第二二話:歓迎会
周辺の大型店舗の捜索を終え、いよいよヤクザの本隊が残ったホームセンターへと捜索の手を伸ばして来た。全員が銃器で武装したヤクザが、実に四〇人以上。数を頼みに集団で行動し、不意を突かれないようにしている。
ホームセンターは屋上に立体駐車場のある本館と、園芸用品やガーデニング用品を扱う資材館とに分かれている。本館を正面から見て右側に資材館があり、ヤクザの本隊はまずそこから捜索を開始することにしていた。
うるさいだみ声を交わしながら、資材館内をヤクザの本隊が調べて行くが、誰も見つけられなかった。本館と資材館とはその付け根部分には自動ドアが設けられており、普段ならそこから本館へと行けるはずだが、今は電力が供給されていないので当然開かない。
おまけにシャッターも下りていたので、ヤクザは一旦資材館から出ることにした。ホームセンター正面の駐車場を大人数で移動し、正面から入ろうとする。こちらは特にシャッターが下りているということもなかった。
正面入口からヤクザが続々と侵入して来る。資材館では異常も無く、これまで散々あちこちを調べ回る羽目になったヤクザ達は、どこか気が抜けていた。最初は張り詰めていた緊張感も、今では仲間と平気でお喋りをする程度には緩み切っていた。
お喋りならまだいいが、なんとヤクザの中にはこれまでの店の捜索でくすねて来た品物を背負ったリュックサックに山のように詰め込んでいる者もいた。あれでは銃撃戦になったとき、まともに動くことなどできないだろう。
そんなだらしないヤクザ達の様子を、兵治はホームセンターに入って左側のアウトドア用品の特設コーナーから覗き見ていた。展示用に展開されたテントやバーベキューセットなどが置かれたスペースで、中腰の姿勢のまま身構えている。
「見ろよ、うすら馬鹿が群れになって来たぜ。皆殺しだ」
「ガル、お前は本当に物騒な奴だな」
兵治の足元にいるガルがやたらと嬉しそうにそう小声で話し、兵治が呆れ返りながらもそれに同じく小声で応じた。ちなみに早川はここにはいない。兵治はある事情からあまりここから離れるわけにはいかないが、早川は問題無いので店内のもっと奥に潜んでいる。
「あんなえげつないのを用意して置いて、よく言うな。早くパーティーの開幕と行こうぜ?」
「まあ、そろそろやるか。派手に行くぞ」
小声の会話を終えた後、兵治は左手を持ち上げてヤクザのいる方向へと向けた。兵治の右手にはP230が提げられているが、左手には小さなリモコンが握られていた。そのリモコンの先には、ヤクザ達がいる。
「熱い歓迎会の始まりだぜ」
ガルがそう言った直後、兵治が左手のリモコンのボタンを押し込んだ。その瞬間、正面入口を抜けて近づきつつあった、入ってすぐのレジから勢いよく炎が噴き上がった。そこを抜けようと列になっていたヤクザに、逃げる余裕があるはずもない。
レジから唐突に噴き上がった炎が、そのすぐ隣にいたヤクザ数人に降り注いだ。その途端にまさに断末魔の叫び声としか形容のしない、ヤクザの悲鳴と絶叫が上がる。自身が一瞬で松明と化したヤクザが、床の上を転げまわって助けを求める。
炎が発生してから数瞬後には、さらに大きな爆発がレジで起こった。そこから生まれた爆炎が、最初の炎から間一髪で逃れていたヤクザ数人を貪欲に呑み込む。彼らも最初に炎に包まれた者達と同じ運命をたどることになる。
レジで発生した爆炎の正体は、兵治が仕掛けた即席の焼夷爆弾だ。流行だったリモコンで離れていても点灯することが出来る電気スタンドと、ガソリンにエンジンオイルと液体洗剤を混ぜてそれを詰めたポリタンク、さらにコンロで使うガスボンベで製作した。
まずカー用品コーナーに置かれていた予備の缶詰めされたガソリンをメインに、同じ場所にあったエンジンオイルと日用品コーナーに置かれていた液体洗剤を混ぜ合わせ、店内で調達したポリタンクに流し込む。
一般人は知らないが、身の回りにはちょっと手を加えるだけで凶悪な武器となりうるものが山のようにある。ガソリンにエンジンオイルや液体洗剤を混ぜるだけでも、それは高い効果を持つ添加剤となり、簡単に強力な火炎瓶などを作ることが出来る。
リモコン式の電気スタンドにも手を加えた。電球に小さな穴を開けてガソリンを少し流し込み、テープでその穴を塞いだ後、スタンドのソケットに戻しておく。合成焼夷燃料の詰まったポリタンクの口に電球をすっぽりと入れた後、しっかりとガムテープで固定。
さらにその状態のスタンドとポリタンクの横に、またガムテープを使ってガスボンベを縛りつければ、それである程度離れていてもリモコンで起爆可能な即席焼夷爆弾の完成だ。それを兵治は店内に仕掛けておき、ヤクザを待ち伏せていた。
