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第一八話:治安維持

 銃口から薄く硝煙を立ち昇らせているP230から、空になった弾倉を引き抜き、32ACP弾が八発込められた弾倉と取り換える。右手で握ったP230のスライドを空いている左手で後ろに軽く引いて、再装填が完了。


 顔に付着した返り血を無造作に左手で拭った後、兵治は弾倉交換を終えいつでも射撃可能となったP230を両手で構えた。場所は寂れた裏路地で、ビール瓶のケースやゴミ箱が散乱している。普通の裏路地と違うところは、それらの合間に空薬莢と射殺体が転がっていること。


「死ねえっ!」


 不意に叫び声とともに、細い別の路地から男が飛び出して来た。男の両手には大型のナイフが握られ、切っ先が兵治の胸へと向けられている。しかし兵治は死ねと言われて大人しく死ぬような人間ではないので、返事として右足を男の足首に引っ掛けた。


 兵治の右足で足元をもつれさせた男が、そのまま派手に汚い裏路地の路面へとヘッドスライディングした。顔面を思い切り擦り剥いた男が情けない悲鳴をあげたが、すぐに兵治は頭に一発叩き込んで永遠に黙らせた。


 射殺した男が飛び出して来た細い路地を通って、兵治は移動。けばけばしい色合いの看板が立ち並び、見るからに怪しげなスナックやバーばかりが軒を連ねる裏通りに出た。もちろんそれらの店は全て営業しておらず、店内は闇に沈んだままだったが。


 そんな裏路地に違法駐車された車、その開け放たれたドアの陰から、男が立ち上がった。銃規制が世界でもトップクラスの厳しさを誇る日本で、一般人がもっとも合法的に入手しやすい銃器、狩猟用の二連散弾銃を両腕で構えていた。


 その男がこちらへ向けて引き金を引く前に、兵治も放置車両の陰に隠れた。男は散弾銃を兵治が隠れた車目掛けて撃ったが、拡散した散弾は車のあちこちに弾痕を穿ったものの、兵治に命中するはずであった散弾は全てエンジンが防いだ。


 余裕で散弾の雨をやり過ごした兵治は、車の陰から頭と両手を突き出してP230を構え、慌てて車のドアに隠れて散弾銃の装填を行っている男に狙いを定めた。素早くP230を三連射して、ドアごと男を撃ち抜く。命中確認は、ドアの下の路面にぶちまけられた鮮血でした。


 不勉強な関係者が制作した映画やドラマでは、よく車のドアを遮蔽物として銃撃戦が展開される。しかし実際は車のドア程度では、高速で撃ち出されるライフル弾はもちろん、威力の限られた拳銃弾すら防ぐことは出来ないし、そもそも足が隠れていない。


 大体が民間車両において、ドアを銃弾が防げるほど厚く重くしているはずがないのだ。防弾仕様が施された軍用車両でもなければ、車を遮蔽物とするときには前部のエンジンブロックを盾とし、さらに足は前輪で隠すとよい。


 その通りにして散弾銃の銃撃から身を守り、映画やドラマの銃撃戦の見過ぎであった男をドア越しに射殺した兵治は、銃口を下げたまま遮蔽物の陰から陰へと素早く移動していく。その兵治を狙って別の男が警察官用のリボルバーを構えて撃った。


 放たれた三八口径の弾丸は、兵治が路地の一本に隠れた後、一瞬遅れて飛んで来て路地の横にあったスナックへと飛び込んだ。スナックの窓ガラスが弾丸に叩き割られて騒々しい音を立てる中、兵治は少しだけ路地から身を乗り出してP230を構え、ダブルタップで撃った。


 看板の後ろから銃撃を加えて来た男が、胸に二発の32ACP弾を喰らってひっくり返る。少し心臓からは逸れたようでまだ息をしていたので、兵治は容赦無くもう一発を頭に撃ち込んでとどめを刺した。路面にまた暗紅色の血が広がる。


 七発撃って空になった弾倉を引き抜き、兵治は充填された弾倉をP230に装填。銃本体の薬室に一発残しておけば、弾倉を取り替えるだけですぐに射撃を再開できる。それに弾倉の八発と合わせれば、合計で九発の32ACP弾を次の弾倉交換まで撃てる。




 再装填を終えたP230を携えて兵治は油断無く移動し、裏通りの一帯を捜索。念のために付近の建物や車両に敵が入り込んだ形跡がないかどうかも確認したが、どうやら先程射殺した男で敵は全滅のようだった。これでここの掃討も完了だ。


 そう思って少し安心したところで、いきなり近くの路地から黒い影が躍り出て来たので、危うく兵治はその影目掛けて撃ちそうになってしまった。影の正体は、黒い毛並みをまとった狼、ガルだ。


