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第一三話:叛逆者

 青年を連行していく白服の信者四人組は、そのまま教団本拠となっている建物の裏山へと向かっていた。建物の裏の空き地を通り過ぎると、山の斜面にぽっかりと開いた穴に近づいていく。


 穴は普通の家の玄関程度の大きさで、白服信者はその入口に見張りとして一人を残す。残る三人は青年を真ん中に挟んで、穴の中に入っていってしまった。


 ――まずいな。早く助けに行かないと、あの子が殺されてしまう。


 林の中に潜んだままの兵治は、焦る。早く助けに行きたいが、残された見張りの存在が問題だった。林から見張りまで数メートル、ぎりぎりまで近寄ったが、それ以上は見通しのいい空き地に出てしまう。


 まだ銃声を響かせるわけにはいかない兵治は、P230を一度ホルスターに戻した。かわりに左腰の鞘に納めていたナイフを引き抜く。


「せっ!」


 短い気合の言葉を吐きながら、兵治は手首のスナップを利かせたアンダースローで、ナイフを投擲。しゅっという大気を切り裂く飛翔音がして、見張りの喉仏を刃が貫いた。密造されたAK74を取り落として、ほぼ即死の見張りが倒れる。


 誰も見ていないことを確認した兵治は、すぐに林から飛び出して死んだ見張りへと駆けた。密造AKを拾い上げてから、見張りの死体を近くの林に運び込んで、すぐには発見されないようにしておく。


 ――見張りは単独でやるものじゃないんだ、間抜けめ。


 死体に向かって内心で侮蔑の言葉を送ると、その喉元からナイフを回収しようとしたが、刃が不自然に曲がっていたので兵治は回収を断念。死んだ見張りの密造AKとその予備弾倉は、茂みの奥へと隠しておく。


 それらの作業を迅速に終えた兵治は、見張りの消えた穴へと入っていく。もちろんガルも一緒について来る。穴は最近掘られたものではなく、かなり年月を経ている感じだったが、教団がところどころに補強をしていた。


 穴の中を進むうちに当然真っ暗になってしまったので、兵治は小さなマグライトを取り出して点けた。右手にP230を構え、左手にマグライトを持って慎重に進んでいく。光源目掛けて万が一にも撃たれては話にならないので、体からマグライトは離し、前だけを照らす。


 そのまま進んでいくと、前方に微かな明かりが見えたので、兵治はマグライトを消した。明かり以外にも、また呪文のような声が聞こえて来る。おまけに異臭が漂って来たので、兵治は危機感をさらに高めた。


「教祖様のお導きを受けて、黄泉の世界へ」


 そんな台詞が耳に入ったところで、兵治はやっと状況が把握できる場所にまで来た。穴の中の少し開けた場所に、白服信者三人と青年がいた。信者二人は密造AKを手にして背後に控えているが、一人は膝を着いて恐怖に震えている青年の後頭部に銃口を押しつけている。


 吊るされた大型の懐中電灯の明るさの中で、銃口を突きつけている白服信者が、引き金に指をかけるのが見えた。兵治はP230を構えて瞬時に照準を絞り、その信者の後頭部に一発撃ち込んだ。狭い穴の中で雷が落ちたかのような銃声が響き渡り、即死した信者がばたりと倒れる。


 青年ではなく仲間が頭を撃ち抜かれるのを見た残りの二人は、唖然として凍りついていた。兵治はすぐに銃口をスライドさせ、片方の信者の胸を狙ってダブルタップ。白い服の胸を血で染めながら、その信者も倒れる。


 ダブルタップで二人目を射殺したはいいものの、異音がしてP230のスライドが中途半端な位置で停止してしまった。見れば排莢口に本来なら勢いよく弾き飛ばされるはずの空薬莢が、そこで引っ掛かって潰れてしまっている。


 ――ジャミング!?


 排莢不良、いわゆるジャミングを起こしたP230を捨て、咄嗟に兵治は腰の後ろのバックアップガンであるM37を抜こうとした。ほぼ同時に兵治の姿を認めた信者が、密造AKの銃口を向けて来る。


「チッ!」


 舌打ちひとつしたガルが、兵治と信者よりも遥かに早く動いた。兵治を追い抜いたガルが、信者へと突進し腹に頭突きを喰らわせる。背中から信者は穴の壁に叩きつけられ、悲鳴とともに銃を手放したが、ガルはその信者の喉へと牙を滑らせた。


 喉から鮮血をまき散らして絶命した信者を目にして、兵治は構えたM37の銃口を下げた。三人の信者が確実に死んでいることを確認した後、牙の血を拭っているガルに礼を言う。


