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第一五話:殲滅

 木々の隙間を通して陽光がかすかに届く森の中は、普段ならば鳥や虫の鳴き声だけが響いている。しかし、今はそれらに人工的な音も混じっていた。腐葉土を乱暴に踏みつけながら進む足音と、話し声は自然の中ではよく響く。


 兵治が有坂を助け出した翌日、教団側は大規模な山狩り部隊を繰り出して来た。指示を出す親衛隊が数人と、白服の信者が二〇人以上。総勢三〇人近い山狩り部隊は、教団側の戦力の大半を占めている。


 ――あの連中、そこまで不信者を殺したいのかね。


 山道を見下ろせる木の上にいる兵治は、内心で呆れ返っていた。二人を相手に明らかな戦力の過剰投入だったし、あれでは教団本拠の警備は穴だらけになっているだろう。もちろんそれはそれで好都合なのだが、山狩りに出た連中は全滅させる必要がある。


 兵治は、ただ木の上にいるだけではない。頭からすっぽりと、草木を絡めた漁網をかぶって擬装していた。本物のカモフラージュネットのように赤外線を遮断したりする能力はないが、相手はそんな装備を持たない教団なので、これだけでも十分に身を隠す上では役に立つ。


 大木から逞しく伸びる太い枝の上で、擬装網をかぶった兵治は身構えていた。幹には有坂の祖父が使っていた鉈を突き立て、その上に三八式歩兵銃の銃身を乗せ、銃を安定させていた。こうしておけば、ずっと両腕で銃を支え続けなくてもすむ。


 ちなみにガルは、この木の上にはいない。どうもガルは教団の信者がひどく気に入らないらしく御機嫌斜めで、適当に血祭りに上げて来ると言い残し、森の中に消えていった。ガルならばめったなことはないはずなので、兵治は特に心配はしていないが。


 ――さて、またしても素人を虐殺する羽目になりそうだが、どうかな。


 戦闘のプロである兵治からすれば、教団の山狩り部隊は馬鹿丸出しだった。大人数でうるさくしながら山道を進んでくるなど、愚劣の極まりだ。これが軍隊なら攻撃を受けた際に全滅しないよう分散させるし、接近がすぐに露見する道や待ち伏せを受けやすい拓けた場所はすべて避けつつ静かに前進して来る。


 ひとまず兵治は、その愚かな行為がどんな結果を招くことになるか、連中に教育してやることにした。進んで来る狂信者の群れまで、直線距離でたったの一〇〇メートルちょっと。ただし、その間には生い茂る木々があるので、地上から兵治の姿を捉えるには実際の距離よりもずっと大変だ。


 兵治は、三八式兵銃を構え、狙いを定めた。まずは先頭にいる指揮官と思しき親衛隊員を狙う。金色の装飾が陽光を受けてきらりと輝くため、余計に狙いやすかったので、兵治は間抜けが……と思いながら引き金を絞った。


 意外なほど軽い反動を感じた直後、銃口から口径六・五ミリのライフル弾が放たれた。風を切って飛来した弾丸が、先頭にいた親衛隊員の眉間を射抜き、即死させる。三八式歩兵銃で使用する弾薬は、初速が高く貫通力に優れるため、急所に当てれば人間を一発で仕留められる。


 いきなり指揮官を射殺された信者達が動揺するのを眺めながら、兵治はボルトハンドルをゆっくりと後ろに引いて空薬莢を排出し、また慎重に戻して次弾を薬室に装填した。たとえボルトアクション式のライフルでも、ゆっくりやれば次弾装填の際の音は立てずにすむものだ。


 もしもここで焦ってボルトハンドルを操作し、がちゃがちゃとうるさく音を立てると、その音目掛けて集中射撃を浴びる羽目になる。実は反響する銃声よりも、こういう金属音の方が位置を特定されやすいのだ。


 次弾を装填した兵治は、今度も動揺する白服信者を鎮めようと躍起になっていた親衛隊員を狙い、撃った。少し低く狙い過ぎたようで、その親衛隊員の喉に弾丸は直撃、頚動脈から鮮血が派手にまきちらされた。


 その鮮血を浴びた白服信者が、パニックを起こして手にした密造AKを乱射したため、一斉に他の信者も周囲へと乱射を始めた。でたらめな発砲のせいで、その場が大混乱に陥る中、兵治はこれ幸いとばかりに狙撃を続けた。これだけうるさく銃声が響いていれば、とても兵治の狙撃の銃声など特定できないだろう。


 一撃必殺で三人を射殺したところで、三八式歩兵銃が弾切れを迎えた。五発でまとめられたクリップを取り出し、それを銃に押し込んで弾を込め直す。その頃には、ようやく信者達も乱射をやめ、狙撃手を狩り出そうと散り始めていた。


 相変わらず素人のもたついた動きだったが、それでも分散して山道を離れて木々の合間を進んで来るため、さすがに狙撃は出来なくなった。残った信者達は五人か六人の集団になり、銃弾が飛来した方向を手分けして捜索しはじめた。


