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第一一話:情報収集

 照明の消えたその建物の中には、無数の書架が並び、そこには所狭しと本が詰め込まれている。建物の側面は一部ガラス張りになっていて、そこから差し込む陽光が、空中の細かい埃を浮かび上がらせている。


 ここは林町の中央図書館……平和だった頃には常に人の出入りが絶えなかった場所だが、今は食べ物も無い図書館に来る人間など、皆無に等しかった。本自体には、腹をふくらませる力は無い。


 しかし、今この図書館の中には、一人と一匹がいた。一人は窓際の机に座り、一匹はその下で寝そべっている。


「おいおい、どうなってるんだ、これ……滅茶苦茶じゃないか」


 兵治が、呆れたようにもらした。その原因は、兵治の前に広げられた日本地図のせいだった。


「都道府県や大都市、大きな自然地形に変化は無いようだが……それ以外は俺の知っている日本と全然違うぞ」


 今兵治が言った通りだった。兵治が来る前の日本と、こちらの日本とでは、細部がまったく異なっていたのだ。


 各都道府県の配置には大した変化は無いようだが、大都市や特徴的な川や湖、山脈を除くと、兵治が見たことも聞いたこともない都市や地形が置かれていたからだった。よくよく見れば、各都道府県の境目なども、兵治の記憶と多少異なっている。


「ガル、これは一体どういうことなんだ?」


 兵治は、足元で寝そべっていたガルにそう尋ねた。すると面倒そうにしながら、ガルは姿勢はそのままに話し始める。


「だから言っただろうが、お前のいた世界とは微妙に異なるってな。違いは病気だけじゃねぇんだ。その地図見りゃわかるが、地形も変わってる」

「これは微妙どころじゃないだろう……畜生、この歳で日本地図とにらめっこか」


 日本地図を前にして、兵治は頭が痛かった。まさか地形まで異なっているとは思わなかったというのが、兵治の本音だ。


 どうして兵治が図書館で頭痛に悩まされる羽目になったかというと、それは少し時間をさかのぼることとなる。


 公民館襲撃事件から一週間以上が経過したが、その間に兵治たちはこの林町の治安を回復させることに成功していた。散り散りになった暴徒を各個撃破するのはたやすく、また暴徒そのものが仲違いを起こして弱体化していたため、兵治と草加が率いる警備隊は現在町内を制圧下に置いている。


 暴徒が壊滅し治安が回復したおかげで、それまであちこちで息を潜めて生き残っていた人たちが、多数兵治たちに合流して来ていた。せいぜい五〇人程度だったのが、今は二〇〇人に達しそうなぐらいだ。もちろん万単位だった町の人口を考えれば微々たるものだったが、これからもっと郊外にも探索の手を広げれば、さらに多くの生き残りを見つけられるかもしれない。


 それで今後、捜索の手を広げこの林町の防備をかためるためにも、兵治はこの辺りの詳細な地形を知ることが必要となった。今までは草加や南方に頼っていたが、さすがにこのまま人任せはまずいので、ひとつ自分で調べるためにこの図書館にやって来たのだが。


「地方なんて、ほとんど未知の世界になってるぞ、俺にとっては……」


 詳細な日本地図を開いて見た途端、兵治はひっくり返りそうになったものだ。先程ガルが言った通りの理由で、地形が兵治の知っている日本とまったく異なっているため、必死になって覚えなければならなかった。


 ひとまず兵治が把握したのは、この林町の所在地と周辺事情だった。林町は静岡県西部、その内陸に位置していた。西部といっても、どちらかといえば、中部寄りのようだ。位置的には、西部と中部の真ん中辺りだろうか。


「陸自の駐屯地なんかは、やはり東部に集中しているな……」


 日本地図とは別に持って来た自衛隊の本を読みながら、兵治は呟いた。自衛隊の駐屯地の場所まで変わっているので、そういったことまで同時に調べる羽目になっている。


 兵治としては駐屯地で武器や装備を手に入れたかったのだが、中部の治安が悪化しているというのが大問題だった。県庁所在地でもある政令指定都市の静岡市付近が、特にひどいらしい。これが東部へ行くための最大の障害となるだろう。


