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第一〇話:防戦

 穏やかな陽気の午後、兵治は公民館の二階にいた。窓の下の壁に押しつけるようにして備えられた机を前に、楽な姿勢で椅子に座っている。窓から流れ込んで来る風は温かで気持ちよく、窓の左右に吊り下げられたカーテンをゆっくりと揺らしている。


 ――こんな日には、ゆっくりと読書をするのが一番なんだが……。


 そんなことを思ったが、兵治が座っている机の上には、本は無い……かわりに黒一色で仕上げられ、銃本体の上部に狙撃用のスコープを搭載したライフルが、二脚を用いて立てられている。その傍らには警察用のデジタル無線機が置かれている。そしてライフルと無線機を守るようにして、机の上には砂や土が詰められた防弾用の土嚢が並べられていた。


「こちら二番監視所、接近して来る車列を再度確認!」

「了解、そのまま監視を続けろ。見つからないように注意、以上」


 公民館近くの高層マンションの屋上に設けられている二番監視所の警備班員から報告が来ると、兵治は無線でそう応じた。椅子に座ったまま二脚で支えられたライフルを構え、スコープを覗き込みながら、どうしてこういう穏やかな日に限ってこんな目に遭うのだろうかと思った。


 兵治が襲撃を受けた避難民のビルに乗り込み、暴徒を皆殺しにしてから数日が経過している。バリケードを築いて立てこもり、生き残っていた十数人の避難民は、伊藤の説得と事情説明に応じて全員が救出されていた。無線で呼んだ草加の輸送車が到着すると、避難民を安全な公民館へと運び、無事に保護した。


 そこまではよかったのだが、仲間を皆殺しにされたことに怒ったのか、暴徒が血まなこになって兵治たちを探し出し始めた。今までは町の中心部から出て来なかったのに、町外れまで捜索の手を伸ばした暴徒どもに、兵治たちの避難している公民館が発見されるのは時間の問題だった。


 そして今日、遂に恐れていた事態が起こった。昼を過ぎた頃に、暴徒が乗った何台もの車がこの公民館へと接近していることが、周囲に設置された監視所からの報告で発覚したのだ。暴徒の車列は明らかに公民館を目指していることが確認されており、発見されたことは明確だった。


 それでも兵治は大して動じていなかった。いつかこんなことになるだろうと考えて、公民館を防衛する計画は何度も練ってある。この日に備えて警備班員には訓練を施し、全員に拳銃とはいえ銃器と十分な弾薬が行き渡っている。武器以外でも、警察署から回収された装備が警備班には渡されているから、暴徒とは装備面で雲泥の差がある。


 それになんといっても、例のビルから救出した避難民は大半が大人で、学生だけだった警備班の戦力を大きく強化してくれていた。こうして襲撃を受けることにはなったが、それだけの価値はあったと兵治は考えている。


 ――こいつもあるしな、なんとかなるだろう。


 そう思って、兵治は構えているライフルを眺めた。これは草加のおかげで手に入れることのできた代物だ。


 実は警察署に行った際、ちゃっかりと草加が管轄地域内の、銃砲所持許可証保持者の登録簿を回収していたのだ。この名簿に記載されている住所を手掛かりにして何軒か調べたところ、とある一軒屋にこれが完璧な状態で保管されているのを発見することができた。


 豊和M1500の重銃身モデルの黒染め仕様――それが、今兵治が構えているボルトアクション式ライフルだ。国内では日本警察が狙撃銃として採用している以外はあまり売れていないのだが、海外では手頃な値段にも関らず精密かつ堅牢につくられているという実に日本製の工業品らしいところが評価されて、結構人気のあるライフル。口径は七・六二ミリで、装弾数は五発だ。


 このM1500は持ち主が凝り性だったのか、ドイツ製の高性能スコープが装着されていた。高性能というだけあって、お値段も目が飛び出るほど高い。しかしその値段に見合って、日本人と似て勤勉なドイツ人がつくっただけあり、このスコープの性能は抜群だった。さらに銃の前方に設けられた二脚のおかげで射撃姿勢を安定させることができ、兵治が十分に対人狙撃銃として用いることが可能だった。


