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第一六話:救出

 夜の帳が下り、闇夜が全てを閉ざす頃、兵治はまた教団本拠近くの林の中にいた。顔には黒い墨を塗りたくり、即席のフェイスペイントを施している。兵治の鋭い目線は、闇の中にたたずむ教団本拠となっている建物に向けられていた。


 日中に教団が送り出した山狩り部隊を全滅させた後、兵治は夜の闇の加護が訪れるまで、じっと潜んでいた。戦力の大半を失い、有坂の情報が正しければ残りは一〇人ちょっととなってしまった教団は、本拠の警備もろくに行えていない有様だった。


 最初にここにやって来たときには、あちこちに見張りの信者がいたのだが、今は見る影もなかった。建物の外にいる信者は二人一組で、たったの四人。一組は建物周辺を巡回し続け、残る一組は正面の扉の左右に立ちそこを守っている。


 あまりにもお粗末な警備に、兵治は思わずにやりとしてしまう。この分なら密かに外の警備の四人を始末し、建物の中に入り込むことはたやすいことだった。さらに兵治には、それをやりやすくするありがたい小道具も持っているのだから、大して苦労もしないだろう。


 巡回の二人の信者が、兵治の潜んでいる林に近づいて来ると、兵治は右手の十四年式拳銃を両手で構えた。突き出すように伸びている銃身の先に、太いパイプが取り付けられていた。奪った信者の鞄から回収した、あのパイプだった。


 パイプの正体は、銃声を抑制するための自作のサプレッサーだった。このサプレッサーはテニスボールとそれが入るパイプで製作された、非常に簡素なものだ。だが、こんな簡素なものでも効果は充分にあるはずだった。その効果はすぐにわかる。


 兵治は巡回の二人組の信者が林の前を通り過ぎ、こちらに背を向けたところで狙いを定めた。左にいる信者の首の後ろ、延髄の辺りを狙う。ここなら多少は威力の劣る十四年式拳銃の八ミリ南部弾でも、撃たれた相手は即死だった。


 照準を終えると、兵治は引き金を絞った。炭酸飲料水を開けたときのような、間の抜けた銃声がする。その直後に、延髄を撃ち抜かれた信者がへなへなと崩れ落ちた。間髪入れずに兵治は右の信者も狙い、また撃った。


 またあの気の抜けるような銃声が鳴り、同じように延髄に銃弾を喰らった信者が前のめりにゆっくりと倒れる。これで巡回の二人は始末したが、少しの間だけ兵治はじっと林の中にとどまり、気づかれていないかどうか探った。


 正面の扉を守る二人の信者の様子をうかがったが、まったく気づいていなかった。相変わらず銃を手にしたまま、扉の前に突っ立っているだけだ。サプレッサーの効果が物を言い、銃声が轟かなかったおかげだった。


 銃声が鳴り響くのは、主に銃口から漏れ出る発砲時のガスと、発射された音速を超える弾丸が衝撃波を出しながら飛翔するせいだ。これを防ぐには、まず発砲時のガスを抑制すればいいわけで、これは銃口に取りつけたサプレッサーが解決してくれた。


 もうひとつの理由である飛んでいく弾丸が発する衝撃波だが、これは音速を超えるために発生するわけなのだから、少し弾丸の速度を落とせば問題は解決する。こちらも使用する八ミリ南部弾が音速を超えない、いわゆる亜音速弾だったため、これまた解決だった。


 そういうわけでうるさい銃声は鳴り響かず、そのおかげで残る見張りの信者に気づかれることはなかった。兵治はそれを確認すると林から抜け出して、建物に横から近づいた。暗闇を利用して気づかれることなく近寄り、正面ばかり見ている見張りに接近していく。


 必中距離にまで近寄ったところで、兵治は一発撃った。側頭部に銃弾を叩き込まれた信者が、どさりと倒れる。わけがわからず困惑している最後の信者も狙い、これも一撃必殺で射殺。これで外にいた建物を守る見張りの信者は全滅だった。




