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第一九話:偵察

 林町近辺から若水町へ行くルートとしては、一般国道を使用するのが一番だ。しかし主要な国道は病気が拡散したことによる初期の混乱で大渋滞が発生し、そこで事故が発生し大火災が発生したために各所で寸断され、今では通行が非常に困難となってしまった。


 そこで若水町に偵察に向かう兵治は、バイパス道路を使用することにした。こちらは混雑を避けるために市街地からは遠ざけられていたので、その分走行距離が長くなり敬遠されがちだった。おかげで国道のように悲惨な目に遭うことはなかった。


 そのバイパス道路上を、兵治は四輪駆動車に乗って進んでいる。バイパス道路は土地に余裕があったので四車線で広く設計されており、非常に走りやすかった。走っている車が兵治の四輪駆動車だけとは、また寂しいものだったが。


 いくら市街地から避けられていたとはいえ、このバイパス道路でもやはりあちこちで事故車両が道を塞いでいた。しかし壊滅する前の警察や自衛隊がブルドーザーで強引に事故車両を脇に追いやったので、今でもなんとか通行可能となっている。


 横転して炎上し黒焦げになったり、トラックに潰されてぺしゃんこになったり、横から突っ込まれたのか車体中央で真っ二つになっていたりと、見るも無残な事故車両の数々が路肩にブルドーザーに押しやられて、小山のようになっている。


 その脇を走り抜けながら、兵治は交通の復旧にも苦労するなと思っていた。小さな道路なら事故も少なく復旧は容易だが、大きな道路は事故車両だらけでブルドーザーを一体何台持ち出せば掃除できるのか、想像するのも大変な有様だ。


 そもそも事故車両が起こした火災や爆発により、道路自体が損壊している場合もある。現状ではそんな道路は復旧不可能なので、生き残った人々が集まって来るに連れて、交通手段の復旧も頭の痛い問題となって来ていた。


「まったく……鉄道でも使えればいいんだけどな」


 運転席に座っていた兵治は、ハンドルを切って事故車両を避けつつ、思わずぼやいてしまっていた。こうなった今、鉄道はもちろん運転していない。動かす技術を持った人間もいないし、そもそも電力の供給が停止している今、電車は絶望的だ。


 鉄道が復旧すれば、各地に大量の人員や物資を迅速に運べる。道路と違って線路はそこまで損壊していないだろうから、なんとかならないものかと兵治は思う。昔は鉄道も軍事上、非常に重要視されていたことが、今更ながら痛感することができた。


「大体お前ら人間は道具に頼り過ぎなんだよ、少しはてめぇの足を使うんだな」


 助手席で珍しく起きていて、お座りの姿勢で前を見ているガルが、兵治のぼやきに応じた。本当は兵治はバイクで偵察に行きたかったのだが、ガルが俺様はどうするんだとごねたせいで、結局また車を使っているのに、なんて奴だと兵治は思う。


「ガル、お前なぁ……狼と人間を一緒にするなよ。狼みたいに人間は一日時速三〇キロで走り続けるなんて、不可能なんだぞ」

「そりゃそうか。ま、俺様ならそれ以上が出来るけどな」


 適当に応じるガルだが、兵治は内心で腹立たしいことこの上無い。狼は一時間ならば時速六〇キロ、一日中ならば先程兵治が言ったように時速三〇キロで走り続けられるらしいが、ガルはそれ以上ができるという。


「おいおい、だったらどうして車に乗りたいとわがまま言ったんだ?」

「馬鹿野郎、決まってんだろ。何が悲しくて時速数十キロで、俺様がランニングしなきゃいけないんだ。俺様にダイエット思想はねーよ」

「……訊いた俺が馬鹿だったよ」


 鼻を鳴らして言い切ったガルに対して、兵治はげっそりだ。ガルのこのふてぶてしさは、一向に改善される気配が無い。戦いでは頼りになるガルだが、それ以外のときはどうにもだらしない。寝ているか毒舌を発揮するかの、どちらかしかない。


「お前のその口の悪さ、どうにかならないのか……」

「悪いな、これも俺様のパーソナリティーだからな。文句があるんだったら、俺様をこういう性格にした神に言えよ」


 怒りを通り越してもはや呆れの境地に達した兵治は、ガルのひどい言い様に何も言い返せなかった。これなら惰眠を貪ってくれている方がまだいい。寝ているときのガルは結構な愛嬌があるのだが、起きて毒舌を発揮しているとなると、この世の悪夢だ。


 うんざりして運転に集中することにした兵治だが、ガルが話しかけたことで頭を痛める問題への思考を打ち切れたことには、気がついていない。それに気づいたとしても、言いたい放題してさっさと寝に入ったガルに感謝したかどうかはわからないが。




