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第二一話:探り合い

「畜生……完全に囲まれたな」


 ホームセンター屋上で腹這いになって伏せ、駐車場となっている屋上を囲むコンクリート塀の縦に細く開けられた飾り穴から、M1500のスコープを使って周辺の様子をうかがっていた兵治は、思わずそう毒づいた。


 ここへ逃げ込んでから十数分が経過していたが、状況は悪くなるばかりだった。四駆やトラックでわらわらと集まって来た、柄の悪い明らかにその手の人間とわかる集団がすでにこの辺り一帯を完全に封鎖してしまっていた。


 ヤクザのくせに少しは頭が働くようで、トラックなどの車を使って道路は封鎖し、さらに付近のそこそこの高さはある建物に見張りを配置していた。これではさすがの兵治でも、おいそれと逃げ出すことはできなくなってしまった。


 押し寄せたヤクザの数は、なんと五〇人以上だ。ただし全員が生粋の暴力団員というわけではなく、本職と思しきヤクザが指揮官を務め、その辺のチンピラに毛が生えたような連中を指揮している。おそらく暴徒をまとめて配下に置き、人数を揃えたのだろう。


 道路封鎖や見張りに十数人が従事し、残る四〇人近い本隊が周辺を虱潰しに調べていた。すでに最初に殺したヤクザの死体や車は発見されてしまっているので、ヤクザの警戒は厳重だ。今は周辺の民家を捜索しているが、それが終わればこちらにも来るはずだ。


 四〇人程度ならば、兵治が以前に沼田村でカルト教団を全滅させたことがある。ただ今回は広い山が戦場ではないし、相手の武装がまずい。教団は信頼性が劣りすぐに壊れる上に精度も最低な密造AKで武装していたが、ヤクザも全員が銃器で武装していた。


 拳銃や散弾銃はもちろんのこと、短機関銃や突撃銃までヤクザは揃えていた。いずれも旧式だが、構造が簡単かつ頑丈で、素人でも扱いやすい銃器ばかりだ。指揮官クラスのヤクザは連射が可能な銃器で武装し、下っ端のチンピラは拳銃や散弾銃が中心のようだ。


 日本は世界でも銃規制が特に厳しい国として知られているが、密輸などで日本に不法に持ち込まれた銃器の数は、警察の調べでは推定で約二〇万丁以上。暴力団員の総数が約一〇万人だから、単純計算でヤクザ一人につき二丁も銃があることになる。


 これは国際化が進んだことで密輸の手段も巧妙化し、いろいろなルートで不法に銃器が国内に流れ込むようになり、取り締まりが難しくなったことがまず挙げられるが、他にも理由はある。それは、日本の海上警備が甘いことだ。


 日本の海上警備は海上保安庁が担当しているが、それらをすり抜けて来る密航者、麻薬や銃器は後を絶たない。さらに北朝鮮による拉致事件もある。意外と知られていないが、日本は海上警備が先進国の中では特に甘い方なのだ。だから、密輸される銃器も多い。


 昔は銃器の密輸ルートと言えば中国や北朝鮮、ロシアが主流だったが、さすがにそれらは日本警察が厳しく監視するようになったため、以前ほどの勢いは無い。かわりに台頭して来たのが、タイやフィリピン、インドネシアなどの東南アジア諸国だ。


 東南アジア各軍は、増大する中国軍の脅威に対して、近代化が急速に推し進められていた。ただし、装備が一人前になっても扱う人間もそうなるとは限らない。不良軍人が闇ルートに兵器を横流しにするせいで、性能の高い軍用銃火器が裏で出回る。


 空薬莢ひとつ失くしただけで、その隊の全員で総力を挙げ血まなこになって捜し回る日本の自衛隊とは大違いだ。自衛隊の兵器管理は、間違いなく世界で一番厳しい。そんな自衛隊だから、まず銃器の横流しなど起こらない。