「氷川だ。正面から接近中の車列に対して、狙撃を開始する」

「こちら草加、正面は任せた」


 無線機で告げると、公民館の側面を守っている草加から返答があった。それを聞いた後、本格的に兵治は狙撃態勢に入る。




 相変わらず椅子に座ったままで、スナイパーらしいイメージはしないが、これであっている。机を銃座としているし、椅子に座っていれば長時間楽なまま狙撃姿勢を維持できる。窓から離れて銃身も引っ込めているので発見も難しい。万が一発見されて銃撃を受けた場合に備えて、防弾用の土嚢を並べているから、備えは万全だ。


 公民館の正面玄関前、駐車場にはあらかじめ移動させて来た大型のバスやトラックが並べられている。そのため正面の道路から車両ですぐに突入できないようになっているが、近寄られる前に狙撃して少しでも追い散らした方がいい。そう考えて、兵治は集中してスコープを覗き込む。


 スコープ越しの円形の視界の中、正面の道路をこちらへと疾走して来る暴徒の車列を捉える。兵治は先頭を走る四輪駆動車の、運転席に狙いを定めた。円の中を縦横に走る線、それが交差する場所に標的を持って来る。距離が近いので風などは大して気にならないが、標的の未来位置を予測してその分は修正。筋肉が震えないように必要以上の力を抜くと、息を止めてからゆっくりとトリガーを引き絞った。


 拳銃とは比較にならないほどの鋭い銃声が鳴り響き、反動が肩を蹴った。銃口から音速を超えて射出された弾丸は、狙い通り先頭の四駆を運転していた男の頭を吹き飛ばす。フロントガラスが内側から赤く染まり、その四駆はふらりと道路からそれてそのまま路肩に突っ込んで大破した。


 すぐに兵治は銃の後部にあるボルトハンドルを掴んで起こすと、それを握ったまま手前に引き、手動で空薬莢を排出。ハンドルを押して戻すと、次弾が内部の弾倉から薬室に装填された。そしてボルトハンドルを元の位置に戻せば、これで射撃準備完了だ。ボルトアクション式のライフルは、このようにして手動で空薬莢の排出と次弾装填を行う必要がある。


 先頭の四駆は大破させたが、後続は突っ込んで来るので兵治は再び狙撃を行う。今度は四駆の後ろを走っていた軽トラック、そのタイヤを狙うことにした。先程と同じく未来位置を予測して照準を微調整した後、再び息をとめてトリガーを絞る。


 スコープの円い視界の中で、軽トラックの右前輪がはじけ飛んだ。軍用のコンバットタイヤでも無い限り、強力な七・六二ミリ弾の直撃を受けてはたまらない。ハンドルを取られた軽トラックが左右にがたがたと揺れたと思った瞬間、路上であっという間に横転した。後ろの荷台に乗り込んでいた暴徒が宙を舞い、路面に叩きつけられた後、軽トラックの下敷きになるのが見えた。


 さらに路上を横転した軽トラックに対して、暴徒の後続車両が次々と突っ込んで行った。最初に軽トラックに突っ込んで前部区画を破壊された車が、さらに後続車にサンドイッチにされてぺしゃんこになる。たちまち路上は事故車両で埋まり、あっという間に塞がれてしまう。


 兵治はさらに追い撃ちをかけて、最後尾にいた車の運転手を射殺した。その前にいた後ろから二番目の車の、運転手も同様にして狙撃し撃ち殺す。前も後ろも動かない車に挟まれて、にっちもさっちもいかなくなった車列から、暴徒がわらわらと降りて来た。怒声を張り上げながら、手に武器を持ってこちらへと走り寄って来る。


 そんな暴徒の先頭にいた男の頭を銃弾で叩き割ったところで、M1500の弾倉が空になった。兵治はM1500を持ちあげてひっくり返すと、そこにあった弾倉蓋を解放する。中へ五発の七・六二ミリ弾を装填すると、板バネを閉めて再び構える。