 そんなこんなで、バイパス道路を走り続けていると、やがて若水町の郊外に到着した。ここまで来れば、あとはバイパス道路から下りて若水町に入るだけなのだが、困ったことにそうはさせない問題が眼前に生じていた。


「あー完全に塞がってるじゃねぇか、これ」


 助手席にいるガルの言う通りで、バイパス道路から若水町へと下りる出口には、事故車両が詰まっていてとても車では通り抜けできそうになかった。乗用車からトラックまで山積みとなっており、これではバイクでも通り抜けるのは難しいだろう。


 とりあえず兵治はそこから車を動かして、路肩に事故車両が集まっている場所へと適当に入り込んだ。大破した乗用車とトラックの間に乗り入れて、周囲からは見えないようにしてから、兵治は車のエンジンを止めてキーを抜いておく。


「仕方ないな……ここからは歩きだ」

「ほら見ろ、どの道バイクでも駄目だったんだから、俺様の言う通りにしても同じだっただろ」


 そういう問題じゃない、と兵治は思ったがそのことを口には出さず、必要なものをバックパックに詰め込み始めた。カタカナ語も混ぜた日本語を上手に話し、一人称が俺様で毒舌家な狼であるガルに反論をしても、無駄になることはわかりきっている。


 動きやすい服装の兵治は必要なものを詰め込み終えたバックパックを背負うと、車から降りた。ガルもさっさと兵治に続いて降りたのを確認した後、兵治は車のドアにしっかりと鍵をかけた。それからガルと連れ立って、道路上を歩いていく。


 歩いている兵治の肩には、細長い布製のケースが提げられていた。中に入っているのは、豊和M1500だ。沼田村でひどい目に遭った経験から、多少重くて邪魔になるとわかっていても、ライフルも持っていった方がいいと考えてのことだった。


 先程様子をうかがったバイパス道路の出口にやって来ると、事故車両の隙間を歩いて進んでいく。どうしても抜けられない場所は、車の残骸によじ登って進む羽目になった。ガルは軽々と跳ねるように車の上を進めるが、兵治にはとても無理だ。


 結構な苦労をしながらも事故車両で埋まっていた出口を抜けると、ようやく若水町に下りることができた。もっとも現在いる場所は若水町の郊外なので、無駄に広い四車線の道路へと下りただけだ。町の中心部からはまだずっと離れている。


 町の方向には広い土地が確保できなかったらしく、バイパス道路の出口付近には大型店舗が並んでいた。大型のスーパーや書店、それに付随する形でファーストフードなどの飲食店が立ち並んでいた。近くには大きなホームセンターもある。


 町外れにはよくある光景だな、と兵治は思ったが、同時に少しまずいと感じていた。町外れでしかも大型店舗が集中していたせいか、そこ以外がとにかくすかすかなのだ。畑や水田が広がり、まばらに民家があるだけで、見通しが良過ぎる。


 このままだと誰かが来たときには一発で発見されてしまうので、兵治は遮蔽物の多い町中に急ぎたかった。とりあえず丸見えの場所から移動して、そこであらかじめ用意して来た地図を開き、詳細なルートを検討しようと思った。


 ガルを連れて、かつてはこの辺りの大型店舗に買い出しに来たり、バイパス道路を利用するためにやって来た車が、ばんばん行き交っていたと思われる広い道路の脇を歩いていく。つくづく人の発展が儚いものだったと考えさせられる状況だった。


 少し切ない気持ちになっていた兵治だが、唐突に歩みを止めて耳をピンと立て警戒態勢に入ったガルを見て、それを一瞬で切り替えた。腰のホルスターに収めたP230のグリップに右手を当てながら、ガルに問い質す。


「ガル、どうしたんだ。誰かいるのか?」

「まだ相当離れてるが、馬鹿みたいにすっ飛ばしてる連中がいる……たぶん車とバイクだ。こんなところにいるとすぐに来ちまうぞ」


 兵治の耳ではそこまで正確にエンジン音を捉えられないが、ガルの聴力には今まで散々助けられて来たので、兵治はすぐにそれを信用することにした。となれば急いで隠れなければならないのだが、困ったことに移動途中で隠れ場所が周囲にまったく無い。




 急いで手近な民家へと走り出した兵治だが、そこには間に合いそうに無かった。遠くからエンジン音が近づいて来ている上に、道路の彼方に黒い点が視認できるようになってしまった。このままでは、どうにもまずい状況だった。


