第一七話:天罰
兵治は二丁の拳銃に弾を補充した後、十四年式拳銃を構えて二階を調べたが、他の親衛隊員は見つけられなかった。元々大した人数ではなかった上に、ここに至るまでに兵治が数人殺してしまっていたため、先程の四人で呆気なく全滅したらしかった。
しかし、まだ三階の教祖が控えていると、兵治は気合を入れ直した。ひょっとしたら、まだ生き残っている親衛隊員が教祖を守っているかもしれないので、もちろん警戒は怠らないようにしておく。
階段を使って三階に行くが、廊下に赤絨毯が敷き詰められているのを見て、兵治は呆れ返ってしまった。いくつかある部屋も覗いてみたが、場違いなほど贅の限りを尽くした家具や調度類に溢れた室内を見た瞬間、兵治は手榴弾を放り込んで全てを爆破したくなった。
中途半端な成金趣味の糞野郎め、と思いながら兵治は三階の捜索を続けていたが、不意に銃声が聞こえて思わず身をすくめてしまった。反射的に近くの遮蔽物の陰に飛び込んでしまう。
しかし兵治が撃たれたわけではないようで、銃声もそれっきりだった。とりあえず銃声の聞こえた方向へ足を進めていくと、また曲がり角に遭遇した。またまた鏡を取り出して様子をうかがおうとした途端、だみ声が耳を突いた。
「そこにいるのはわかっているんだぞ!ガキを殺されたくなかったら出て来い!」
悪役定番の陳腐な台詞だったが、兵治は嫌な予感がして仕方が無い。見つかる危険性を少しでも下げるため、屈んで鏡を床からほんの少し上のところで止めて、曲がり角の先を見た。嫌な予感は、的中していた。
曲がり角の先には、緊急時の脱出路だったのか、今まで兵治が上って来た階段とは別の階段があった。そして、その前には四人の人間がいた。人質にされている者と、人質を取っている者が二人ずつ、だ。
あのクソデブ教祖様が、中学生ぐらいの女の子の首に手を回して締めあげながら、手にした拳銃の銃口を押しつけていた。おまけにその後ろには、手榴弾の起爆ピンに指を突っ込ませた腰巾着の小男がいて、後ろ手に縛った有坂を掴んで捕まえている。
――なんで有坂が……ガルの奴、何してるんだっ!?
有坂がここにいる理由は、なんとなく想像がついた。教祖に人質にされている女の子、おそらく有坂が話していた幼馴染を助けに来たが、逆に捕まったに違いない。問題は有坂にはあのガルをつけていたはずなのに、どうやって勝手に抜け出してここへ来たのかだが。
まさかガルがやられたのでは……そう思い、兵治は背筋が一瞬冷えた。あり得ないことではない。馬鹿な有坂をかばっていれば、そうなってもおかしくはなかった。先程の銃声がそうだったのかもしれないが、とにかくこの場にガルはいないので、何もわからなかった。
「早く出て来ないなら、こいつを殺すぞ!」
教祖という立場にありながら、クソデブはずいぶんな態度であった。苦しむ女の子に脇腹に銃口をめり込ませてなぶる。とても本来は人を救うための宗教であるはずの教祖の姿とは思えなかった。やはり糞野郎はどこまでいっても糞野郎らしい。
「た、助けて下さい!お願いします!」
女の子の悲痛な叫びを聞いた瞬間、兵治は迷わずひとつの行動を選択した。十四年式拳銃を曲がり角から滑らせて捨てたのだ。乾いた音を立てて、床の上を一四年式拳銃が滑っていき、止まった。
「お望み通り、出て来てやるよ」
ぎょっとして曲がり角を凝視している教祖の前に、兵治は両手を挙げたまま姿を現した。ひとまず今は、こうするしか選択肢が無かった。無抵抗の兵治を見て、小男に捕まっている有坂が顔を白くさせたが、兵治は気にするそぶりも見せない。
「お前が……お前だけで、本当にここまでやったのか?」
両手を挙げたままの兵治に対して、教祖が信じられないといった様子で声をかけて来た。後ろの小男は相変わらず手榴弾を握ったまま身動きひとつせず、何を考えているかわからなかったが、とりあえず兵治は質問に答えた。
「そうだ。殺しやすい連中だったよ、あんたの可愛い信徒達は」
にやりと笑って言ってやった。案の定、教祖はたちまち青くなっていた顔を真っ赤にすると、喚き散らし始める。幼稚な大人は、感情の起伏が激しい。
「ふざけるな!お前がこの私の楽園を台無しにしたというのか!お前がっ!?」
「だから、そうだと言ってるだろうが」