 兵治はマグライトを取り出すと、一瞬だけそれを林の方へと点灯させ、すぐに消した。すると林から、ガルに先導された有坂が駆けて来る。見張りを片づけるまで、ガルの守る有坂は林の奥で待機させていたが、今の合図で呼び寄せたのだった。


 有坂がやって来るまでの間に、兵治は半分消費した弾倉を引き抜き、新しい充填された弾倉に取り換えた。十四年式拳銃の弾薬はあまり残っていなかったが、ガルに頼んで弾倉ごと増やして貰っていた。つくづく、弾薬の補給がいくらでも得られるのはありがたかった。


「いいか、何度も言うが絶対に俺より前に出るなよ。死にたくなかったら、勝手な行動はするな」

「わかってますよ。捕まっているみんなのところまでの案内は、任せて下さい」


 兵治が有坂を連れて来たのは、捕まった際に本拠の建物内の構造を知っていたからだった。建物内で派手にやりあって教団を皆殺しにする前に、それに巻き込まれないよう捕まっている一般人達を解放する必要があり、そこまでの案内を有坂に頼んだというわけだった。


「行くぞ」


 十四年式拳銃の銃口を下げたまま、そっと扉を開けて兵治は中に入った。ここは自家発電機が備えられているらしく、村から回収して来た豊富な燃料で、夜も灯りが点けられていた。といっても、うすら寒い裸電球だけだが。


 裸電球のどこか頼りない灯りの下、兵治は十四年式拳銃を手に油断なく、慎重に進んでいく。後ろから小声で有坂が道案内をし、その隣ではガルが耳をピンと立てて警戒していた。もし何かあれば、抜群の五感を持つガルが真っ先に気づいて警告してくれるだろう。


 結局、教団の人手不足は深刻らしく、一階には誰もいなかった。地下に閉じ込められているはずの一般人達を助け出すべく、有坂が教えてくれた階段を使って下に行った。有坂の足音がうるさかったので、やや後方に下げる。


 階段を下りるとそこは突き当たりになっており、左へと通路が繋がっている。兵治は階段を下りたところで左の壁に身を隠して、またあの柄の長い鏡を使って、通路の先の様子をうかがった。


 奥で行き止まりとなっている通路の右側には、大きく頑丈な扉があり、その前にまた二人の信者がいた。親衛隊ではなく白服の信者で、外の見張りと比べてあまり緊張している様子は無かった。こちらに背を向けて、これからどうなるかをぼそぼそと話しあっている。


 兵治は壁から身を乗り出して十四年式拳銃を構えて狙い、撃った。外と違って抑制された銃声と作動音が思ったよりも響き、空薬莢がコンクリートの上を転がる綺麗な音も耳についた。しかし、延髄に弾丸を貰った二人の信者は眠るようにして事切れ、その場に転がる。


 見張りを始末した兵治は、扉の右側に張りつきながら、左手でゆっくりと扉を開けた。中にまだ信者がいた場合、迂闊に入れば撃たれかねないからだったが、特に銃声が響くこともなく、あっさりと兵治は中に入ることが出来た。


 その地下室はそれなりの広さを誇っていたが、それでも一〇〇人も収容することは想定外だったらしく、一般人達が文字通り詰め込まれ人いきれで悲惨だった。灰色の服を着せられた捕われの一般人達が、何事かと弱々しく兵治を見上げて来る。


「あ、おばさん!」

「有坂さんの!?」


 兵治の後に入って来た有坂は、どうやら知り合いらしい年配の女性に話しかけていた。女性、というよりは失礼ながらおばさんと言った方がわかりやすいが、有坂の姿に驚いた後は彼を抱きしめて、心の底から安心した声で言った。


「よかった、生きてたのね……あんな奴らに殺されるような子じゃないと思ってたわ!」

「おばさん、もう大丈夫だよ。助けが来たんだ!」

「助け?」


 尋ね返したおばさんに対して、有坂は入口で拳銃を構えて警戒している兵治を指し示した。兵治は、早く説得し脱出して貰いたくて仕方ないのだが。


「あの人、林町から来た自衛隊の人で……」


 有坂が事情を簡単に説明し終えると、納得したらしいおばさんが、さらに知り合いに話を広めてまとめあげていく。あっという間に話は全員に行き届き、多少の不安はあるものの、概ねは一か八かのこの脱出の機会に希望を託すことにしたらしかった。