 再装填が完了したところで、今度は車から降りて走り寄って来る暴徒どもを次々と狙い撃った。なにしろ距離が近いので大した修正をする必要も無く、スコープの狙い通りに当たるから、楽なものだった。それに七・六二ミリ弾は対人相手には十分な威力を発揮する弾薬で、確実に標的を撃ち抜くことができるため、まさに一撃必殺だった。


 狙って撃って、手動で排莢と次弾装填という流れを五回繰り返したら再装填。大体これを四回以上繰り返し、暴徒を二〇人前後ぐらい狙撃し射殺したところ、正面から車に乗って攻めて来た連中は恐怖に駆られて逃げ出していった。自分たちの手の届かない場所からどこからともなく飛んで来て、頭を吹き飛ばす銃弾に絶え間なく襲われ続ければ、誰しも逃げ出すというものだろう。


「こちら氷川、正面から来た連中は撃退した」

「草加だが、こっちもうまくいってる」


 無線で報告すると草加からそう返事があったが、一応兵治は公民館側面の様子がどうなっているか、自分の目で確認することにした。




 机の上に狙撃仕様のM1500は置いたままにして、ガルに頼んで複製して貰ったもう一丁のM1500を机の下から取り出した。こちらはスコープが取り外され、重量を軽減するために二脚も撤去してある。普通のライフルとして取りまわせるようにしたM1500を抱えて、兵治は狙撃を行っていた部屋から出た。


 そのまま公民館二階を移動して、草加の受け持つ側面が見渡せる窓がある部屋に移動した。公民館の右側は川に面しているため攻められていないが、問題は住宅地に面している左側だ。一応コンクリート製の壁で遮られてはいるが、大人なら十分によじ登ってこれる高さに加えて、攻めて来る暴徒は民家を盾にしながら接近できるため、狙撃が難しい。壁を越えれば公民館まで二〇メートルちょっとなので、ここは死守しなければならない。


 案の定、正面からは無理だと悟った暴徒が群衆になって、コンクリート壁をよじ登って攻め寄せて来ていた。公民館の横には運ばれて来た数台の乗用車が横付けされていて、それを盾にして敵味方の区別をハッキリさせるために警察の紺色の制服を着た警備班員が、拳銃を構えて待ち構えている。さらに拳銃を構えていなくても、布で栓をされた瓶を手にしている班員がいて、ライターで布の先端に火をつけると、壁を越えて来た暴徒どもへとそれを放り投げた。


 投擲された瓶は放物線を描いて暴徒の真ん中に落下し、瓶が割れて中の液体が広がったと思った瞬間には、布の火が引火してその一帯が炎に包まれた。炎の中で暴徒が悲鳴を上げて転げまわるが、しばらくすれば静かになる。これを見れば一目瞭然だが、警備班員が暴徒に投げつけたのは、そのものずばり火炎瓶だ。中にガソリンを詰めて着火用の布で栓をした、非常に簡単な仕組みだがおそろしい武器だ。


 壁を乗り越えて来る暴徒に対して、警備班員が手当たり次第に火炎瓶を投げつけまくり、その度に暴徒が業火に包まれる。運よく火炎瓶から逃れた者がいても、たちまち拳銃の集中射撃を浴びて射殺された。なにしろ距離二〇メートルでは、十分に拳銃の有効射程内で、素人でも数を頼みに十字砲火を浴びせれば確実に撃退できる。


「右から来てるあいつを撃て!火炎瓶も投げろ!」


 特にその場で警備班の指揮を執っている草加は凄かった。三人ほどの暴徒が一気に壁を越えて来たが、それを見るや草加はP230を構えて連射し、その三人をあっという間に蜂の巣にした。拳銃射撃に関しては、草加は兵治にも負けない腕前を持っている。その横でも学生の警備班員をまとめている石塚が、果敢に拳銃を構えて撃っている。


 しかし、暴徒もなかなかしぶとかった。劣勢にもかかわらず、彼らは闇雲に押し寄せて来る。撃ち漏らした暴徒が拳銃を構えて、警備班員目掛けて乱射して来た。ほとんどは車内に土嚢を詰めて防弾用の盾にされている乗用車が防いだが、運悪くひとりの班員が胸を撃たれてひっくり返った。


 ――ふざけやがって、あの糞野郎!