「なんだ、ガルか。いつも言っているが、いちいち俺を驚かすなよ。そのうち本当に誤射するぞ、まったく」

「悪い悪い、こっちで馬鹿を二人片づけたぜ。それも始末しておいてくれよな」


 牙についた血を舌で舐め取りながら、然して悪びれた様子も無く、平然とガルがそう言った。ガルが出て来た路地をちょっと兵治は覗いたが、喉を牙でざっくりとやられて死んでいる男が二人倒れているのを見ると、すぐに顔を引っ込めた。いつもながらガルも容赦が無い。


『氷川だ。悪党は全員始末したぞ』

『了解、掃除部隊を送る。俺も一緒に行く』


 持っていた警察用のデジタル無線機でそう報告すると、すぐに聞き慣れた声で返事があった。無線の相手は、草加だった。交信を終えてその場で少し待っていると、エンジン音が響いて来て、二台のトラックが到着した。


 荷台から青色の警察の制服の上に防弾チョッキ、あるいは最低でも防刃ベストを着込んだ警備隊員が数人、降りて来る。全員が、腰にニューナンブやM37などの日本警察が制式装備していた三八口径のリボルバーを収めたホルスターを吊っている。


 先頭のトラックの助手席から、草加が降りて来た。彼も腰にホルスターを吊っていたが、そこに収められているのはリボルバーではなく、兵治と同じ半自動式のP230。以前に兵治はP230を一丁壊してしまったが、今使っているのは戻ってから新しく調達したものだ。


 草加が指示を与えると、警備隊員は荷台からブルーシートやロープ、モップなどを降ろした。兵治とガルが量産した死体は、彼らがきちんと片づける。死体をそのまま放置しておくと、そこから疫病が発生しかねないからだ。


 警備隊員は死体をブルーシートで包んでトラックの荷台に運び込み、ロープで固定。路面に広がった血なども、モップである程度は掃除しておく。頭の中身や臓器の破片が混じっていたりもするが、最初の頃のように嘔吐したりはしない。今の日本では、死体は日常茶飯事だ。


「御苦労さん、沼田村から戻って来てからも大活躍だな」

「仕方ないだろう、馬鹿が多過ぎるんだ」


 そう話しかけて来た草加に対して、兵治は苦々しげに応じた。ガルは兵治と草加の話が始まるや、すぐに足元で寝そべってしまったが、いつものことなので二人も気にしない。草加もガルとの付き合い方をすでに習得していた。


 沼田村に巣食っていたカルト教団を全滅させた兵治だが、そこから戻った今は林町付近の治安回復を行っていた。治安回復といえば聞こえはいいが、武器を手にやりたい放題していた悪党を片っ端から皆殺しにしているのだけなのだが。


 運が良ければ自警団が機能していて、友好的にその自治体と接することもできる。しかし大抵は悪党がのさばっているので、その場合は実力で排除するしかない。話し合いが通じないとなれば、後は血を見るだけだ。


 今のところ治安維持に当たっているのは、林町よりも小さな町が中心だ。そう言ったところは人口も少なく悪党の数も限られているので、兵治だけでも皆殺しにできる。が、兵治がいかに強かろうと、所詮はひとりなのだ。ひとりで出来ることには、必ず限界がある。


「今はまだいいが、これからもっと大きな町や市の治安を回復させるとなると、俺だけじゃ追いつかないぞ。俺を過労死させる気か」

「そうは言っても、まだ警備隊の戦力は足りてないしな……」


 最近の兵治と草加の悩みは、もっぱらそれだった。警備隊には兵治と草加で懸命に訓練を施しているものの、なにしろそれまではただの一般人だったのだから、一から教える必要がある。おまけに兵治も草加も常時訓練に専念できるわけではないので、本当に頭の痛い問題だった。




 林町やその付近の治安を回復させたことで、すでに四桁に達する勢いの人間を抱えることになっている。かといってその全員が警備隊の戦力となれる男ばかりではない。女性や子供もいるし、警備隊以外でも男手を必要とする仕事は山のようにある。


 たとえば、兵治が治安を回復させた沼田村には女性や子供が疎開しているが、農業を行うためにどうしても男手がたくさん必要だ。そういった人達を守るためにも警備隊を常駐させていなければならないから、戦力はいくらあっても足りない。


 兵治が充分に訓練を施したと感じる隊員を中心に編成した部隊を使って、実際に悪党との戦いを経験させてもいる。どんな訓練よりも、実戦を経験させる方が遥かに効率がいいからだ。しかし、その過程で必ず負傷者が出るし、運が悪ければ死者も出てしまう。