仲間が突如として発生した炎の餌食になったのを見て、慌てて他のヤクザは逃げ出そうとした。もちろんそれを見逃す兵治ではなく、また別のリモコンを取り出すと中央にあるボタンを押して、別の場所に仕掛けてあった焼夷爆弾を起爆させる。
リモコンから発せられた電波は十数メートルを瞬間的に飛び、それを受け取った電気スタンドが電球に光を灯らせようとする。すると電球内で気化したガソリンが、発熱したフィラメントを受けて引火、燃えあがるガソリンが電球を割る。
電球を叩き割って真下に流れ落ちたガソリンは、続いてポリタンクの中の合成焼夷燃料に火をつけ、最初の爆発を起こさせる。さらに爆発したポリタンクの炎を間近で浴びたガスボンベが誘爆を起こし、広範囲に爆炎をまき散らす。
これが兵治の製作した即席の焼夷爆弾の仕組みであり、その効果は絶大だった。レジ近くの陳列棚の上に仕掛けてあった焼夷爆弾が起爆すると、頭上からヤクザ達に業火を浴びせる。頭から炎のシャワーを浴びたヤクザが、たちまち火だるまになった。
続けて兵治は別のリモコンを二つ取り出し、立て続けに焼夷爆弾を起爆させた。レジを抜けた先にある商品を詰めたりするスペースに用意された、机の下に仕掛けられていた二個の焼夷爆弾がまた爆裂する。
大慌てで逃げようとしていたヤクザが、また足元から噴き上がった炎の渦の餌食になる。兵治はあらかじめヤクザが逃げ出す方向を考えていて、きちんとその逃げ道に別の焼夷爆弾を二個も仕掛けていた。まさに計算通りだった。
説明した通りだが、この手製の焼夷爆弾は全てホームセンター内で手に入れた品々で製作された。特殊部隊員だった兵治は、こういった身の回りの物を利用した罠を製作する技術も学んでいて、それをフル活用した一品だった。
四個の焼夷爆弾でヤクザの半数の二〇人近くを始末することが出来た。ヤクザの人数が多く密集していたおかげもあるが、兵治が設置場所をうまく考えていた成果でもある。ただ焼夷爆弾はこれで全て使い切ってしまった。
四個しか焼夷爆弾を用意出来なかったのは、単純に時間が足りなかったのと電気スタンドのリモコンの電波のせいだった。同じメーカーの同じモデルを使うと、一回のリモコン操作で全ての焼夷爆弾が起爆してしまう。
そのために別々のメーカーのリモコン式電気スタンドを用意したのだが、それが四種類しかなかった。おまけに確実に起爆させるために慎重に製作を行ったので、結局四個しか作れなかったというわけだ。
また元々室内で使うことを考慮して開発されているので、電波を遮断する物が無くてもせいぜい十数メートルしか電波が届かないから、その範囲内に起爆者はとどまっていなければならない。そのために兵治は正面入口近くに潜む必要性があった。
「バーベキューパーティーなんて、洒落てるじゃねぇか。人間の焼ける甘ったるい肉の香りが、たまらないぜ」
「うまくいってよかったが、食えない焼き肉を量産しちまったな」
軽口を叩きあった後、兵治はヤクザの様子をうかがうことに集中する。ヤクザはいきなり半数も仲間を焼き殺され、最初は恐慌状態だった。しかし指揮官と思しいなかなか気骨のあるヤクザが、すぐに部下を叱咤激励して持ち直させた。
「チッ……これで逃げ出してくれれば、楽だったんだけどな」
店内に設置されていた消火器はあらかじめ兵治が意地悪くも回収していたが、車に携帯装備されていた消火器を持って来たのだろう、ヤクザが躍起になって焼夷爆弾の起こした火災を消火しようとしている。
必死になってヤクザが消火剤を浴びせて鎮火に励んでいると、唐突に銃声が響き渡った。口径七・六二ミリの強力なライフル弾が、指揮官クラスのヤクザのひとりの頭に命中し、熟れたスイカを叩き割るように頭部を粉砕した。
真っ赤な果肉のかわりに、赤やピンク、それに白の混ざった頭部の内容物がその場に飛び散った。すぐ後ろにいてそれをまともに浴びたヤクザが、引きつった悲鳴を上げて店内へと手にした拳銃を乱射した。
それがきっかけとなり、ヤクザが一斉にライフル弾が飛来して来た方向へと手持ちの銃を撃ちまくり始めた。凄まじい銃声が店内を満たしたが、どこからともなく飛来した七・六二ミリ弾が、また短機関銃を連射していたヤクザの胸をぶち抜き、即死させる。
狙撃手の正体は、もちろん早川だ。早川はライフルも扱え狙撃には自信があるとのことだったので、兵治はM1500を早川に預けたのだ。店内奥の大きく高い棚の上に脚立を使って上り、そこに伏せて陣取った早川がM1500を使い狙撃を行っている。
