるように言ったはずだから、二人はそこにいるはずだった。
開けっ放しで出たはずの部屋のドアは、ちゃんと鍵をかけて閉じられていた。中に二人がいるのは間違いないだろう。兵治はドア越しに弾丸をぶち込まれるわけにはいかなかったので、事前に話した通りにドアを三回ノック、これをちゃんと三回繰り返した。
「……氷川さん?」
「ああ、俺だ。大丈夫、開けてくれ」
中から南方の不安げな問いかけがあり、それに兵治が答えると鍵が外され、兵治はドアを開けて中に入った。
「その血、怪我したんですか!?」
「あ、これは連中の返り血だから、俺は平気ですよ」
兵治の顔に飛び散って付着した血を見た南方が、驚いたように言ったので、兵治は苦笑いしながら答える。
「もしかして、全員片づけたのか……?」
「素人がたった四人ですよ。自衛官の敵じゃありません」
自動拳銃を右手で握り、玄関で座り込んで身構えていた草加が、信じられないといった風に問いかけて来たので、兵治はまたしても苦笑しながら応じなければならなかった。
「お二人とも、どうぞ奥に」
念のためにドアにもう一度鍵をかけながら、兵治は言った。また南方が草加に手を貸して、奥のリビングへと連れていく。兵治も遅れてリビングに向かったが、いつの間にか戻っていたガルは相変わらずだらしなくカーペットに寝そべっていて、本当に撃ち殺したくなった。
「南方さん、草加さんの足のベルト、ちょっと緩めてあげて下さい。血がまた出るかもしれませんが、しばらくしたらもう一度きつく締め直して下さい」
縛りっ放しはまずいので、兵治は南方にそう言った。言われた通りに南方が草加の足を縛っているベルトを緩めたりして、草加の看護を行うのを確認した兵治は、リビングの机の上に戦利品を並べてチェックを開始した。
ナイフが二振り、拳銃が二丁だ。それに煙草やライターなどの雑貨も。ナイフは特筆する必要はなかったが、拳銃は二丁ともリボルバーで、専用の腰につけるホルスターもひとつ回収できた。一丁はまたニューナンブだったが、もう一丁は同じリボルバーでも別のモデルだった。
S&W・M37だ。ニューナンブM60の後継となった警察用の回転式拳銃。ニューナンブと同じく三八口径五連発。アルミ合金製フレームの採用により軽量化が図られていて、愛称はエアーウェイト。
弾はM37には五発全弾が装填されていたが、ニューナンブは兵治が一発撃ったので残り四発。最初に手に入れたニューナンブは空だったので、後から手に入れた二丁あわせても弾はたった九発だけ。銃は強力だが、これでは使いどころを考えなければならないだろう。
「ん?どうしたガル?」
寝そべっていたはずのガルが、いつの間にか兵治の隣に来ていて、スーツの上着の端を咥えて引っ張っていた。南方と草加がいない、別の部屋へ来いと言っているようだった。
「わかったわかった、行けばいいんだろう?」
ガルに半ば引きずられるようにして、兵治は別の部屋に入った。ドアを閉めて、ガルに向き直る。
「お前以外の前じゃ、俺様は喋れないからな。パニックになるのが目に見えてるだろ?」
「あーまあ、確かにまずいな、それ」
兵治は納得すると同時に、ふと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「そういえば、どうして俺はスーツなんだ?自衛隊の装備のままだったら……」
「スーツは人間、特に日本人にとって一番ポピュラーなんだろ。文句言うな、それともお前が死んだときの血まみれ装備の方がよかったのか?」
「うっ……それは」
「理解したなら黙れ」
何か偏見が入っているような気もするし、相変わらずガルは毒舌のままだ。兵治はうんざりだが、世の中には諦めも必要だ。
「あともうひとつ気になってたんだが、俺はあのレッドとかいう病気にはかからないのか?」