「助かったよ」


 青年がいるので話せないガルは、黙って頷いて答えた。先程舌打ちをしてしまったが、これは後でなんとでも誤魔化せるだろう。




 ひとまず兵治は青年に近づいて、両腕の戒めを解いた。口に突っ込まれたままだった布も抜き出してやる。青年はまだ震えて荒い息をしながらも、兵治を見て半ば叫ぶように言った。


「大丈夫か?」

「あ、あんた一体……!」


 助けてやったのにも関わらず、あんた呼ばわりとは失礼だなと兵治は思ったが、恐慌状態なら仕方が無いかと思い直す。それに相手は中坊だ。


「話は後だ。急いで逃げないと、あの狂信者どもに八つ裂きにされるぞ」


 先程捨てたP230を拾って点検しながら、兵治が言った。P230の排莢口に挟まっていた空薬莢を取り除くが、潰れた空薬莢の破片が内部機構を傷つけたらしく、正常に動作しない。戻ったらまた新しいものを調達する必要があるだろう。


 早い話が壊れたP230から、暴発されてはたまらないので弾薬を抜き取っておき、それからとりあえずはホルスターに仕舞っておく。一瞬信者が持っている密造AKを使おうかと思ったが、どうにも危なそうだったのでやめて、M37で我慢することにした。


「さあ、早く逃げるぞ。それとも、この臭いの原因のひとつになるか?」


 まだ呆然としたままの青年に対して、兵治がそう声をかけた。その場に漂う腐臭は、穴の奥にある盛り土からで、兵治の予想では教団に逆らった人間がここで殺されて埋められている。残酷な話だが、他にそれらしい説明はつかなかった。


「いいか、今から逃げるが絶対に俺より前に出るな。そして俺の言うことも絶対に聞け。いいな?」


 背後の腐臭の元凶を見て顔を青くした青年は、兵治の言葉にうんうんと頷いた。素直が一番だと兵治は思う。


「よし、それでいい。ついて来い」


 そう言うと、兵治はマグライトを灯して穴の中の道を戻り始める。青年もおっかなびっくりという感じで、言われた通りに後をついて来る。


 出口まで中ほどというところで、前方に突然明かりが出現した。誰かがこちらへと近づいて来ているとわかり、兵治は右手のM37の銃口を持ち上げた。ただし、いきなりライトを消したりすると怪しまれるので、そういうことはあえてしないでおく。


「おい、銃声が何回かしたが、大丈夫だったのか。それに儀式の際には入口に見張りを立てろと……!?」


 ライトの光の中にこちらへと銃口を向ける兵治の姿を目撃し、様子を見にやってきた信者の目が見開かれる。ライト以外の光が瞬き、眉間に一発叩き込まれた信者が後ろにひっくり返った。銃声が穴の中にこもって反響する。


 映画やドラマではリボルバーは全弾撃ち尽くした後、まとめて空薬莢を捨てて、再装填を行う。しかし実際には、装填された全弾を撃ち尽くす前に、機会を見て再装填を行うのが望ましいとされる。そういうわけで、兵治も空薬莢をひとつ抜き取ると、新しくバラ弾を一発装填しておいた。


 どうにもリボルバーのM37では火力が心もとなかったので、兵治は仕方なくその信者が持っていた密造AKを拾い上げた。密造銃を使うなどリスクは大きいが、背に腹はかえられぬ、である。


 機関部は銀色、それ以外は黒一色のなんとも安っぽい密造AKを手にすると、まずコッキングレバーを引いて薬室に装填されていた一発を弾き出した。はめられていた弾倉も取り外す。これは落下した際の衝撃で、薬室や弾倉内に装填されていた弾薬がゆがんでいたりすると、給弾不良や暴発の原因になるからだ。


 その後に異常が無いか点検したが、ひとまず撃てそうだった。射殺した信者が腰に持っていた予備弾倉を四個頂いておき、一個を密造AKに装填。再びコッキングレバーを引いて薬室に初弾を装填し、いつでも射撃可能な状態にしておく。


 密造AKを構えて立ち去ろうとしたところで、兵治は射殺した信者が黒い肩掛けバックを提げていたことに気づいた。何か使えるものが入っているかもしれないと思い、とりあえずそれも回収すると、後ろの青年に持たせた。


 最初の三発の銃声はともかく、今の間を置いた一発の銃声は、確実に教団を警戒させているはずだった。そのため、急いでここから離脱する必要があり、兵治は準備を終えると、出口へと走った。マグライトの明かりを頼りに、出口へと急ぐ。




 外の光が届くところまで来ると、兵治はマグライトを消して仕舞った。青年がちゃんと後ろをついて来ているかどうか確認した後、慎重に穴の外の様子をうかがう。すると、外では警戒を叫ぶ声がいくつも響き渡っていた。


 こちらへと密造AKを手に走り寄って来る白服信者が二人見えたので、兵治は穴の中で密造AKを膝立ちで構えると、フルオートで撃った。連続する銃声とともに、銃口から五・六ミリ弾が吐き出されていき、血をまき散らしながら信者二人がもんどりうって倒れる。