 中にはもちろん、突然現れた兵治が信用できるかどうか迷う者もいたが、実際に殺されそうになっていた有坂の証言がある。さらに教団が昼間に大きな損害を受けたことも察していたため、それもあって決断をすることができたようだった。


「予定通り、俺は残っている教祖や親衛隊をまとめて始末する。それが終わるまでは、全員で山の中に隠れているんだ」

「あ、あの……一緒について行くのは、駄目ですか?」


 突然、有坂がそんなことを言いだしたので、兵治は目を剥いてしまった。即座に兵治はその言葉に噛みついた。


「馬鹿なことを言うな、みんなと一緒に隠れてろ。一緒に来られたら足手まといだし、お前が死ぬぞ!」

「そう、ですよね……わかりました」

「なんだ、一体。しっかりしろ、お前がみんなを山へ案内して、助けるんだぞ。頼んだからな」


 有坂の様子に兵治は少し不安になったが、ひとまず有坂が一般人達を先導して部屋から出始めたし、念のためにガルもつけてあるから大丈夫だと思い、兵治はそこで考えるのはやめてしまった。今はそれよりも、優先すべきことがあった。




 兵治は先程下った階段を、今度は駆け上がった。走ってはいるが足の置き方に気を配っているので、足音は最低限に抑えられている。二階へ辿り着くと、素早く踊り場の壁に身を寄せた。


 さすがに一〇〇人もの人間が同じ建物の中を移動するのだから、これは気づかれないわけがなかった。いくら気をつけていても、どうしても移動により生じる振動などが感知されてしまう。人間の五感は、総合的に見れば機械よりもずっと優れているからだ。


 三階建てのこの本拠内は、非常にわかりやすい区分けがなされている。一階は全滅した白服信者達が使い、二階は親衛隊が使用。そして最上階の三階には、教祖が控えているというわけで、兵治はまず二階の親衛隊から順を追って片づけるつもりだった。


 二階の踊り場の壁を背に待ち伏せていると、靴底がコンクリートの床を叩きつけるうるさい足音が響いて来た。足音は一人分で、まだ距離はあるが早いうちに片づけた方がいいと思い、兵治は壁から身を乗り出して廊下へと銃口を向けた。


 こちらの階段へと走って来る例の親衛隊員が見えたが、急所であると同時に被弾面積が大きく狙いやすい胸は、運の悪いことに抱えている密造AKのせいで狙えなかった。頭もまだ距離があり狙いにくかったので、仕方なく兵治は胴体を狙ってダブルタップで撃った。


「!」


 ダブルタップで確かに二発叩き込んだのに、その親衛隊員は一瞬怯んだだけで、そのままこちらへと突撃して来た。内臓を確実に貫くように撃ったはずなのに、とんでもないことだった。慌てて兵治は、もう一度ダブルタップで二発撃ち込んだが、それでも倒れない。


 四発も喰らっているにも関わらず突進を続け、兵治を道連れにするべくその親衛隊員が腰のRGD-5手榴弾の起爆ピンを引き抜く寸前、兵治はさらにダブルタップで撃った。距離が詰まっていたために頭を確実に撃ち抜くことができ、それで今度こそ仕留めることができた。


 頭から赤と白が混ざった粘液質のものをまき散らしながらその親衛隊員は惰性で進み、兵治の横を通り過ぎたところで、やっと倒れた。本当に危ないところだったが、どうにかこうにか撃ち殺すことができ、兵治はひと安心だ。


「畜生、このジャンキーめ」


 倒れた親衛隊員の懐から白い粉の入った袋が床に散らばり、それで兵治は思わず罵ってしまった。麻薬の常用者は痛覚がとんでもないことになっているため、被弾のショックにも耐えて突っ込んで来たらしい。


 ひとまず腰の手榴弾を奪おうと兵治が身を屈めた途端、頭を銃弾が飛び去る衝撃波でひっぱたかれ、大慌てで壁へと退避した。そこからさっと鏡を取り出して廊下をうかがうと、こちらへと駆けながら三人の親衛隊員が密造AKを腰だめで乱射して来ていた。