これはかなり大事なことだ。流行は去ったようだが、どうなるかわかったものではない。
「ああ、お前は大丈夫だ。神の御加護で抗体がある。気にせずやれよ」
「それならいいが……」
兵治としてはまだ不安だったが、ここはガルの言うことを信じるしかない。どの道、兵治ではどうしようもない話だ。
「それはいいとして、お前、もっと銃と弾欲しいか?」
「欲しいに決まっているだろう。いきなり何を言い出すんだ」
何を当たり前のことを……と兵治が思ったのも束の間、いきなりガルが咥えた何かを投げつけて来たので、慌てて兵治はそれをキャッチした。
「おい、さっきのM37じゃないか。いつの間に俺からスリ取ったんだ?」
「馬鹿かお前、俺様がそんなちゃっちい真似するわけねぇだろうが。よく見てみろ」
ガルが投げつけて来たのが、先程の戦利品のM37だったので、兵治は咄嗟にスリ取られたのだと思って怒ってしまった。しかし、ガルの言う通り確認してみたが、先程のM37はちゃんとスーツの内ポケットにしまわれていた。そうなると、ガルが投げて来たM37の説明がつかなくなる。
「お前、一体どうしたんだこれ?」
「言っただろ。俺様は特殊な能力が使えるってな」
「何か言いかけたよな、そんなことも」
「俺様が扱える特殊能力は、コピーだ。日本語だと複製か。とにかくその銃、よーく見比べてみなよ」
言われた通り、兵治はしっかりと二丁のM37を見比べてみた。最初は気づかなかったが、この二丁のM37、互いにまったく同じ場所に傷があったりする。
「見た通り、俺様は大抵の物ならいくらでも寸分違わずコピー出来るのさ。さすがにでかい建物とかは無理だけどな」
「そいつは……すごいな」
「まあ、増やして欲しい物があったら、俺様の目の届く範囲内に持って来ていつでも言えよ。ただし、俺様が出来るのはあくまでコピーだからな?」
「というと?」
「壊れた物はコピーしても壊れたままだし、元になる物が手元になきゃ当然コピーはできねぇしな」
それは確かにそうだ、と二丁のM37をいじりながら兵治は思った。
「あともちろん、人前じゃこれ見せられないからな。その辺、ちゃーんと頭に入れておけな」
「了解。それじゃあ、早速こいつの予備の弾とか、用意して貰うかな」
「おう、任せな」
ガルから弾薬の補充などを得て装備を整えた兵治は、リビングに戻った。
「すいません、ちょっと俺はもう一度出てきますね」
「そんな、どうしてですか!危険ですよ!」
草加の隣に座っていた南方が立ち上がると、慌てて兵治を引きとめにかかった。草加は出血で弱っているらしく、うつむいたままだ。
「草加さんの手当てに必要な物を他の部屋から探して来るんです。大丈夫ですよ、あいつらから奪った銃もありますし」
腰に吊ったホルスターのM37を軽く叩いて、兵治は笑って見せた。左腰にはナイフも装備しているし、腰の後ろにはスーツの上着で隠してあるが、ベルトにホルスターを下げて二丁目のM37を持っている。さらにいざというときのために、スーツの内ポケットにも装填されたニューナンブを一丁持っているから、めったなことはないはずだった。もちろんポケットには予備のバラ弾も持っている。
「あ、いざというときのために、これお渡ししておきますね。これもあの連中から奪ったんですけど、扱い方は草加さんに教えて貰って下さい」
五発装填されたニューナンブを南方に手渡す。南方は受け取ったニューナンブをまじまじと見つめた後、顔をあげて尋ねた。
「これ、草加さんが使った方が……」
「草加さんは自前のがありますし、あなたの自衛のためにも必要です」
兵治はきっぱりと言ってのけた。ひょっとして南方は人殺しの道具である銃が嫌いなのかもしれないが、こんな状況ではそういうことは言っていられないだろう。
南方もそれを理解したらしく、ため息とともにニューナンブを腰につけていたポーチに仕舞った。ポーチからはすぐ取り出せるようにしてあるようなので、いざというときはこれでなんとかしてくれるだろう。