 ちなみに密輸というと海上ルートばかりが思い浮かぶが、最近は少し変わった密輸方法も増えている。たとえば海外からインターネットを通じて物を買うことが当たり前になったが、それで銃器を手に入れるのだ。


 もちろん馬鹿正直にそれをやると、たちまち税関に引っ掛かって本物の拳銃を持った警察官が、銃器の保管庫まである警察署でたっぷりと話を聞いてくれる。だから、部品をバラバラにして機械類に紛れこませ、税関を突破した後に自分で組み立てるのだ。


 話が長くなったが、つまりヤクザが大量の銃器で武装していたとしても、不思議ではないということだ。今までなぜヤクザがそれほどの銃器を持っていたのに、無茶苦茶な銃撃戦をやったりしなかったのかというと、そんなことをしたら警察が黙っていないからだ。


 ただでさえ暴力団に対する取り締まりは年々厳しくなり、暴対法も強化されて施行される中、派手な銃撃戦などを行ったら自分の首を絞めるだけだ。ヤクザにとって銃とは大々的に使うものではなく、持つことにより抑止力とするものなのだ。


 しかし、警察力が失われた今では、銃を使うことに支障は無くなった。もう警察による取り締まりを恐れる必要は無いのだから、やりたい放題が出来る。ヤクザのような暴力を生業とする連中がこの世界で銃を手にしたらどうなるかは、推して知るべしだ。


 その結果が、今の兵治のこの状況である。大量の銃器で武装したヤクザの集団に包囲されるなど、こうなる前は兵治は想像したことも無かったが、現に今そうなっていた。しかし現実は現実なので、兵治はこの状況への対処方法を考えなければならない。




「背中に消えない落書きをする人達のファンなんて、私は要らないんだけど……ファンやマスコミに追いかけ回される有名人の気分がよくわかるわね」


 こうなる元凶をつくった張本人が、兵治の隣で軽口を叩いた。兵治がスコープから目を離して横を見ると、店内で手に入れたらしい双眼鏡で例の女が外を眺めていた。バイクを乗り回し、自衛隊の拳銃でヤクザを平気で撃ち殺す、あの謎の女だ。


「マスコミはマイクを突きつけてフラッシュを浴びせるだけだが、連中は銃口を突きつけて弾丸を浴びせて来るぞ」

「確かに普通のファンなら握手やサインをおねだりして来るけど、命を寄こせとは言わないものね」


 成り行き上、このホームセンターに逃げ込んでからも、なんだかんだで二人は一緒に行動していた。今までは店内を確認したりヤクザの様子を偵察するのに忙しくて話せていなかったが、そろそろここで話をつけておく必要があった。


「そんな軽口はどうでもいい。連中の様子を見ろ、相当頭に来てるみたいだぞ。あれだけの人数で追い回されていたなんて、あんた一体何をやったんだ?」

「そうねぇ、ちょっとここに探し物を取りに来たんだけど、あの連中が私のことを襲って来たから、つい数人撃ち殺しちゃったせいかしら」


 兵治としては、むしろそれ以外に何があるのか尋ねたかったが、それは置いておく。兵治は、この女はとんでもない曲者だと思っていた。あまりにも言動に余裕があり過ぎる。この状況下でも軽口を叩けるあたり、相当な精神力の持ち主だ。


「面倒だ。直球で尋ねるが、あんたは一体何者だ?」

「それはあなたも答えるべきじゃないかしら?」


 女の返答を聞いた兵治がゆっくりと立ち上がり、女と向かい合った。それから互いに腰のホルスターから拳銃を抜きまた銃口を突きつけあったのは、同時だった。兵治はP230、女はP220の自衛隊モデルである九ミリ拳銃だ。


 皮肉にも同じSIG社の系列の拳銃を向け合うことになっていたが、銃口を向けた後に兵治は女が引き金に指をかけていないことに気がついた。兵治がそれを見て取ったのを確認すると、女は九ミリ拳銃を鮮やかに半回転させた後、腰のホルスターに仕舞って見せた。


「やっぱりあなた、警察官なんかじゃないわ。自衛官でしょう?」

「なんでそう言い切れるんだ?」


 してやったりという感じの笑みを浮かべながら、女がそう突っ込んで来た。ひとまず兵治も腰のホルスターにP230を元通りに収めたが、まだ警戒は解かない。兵治は怪しい女は苦手だ。相手は美人だが、鼻の下を伸ばすよりも腰の拳銃へと手が伸びる。


「見ていればわかるもの。自衛官の癖、抜けてないわよ」

「……あんた、本当に何者だ?」


 話せば話すほど、女の怪しさは増すばかりだ。こんな相手と一緒にヤクザと戦う羽目になるのは御免だと思い、自然と兵治の声に力がこもった。女は相変わらず内心の読めない仮面じみた笑みを浮かべたままだが、右手が常にホルスターの近くにあてられている。


 いい加減痺れを切らした兵治がもっと強く言おうとしたところで、ガルが二人の間に割って入った。さっきまで車の陰で寝そべっていたガルは、慣れ慣れしく女の足にじゃれついている。ガルは犬呼ばわりするとキレるのだが、こういうときだけ犬らしい。


「あら、可愛くてお利口なワンちゃんじゃない。名前はなんて言うの?」


 ガルの頭を撫でながら、女が笑顔でそう尋ねて来た。今までの嘘臭い笑みとは違った、本当の意味での笑顔で、兵治は不意を突かれた思いだった。この女は犬好きなのだろうか、そんなことを思いながらも兵治は答える。


「ガルだ、狼犬の雄だよ。そいつはスケベだから気をつけろ」


 女に頭を撫でられて気持ちよさそうにしていたガルだが、兵治がスケベ呼ばわりすると、途端に唸り声を上げて不機嫌になった。ちなみに狼犬というのは、兵治が考えた設定だ。狼と犬の血が混じった狼犬なら、いくらでも言い訳が効くからだ。


「こんな可愛いワンちゃん連れてる人が悪党とは思えないし、あなたもあのヤクザとは敵対しているみたいだし、いいわ」


 そんなことを話しながらも、女はまたガルを撫でた。兵治にスケベ呼ばわりされて一瞬で不機嫌になったガルだったが、女に今度は首元を撫でられると猫のように低い声を出して、たちまち上機嫌になった。やはりこいつはスケベだ、と兵治は思った。


「私の名前は、早川はやかわ静香しずかよ。もちろん本名、この御時世で偽名を使う意味は無いでしょう?」

「わかった、俺は氷川兵治だ。あんたの言う通り、自衛官であることは認めるよ」


 偶然にも、兵治と同じく苗字に川が入っていた。奇妙な偶然もあるものだと思いながらも、兵治も名を乗る。いい加減に探り合いにもうんざりしていたので、兵治も少し気を抜いて話すことにした。




「ふぅん、お互い苗字に川が入ってるわね。というか、あなたの名前っていかにも兵隊さんらしい名前ね」

「昔からよくそう言われるよ。あんたみたいな普通の名前が羨ましいさ」


 兵治の名前は、漢字そのままの意味だ。治安を守れる兵士であって欲しいという願いから名づけられた名前だが、あまりにも直球過ぎる。昔はそのことでからかわれて嫌になったこともあったが、今は早川にああ言ったものの、兵治はこの名前を嫌ってはいない。


「似合ってないって私はよく言われるけど……それはともかく、互いに名乗ったことだし、時間も無いし、そろそろどうするか決めましょう」

「同感だな。ヤクザども、そろそろこっちへも来る」


 先程から早川と数分話している間に、ヤクザの本隊は大型店舗周辺の民家の捜索を終えていた。一番道路に近い大型スーパーの捜索に移ろうとしている。この調子だと、今二人のいるホームセンターにも確実に捜索の手は入るだろう。


