表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

第二〇話:硝煙の香り

 兵治は薬室に初弾を装填し、いつでも射撃可能となったM1500を伏射の姿勢で構えていた。距離は今や二〇〇メートルもない。口径七・六二ミリのライフル弾ならば、スコープ通りに狙って撃てばほぼ確実に命中する距離。


「ガル、連中が何を言っているか、わかるか?」

「んー死体でもいいからさっさと見つけろとか、生きてたら八つ裂きにしてやるとか、どうせなら楽しんで殺してやってもいいとか、見事なまでに糞野郎の悪党が言う台詞のオンパレードだけどな」


 ガルは狼らしく非常に聴覚が優れている。二〇〇メートル先で大声で喚きあっているヤクザ二人の会話も、ちゃんと聞き取れているようだった。おかげで兵治はヤクザ二人が悪党であると確信して、安心して引き金を引くことが出来る。


 スコープ越しに兵治は狙いを定めた。ライダーを探して雑草の中へ分け入ろうとしているヤクザの頭を十字線の中央に捉えて、一瞬息を止めて微かな震えも可能な限り抑える。円形の視界だけが世界の全てのように感じながら、兵治は引き金をそっと絞った。


 肩を蹴る反動、瞬く銃火と鋭い銃声。音速の壁を越えて飛翔したライフル弾が、ヤクザの頭に直撃する。一瞬でそのヤクザの頭蓋骨を貫いた七・六二ミリ弾は、ついでに中身を派手にかき混ぜつつ吹き飛ばして、外へと突き抜けていった。


 兵治は素早くボルトハンドルを起こすと後ろに引き、空薬莢を排出。続けてボルトハンドルを押して元に戻し、次弾を薬室に装填した。撃ったばかりの熱を持った空薬莢が歩道橋の上を転がる中、すぐに次の標的を狙う。


 いきなりすぐ隣でさっきまで言葉を交わしていた相手を狙撃で殺され、残ったヤクザの男は呆然として硬直したままだった。訓練を受けていない普通の人間が、いきなりライフルで狙撃された場合の当然の反応だった。


 もちろん兵治はそのチャンスを逃すことは無かった。先程と同じようにして狙撃準備を整え、そして発砲。銃口から飛び出していった七・六二ミリ弾が、残ったヤクザの頭の上半分をミンチに変えて即死させる。


「おい、馬鹿!撃つときはちゃんと言えよ、いきなり耳元で撃ちやがって……俺のデリケートな耳をどうしてくれるんだ?」

「無茶言うなよ……俺の動きをちゃんと見ていれば、撃つってことぐらいわかっただろ」


 ボルトハンドルを操作して空薬莢の排出と次弾装填をしながら、兵治の横で伏せていて前脚で耳を押さえているガルに、そう兵治は答えた。前脚で耳を押さえるとは狼にしては器用だな、そんなことを兵治は思ったが、そこはガルが普通の狼ではないからだろう。


 なかなか可愛らしい仕草をしているガルだが、これが毒舌を発揮しているとなると、一人称が俺様になったりして始末に負えない。ガルは女性や子供にしか優しくしないので、兵治では動物セラピーを受けるのは不可能なようだ。


 ぶつぶつと文句を垂れるガルを放って置いて、兵治はしばらく車や雑草をスコープ越しにうかがっていたが、特に動きが無かったのでようやくこちらから動くことにした。二脚を畳んで薬室から弾を抜き取り、兵治は構えていたM1500をまたケースに仕舞った。


 ライフルケースを背中に回した兵治は、右腰のホルスターからP230を抜いた。銃撃されてはかなわないので、上りに使った方とは逆の階段で歩道橋から下りると、すぐに背の高い雑草が生え揃った道の脇に入る。


 雑草の中に身を隠して中腰で進む兵治から見て、反対側である左の道路脇、その雑草の中にライダーは落ちたはずだった。あのバイクのライダーが生きているならば、見つけ出して兵治は是非とも話が聞きたかった。ついでにヤクザの車も兵治は調べたい。


 雑草の中を音を出さないように、また出来る限り雑草を揺らさないように慎重に兵治は進んでいき、やがて道路の左脇に停められたヤクザの車の隣までやって来た。ガルは足元で気だるそうにのそのそとついて来ている。かなり耳を気にしている。


 また少し車の方の様子をうかがった後、兵治は雑草から飛び出して車まで道路上を一気に駆け抜けた。道路を横断してすぐに車の左側面に取り付く。血まみれの助手席と誰もいない運転席を確認できたが、後部座席の方のドアはロックがかかっていた。