「それでは、俺はいってきますね。戻って来るときは、またあのノックの合図をしますから」
「すまないな……気をつけてくれ」
「気にしないでください」
弱った様子で草加が声をかけて来たが、兵治はそう言ってドアを開けて廊下に出ていった。
それから十数分が経過し、兵治は部屋に戻って来た。他の部屋で調達したらしい、リュックサックと救急箱を手にして。
「草加さんの治療に使えるもの、探して来ましたよ。ちょっと待っていて下さいね」
そう言うと、兵治は一旦ガルと一緒に別室に引っ込み、それからすぐに出て来ると草加をベッドに寝かせた。そこは最初、兵治が寝ていた場所だった。南方には外に出ているように言った。女性に外科的治療場面を見せつけても仕方が無い。
「いいですか、今から傷の本格的な手当てをします。麻酔が無いので、このお酒をしこたま飲んで下さい」
「戦争映画で見たが、まさか自分がやる羽目になるとは思わなかったよ」
渡された酒瓶を受け取った草加が、中の酒を飲み始める。兵治としては飲酒は確かに痛みを誤魔化すものの、血のめぐりをよくするために出来れば避けたかった。しかし、他に方法が無かった。
なにしろ治療に必要な道具は、全て家庭にあるようなものばかりを利用したでっちあげで、ここは病院ではないし兵治は医者でもないのだ。もちろん兵治は医者ではないが、銃創の手当ての知識はちょっとした衛生兵並みだから、こうして治療をはじめようとしているのだが。
草加が酔っ払うまでの間、兵治は携帯ガスコンロを用意。鍋を置いてそこにミネラルウォーターを注ぎ、熱湯を用意する。そして裁縫道具を開けると、中に入っていた針などを熱湯で煮沸消毒する。他にも治療に必要な道具は全て殺菌した。薄い新品のビニール手袋をはめると、兵治はいよいよ本格的な治療に入った。
まず傷口を洗い流して、銃創がどうなっているか確認する。綺麗な貫通銃創で、おそらく貫通力を重視した完全被甲弾、いわゆるフルメタルジャケットで撃たれたものと思われた。大きな血管は傷を受けていないし、筋肉や神経の損傷も大したほどではない。この草加巡査はなかなかの運の持ち主だ。
慎重に傷口を縫い合わせ、治療の仕上げをしていく。傷口が治癒したら抜糸をしなければならないだろう。草加は泥酔状態のおかげであまり痛みを感じられていないのが、幸いだった。傷口の縫合を完了したら、ガーゼを使って流れ出た血液を拭って綺麗にし、それから新品未開封だった清潔な包帯をぐるぐると巻きつける。
「ふぅ……これでよし、と」
一通りの治療を終えて、兵治はようやく一息つけた。血の匂いが凄かったので、窓を開けて空気の入れ替えを行う。ベッドでいつの間にか眠りに落ちていた草加の横に座って、ミネラルウォーターの余りを飲み干す。
余談だがここで草加に使った物は、全てガルに頼んで複製して貰ってあるので、遠慮なく使うことが出来た。もうこんなことをすることがなければいいのだが、また同じような状況に陥ったときに、物資が不足することはないだろう。
ふと窓の外を見れば、すでに夕闇が迫っていた。草加を動かすことはできないし、今日はここで一泊しなければならないだろう。
「何か疲れたな……腹減った」
ぼそりと呟いた後、兵治は寝室から出て、リビングに入った。飯も用意しなければならないし、南方と話をしておきたかった。やるべきことが多い割には、いつだって時間は足りないものだ。
また感想を貰えたので、張り切って書きました!
今回はちょっとチート能力が出ましたが、これくらいないと特殊部隊の兵士でいくら強くても、さすがにキツイかなと思いまして。
うまく話の中で活かせるといいです。
本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています!