第二四話:宴は続く
兵治は撃った。これまで通り、一切の躊躇も容赦も無かった。硝煙を吐息のようにもらすAK47の銃口の先で、銃を乱射しながら逃げ出そうとしていたヤクザが、背後から胸をライフル弾に撃ち抜かれる。即死だった。
AK47から排出された空薬莢が床に落ちる前に、ガルが弾丸の如く駆けていった。隣を逃げていた仲間が背中から射殺されたのを見て、恐怖から思わず足を止めて振り返ってしまったヤクザが最期に目にしたのは、大口を開けて跳びかかって来た漆黒の狼だった。
悲鳴を上げる間もなくガルに喉を八つ裂きにされるヤクザは、ひと目見れば充分だった。あれは片づいたと思考を切り替えたところで、背後から響く足音に気がついた。振り返れば、また三人のヤクザがこちらへと駆けて来ていた。
逃げ出そうとしていた三人組は、出口の前の兵治に気がつくと慌てて立ち止まって銃を構えた。しかしそれよりも兵治がフルオートでAK47を撃つ方が早く、薙ぎ払うような連射を浴びた三人のヤクザは鮮血と肉片をまき散らして死ぬ羽目になった。
今のでAK47の弾倉が空になった。兵治が弾倉交換をしようとしたところで、遅れてやって来た二人のヤクザが現れた。血走った目で兵治を見ると、意味不明なことを叫びながら兵治へと手にした拳銃の銃口を向けて来る。
即座に兵治は反応した。弾の切れたAK47を捨てて、右腰のホルスターからP230を引き抜く。P230を持ち上げながらも左手でスライドを素早く後ろに引いて放し、初弾を薬室に装填していつでも撃てる状態へ。
兵治は、右手だけで真っ直ぐに構えたP230を撃った。一人の胸に高速で二発叩き込み、撃ち殺す。もう一人も撃とうとしたが、その必要は無かった。派手な銃声が鳴り響き、もう一人のヤクザも横から襲いかかった大量の散弾で蜂の巣にされたからだ。
「無事だったんだな」
「あなたも無事で何より」
散弾銃を手にした早川が、横の通路から姿を現したので、兵治は早川とそう言葉を交わした。正直早川のことはあまり当てにしていなかったのだが、この銃撃戦を切り抜けるだけの腕前はあるようだった。
「なかなかいい骨董品を手に入れたな?」
「あんな連中にはもったいなかったから、私が遠慮なく頂いて使ってあげてるの」
早川が手にしていた散弾銃、ウィンチェスター・M1897を見て、兵治がそう言うと早川は笑いながら答えた。それはかの有名なアメリカの天才銃器設計家、ジョン・ブローニングが手掛けた傑作銃器のひとつだった。
M1897は一二番径の散弾銃で、装弾数は五発。ポンプアクション式と言って、銃身の下にあるフォアエンドという部分を前後に動かし、空薬莢の排出と薬室への次弾装填を手動で行う方式を採用している。
第一次世界大戦で米軍はM1897を使用し、狭い塹壕戦において凄まじい威力を発揮した。そのおかげでトレンチガン、つまり塹壕銃という呼び名までつけられた程だった。今では他にも優秀な散弾銃がたくさん出ているが、旧くても名銃に間違いは無い。
「あなたのAKも悪くないじゃない、砂漠に行くなら私はそれを持っていくわ」
「まあな、でもここはあいにくと砂漠じゃない」
そんなことを話しながら、兵治は先程捨てたAK47を拾い上げて、空の弾倉を外して新しい弾倉を装填しておいた。ちらりとガルの様子を見てみたが、ガルは兵治と目が合うと同時に、さっと外へと顔を向けた。つまり残りの敵は外にいるというわけだ。
「中に入り込んだ敵はこれで全員片づけたみたいだな」
「じゃ、後は外に生き残りがいないかどうか確認しないと」
「そうだな、屋上に行こう。今日は狙撃日和だ」
話し終えると、さっさと兵治は屋上の駐車場へと続く階段へと向かった。牙を舐めながらガルがそれに続き、兵治から借り受けたM1500の収まったライフルケースを肩にかけている早川も、当然の如く続いた。
「おっと、逃げようとしてる連中がいるぞ」
屋上の隅を包囲しているコンクリート塀の上から、ホームセンターの正面を見下ろした兵治は、必死で道路に停めた車へと逃げている二人のヤクザを発見した。距離は一〇〇メートル程度、AK47でも充分に狙撃できる。
胸の下辺りにある塀を支えにしてAK47を構えた兵治は、セミオートで逃げる二人を狙い撃ちにした。リズミカルに引き金を絞って、たちまち二人を射殺する。いくらAK47の命中精度が悪いと言っても、この距離なら単発でしっかりと狙って撃てば絶対に当たる。