 思った通り、信者達は兵治の位置を掴めていなかった。大雑把な方向を数を頼みに探しているだけだ。他の小銃系と比較して三八式歩兵銃の発砲炎は小さい上に、銃声もそれほどではない。この距離でも、木の上で擬装した兵治を探し出すのは大変だ。


 兵治は信者達が近づく前に、これからの動きの邪魔になる漁網を脱ぎ、幹の裏側に隠れた。三八式歩兵銃にこれまた長い三十年式銃剣を音を立てないように取りつけて、それを抱きかかえるようにして持ったまま待ち伏せる。




「銃声はこちらの方だったな」

「おい、そっちはどうだ。よく探せ!」


 やがて兵治が潜んでいる大木の下に、五人組の白服信者がやって来た。兵治が頭上にいるとも知らず、狙撃手の姿を捜し求め下で右往左往している。かなり滑稽な姿だった。


 信者達の間抜け姿を眺めながら、兵治は右手でM37を構えると、ひとりの信者の頭に一発叩き込んでやった。乾いた銃声が森の中に響き渡り、頭を撃ち抜かれた信者がその場に崩れ落ちた。


「う、上にいるぞ!?」


 そうやって残る四人の信者達の注意を上に集め、銃口を持ち上げさせたところで、兵治は木の上から飛び降りた。上に向けられる銃口とすれ違うようにして飛び降り、真下にいたひとりの信者の首の後ろに銃剣を突き立てる。落下の勢いも手伝い、銃剣は深々と首を貫いて、その信者を絶命させた。


 三八式歩兵銃を手放した兵治は、すぐにその隣にいた信者の懐へと飛び込んだ。その信者が上に向けた銃口を兵治へと下げ終える前に、手にした密造AKの銃身を覆う被筒を引っ掴み、銃口を強制的に兵治の背後にいる二人の信者に向けさせる。


 その信者は兵治に銃を掴まれた恐怖から反射的に引き金を引いてしまい、連続射撃音がその場にこだました。立て続けに吐き出された五・六ミリ弾を全身に浴びて、銃口の先にいた二人の信者が後ろに吹き飛ぶ。


「はい、ご苦労さん」


 仲間を二人撃ち殺してしまい、弾の切れた密造AKを手にしたまま呆然としていた信者に、兵治はそう労いの言葉をかけた。直後に銃声。顎の下からM37の銃口を押し当てられていた信者は、まるでアッパーカットを喰らったかのように仰け反り、地面に鮮血をばら撒いた。


 これでさらに五人を殺したため、もう一〇人も兵治は始末したことになる。兵治の当初の予定通りの、上々の戦果だ。さらに今後の殺戮をやりやすくするために、兵治はまた状態のよいものを見繕って、密造AKを予備弾倉とともに頂いておく。


 忘れずに信者の首を貫いていた銃剣も引き抜き、ちゃんと三八式歩兵銃も回収しておく。三八式歩兵銃にはちょっと手を加えて負い紐をつけてあるので、それを使って背負った。こうすれば密造AKを両手で構えたまま、移動できる。


「こっちだ!こっちで銃声が聞こえたぞ!」


 密造AKのコッキングレバーを引いて薬室に初弾を装填したところで、大声を出しながらまた信者が茂みの中から飛び出してきた。もちろん即座に銃弾をたっぷりと見舞い、兵治はその信者を永遠に黙らせた。うるさい銃声がさらに敵を引き寄せるが、それでいい。


 適当に密造AKを撃ちながら、兵治は森の中を駆けて後退。木立を利用して追いかける信者達の射線から巧みに逃れつつ、駆け続ける。ただし追っ手の信者達がこちらを見失いそうになると、わざと銃声を鳴らしたり一瞬姿を見せたりして、確実に森の奥へと誘い込んでいく。


「首尾はどうだった?」


 その途中で、漆黒の狼が兵治に合流した。もちろんその狼はガルで、兵治はためしにそう声をかけてみた。


「四人地獄送りにしてやった」


 血で汚れた牙を舌で舐めながら、ガルは答えた。今頃ガルに襲われた四人の信者達は、全員が喉を掻き切られ、森の中で冷たくなっているだろう。運のない連中である。


「じゃあ、これで半数は始末したな。予定通りだ」


 兵治が一一人、ガルが四人だから、単純な足し算で合計一五人倒したことになる。教団側の山狩り部隊は三〇人程度だから、今度は引き算をすれば、残っているのは半分の一五人程度となる。今のところは、兵治の想定していた通りだ。


「うまくいくんだろうな、失敗したらただじゃおかねぇぞ」

「任せろ、準備は万端だ」


 ガルの半ば脅迫めいた問い掛けに対して、兵治は充分な自信を持ってそれに応じた。教団の戦力を半分以上削り、誘導にも成功している今、特に心配することは何もなかった。このまま作戦通りに事が運べば、教団の戦力の大半を占める山狩り部隊は、全滅の憂き目を見ることとなる。




 そのまま兵治はガルとともに走り続け、斜面に開いた穴のひとつへと逃げ込んだ。表面は蔦で覆われているために発見は難しいが、わざと兵治は穴の中に逃げ込む姿を信者達に目撃させたので、すぐに押し寄せて来てくれることだろう。