「なんだこりゃ、対馬戦争後に増強配備……?」


 自衛隊の本を読んでいた兵治だが、対馬戦争という見慣れない単語に首を傾げた。嫌な予感がしつつも読み進めたが、どうも対馬を巡って日本と韓国が戦争をしたらしい。


「あーそうそう、微妙に近代の出来事も変わってるから、そのつもりでな」

「もっと早く言えよ、そういうことは!?」


 兵治はいい加減なガルに対して憤まんやる方ない思いだが、ガルは言うだけ言ってさっさと寝に入ってしまう。仕方が無いので、兵治は歴史の本やストックされていた新聞まで読むことにする。




 それらを読んだ限りでは、どうも二〇〇〇年代に入ってからは、かなり兵治のいた世界の日本とは異なっていることがわかった。さらに一〇年近く、こちらの方が時代が進んでいるようだった。


 大きな出来事としては、やはり韓国との対馬を巡る戦争だろうか。中国経済の躍進に押される形で長引く不況に喘ぐ韓国では、対外的に強硬姿勢を打ち出す政権が誕生。その矛先を日本に向け、過去の戦争問題をほじくり返し、竹島問題を盛り上げ、さらに領海問題も起こした。


 そんな中、対馬沖で違法操業中の韓国漁船を海上保安庁の巡視船が停船させ、臨検しようとしたところ、韓国漁船の乗組員から銃撃を受けて一名の死者を出すという惨事が起こった。さらに当該漁船が逃走しようとしたため、巡視船は警告の後に船体機関部へと機関砲を射撃し、強制停船させた。


 改めて臨検に移ろうとしたところで、韓国海洋警察に所属する巡視船が現場に割り込み、当該海域は韓国側の領海であると主張し、臨検を妨害。現場は竹島を巡って双方の領海ラインが食い込んでいるところだった。


 幾度かの応酬の末、完全に逆上した海洋警察の巡視船が発砲。艦橋に猛烈な射撃を受け、多数の死傷者を出した海上保安庁の巡視船は航行不能に陥る。そこへ双方の応援が到着、海上で睨み合いが始まった。


 日本側は冷静な対応を呼びかけたが、韓国側はこれ幸いとばかりに事態をエスカレートさせていった。当該海域に韓国海軍が進出、最悪の事態を回避するべく、日本側は海上保安庁の巡視船群を撤退させた。


 これでも韓国側の暴走はとどまることを知らず、日本に対して本件に対する謝罪と賠償を要求。さらに出自不明の古い海図を持ち出し、対馬は本来韓国の領土だと主張、韓国に返還するように重ねて要求を出した。


 支持率低下の著しい日本政府は、これを拒否した後に国連に提訴しようとした。ところが韓国側は拒否を日本からの宣戦布告と断定し、韓国軍を対馬奪還のために出動させた。韓国軍の空挺部隊と海兵隊が、海軍の援護を受けつつ、対馬に強行上陸。米国は双方が同盟国のために中立を宣言、双方に冷静になるように呼びかけつつ、日和見に移った。


 事態がここに至り、支持率が最低ラインに達した日本政府は、長崎県の要請を受けて自衛隊に防衛出動を命令。命令を受けた自衛隊は、上陸した韓国軍に対して、対馬警備隊による遅滞防御を行いつつ、陸海空の自衛隊の大規模な出動を行った。


 日本側がまた折れるだろうと踏んでいた韓国側の見通しは甘く、韓国軍は十分な戦力を海空に展開させていなかった。海自と空自は韓国海軍の艦隊に対して、同時攻撃を敢行。激しい戦闘の末に展開していた韓国艦隊を全滅させ、陸自の増援を対馬に上陸させることに成功した。


 機甲科や特科を伴った陸自は、軽装備の韓国軍の空挺部隊と海兵隊をじりじりと押していき、犠牲を払いながらも韓国軍を対馬から駆逐した。もちろん韓国側も黙っておらず、さらに海軍と空軍を動員して強引な反撃を行ったが、無理な作戦が祟ってことごとく海自と空自に阻止されてしまっていた。