 射撃の合間に壁から十四年式拳銃を突き出すようにして構え、兵治は残っていた二発をダブルタップで叩き出し、一人の親衛隊員の心臓をぶち抜いて即死させた。しかし十四年式拳銃は弾切れとなってしまったので、すぐに兵治は予備のM37を抜いて構える。


 兵治はヘッドスライディングをする要領で廊下へと上半身だけを投げ出し、床に伏せて射線から逃れつつ、右手のM37をダブルアクションで立て続けに撃った。密造AKの連続射撃音と比べればずっと頼りないリボルバーの銃声だが、こちらの方がはるかに有効だった。


 いくら麻薬で痛覚が狂っているとはいえ、あくまで人間は人間で、急所を撃てば死ぬのは間違いがない。基本的にストッピングパワーに劣る拳銃弾の中で、さらに威力が低めの38スペシャル弾とはいえ、心臓を撃たれて平気な人間は少なくともこの世にはいない。


 そういうわけで、一度相手が麻薬常用者であることを確認した兵治は、さっさと突っ込んで来る親衛隊員二人の胸を撃ち抜いた。先程は銃が邪魔で狙い撃てなかっただけのことで、丁寧に兵治は胸に二発ずつ弾丸を見舞った。


 その途端に二人の親衛隊員は足をもつらせてその場に倒れた。ひとりはうまく心臓を貫いて即死させることが出来たらしいが、もうひとりは多少心臓からは逸れたようで、まだ生きていた。とはいえ胸に二発も喰らった以上、もちろん瀕死の状態で倒れたまま苦悶している。


「お、お前も地獄に道連れだ……!」


 とりあえず兵治がとどめを刺そうと起き上がって十四年式拳銃の弾倉を交換しようとしていると、虫の息の親衛隊員が呪詛の言葉を口にし、何かを兵治の方へと転がして来た。


 重い音を立てて転がったそれが何なのかは、考えるまでもなかった。起爆ピンを引き抜かれ安全レバーが弾け飛んだ手榴弾が、時限信管を作動させていた。こうなったら最後、もう爆発はとめられないのだが、瀕死の親衛隊員は言葉通りに兵治を道連れにして自爆する気らしい。


 ――冗談じゃない!


 跳ねるように飛び起きた兵治は、最初に撃ち殺した親衛隊員の死体へと全速力で駆け寄った。死体を引っ掴んで背負うと、足を手榴弾の方へと向けてうつ伏せになり、両手で左右の耳を押さえて口を開けた。


 その直後、手榴弾の時限信管の導火薬が、中に詰め込まれていた一一〇グラムの炸薬を爆裂させた。爆発と同時に大気を切り裂きながら、鋭い破片が四方八方に飛散し、爆風が廊下を圧する。


 兵治は爆発そのものの被害は受けなかったが、それでも飛んで来た無数の破片に襲われた。そのままならばその破片に全身を切り裂かれるところだったが、そうなったのは背負った親衛隊員の死体だった。


「くそっ、間一髪だったな」


 そう呟きながら、兵治は背負っていた死体をどけたが、その死体の背中にびっしりと破片が食い込んでいるのを見てぞっとした。咄嗟に死体を盾にしていなければ、自分がこうなっていたことを思うと、精神衛生上よくないことこの上ない。


 なんとなく腹が立ったが、兵治に手榴弾を転がしてくれた親衛隊員は、爆発とそれにより生じた破片で見るも無残なことになっていたので、兵治はこの怒りを教祖様にぶつけることにした。

ええと、ちょっと作者が多忙だったのと軽いスランプに陥っていたため、また更新が遅れてしまいました。

不定期更新が続くと思いますが、これからもきちんと書き続けていくので、生暖かい目ぐらいで見て頂ければ幸いです。


最近、突然お気に入り登録やアクセス数が増え、びっくりしています。

しかし嬉しいことですので、読者の皆様には改めてお礼を、ありがとうございます!

また何か出来そうなものが思いつくことができれば、企画などもしてみたいところです。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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