 走り出した兵治を追い抜いて、ガルが道路を跨いでいる歩道橋を駆け昇って行った。つい反射的に釣られてしまい、兵治も歩道橋の上に行ってしまうが、その後に激しく後悔した。こんな場所にいるよりは、道路脇の雑草の中に伏せた方がまだまともだ。


 とはいえ今更どうすることもできないので、急いで兵治は歩道橋の上でガルと一緒になって伏せた。伏せの姿勢をするガルはなかなか可愛らしかったが、今はそれどころではない。エンジン音と黒点はどんどん近づいて来ている。


 歩道橋上の転落防止用フェンスの足元の隙間から、身を伏せた兵治は道路をうかがうことにした。急いで肩に提げていたライフルケースを下ろして、ファスナーを開けると中に収納していたM1500を取り出す。


 二脚を開いて立てたM1500のドイツ製高性能スコープを兵治は覗いた。もちろん歩道橋の隙間から銃口は出さないようにして、慎重に状況を確認する。拡大された円形の視界の中で、こちらへと接近して来るエンジン音の正体を見た。


 確かにバイクと車がこちらへと迫って来ていた。というよりも、どうもいつかのようにバイクと車が追いかけっこをしているようだ。先頭を走るバイクが逃げていて、それを後ろの車が追いかけ回しているように見える。


 スコープ越しに兵治はさらに観察を続けたが、バイクのライダーは黒いコートをはためかせて疾走を続けていた。コートのせいで体型はわからないし、顔もフルフェイスのヘルメットに隠れてさっぱりだ。


 逃げるバイクを追っている車の助手席の窓から、太い男の腕が突き出された。汚らしい青と黒の消えない落書きが描かれた男の腕の手に握られているのは、小型の短機関銃だ。どの銃かの判別はつかないが、小さいが立て続けに火を噴いたことから、そう判断した。


 バイクの周囲のアスファルトが火花を散らした。雨のように撃ち出された拳銃弾の一部が路面に命中し、舗装を抉ったからだ。ライダーは素早くそれに反応して、バイクを左右に振って射線から逃れ、銃撃を回避しようとしている。


 そうこうしているうちに、車からの銃撃が止んだ。理由は簡単、フルオートでぶっ放したせいであっという間に弾切れとなったのだ。助手席から突き出されていた腕が車内に引っ込み、おそらく短機関銃の装填を行っている。


 バイクのライダーが右手を腰にやった。続いてコートの中から滑るように出された右手には、鈍い黒色の角張ったデザインの自動拳銃が握られていた。兵治が何度も見た覚えのある拳銃の銃口を、ライダーは背後に付きまとう車へと向ける。


 ライダーの構えた拳銃が、乾いた銃声を連続して響かせた。最初の一発二発は外れたが、それで修正して撃ったらしく、今度は命中弾が続けて生じた。助手席のフロントガラスに小さな穴が生まれて、中で赤がはじけた。


 助手席のドアをロックしていなかったのか、そこから血まみれになった男が、短機関銃を握ったまま転がり落ちた。ライダーに撃たれて瀕死だった男は、高速走行中の自動車から転落したせいで、道路上を何度もバウンドしてすぐに見えなくなった。


 運転手がパニックに陥ったのか減速しかけた車だが、すぐに加速してバイクの後ろに再度つけて来た。後部座席の窓が開けられて、今度は水平二連の散弾銃が突き出された。銃火が瞬き、大量の散弾が発射される。


 ライダーが急いで車体を横に振ったので直撃は免れたが、それでも小さな散弾のいくつかがバイクの後部を叩き、後輪に命中してそこに穴を開けたようだった。パンクした後輪のせいでバイクが不規則に左右に揺れて、安定を失っている。


 一気に速度を失ったバイクをライダーは懸命に操っていたが、やがて限界が来たようだった。後輪が派手に路面を滑り、次の瞬間にはライダーが空中に身を投げ出された。そのまま道路脇の雑草の中へとライダーの姿は消える。


 運転手を失ったバイクは部品をまき散らしながら路面を横転して、黒煙を噴き出したまま動かなくなった。バイクに銃撃を加えていた車が停車し、ドアが開いて何事か叫びあいながら、二人の男が車から降りて来た。


 その様子を未だにスコープ越しに眺めながら兵治は状況の判断に迷っていたが、降りて来た片方の男の顔を見た途端、表情を変えた。無言を保ったままボルトハンドルを後ろに引いて、M1500の薬室に初弾を装填した。


 兵治はその男を知っていた。草加の案内で警察署に残されていた顔写真付きの名簿を読んだとき、兵治はそこにその男が確かに記載されていたのを見た。その名簿は、若水町に本拠を置く広域指定暴力団三次団体の構成員の一覧だった。

本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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