 兵治はP230を油断なく構えたまま、回り込んで車の右側に出た。右側の運転席も後部座席も、ドアは開け放たれたままだった。兵治に狙撃され頭を撃ち抜かれたヤクザ二人の死体から血が流れ出て、路面を赤黒く汚している。


 ライダーのことも気になるが、ひとまず後部座席も確認しようと開きっ放しのドアに近づいた瞬間、雑草が揺れる音が聞こえた。反射的に兵治がP230の銃口をそちらへ向けるのと、黒光りする拳銃が雑草の中から突き出されるのは同時だった。




 銃口を向けられて反射的に兵治が左へ跳ぶのと、銃声が響き渡るのは同時だった。雑草の中から突き出た銃口が火を噴き、立て続けに三発の拳銃弾が放たれる。それらは先程まで兵治が近づいていた後部座席の中へと飛び込んでいった。


「ぎゃあっ!?」


 男の苦痛に満ちた悲鳴があがり、後部座席から鮮血をまき散らしながら男が転がり出て来た。その後を追うようにして、金属音とともに短刀がアスファルトの上に落ちて転がった。車内で短刀を握り息を潜めて待ち構えていたヤクザの生き残りだった。


 左に跳んで転がった兵治は、それを見て即座に膝立ちの姿勢でP230を構えた。路上をのた打ち回る男の頭に32ACP弾を撃ち込んで、瞬時にとどめを刺す。P230から排出された空薬莢が路面に落ちるか落ちないかぐらいで、すぐに銃口を雑草の方へと向ける。


 兵治が緊張した面持ちで銃口を向け、雑草の中にいる人物も兵治に銃口を向けている。こんな緊迫した状況下だというのに、足元にいるガルはのんきに欠伸をしたので、兵治は思わずガルに狙いをつけそうになった。


 銃口同士の睨み合いが少しの間続いた後、兵治に銃口を向けたまま、雑草の中からあのライダーが姿を現した。バイザーがひび割れたフルフェイスのヘルメットをかぶったまま、ライダーが銃口で兵治を舐めるように上から下まで吟味して来る。


 もちろん兵治も間近でライダーのことを観察していた。前をはだけた黒いコートの下には、また黒色のタンクトップ。余程黒が好きなのか、ズボンも黒だ。足元は厳ついコンバットブーツでかため、さらに右腰にホルスターを吊っている。


 右手で構えた拳銃を兵治に突きつけたまま、左手でライダーはかぶっていたフルフェイスのヘルメットを外して、足元に落とした。それでようやく兵治はライダーの素顔を見ることができたが、驚きのあまり一瞬銃口を外しそうになってしまった。


 ライダーは、ショートヘアの女だった。通った鼻筋に、肉食獣を思わせる鋭い双眸。顔立ちに関しては一言で言ってしまうと、結構な美人だった。手足が長く、身長一八〇センチの兵治よりも多少劣る程度で、女性にしては背が高い。年齢も兵治と同じぐらいだ。


「あなた、なに?」

「それはこっちの台詞だ」


 女に鋭く問われた兵治は、思わずそう言い返してしまった。兵治も今までの人生経験上、いろいろな女性と出会って来たが、全身から香水がわりに硝煙の香りを漂わせている女とは初めて出会った。しかもそれが似合っている、違和感を感じさせない。


「そこの馬鹿二人を狙撃したのもあなたみたいだけど、この町の人はみんな銃を持っているのかしら?」


 挑発的に微笑みながら、女が兵治に言って来る。視線は兵治が背負っているライフルケースに向けられていた。ただ兵治も今ので少しは相手の情報が手に入った。この町の人、と言って来たあたり、女も兵治と同じく余所者のようだ。


「自衛隊の拳銃でヤクザを撃ち殺す女はどうなんだ?」


 兵治も軽い挑発で応じる。女が構えているのは、自衛隊の九ミリ拳銃だった。スイスのシグ社が開発したP220を、日本のミネベア社がライセンス生産して陸海空の自衛隊が制式装備している自動拳銃。装弾数は、単列式の弾倉に九ミリ・パラベラム弾が九発。


 どうして自衛隊の九ミリ拳銃だと断定できたのかといえば、単純な話でスライドの右側面に桜のマークが打刻されているのが見えたからだ。さらにその桜模様も陸上自衛隊のものだった。