 撃たれた警備班員を見た兵治は怒りとともに、M1500を構えた。スコープは無いがほとんど至近距離と言ってよい距離なので、スコープがあっても逆に邪魔だっただろう。目の前にあるものを双眼鏡で見る馬鹿はいないのと同じだ。


 両手でしっかりとM1500を構えて安定させ、拳銃と同じく上部に標準装備されている金属照準器を使って、暴徒に狙いを定めると間髪入れずに撃った。鋭い銃声が響き、頭を七・六二ミリ弾で吹っ飛ばされた暴徒が倒れる。素早くボルトを操作して次弾を装填すると、奥で壁を乗り越えようとしていた暴徒も問答無用で撃ち殺しておく。


 兵治が撃たれた班員の様子を見ると、彼は胸を押さえながらも起き上がっていた。もちろん彼が銃で撃たれても平気な超人というわけではなく、防弾ベストを着込んでいたおかげだ。ただいくら防弾ベストを着ていても、着弾の衝撃までは殺しきれないため、その衝撃で倒れてしまったようだが。


 警察署では防刃ベストだけで、防弾ベストは手に入れられなかった。しかし、警察署ではなく意外なところ、警備会社で防弾ベストは手に入れることが出来た。考えてみれば現金輸送なども業務にしているのだから、防弾ベストなんかも装備していても不思議ではないが、草加に言われるまで兵治は気づかず、思わぬ盲点だったといえる。回収することができたのは、拳銃弾や遠距離からの散弾ならば十分に受け止めることができるタイプのもので、これを着ていたおかげで先程撃たれた班員は命拾いをしたというわけだ。


「誰も通すな!撃て撃てっ!」

「みんな頑張れ!あんな連中に負けるな!」


 草加が大人の警備班員を、石塚が学生の警備班員を、それぞれ叱咤激励した。次々に押し寄せて来る暴徒だが、統制が取れて士気も高い警備班の衰えない迎撃を受け続け、その人数をどんどん減らしていく。火炎瓶が乱れ飛び、拳銃が斉射され、暴徒を死に追いやる。兵治も窓からM1500を撃ちまくり、強力なライフル弾で暴徒を撃ち倒していった。


 それまで暴徒は犯罪者同士の共犯意識と、避難所を襲えば食料と女を手っ取り早く手に入れられるという欲望のままに、集団で攻め寄せて来ていた。対する公民館を守る警備班といえば、彼らには守るべき者がいた。公民館の中には女性や子供がいて、彼らが守らなければ暴徒に殺されてしまう。正義感と義務感が警備班員を支え、士気を高め、統制のとれた行動で暴徒を撃退し続けた。


 かくして暴徒は今までにない激しい抵抗を受け、見る見るうちに仲間を失っていった。欲望と高揚感が彼らを支えていたが、現実に気がつけば、そこまでだった。ひとりの暴徒が武器を捨てて公民館に背を向け逃げ出すと、あっという間に暴徒は算を乱して逃げていくこととなった。兵治は逃げ出す暴徒も容赦なく背中から撃ち、仕留めていった。


 こうして警備班は数名の負傷者を出したが、見事に公民館を守り抜くことに成功した。暴徒に比べればはるかに恵まれた装備と、事前に練られた防衛計画の賜物だった。逆に暴徒はといえば、五〇人以上の人数で押し寄せたものの、数に劣る警備班に完膚無きまでに叩き潰されて全滅してしまった。


 軍事常識で言えば攻め寄せる側は防御側の三倍以上の戦力を要するというが、まさしくそれを実感させる戦いだった。これ以降、暴徒は潰走の道をひた走ることになる。

本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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