 対馬が奪還された後も韓国政府は敗北を認めず、徹底抗戦を宣言。支持率を回復させた日本政府も強硬姿勢を崩さず、自衛隊をさらに竹島に進出させ、これを奪還した。そもそも日本の東京都程度の経済規模しか持たない韓国が、本気になった日本に勝てるはずがなかったのだ。


 それでも韓国側は徹底抗戦を叫ぼうとしたが、ここでとんでもない事態が沸き起こった。北朝鮮が二度目の核実験を成功させ、声高にその成果を主張し、米帝の傀儡である南朝鮮こと韓国へヒステリックな恫喝を行った。さらに国際社会でも、対馬の一般市民が韓国兵に処刑される衝撃的な瞬間が報じられたため、日々批難と圧力が高まっていた。


 さすがにこれはまずいと韓国にもわかったようで、ようやく米国を仲介者として、日本と停戦。日本は韓国から謝罪や賠償などを引き出せなかったが、対馬と竹島は日本の領土であることを正式に認めさせた。


 この一連の対馬戦争で、日本の国防意識は大幅に向上した。憲法九条の見直しや、有事立法の改正、年々削減されていた防衛予算は一気に増やされ、ようやく自衛隊は一人前に戦える組織となった。弱腰外交も一転して消え去り、国家としても日本は一人前になった。


「やけにこっちの自衛隊は景気がいいと思っていたが、そういう事情があったのか」


 自衛隊の本を読んでいて、妙に装備がいいなと思っていた兵治は、これでようやく納得することが出来た。


「しかし、こっちの自衛隊は恵まれていていいな……まあ、こんな世界になってしまったけど」


 独り言をもらしながらも、兵治がふと外を見れば、もう外が暗くなりかけていた。資料を読むのに夢中になっていて、気づかなかったが、そろそろ帰らないとまずい。


「いつまで寝てるんだ、帰るぞ、ガル」


 急いで読んだ本や新聞を元の場所に戻しながら、兵治は寝込んでいたガルを起こす。わざわざ電池を消費して懐中電灯を使いながら、夜道を帰るのはよくない。


 片づけを終えた兵治は、まだ眠そうなガルを引き連れて、陽が落ちる前に図書館を後にした。




 図書館から避難所になっている公民館へ戻った兵治は、ひとまず得た地理の知識を使って、林町の防衛計画を練ることにした。そのために、責任者をざっと公民館の二階、小会議室へと集めた。


「というわけで、こことここには監視所というか、検問所をつくった方がいい。道路封鎖も考えておいた方がいいな」

「なるほど、あとでそこにも人員を配置しておこう」


 今回の会議のために、わざわざこの公民館に来た草加が、メモを取りながら兵治の説明を聞く。現在、草加は別の避難所の警備責任者となっているからだ。


 生き残った人が多くなるにつれて、この公民館では収容しきれなくなってきたため、治安の回復した町内の中心部へと別の避難所をつくった。そこでは主に大人が中心となり、建物から飲食物や物資を回収している。


 町外れにあるこの公民館から、わざわざ町内の中心部まで行って、そういうことを行うのは非効率的だからで、そこの責任者に草加はなっているというわけだ。ちなみにこの公民館は、子供が中心となっていて、兵治が警備責任者だ。


「まあ、防衛計画はこれぐらいなんだが……少し考えがあるんだ」

「なんだ?」


 一通り話し終わったところで、兵治が口にした。


「実はもうちょっと自給自足できて、いざという的に逃げ込める場所がないかどうか、探しているんだが……子供たちだけでも、もっと環境のいい場所に移した方がいいと俺は思う」

「自給自足できる場所?」

「ああ、今は食べ物がたくさん町の中に残されているから、それを集めてなんとかなっている。でも、それはいつかは無くなる。そうなる前に、自分たちで食べ物を用意できるようになっていないと、まずいと思うんだ」


 兵治の考えでは、もっと自然が豊かで、自給自足できる場所を確保する必要がある。今話した通り、いつかは町の中から食料は無くなるのだから、今からそれに備える必要がある。


「それに他の場所から、危険な連中が攻めて来たとき、逃げられる場所があった方がいいだろう。ちょっとした疎開先みたいな場所が欲しいんだ」


 兵治がそう話し終えると、その場で皆一様に考え始めた。そして、真っ先に発言したのは学生のまとめ役、石塚だった。


沼田村ぬまたむらなんかどうでしょうか。あそこなら、学生向けの自然体験学習センターとかがあって、宿泊場所には困らないですよ。自然体験学習センターが出来るぐらいだから、自然が豊かでいいところですし」