 隊員には拳銃や防弾チョッキが支給されているとはいえ、相手も警察から奪った拳銃や猟銃で武装している場合が大半なので、警備隊が一方的に勝つというわけにもいかない。それでも小規模ながらも実戦を積み重ねることで、確実に隊員の練度は上昇しているのだが。


 兵治がひとまず使えるようになったと判断できる隊員の数は、せいぜい一個小隊三〇人程度。彼らは訓練を受け実戦を積み重ねているので、その辺の素人と比べれば格段に強い精鋭部隊だが、明らかに絶対数が不足している。装備も拳銃や猟銃が主力なので、決定的とはいえない。


「なんとか自衛隊の装備でも手に入れば、あっという間にこの辺りの治安は回復できるんだが……」

「県内の自衛隊の駐屯地は、すべて東部にあるからな。中部の治安が悪過ぎて、とても近づけない」


 自衛隊の銃火器だけでも手に入れば、拳銃と猟銃が関の山のそこらの悪党連中は、たちまち駆逐できる。それを手に入れるには自衛隊の駐屯地に行くのが一番だが、ここから東部へ行くには極端に治安の悪化した中部が控えているため、これが最大の問題点だった。


「今思ったんだが、銃対……銃器対策部隊の五型機関拳銃はどうだ?」


 ドイツのH&K社が開発し世界中の特殊部隊で愛用されている高性能短機関銃であるマシーン・ピストーレ5、通称MP5を直訳し五型機関拳銃と呼称しているのが、日本警察。伸縮式銃床型であるMP5A5に改良を加えたものを、日本警察は制式採用している。


 そのMP5は日本警察においては、SATの名で知られる重装備の特殊部隊を始めとして、各機動隊に所属する銃器対策部隊や重要施設を警備している部隊に配備されている。他にも日本では、海上保安庁や海上自衛隊の特殊部隊で制式装備されていた。


「そうか、警察もサブマシンガンぐらいは装備してたな……喉から手が出るほど欲しいが、その銃器対策部隊、どこにいたんだ?」


 今まですっかりその存在を失念していたが、現状でMP5が手に入るならば、強力な戦力となることは間違いが無かった。兵治も特殊作戦群の訓練でMP5を撃ったことがあるが、あれはいい銃だと思っていた。本当に喉から手が出るほど欲しいが、問題はどこで手に入るかだ。


「治安が一番悪い中部のど真ん中だったら、意味が無いからな」

「いや、確か県内の重要港湾を警備するために海沿いの……」


 話しながら草加は一度助手席に戻り、そこに置いてあった地図を持ち出して来た。両手で県内の地図を広げて、兵治にも見えるようにした。草加の指がしばらく地図上をさまよった後、海沿いのある町を指した。


「ここだ、この若水町わかみずちょうだ。銃器対策部隊は、ここにいたはず」


 聞けば町自体はあまり大きくないらしいのだが、港湾整備がよくされていて、県内の重要港湾に指定されていたらしい。また土地に余裕があったので、ヘリポートも備えている必要のある銃器対策部隊が常駐している場所としては、いろいろと都合がよかったとのこと。


 位置的には一応中部の真ん中より下だが、林町から見ると丁度東部との中間地点あたりになる。治安が悪化しているのはほとんどが内陸部なので、ひょっとしたら他と比べてそこまでひどくないかもしれない、と草加は付け足してくれた。


「最初はいいと思っても、沼田村みたいにひどい目に遭ったら困るしな……何か若水町で気になることとか、無いのか?」

「そうだな、若水町には広域指定暴力団の下部組織が置かれていたかな。管轄外だったから、あまりよく知らないが」


 充分きな臭い話じゃないか……と兵治は思ったが、現状で他にいい手はありそうになかった。東部にまで行かずに強力な銃器を手に入れるとなれば、この若水町に行くしかなさそうだった。


「仕方ない、また俺が偵察しに行くか。今度は銃弾の歓迎会を開かれなきゃいいけどな」

「署の方にもっと記録があるはずだ。それを調べてみよう」


 二人が話をしているうちに、死体掃除は終わっていたようだ。指示待ちをしていた警備隊員に、草加が荷台に戻れと指示を出す。兵治と草加もトラックに乗り込むと、二台のトラックが発車した。エンジン音が消えると、通りは再び暗い静寂に包まれた。

丁度ひと月振りの更新となり、読者の皆様には大変お待たせしてしまいましたが、いよいよ対ヤクザ編の開始です。

前回の宣言通り、ここからはより一層派手なドンパチをやるつもりなので、お楽しみにしておいて下さい。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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