冷静さを失う教祖の様子をうかがいながら、自然に兵治は若干動いて、教祖と後ろの小男を狙える位置に移った。狙い通り、喚くのに夢中な教祖はそれには気づかず、小男は相変わらず黙ったままだ。
これが一人だったなら、と兵治は思った。教祖か小男のどちらかだけだったら、兵治は相手が指一本動かす前に一発で仕留められる自信があった。が、さすがに二人同時ともなると、人質の安全を保つことは難しい。
片方を撃ち殺している間に、もう片方の指が動くのまでは、兵治は止められる自信が無かった。指一本動かせれば教祖は女の子に銃弾を撃ち込めるし、小男に至っては手榴弾の起爆ピンを引き抜くことができる。そうなってしまっては、兵治は困るのだ。
「さっさと今までやって来たように、俺を撃ち殺したらどうだ。それとも、今まで偉そうに指示を出してただけの教祖様には、そんな度胸も無いのかな?」
「なんだとっ!?」
兵治が挑発すると、すぐに教祖は銃口を兵治に向けて来た。ひとまず女の子から銃口を外させることには、成功したわけだ。そこで今更ながら、兵治は教祖が持っている拳銃は、旧日本軍の九四式拳銃だということに気がついた。
九四式拳銃は、十四年式拳銃と同じく八ミリ南部弾を使用する小型の自動拳銃で、装弾数は六発。旧日本軍において、戦争中は十四年式拳銃と並んで使用され続けた軍用拳銃だ。良く言えば独創的な、悪く言えばずんぐりむっくりの不格好な見た目が特徴的。
そんな九四式式拳銃をどうして教祖が持っているかだが、これはやはり有坂から奪ったのだろう。兵治は海外でも一定の評価がある十四年式拳銃を使用することにしたが、有坂の祖父が遺していた旧日本軍の銃器の中には、この九四式拳銃もあったはずだからだ。
「そんなに死にたいなら、すぐに死なせてやろう!」
そう言って、教祖が引き金に指をかけたのを見た兵治は、全身全霊を教祖の指の動きに集中させた。十四年式拳銃は捨ててしまったが、まだ上着で見えない腰の後ろのホルスターにM37を兵治は隠し持っている。兵治は、教祖が撃った瞬間の隙を突くつもりだった。
普通の人間ならば、銃を向けられただけで凍りつき、思考が麻痺してしまうかもしれない。だが、兵治は普通の人間ではなく、プロの軍人だ。修羅場に慣れていれば、こんな状況下でも冷静に対応策を考え続けることができる。
そんな兵治の様子を、教祖や有坂達は諦観の地に達していると受け取ったらしい。有坂は深い自責の念にかられているようで、小男に捕まったまま顔を真っ白にさせ、ぎりぎりと歯ぎしりをしていた。女の子はといえば、ぐったりとしたままだ。
「馬鹿な男だな」
自身が圧倒的有利に立つ優越感をたっぷりと味わっている口調で、教祖は兵治を嘲りながら、引き金にかけている指を動かした。その瞬間、兵治は右へと跳ねる。まだ空中にいるうちから、腰の後ろのホルスターからM37を引き抜き、銃口を教祖と小男に向ける。
乾いた破裂音がその場に響き渡った。顔を血に染めた教祖が女の子を残してゆっくりと後ろに倒れていくが、横たわった兵治が構えているM37の銃口からは、硝煙は立ち昇っていない。兵治は、撃ってはいなかった。
「暴発……」
思わず呟いてしまった、兵治の言葉通りだった。教祖が引き金を引いた瞬間、九四式拳銃は暴発を起こしたのだ。銃口から弾丸が飛び出すことはなく、かわりに薬室内でガスが暴走したのか、排莢口を中心として小さな爆発を起こした。
その結果として、内側から破裂するようになった九四式拳銃から飛散した幾つもの細かいが鋭い破片が、教祖の顔面を襲った。それらは容赦なく教祖の顔の肉を抉り、小さな血しぶきを上げさせた。
九四式拳銃はいろいろと欠点の多い拳銃だった。特に戦争末期に製造された九四式拳銃は、工作の未熟さや粗悪な材質も相まって、暴発が頻発したりした事実がある。おかげで自殺用拳銃などの悪評を賜ってしまったが、今まさにその悪評を示した。
しかし、このタイミングで暴発を起こすとは、天罰としか兵治には思えなかった。さらに暴発した九四式拳銃だが、破片は主に上方、つまり教祖の顔目掛けて放たれたため、人質にされていた女の子は無傷だった。本当に天罰のような暴発だった。
「きょ、教祖様……!」