ところが、唐突に道路に停まっていた四駆が走り出した。どうやら中にヤクザがいて仲間を待っていたようだが、その仲間が撃ち殺されたのを見て慌てて逃げ出したらしい。兵治はAK47をフルオートにして、その四駆を狙う。
しかし兵治が撃つ前に、早川がいつの間にか隣で構えていたM1500で狙撃を行った。正面から見て左へと走り出した四駆の助手席へと七・六二ミリ弾が飛び込み、そのまま運転席にいたヤクザの頭を撃ち抜いて、反対側へと抜けていった。
フロントガラスを内側から血に染めた四駆は、運転手がブレーキを踏んだ状態で死んだらしく、急停車して動かなくなった。兵治が他に生き残りがいないかどうか探ったが、とりあえず見える範囲にはもういなかった。
「連中はこれで全滅かな」
「念のために車を確認しに行きましょう。また生き残りがいたらうっとうしいし」
「そうだな」
屋上の駐車場からスロープを下って、地上へと下りる。ホームセンターの前の道路上には、ヤクザがここに来るために乗って来た何台もの車が停まったままだった。普通の乗用車から四駆、軽トラまでよりどりみどりだった。
何台か車を調べたところで、ガルが急にその場に立ち止まり、耳をピンと立てたままになった。そしてそのガルの視線の先には、先程早川が運転手を狙撃して阻止した四駆が、道路上に停車したままになっていた。
「あの車、怪しいな。中にまだ誰かいそうだ」
「なら調べてみましょう」
兵治と早川で足音を忍ばせて路上の四駆に近寄り、左右から挟み撃ちにする。左に兵治、右に早川だ。助手席と運転席には少なくとも生きている人間はいないはずなので、二人で同時に勢いよく後部ドアを開けた。
「ま、待ってくれ!撃つな!殺さないでくれ!」
撃たれないように姿勢を低くして薄暗い車内へと銃口を突きつけると、そんな悲鳴が上がった。見れば中にはいかにもなだらしない服装をした、チンピラが縮こまっていた。それを見るなり、兵治はチンピラの胸倉を掴んで車から引きずり下ろした。
路上に無様に転がったチンピラを、兵治はさらに蹴飛ばして仰向けにさせた。武器を持っていないかどうか調べるが、その手のものは何も持っていなかった。運転席にいた仲間が撃ち殺されたのが余程ショックだったのか、恐怖に震えている。
「気の毒な若者がいたものだけれど、どうするの?」
「役に立って貰うだけだ」
兵治が持ち歩いていたロープを使って、チンピラを縛りあげながら早川の問いに答えた。せっかく捕虜を手に入れたのだから、これを活用しない手は無い。兵治は、このチンピラからヤクザ連中の情報を搾り取るつもりだった。
「さて、チンピラ君。俺は是非とも君からいろいろとお仲間のことを紹介して貰いたいんだが、どうかな?」
鞘からナイフをゆっくりと抜いて、その動作を見せつけながら兵治は言った。哀れにもチンピラはさらに恐怖から来る震えをひどくさせているが、まだ口を開く気は無いらしい。それならば、もっと脅迫するだけだ。
「お、俺が喋ったのがバレたら、殺されちまう!」
「喋らなかったらもっと悲惨だぞ。このナイフでヤクザを見習って、お前の手足の指を全部詰めてやってもいい。ああ、ついでに耳も鼻も削ぎ落してもいいな」
チンピラは目の前の兵治よりも、組の連中に落とし前をつけられる方が、余程恐ろしいらしい。が、兵治の凶悪な脅し文句を浴び、さらに目の前でぎらりと光るナイフの刃を見せつけられると、その認識を変え始めていた。
「まあ、こいつでやるのは面倒だし手間がかかるから、やめておくか。だから、お前をあいつの餌にしてやる」
そう言って、兵治はガルを指し示した。チンピラがガルへと目を向けるや、ガルは口を開けて鋭い牙を見せつけ、それを舌で舐めながらチンピラへと近づいていく。ガルが一歩近づいて来る度に、チンピラの顔色は蒼白になっていく。
「狼犬って知ってるか、狼の血を受け継いだ犬のことだ。狼はまず獲物の足首を噛み砕いて逃げられなくした後、柔らかい腹を噛み裂いて、中にある栄養たっぷりの内臓を頂くんだ」
下手すると大型犬よりも大きいガルが、舌舐めずりをしながら自身へと近づいて来る光景は、この世のどんなものよりもチンピラにとっては恐ろしかったらしい。悲鳴を上げて下がろうとしたが、縛られて転がされているせいで、それは無駄な努力に終わる。