「さっきも少し言ったけど、私はここに探し物を取りに来ただけ。まさかヤクザに襲われるとは思っていなかったけど」

「奇遇だな。俺もここには探し物だ。着いて早々、ヤクザに包囲されるとは思っていなかったがな」


 今まで緊張していてほとんどまともに話していなかった分、一旦話し始めるとすいすいと言葉が出て来る。まだ完全に兵治は早川のことは信用していないが、ひとまず敵は一緒だ。早川の素性を聞き出すのは、ヤクザを撃退するなりなんなりしてからでもいい。


 それにうまく言えないが、一旦気を許すと早川のことはなんとなく信用できるように感じるのだ。兵治はこれも一種の勘だと思った。兵治は自分の勘を結構信じていて、今回も信じることにした。


 早川は正直に言って、怪しさ爆発だ。わかったのは、知ってもあまり意味の無い名前だけ。ここにやって来た理由やヤクザを敵に回して追われる身となった経緯は本当のようだが、早川が何者なのかはさっぱりだった。が、今それを明らかにする余裕は無い。


 しかしそれは、早川も同じことだろう。早川も兵治が何者なのかほとんど知らないから、ある意味でお互い様だ。そして共通しているのは、ヤクザと敵対していて、圧倒的に不利なこの場を切り抜けなければならないこと。ならば、今は協力し合った方がいい。


「戦うのって無理よね、二人だけだし武器も大したもの持ってないみたいだし……どこかいい隠れ場所があればいいけど」

「連中の捜索は徹底してるぞ。向こうは四〇人以上いるからな。本気で店内を捜されたら、ヤバイ」

「ピストルとライフルでしょ、私達の武器って。それで全員が銃を持ったあれだけのヤクザを撃退できたら、奇跡じゃない?」


 早川は兵治のことをうかがいながら、そう話した。兵治も最初は隠れようと思っていたのだが、ヤクザの捜索が予想以上に厳しかったので、その考えを捨てた。隠れるというのは受け身であり、見つかったら間違いなくお終いだ。


 それならば、兵治は一か八か攻めに出て活路を開きたかった。もちろん今のままではさすがの兵治でもヤクザに数で押されてやられる可能性の方が高いが、待ち伏せができるのは大きなアドバンテージだ。


 それに兵治には考えがあった。さっきホームセンターの店内を軽く見て回ったが、ここには使えるものがいくらでもある。何もヤクザを全滅させなくても、それらを活用して不意打ちを喰らわせ、ヤクザが混乱した隙に逃げ出すという手もある。


「何か考えがあるって、あなたの顔に書いてあるわよ」

「まあな。協力するしないは、早川、あんた次第だが」

「それであの連中に痛い目を遭わせられるなら、私はもちろん協力するけど?」


 兵治が挑発的に笑いながらそう言うと、案の定すぐに早川は食いついて来た。早川は負けず嫌いというか、やはり気が強い女らしい。見た目が与えるイメージ通りだ。兵治はそういう女性は嫌いではない。


「任せろ、連中に熱い歓迎会を開いてやるだけだ」

ヤクザとのドンパチまでなかなか話が進まなくて、作者としては申し訳無かったり……実はリアリティーを出せとお叱りのメッセージを頂いたので、ヤクザが大量の銃器で武装している理由や得体の知れない相手と協力することに説得力を持たせようとして、かなり時間を使いました。

うまく書けているかどうかとても不安なのですが、とにかく次話からはいよいよ派手なドンパチです。

作者は次話からのドンパチにかなり力を入れる予定なので、ひょっとしたら投稿が遅れたりするかもしれませんが、その分は読者の皆様が存分に楽しめるような硝煙たっぷりの内容にするつもりですので、お楽しみにしていて下さい。


たくさんの感想をありがとうございます、全てきちんと読ませて貰っています。

作者の大きな励みになっていてすぐにでもお返事を書きたいのですが、最近作者が多忙で皆様の励ましの感想に対して、週一回の定期更新で答えるのに精一杯という有様でして。

余裕が出たら順次お返事を書かせて頂きますので、今暫く感想へのお返事はお待ち下さい。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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