 兵治が持ち込み机の上に広げた地図の上の、ある一点を石塚が指し示した。そこは林町よりも長野県や山梨県に近い、山脈の中にある場所だった。


「あそこなら私も行ったことありますけど、キャンプ場なんかもありましたし、結構いいと思います。川でおいしい魚が取れますし、確か農業も続いてましたね」


 子供たちの面倒を見ている、南方も石塚の意見に同意した。兵治も聞いていて、なかなかよさそうだと思う。


 ただ、草加だけは沼田村と聞いた途端、腕を組んで考え込んでいる。何かあるのだろうかと思い、兵治は質問することにした。


「どうしたんだ、何か問題が?」

「いや、あそこは最近……というかこうなる前に、いろいろと取り沙汰されていた場所なんだ。『落日の教団』というのを聞いたことは無いか?」


 なんだそりゃ、中学生のネーミングセンス以下の名前だな……と思いながら記憶のページをめくってみると、すぐに思い出した。確か先程図書館で読んだ新聞の中に、その名があったはずだった。


「確か宗教団体だったか。ありがちな終末論を唱える、カルトな連中だったよな」

「そうだ。教団内でのリンチ事件や、麻薬の乱用なんかで、警察でも要注意の新興宗教団体だった」


 新聞では抜けようとした信者を拉致した後に監禁して暴行を加えたとか、信者に神の世界を見せるとかで麻薬を服用させたとか、ろくでもないことばかり書き立てられていたので、納得の話だった。


「それでその頭のネジが見事に外れた連中が、どうしたんだ?」

「実はそいつらの本拠が、その沼田村にあったんだ。連中は修行のための精神鍛錬場とかなんとか言ってたが」

「ああ!そんなこともニュースになってましたよね。確か警察が強制捜査に入るとか言ってましたけど、その後に病気の流行が始まって、それどころじゃなくなっちゃいましたね」


 草加の話を聞いて思い出したらしい、石塚が手を叩きながら言った。


「そうだ。逃げ出した信者の証言で、その本拠の中に怪しい木箱や多数の工作機械が運び込まれたのがわかった。どうも何らかの武器を密造する気らしく、強制捜査に入って挙げてしまおうと思ってた矢先に……これだからな」


 そこまで話し、草加はため息をついた。草加としては、そんないかれた連中が今どうしているか、やはり気になるところなのだろう。


「そんな怖い人たちが……危ないですよ、子供たちをとても連れて行けません」

「でも、そのいかれぽんちも、ひょっとして病気で全滅したかもしれませんよ!その教団は置いておいて、あそこは穏やかな場所ですし、暴徒とかヤバイ人たちもいないかも!」


 南方は草加の話を聞いて難色を示したが、石塚は結構乗り気のようだ。前向きというか楽観的というか、どうも物事は損な方向に考えない性格らしい。


 兵治もここは考えどころだった。他に条件に一致する場所は無いから、やはりこの沼田村を調べてみるべきだと思った。


「よし、じゃあ試しに俺が偵察に行って来よう。それで安全かどうか確かめる」

「大丈夫か、万が一何かあったら……」

「大丈夫だ。俺はそういう訓練も受けているし、単独の方が偵察には有利だし。危ないと思ったら、さっさと逃げて来るよ」


 心配する草加に対して、兵治はそう返した。偵察に行くならば、兵治以外に適任はいない。草加にはここの警備責任者として、残ってもらわなければならない。


 ――まあ、ちょっとぐらいその教団の生き残りがいても、俺が掃除すればいいしな。


 独りで偵察に行くという兵治の身を心配する他のメンバーをよそに、兵治は内心でそういう物騒なことを考えていた。そして、地図を見ながらどういうルートで行くかどうか、早速検討しはじめた。

お待たせしました、やっと久し振りに本編を更新です。

これからは対教団編ということになり、ゆっくりでもちゃんと書き進めていくので、これからも読んで頂ければ幸いです。


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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