「生きたまま内臓を喰われる感想、是非とも実況して欲しいな」
「待ってくれ、話す、なんでも話す!協力する!だからやめてくれ、もうたくさんだ!」
半泣きの状態でチンピラがついに観念したので、兵治はガルに目配せをして近づくのをやめさせた。早川は何も言わずに微笑んだままなので、どうやらこのチンピラの尋問は全て兵治に任せる気でいるらしい。
「よし、質問だ。お前らが広域指定暴力団、川口組の三次団体の鳴海会だってことは知ってる。だがどうやって病気から生き残れた、答えろ」
「あんまり知らねぇが、でも会長や一部の幹部は持ってた船で沖に出ていて、助かったとか聞いた」
どうやらここ若水町に本拠を置く鳴海会の会長や主だった幹部は、船で沖合に出ることで疫病から逃れたらしい。確かにいい手だった。同乗者に感染者さえいなければ、船で陸の感染の猛威が止まるまで待てばいいだけなのだから。
「なるほど、船で沖か。ヤクザのくせに頭がいいな。で、お前は?」
「俺はこの騒動が始まってから、仲間になったんだよ。銃をやるかわりに、従えって言われて……今の鳴海会の構成員は、ほとんどその口だ」
この辺りは兵治の予想通りだった。いくら船で助かったといっても、下っ端の構成員までは無理だったはずだ。感染が治まった頃に陸に戻り、ため込んでいた銃を使ってチンピラを集めて組織し、後はやりたい放題というわけだ。
「次だ。残りはどれだけいる、会長や幹部はどこに?」
「あんたらが殺しまくったから、残りは二〇人か三〇人か……全員、町にある会長の邸宅にいる」
その後も兵治は、その会長の邸宅の詳しい場所や残りの構成員の武装の程度など、このチンピラが知っている限りの情報を聞き出した。何度かガルを使って脅しながらの尋問だったので、このチンピラが嘘を言ったとは思えなかった。
「今でも信じられねぇよ……俺達はみんな銃を持ってて、後からやって来た連中も加えたら六〇人近くいたんだぞ。それをたった二人で皆殺しなんて、ありえねぇよ、畜生」
「普通はな、運が悪かったんだよ、お前ら」
「そうね、とても運が悪かったわ」
本当に信じられないといった様子で嘆くチンピラに対して、兵治と早川は憐れむように言った。するとガルが、俺様も忘れるなとばかりに軽く唸り声を出したが、すぐに早川に撫でられて御機嫌になった。
「なあ、全部話しただろ、約束通り助けてくれよ。こんなことで死にたくねぇよ!」
「お前らに殺された人達だって、同じことを思っただろうがな。とりあえず黙ってろ」
冷たく突き放すように兵治は言った後、AK47のストックで頭をぶん殴ってチンピラを気絶させた。ひとまず縛ったまま車に放り込んでおき、捕まえたままにしておく。このチンピラの処遇は後からどうにでもなる。
「極道顔負けの脅しだったわね」
「必要な情報はこれで手に入った、問題無しだ」
ガルを撫で終えて立ち上がった早川にそんなことを言われたが、兵治は気にする様子も無く答えて、ホームセンターへと戻り始めた。これからホームセンター内で片づけたヤクザの銃器などを回収するつもりだった。
「これからどうするのかしら?」
「あいつの言ったことが本当なら、残りは会長や幹部連中を含めて、せいぜい三〇人いるかいないかだ。俺が片をつける」
兵治はこれから鳴海会の邸宅に殴り込んで、ヤクザ連中を皆殺しにするつもりでいた。ヤクザなど百害あって一利なし、ここで殲滅しておくに限る。ただそのためにはいろいろと準備が必要なので、これからきちんとその辺りを整える。
「ヤクザを皆殺しにするわけ?」
呆れたような言葉だが、それとは裏腹に早川はずいぶんと今の状況を楽しんでいるようだった。いまだに早川の正体は掴めないが、ひとまず今は味方に違いないので、兵治は簡潔だが答えることにした。
「ただのゴミ掃除さ」
夏バテか何かをこじらせただけだと思っていたら、病院で検査したところ肺炎と判明し、緊急入院する羽目になった作者でした。
そんなこんなで読者の皆様には大変お待たせしてしまいましたが、やっと次話投稿です。
まだ病み上がりなのでスローペースが続くかもしれませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。