それまで無口で手榴弾を握り続けていた小男が、手榴弾を取り落として倒れた教祖に駆け寄る。無論、それをただで許すような兵治ではなく、構えていたM37の銃口をすぐに小男に向け直し、一切の迷いも無く撃った。悪党は悪党、面倒事を起こされる前に始末した方がいいに決まっている。
乾いた銃声とともに小男の頭が後ろに仰け反り、赤と白とピンクの頭部を形成していたものを派手にまき散らしながら、倒れた。銃弾で頭を吹き飛ばされて、生きている人間はこの世には存在しない。もちろん即死だった。
「教祖様の教えに忠実に従えば、極楽浄土に導かれるらしいが、教祖様が死んだらどうなるのかな?」
顔を血に染めて倒れていてもまだ息があった教祖に近づき、銃口を突きつけた兵治はそう尋ねた。何か教祖が言おうとするが、それよりも先に兵治が続けた。
「俺の答えは、地獄逝きだよ、このクソッタレめ」
吐き捨て、胸を狙って素早く二度引き金を絞った。至近距離で二発の銃撃を受け、教祖の心臓は破壊されたが、念を入れて兵治は頭にも一発叩き込んだ。さらに教祖の頭部は弾丸で粉砕され、その生命活動は強制停止させられた。それは、完璧な死だった。
これで終わったと思い、兵治は大きく息を吐きながら、銃口を下げた。ところが、不意打ちの形で奥の階段から黒い影が流れるように飛び出して来て、兵治は心臓が止まりそうになった。
「ガル、お前どうしてたんだ?」
慌てて銃口を向けようとしたが、すぐにその必要はないとわかった。飛び出して来たのは、ガルだったからだ。
「あのクソガキ、人混みに紛れて俺様の目から逃れやがった!舐めやがってぶっ殺してやる!」
どうやら有坂は、避難する人々の中に入り込んで、ガルの目から逃れたらしい。確かに一〇〇人もの人間の中に紛れこまれてしまえば、いかなガルでもそう簡単には見つけられないだろう。
なにしろガルはあくまで狼、目線が人と比べてずっと低いから、見渡すのも一苦労なのだ。おまけにあれだけの人数がいて、さらに強烈な体臭がしていたから、さすがのガルでも匂いで追跡するのにも時間がかかったようだ。
ここへはどうにかこうにか有坂の匂いをたどって来たらしいが、一時的とはいえ有坂にまんまと出し抜かれたことが、余程頭に来ているらしい。怒り大爆発といった様子のガルを、慌てて兵治は止めに入った。
「おい、俺も後でたっぷりと説教をするつもりだが、今はよせ」
「どうしてだ!?」
「あれを見ればわかるさ」
兵治が指し示した先を見たガルは、驚いて一瞬口を開けた後、すぐに不機嫌そうな唸り声を出すとそっぽを向いた。どうやらひとまずは大人しくしてくれるようで、兵治は安心した。嗚咽している女の子を抱きとめている有坂の姿は、ひと目見ればそれで充分だ。
なんとなく抱き合う有坂と女の子をいつまでも見続けているのは悪い気がして、ガルと一緒になって兵治は背を向けた。二人ともまだ中学生だ、と頭の中のどこかでそんなことも考えたが、すぐに馬鹿らしくなってそんなことを考えるのはやめた。
たかだか抱き合うぐらいなら、中学生でも何の問題も無い。野暮なことは無しだ、と兵治は自分を言い聞かせた。自分が中学生の頃はどうだっただろうかと思いだしかけたが、すぐにやめた。今更そんなことを思い出して、それでどうするという話だ。
軽く頭を振った後、兵治は一四年式拳銃を拾い上げ、教団の残党がいないかどうか確認をし始める。その間、ずいぶんと兵治は穏やかな気持ちでいることができた。天罰に助けられたような気もするが、それでも兵治の行動が二人の命を救ったことは、間違いがなかった。
そして、兵治にとってはそれだけで充分だった。本当に、それだけで満ち足りた気分でいることができた。
これにて、対教団編は終了となりますが、次の更新までは間があると思われます。
次の編の細部を詰めていたり、現在別のちょっとした短編を書いていたり、私生活が非常に多忙だったりするためです。
しかし、次の編では今まで抑えて来ましたが、いよいよ派手なトラップや多くの銃器、さらにはヒロインも登場させて盛り上げる予定です。
お待たせしてしまって申し訳無いのですが、その分よりよい話をお届けしたいと思うので、どうぞ気長にお待ちください。
本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。