「さっきの動きといい、あなたもただの一般人じゃなさそうね……持っているのは警察用のP230、あなたは警察官?」


 兵治の挑発を軽く流して、女も逆に突っ込み返して来た。なかなか鋭い女だ、と兵治は思う。間違いなくこの女もただの一般人ではない。平気でヤクザを撃ち殺している上に、動きに隙が無い。殺しに慣れた人間だ。


 陸自の九ミリ拳銃を持っているのだから、女性陸上自衛官だろうか、そう兵治は自問自答してみた。しかし、それならそれでもっと自衛隊の装備を持っていてもいい気がする。九ミリ拳銃以外は、見た限りでは女は自衛官らしい装備は持っていない。


 もっとヤバイ筋の人間で、たまたま何かで自衛隊の九ミリ拳銃を手に入れて武装しているだけなのかもしれない。風の噂で兵治が聞いた話だが、治安維持で出動し病気で全滅した自衛隊から、武器を奪ってやりたい放題している連中もいるらしい。




 この女は今のところは敵というわけではないが、とにかく用心するに越したことがない。そう思ってまた情報を引き出そうと兵治が口を開きかけたところで、それよりも先にガルが動いた。


 ようやく立ち直ったのか耳をピンと立てたガルが、ヤクザの生き残りが潜んでいた後部座席へとするりと入り込んだ。兵治も女も反応できないほど、素早い動きだった。二人が思わず注視する中、車内から出て来たガルの口には、小型の機械が咥えられていた。


 それは特定小電力トランシーバーだった。兵治がガルから受け取ったそれを左手で耳に当てると、途切れがちの声が聞こえて来た。男のだみ声で、何やら急いで集まれとか先に追っていた奴がやられたとか、心当たりのある嫌な予感しかしない通話が交わされている。


「あんたも聞くか、ほら」


 兵治が尋ねると女が無言で頷いたので、兵治はそれを投げ渡した。左手でトランシーバーをキャッチした女が耳にそれを当て、顔色を変える。どうやら彼女も兵治と同じく最悪の想像に至ったらしい。


 特定小電力トランシーバーは資格が必要無いために手軽で、ちょっとしたやりとりにあちこちで使われていた。ただそんな特定小電力トランシーバーの欠点は、交信距離がかなり短いことだ。


 ここはよく開けていて電波を遮るものが無いので、おそらく最大距離で交信できる。このトランシーバーで途切れがちということを考慮しても、間違いなくすでにかなり近くに来られている。


「どうする、このままここにいたら、ヤクザどもが大挙して来るかもしれないぞ」

「私はそれは困るから、その前に逃げるけど?」


 兵治の反応をうかがうように女はそう言って来た。兵治もここは考えるまでも無いところだった。このままここにいて殺気立ったヤクザに包囲されでもしたら、またひどいことになってしまう。


「俺も逃げるさ。ヤクザの世話になる気は無いからな」


 そう言ったところで、耳を立てたままのガルが視線を道路の彼方に向けた。女がいるので声は出さないようにしているが、これはその方向から敵が来ているということなのだろう。さっさと逃げないとまずいことになる。


「こいつは耳がいい。もうすぐで来るぞ。悪いが俺は失礼する」


 女を残したまま、素早く兵治は身を翻して建物のある方向へと走り出す。背中を撃たれたら困るが、そうなる前にガルがなんとかするはず。なんだかんだでガルは兵治が危ないときちゃんと助けてくれるので、その点は兵治はガルを信用しているし頼りにしている。


 ちらりと後ろを見てみたが、女も兵治の後を追って来ていた。とりあえず兵治は女のことは置いておいて、どこへ逃げ込むことにするか検討する。民家では捜索の手が入ればすぐに見つかってしまうので、まずそこは除外だ。


 大型店舗が密集している方向へと、兵治は全速力で駆けた。小さなファーストフード店などの飲食店は論外なので、その他の大型店舗にどれに逃げ込むか兵治は考えながら、そのまま走り続けた。


 最終的に兵治は、ホームセンターに逃げ込むことに決めた。もちろんそれは単純な理由からで、この辺りではそのホームセンターが一番大きかったからだ。大きければそれだけ隠れる場所も多いから、いろいろと都合がいい。


 相変わらず女も兵治の後を追いかけて来ているので、このまま同じホームセンターに逃げ込む気らしい。正体不明の女と一緒にヤクザから逃げ回る羽目になるとは、妙なことになったと兵治は思った。遠くから、エンジン音が響いて来ていた。

本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