 さらに騒ぎが大きくなる中、兵治は穴から飛び出すと、手近な林の中へと駆け込んだ。その直後に立て続けに銃声が鳴り、足元を銃弾が走る。林の木の幹を盾にすると、兵治は振り返ってまた密造AKを全自動連射。こちらへと乱射して来た信者の集団に銃弾を撃ち込み、少しの間は足を止めさせる。


 そこで弾倉が空になったので、兵治は再装填した後、再びこちらへと迫る信者の集団目掛けてフルオートで撃ちまくった。本当はセミオートで狙い撃ちたいところだが、密造銃で精度が悪い上に、フルオート機構しかないので仕方が無かった。


「逃げるぞ!しっかりついて来い!」


 あっという間に二個の弾倉を使い果たした兵治は、とにかく教団本拠裏の山へと逃げ込むことにした。青年を引き立てて、森の中へと駆け込む。ガルは何も言わなくても、涼しい顔をしてついて来る。


「畜生、しつこい奴らだな!」


 悪態を吐いた後、兵治は追いすがる信者の群れへと銃火を吐きかける。白い人影の群れの中で赤いものが飛び散り、確実に何人かには弾を浴びせているのだが、信者の集団は足を止めない。むしろ仲間の死体を踏みつけながらこちらへと迫って来る有様で、まさに狂気の集団だった。


 そうこうしているうちにその弾倉も空になり、最後の弾倉を装填しようとしたが、なぜか銃にうまくはまらない。兵治が弾倉の口を見てみると、工作技術が未熟だったせいかそこが変形してしまっていた。これでは装填はできない。


 ――くそっ、これだからパチモノは!


 弾が切れただの重い金属の塊に成り下がった密造AKを投げ捨てると、兵治はM37を抜いた。が、たかだかリボルバーの一丁で、襲って来る狂信者を全員撃退するのはとても無理だ。本当にとんだ強行偵察になってしまった。


 こんなことなら、M1500も持って来ればよかったと兵治は後悔。病気でどうせ大して生き残っていないだろうと思い、身軽になるために置いて来てしまったのだが、とんだ誤算だった。甘い見積もりを立てた自分に腹を立てながらも、兵治は荒れた森の中を登り続ける。


「逃げ場があるんだ!ついて来て!」


 不意に後ろを走っていた青年がそう言い、くるりと左に方向転換したので、慌てて兵治は追いかけた。どうしようか一瞬迷ったが、ここは地元民らしい青年に賭けてみるのも悪くは無いと考えた。このまま逃げ続けても兵治だけならば追っ手を撒ける自信はあったが、青年が一緒となれば話は別だ。


 青年に従い走って行くと、やがて蔦がのたくる山の斜面へと辿り着いた。そして、青年は斜面のある一点に迷わず近づいていくと、屈んで足元の蔦をかきわけた。するとそこに大人一人が中腰で入れるほどの穴が現れた。


 背後が気になる兵治だが、幸いにして生い茂る木々が見通しを悪くしている。そのおかげで、今は一時的に教団側は兵治たちを見失っていた。もちろんこちらの方向へ逃げたことは見られているので、ぐずぐずしていたら発見されてしまうのだが。


「ライトを!」


 青年が振り返って兵治にそう求めたので、兵治はマグライトを取り出すと渡してやった。それを受け取った青年は点灯させると、明かりを確保し穴の中に中腰で入っていく。


「こっちへ……!」


 中から青年の声が聞こえたので、兵治も腰を屈めて穴の中に入った。中腰になる必要の無いガルが続けて穴の中にするりと入って来るのを確認した後、振り返って穴の入口の蔦を元通りにしておく。確かにこれなら容易に発見はされそうにない。


 ――あの連中から見たら、まるで神隠しだろうな。


 兵治はそんなことを考えながらも、マグライトをかざして前を進む青年を追って進み続けた。しばらくそのまま中腰で前進し続けると、不意にもっと広い空間に出た。後ろには今出て来たばかりの穴が闇の中に沈んでいるが、今いる空間の大きさとは雲泥の差だ。


 そこはトラック一台がすっぽり入りそうな縦横の幅がある場所だった。穴というよりはむしろ洞窟といえる規模だったが、どうも人為的に掘られたものらしかった。青年がマグライトを持っているのであまりよく観察できないが、穴は全体的に四角の形をしているし、土壁を見る限り掘られてからかなりの年月が経っている。


 ――ここには鉱山か何かでもあったのか?


 マグライトを持ち迷うことなく穴の中を進んでいく青年の後を追いながら、兵治の疑問と興味は膨らむばかりだった。もちろん今青年にあれこれ質問しても仕方が無いので、兵治も黙って青年の後を追って歩き続けたが。

本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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