「逃がすな!すぐに追え!」

「早く入って追うんだ!奴を殺せっ!」


 叫びあいながら蔦を押し退け、無理やりに穴の中へと信者達が入り込んでいく。が、中に入った信者達はすぐに悲鳴を上げる羽目になった。


「げほっ!な、なんだこれは!?」


 黄色い粉塵が穴の中の狭い空間いっぱいに漂い、それが中に入り込んだ信者達の目や喉を襲い、容赦の無い痛みを与える。その正体は兵治が振りまいた、鶏のためのコーンの飼料だった。


 目から涙を流し、げほげほと咳き込み、無様に右往左往する信者達の様子を兵治は穴の奥から見ている。穴の奥の地面には人が屈んで入れるだけの小さな別の穴が掘ってあり、兵治はそこから上半身だけ出していた。この穴は他の穴へと続く連絡用のものだ。


 信者達は催涙ガス攻撃を浴びたような状態だが、もちろん兵治はそれだけで済ますつもりはまったくない。とどめの一撃を刺すためにここへ誘き寄せたのだから、その程度で終わるはずがないのだ。


 兵治の手には、残されていた旧日本軍の装備のひとつ、信号拳銃が握られていた。本来は信号という名が示す通り、攻撃用ではなくただの信号弾を打ち出すための発射器だが、使い方を変えれば武器にもなる。


 中折れ式の信号拳銃に、兵治は信号弾を一発装填した。これも油紙で包まれた上に乾燥材が詰め込まれ、空気からうまく遮断されていたために、発射可能だった代物だ。両手で信号拳銃を構えた兵治は、信者達の足元で倒れ、中身を地面にぶちまけている灯油缶を狙う。


「くたばれ!」


 怒声とともに、兵治は信号拳銃の引き金を引くと、足元の穴の中へとすぐに逃げ込む。外気から遮断され湿気ていなかった火薬が炸裂し、まばゆい光を放ちながら信号弾が飛び出していった。穴の中がまるでサーチライトを照射されたかのような光に包まれる。


 そして、それが灯油缶に激突して跳ね、地面に広がる灯油の膜に突っ込んだ瞬間、信号弾の光をも圧する大爆発が起きた。猛烈な爆風が信者達を襲い、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばす。爆発の影響を受けて、穴の天井が一部崩落し、残った信者を生き埋めにする。


 粉塵爆発……読んで字の如く、一定濃度の可燃性の粉塵が空気中に浮遊した状態で、そこに何らかの火種が加わると爆発を起こす現象。炭鉱では微細な粉となった石炭がこの粉塵爆発をよく起こしていたが、小麦粉や砂糖などの食品でも起こりうる爆発だ。


 兵治はこの場合の粉塵として、有坂の祖父が飼っている鶏を育てるために大量に用意してあった、飼料のコーンを用いたのだった。適度な空間と酸素、そして粉塵と火種さえあれば、粉塵爆発を起こすことはそれほど難しいことではない。


 そもそも粉塵爆発というのは、今でも起こる危険な爆発事故のひとつだ。輸出入のための穀物を貯蔵する港のサイロでは、これを警戒して火器厳禁となっているし、実際に発生する危険性があるからこそ厳重注意がなされているのだ。


 おまけに兵治は、有坂の祖父が昔ながらのマッチを使って着火する石油ストーブの燃料として用いていた、灯油をあらかじめ地面に撒いておいた。そこへ火種となる信号弾が跳び込んで来たのだから、爆発しない方がおかしかった。


「お見事!糞野郎はみんな吹っ飛んだぜ」


 奥の穴からひょっこり顔を出したガルが、口笛を吹きながら言った。相変わらずどうやって口笛を吹いているのかは謎だが、それはともかく尻尾が振られているのを見るにつけ、兵治の作戦がお気に召したらしい。


「言っただろ、任せろって」


 兵治も顔を出し、自身の作戦の成果を確認すると、満足げに言った。待ち伏せで敵の数を減らしつつ、ここへと誘い込んで粉塵爆発でとどめを刺す、という兵治の作戦は大成功だった。


 穴の入口の天井が崩落しているが、兵治とガルが逃げ込んだのは木の板で補強された小さな穴だったので、信者達とは違って生き埋めにならなかった。爆発による急激な酸素の燃焼で、一時的に穴の入口付近は酸欠状態になり、すでに火は消えていた。


 静けさを取り戻した穴の中では、呻き声ひとつ聞こえていなかった。粉塵爆発の真っ只中にいた信者達は爆発で死ぬか、その後の崩落で生き埋めにされた。その場にいた信者達で、助かることのできた者は、ひとりとしていなかった。


 三〇人もの信者達から成る教団の山狩り部隊は、ガルという助けがあったにせよ、たった一人の兵治により全滅させられることとなった。まさしくこれが、戦闘のプロと素人との圧倒的な差だった。

連休中は実家に帰省していたため、続きを書くことができていませんでした。

そのため間が空いてしまい、お待たせしてしまった読者の皆様には申し訳ありませんでしたが、今話もお楽しみ頂ければ幸いです。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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