銃を手にした素人が一旦恐怖に呑まれると、すぐに銃を乱射する。むやみやたらと銃を撃ちまくっていたヤクザ達だが、冷徹な狙撃を受けて仲間が次々に射殺されていることに気がつくと、今度は安全な物陰を探して右往左往している。
結局いくつかの集団に別れて、ヤクザは店内のあちこちに逃げ込んでいった。兵治が隠れているアウトドア用品のコーナーにもヤクザが三人、脇目も振らずに駆けこんで来たので、兵治は早速歓迎することにした。
テントの陰に隠れていた兵治は、ヤクザ三人が狭い通路を走って来るなり、右手のP230の銃口で出迎えた。相手がこちらを見つけてそれに反応する前に、兵治はダブルタップでP230を撃ち、一番前にいたヤクザの胸に二発の弾丸を撃ち込んだ。
鮮紅色の血がヤクザの胸ではじけて、撃たれたヤクザが後ろへと倒れる。そのせいで後ろを走っていた二人の足が止まったので、その隙も逃さずに兵治はさらに発砲。一発の32ACP弾で一人のヤクザの眼窩を撃ち抜き、確実に射殺する。
最後に残った一人が、ようやく兵治の存在をまともに頭で認識し、手にしていた拳銃の銃口を向けようとした。兵治はそのヤクザも容赦無く撃ち殺すつもりだったが、ガルが跳び上がって襲いかかり、ヤクザの首を鋭い牙で切り裂いてしまった。
「ゴミ野郎をこの世から追い出すのは、やっぱり気持ちがいいな」
まるで掃除を欠かさない綺麗好きのようにガルは言った。そんなガルに対して兵治は特に突っ込みを入れたりすることもなく、死んだ三人が持っていた拳銃を奪った。銃声でこちらの位置が他のヤクザにも知れたので、急がなければならない。
また物陰に隠れた後、兵治は三丁の拳銃を確認する。二丁は何のモデルかわかったが、一丁はわからなかった。いわゆるサタデーナイトスペシャルという安物の粗悪な密造拳銃であり、これはアメリカの大手銃器メーカーのS&W社製リボルバーに似せていた。
残る二丁の拳銃は、どちらも旧ソ連が開発した軍用自動拳銃だった。日本ではヤクザ御用達の拳銃として悪名も名高いトカレフと、近年は押収量でそのトカレフを抜いてトップに躍り出ていたマカロフだ。
トカレフは日本では言わずと知れたヤクザの使う拳銃の代名詞になっている。音速を軽く超えるトカレフの七・六二ミリ弾は貫通力が高く恐れられていたが、兵治はこんな銃を使う気はさらさらなかった。
オリジナルのロシア製のトカレフならともかく、銀色のニッケルメッキで材質や製造の粗悪さを誤魔化されたパチモノのトカレフを使うなど、ヤクザだけで充分だ。暴発する危険性の高い密造銃を使う奴は、チンピラと相場が決まっている。
命中精度も最低な上に扱いにくく、暴発の危険性も極めて高いサタデーナイトスペシャルとパチモノのトカレフは、二丁とも兵治は近くに積み上げられていた段ボール箱の中に弾を抜いて放り込んでおいた。これならヤクザに再利用される心配は無い。
残ったマカロフは、先のトカレフの後継として一九五一年に開発され旧ソ連軍に制式採用された、中型の軍用自動拳銃だ。トカレフには負けるがシンプルな構造で小さく軽く、携帯性にも優れている。
ロシア製の優秀な中口径自動拳銃であるマカロフは、兵治が回収し機会があれば使うことにした。スライドを後ろに引いて薬室に入っていた弾をはじき出して弾倉も抜いた後、ヤクザの腰から回収した九ミリ・マカロフ弾が八発詰まった予備の弾倉を装填しておく。
左腰にベルトを通して下げている大きめのユーティリティポーチに、マカロフと残った予備弾倉を放り込んだところで、先程とは別の場所からヤクザの喚き声が響いて来た。銃声を聞きつけてやって来た、新手のヤクザに違いない。
「まだまだ歓迎会は始まったばかりってわけだ。俺様もせいぜい楽しませて貰うぜ」
口の端を吊りあげて鋭い牙を覗かせながら、ガルがニヒルにそう言った。兵治もP230を持ち上げて構え、ヤクザを歓迎する準備を整える。ガルの言う通り、ヤクザが相手の血と硝煙に彩られた歓迎会はまだまだ続きそうだった。
日付が変わるまでには投稿できませんでしたが、なんとか書き上がったので投稿です。
今回は自分が考えていたブービートラップをひとつ出しましたが、絶対に真似して作ってみたりしないで下さいね。
まさかいるとは思えないですが、ガソリンその他の混合比率や電球内に仕込むガソリンの量などは不明確なので。
こんな状態で作れば、確実に自分が火だるまになって自爆するのが落ちだと思いますから、死にたくなければ作ろうとしないで下さい。
それはともかく、次回も引き続いて派手なドンパチを続けていくつもりですので、お楽しみに!
本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。